取り敢えず長期休みです
テストが返ってきて、特に変わった事もなく学園は長期休みに入った。
貴族令嬢、というだけでなくマグリットには皇太子殿下の婚約者、という立場もある。
だからこそ学園に通っている間は、忙しいだろうと考慮されていた妃教育が本来ならある。
けれどマグリットはそれを受けるつもりは無かった。
何度か受けたものだ。
再度受ける気には、なれなかった。
けれど、やらないと言ってやらないで済む訳では無い。
マクシミリアンじゃあるまいし、そんな事は普通なら許される事では無いのだ。
ならマグリットが妃教育を受けずに済む方法など、そう多くはない。
父である公爵閣下に言って、皇宮へと話を通してもらった。
全ての妃教育をこなせるかどうかのテストを、実施してもらいたいと。
結果、マグリットはその全てに置いて一日で合格をもぎ取った。
これにより全ての時間を、妃教育に費やされずに済んだとホッとする。
正直、此処まで出来てしまう事を見せても大丈夫なのかと悩んだ。やり直しがあるからこそ出来るだけで、別に優秀だから出来る訳では無いのだ。
だが無駄に時間を使う方が嫌だと、結局は結論づけた。
体罰の多い教師も、嫌味ばかりの皇后皇妃殿下も、妃教育という名をもって会う者全てが、煩わしかった。
長期休みを好きに使えるとはいえ、屋敷に居れば自由には動けやしない。だからといって貴族令嬢らしく、大人しく屋敷に篭って刺繍等をするなんてしようとも思えない。
ノクトにも旬にもノアにも動いてもらっているが、本来であればマグリットは自身で動きたい派である。
それに旬やノアのように直ぐ会える距離にいる二人とは違い、ノクトは念話がある訳では無い事もあり、様子を見に行きたいのが本音である。定期報告はあるから、心配している訳ではないのだけれど。
そうなると、屋敷に居ることさえ不都合が多くなる。
昼間も動き回れないのが、一番厳しい。
かと言って、黙って居なくなるのは流石にもう出来やしない。
さて。どうしようかと悩む。
やはり此処はお兄様であるアレク以外に、手伝ってもらえそうな人物が思い付かない。
善は急げと、アレク宛に面会の依頼を家令に頼んでおく。
アレクからの返答は早かった。
部屋に来て欲しいとの事だったので、ディナーの後約束の時間にアレクの部屋へと向かう。
ノックの後、部屋へと招かれる。
中に入ると実用性重視といえば聞こえは良いが、質素な部屋である。
書類仕事をするのであれば、執務室が父である公爵とは別で用意されているし、部屋には余り立ち入らないのも質素である理由のひとつなのかもしれない。
市井での暮らしをして居たマグリットには、ちょっと無駄な広さだなと一瞬思う。
マグリットの部屋も広いのだが、ドレスに装飾品、大量の本が大きな本棚に詰まっている事もあり、アレクの部屋程には無駄なようには感じない。
それにマグリットには執務室がある訳では無いため、机や椅子、対外用のソファーなんかも完備されているので、ごちゃごちゃとしている訳ではないが、質素とも感じない部屋となっている。
そして部屋の中テーブルの上には、しっかりとしたお茶会でも開くのかと聞きたくなるようなお菓子達が並んでいる。
「用意し過ぎですわ、お兄様。」
ディナー後だというのに、何なんだこの量は。
「マグリットが余り食べないからだよ。」
それを言われると、ぐうの音も出ない。
睡眠と同じ。食欲も多い訳では無い。
魔力回復には食事と睡眠が必要なのは当然知っているが、それでも必要最低限になってしまうのは仕方無い。食欲と睡眠欲も余り感じないのだから。
これでも随分とよくなったと思っているのだが、やはり他の者から見てまだまだ元通りとはいかないのが現状だ。
これでもお茶くらいなら、普通に摂取出来る様になったのだからマシになったと言える。
「それに僕もまだ食べれるしね。」
そう言いながらマグリットをエスコートして、椅子に座らせる。
アレクも騎士団の一人。運動量はかなり多いため食事量としては確かにディナーだけでは物足りないのかもしれない。恐らくだが、普段からディナー後も夜食は摂っているのかもしれないな、と何となくだが思う。
「それで?僕に何を求めてるのかな?」
「あら、ただお兄様とお話ししたかっただけかもしれませんよ?」
頬に手を当ててコテンと首を傾げる。
「普段からも、そんな事はしないのに?」
それは確かに、と言わざるを得ない。
当然のように用事があるのだろうと解釈されるのは致し方ない。
「お兄様、学園が長期休みに入ったんですの。」
「そうだね、知っているよ。」
「妃教育も終わらせましたの。」
「・・・・・・そうだね。」
アレクはなんとなく嫌な予感を覚え、思わず眉間な皺を寄せる。
「つまりはこの長期休み、時間が出来ましたの。」
「・・・・・・・・・」
アレクは何も言えずに、目の前にあるお菓子をひと口食べる。
マグリットはアレクが口を開くのを待つ。
「「・・・・・・・・・」」
マグリットが紅茶を飲み、アレクがお菓子を食べる音だけが場を支配する。
暫くはお互い黙ったまま、お互いの出方を待つ。
はぁ、とひとつ。
大きな溜息を吐いたのはアレク。
「それで?どうしたいんだい?」
「この長期休み、少し出掛けたくて。」
微笑みながら頬に手を当てる。
「出掛けたい?
出掛ければ良いじゃないか。護衛も連れて。」
わかっていながら、そんなこと言うアレクに今度はマグリットが眉間に皺を寄せる。
「お兄様。護衛は要りません。」
「いや、要るだろ。」
「要りません。邪魔ですから。」
護衛を付けるのも時と場合による。当然公爵令嬢として動く時は、拒否したりなどしない。
けれど、今回は違う。
「出掛けたいって、どうしたいのか聞いても?」
「ちょっと暫くの間、留守に。」
「留守?」
「留守。」
「・・・・・・・・・」
またしても黙ってしまったアレクをマグリットは待つ。
「・・・・・・・・・何処に行くのか聞いても?」
「何処に、とは一概には言えませんが。
長期休みの間、様々な所に。」
「それは、毎日屋敷には帰ってくるのかな?」
「逆に、こんな話をして、帰って来ると思ってたんですか?」
此処まで不思議そうに言われると、アレクの方が間違っているような気になるのは何故だろうか。
「それは、長期休みだけなのかな?
前のように帰ってこなくなるなんて事は、無いんだろうね?」
諦めが滲んだかの雰囲気で、溜息を飲み込んで問い掛ける。
「学園は一応通う予定では居ますので、ちゃんと帰って来る予定です。」
一応。
ちゃんと。
予定。
アレクが言葉の端々に引っ掛かりを覚え、思わず首を傾げる。
「何だか本当に帰って来るのか、不安になるような言い方だね。」
「そこは・・・まぁ、仕方ありません。」
本音は、学園に通いたい訳では無いのだ。
こんな物言いになってしまうのも仕方が無い。
「それで僕にマグリットが屋敷に居ない言い訳を、お願いしたい訳なんだね?」
答えに出さずとも、ニコニコしているマグリットを見て答えを知るのだ。
「なかなかに難しい事を言うね。」
「流石に再度黙って居なくなるのは「ダメダメダメダメ。」」
かなり強めの拒否。それ程までに、以前マグリットが居なくなった事は大変であったらしい。
「そんな事は絶対にさせられないし、有り得ない。
どんなに難しくても、なんとかするから、それだけは本当に止めて。」
元々黙って居なくなるつもりは、なかったけれど。
「止めて欲しいんですの?」
アレクがムッとした顔でマグリットを見る。睨む迄はいかないけれど、不満げな雰囲気は隠しもせず。
「当たり前でしょ。
それに警備は強化してるんだよ。出れるとでも?」
その台詞で、マグリットはニヤリと笑う。
「これくらいの警備で、私を止められるとでも?」
逆に挑発的に問い掛け返す。
マグリットが失踪から戻ってきてから、確かに警備は強化されている。
けれどアレクは知らない。
マグリットが毎晩のように自室から居なくなってる事を。
アレクは本音か、ハッタリか考えあぐねる。
けれどハッタリだと突っ撥ねるには、些かギャンブルが過ぎる。
「・・・・・・・・・わかったよ。
僕の負けだ。何とかしてあげる。」
君がいなくなる方が大変な事になるからね、と疲れたかの様な雰囲気で呟く。
「ありがとうございます。お兄様。」
それはもう満面の笑みである。
「貧乏くじを引いた気分だよ。」
マグリットの実力を知ってしまったが故。
「まぁまぁ、そう言わずに。」
「それで?いつ行くんだい?」
今直ぐにでも、と言いたいところだが流石にそれは無理だと知っている。マグリットが居ない事への言い訳となる根回しが済んでいない。
「お兄様が準備が出来たと言われれば、直ぐにでも。」
「なら、最後にひとつだけ約束してくれるかい?」
アレクの言葉に、キョトンとしながらも頷く。
「定期的に僕にだけでも良いから連絡する事。
これだけは約束してもらわないと、幾ら何でも許可しないよ?」
それくらいならば大丈夫だと頷く。
「お兄様だけにでも顔をお見せしますわ。」
転移が有るため、移動には困らない。
「定期的に来れるなら、帰って来る事も出来そうだけれど。」
そう言いながらも肩をすくめる。
そんな言葉は華麗にスルーするに限る。時間構わずに行動するため、公爵家に居れば自由に動けなくなってしまう。
それに転移での行動も多くなるため、公爵家が付ける護衛は正直いうと邪魔にしかならない。
「小言ばかりになっては、マグリットが拗ねてしまうね。」
取り皿に摘めるお菓子を何個か乗せて、マグリットへと差し出す。
「お腹は空いていませんわ。」
「ダメだよ。もう少し食べないと。」
これだけでも食べて戻ってね、と笑う顔を見て仕方が無いなとお菓子に手を伸ばす。
食欲は無いが、食べれない事は無いのだ。
アレクにもお菓子を薦め、その後は仲の良い兄妹らしく話に花を咲かせた。




