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取り敢えず日常に戻りました

 


「きゃっ!!!」

 目の前でジェシカが転けるのを、無表情で見つめる。


 芸が無いな。とどうでも良い事を、思う。

 芸は無いが、芸は細かい。

 転けたついでに持っていた羽根ペンを折り、インク壺をぶち撒ける。当然の如く、制服は悲惨な事となっている。


 インクが付かないようにマグリットは、少し後ろに避難済みである。


 そんな悲惨な状態を見ながら、平和だなと場違いな事を思う。



 建国祭の間も試験の間も、こういった事は無かった。

 流石にこちらにちょっかいを掛ける事は、出来なかったようで。ジェシカの成績も、振るわないようだし。試験勉強と魅了継続のマクシミリアン達への接触だけで、手一杯だったようであった。


 つまりはいつもの学園生活にやっと戻ったな、と感慨深くなってしまった。




 ジェシカがこうなったと言う事は、何処からともなくマクシミリアンが現れるまでがセットなのだ。

 何故来れるのか?と疑問に思わないでも無いが、興味も無いから気にもしない。


「ジェシカ!!!」

 インクの所為で悲惨な見た目は、マクシミリアンの同情を誘ったようで。駆け寄り、マクシミリアン自身が汚れるのも厭わずに、ジェシカに手を貸す。

 そしてこれもセットとばかりに、キッと睨み付けられるのだ。


「またお前か!マグリット!!」

 また?と言われても何をした覚えもないし、毎回何もしていない証拠を突き付けてもいるのだ。何をもってして「また」なのか問い詰めたくもなると言うものだ。


 今回もマグリットの周りには他の御令嬢も居て、当然マグリットが何もしていないのを一部始終確認されている。


 マクシミリアンとジェシカの茶番をこの場に居る全ての者が、白けた顔で見ているのに何故気付かないのか。



 謂れの無い罪を突き付けられている今、何かを言う必要はあるのだろうかと思案する。正直、何を言ったところでマグリットがやったと言われるのは目に見えている訳で、それをわざわざ弁解する必要性を感じない。

 それ以上に一言でも話せば、面倒な感じで絡んでるのだ。


 つまり、こう言った場合は。


 無視に限る。



 視界に入ってはいたが、まるでその場に居ないかのようにスルーする。

 周りの御令嬢達をさり気無く?移動するよう促し、ジェシカも、むしろ皇太子であるマクシミリアンさえも見えないかのように無視し続ける。


 二人ともマグリットを追いかけたいのは山々だったようだが、インクに塗れた二人は流石にこのままでいる訳にはいかないと、文句を飲み込み、自分達の格好をどうにかする事を選んだようであった。



 概ね、平和だなと思う。



 ーーーーーーーーー



 目の前で授業をしているフレデリックを眺める。

 皇子という立場の割には、授業の進め方、説明も上手く比較的真面目な生徒には、純粋に先生として慕われているのをよく見かける。


 そろそろ自分がこれからどうして行きたいか、本格的に考えなければと思っている。



 以前思ったように、マクシミリアンとの結婚はあり得ない。



 貴族も辞め、帝国から出て行き全く別の生き方をする。これも考えなかった訳では無いけれど。

 実際、やった事も過去にある。

 けれど、どうしても帝国の事を忘れる事は叶わなかった。

 嫌いで離れた訳じゃない。本当は離れたいなんて、思った事さえも無かった。もしそのまま他国に居て、死から逃れられたと判断したのなら、その後私は迷わずこの国に戻ったと、断言出来る。

 だからこの案も、無い。



 別の貴族との婚姻は、例えばマクシミリアンとの婚約をどうにかしたとして。その時点で傷物令嬢となってしまうマグリットの嫁ぎ先など、碌なものが無いのは確実なのだ。

 そこそこの家柄の年齢が釣り合うような者は、普通もう既に婚約者がいる。

 その上、婚約破棄ともなればどちらが悪かろうと女の立場は悪くなる。嫁ぎ先として残るのは後妻であったり、女にだらし無く、その所為で婚約が決まっていないような所になるのは間違いない。

 つまりはそこまでして貴族社会にしがみつきたい訳では無いマグリットは、当然のようにこの案も却下する。



 例えばこれ以外となると、市井に降りて平民として普通に働いて平凡に過ごし結婚する、とかだろうか?

(・・・・・・・・・・・・)

 思わず首を傾げてしまう。

 そこまで行くと全く現実的では無いと言うか、想像が付かないというか。

 らしく無い、が一番しっくりくるかもしれない。



 やはり最有力候補は、ギルド員として本格的にやっていくか、フレデリックの手を取るか、だろうか。



 ギルド員として本格的にやる。これは嫌では無い。

 が、実力がアレクにバレた今、見つかるのは時間の問題であろう事は想像に固く無い。

 そうなった時に父は、母は、兄は、黙っていてくれるのだろうか?

 それを躱す事は、可能なのだろうか?

 そう言う意味では、正直現実的では無い。


 けれど、Sランクの称号を持った今。

 幾ら上位貴族であろうとも、面会を拒絶する事さえも可能となった。


 何度も何度も来る面会を拒否する。言うだけなら簡単だ。

 けれど実際となると、会わずになど居られる自信が持てない。


 そういう意味では現実的では、無い。



 なら、残りは?



 フレデリックの手を、取る。

 別に、嫌いでは無い。

 貴族として、政略結婚となれば当たり前の事で。

 マクシミリアンや後妻、変な噂が絶えないような貴族でなければ、家のため結婚するのは吝かでは無い。



 恐らく、皇帝陛下は否とは言わない。



 しかしそれにはフレデリックに聞かなければいけない事がある。


 けれど、それを聞けば後戻りは恐らく、出来ない。



 貴族社会から離れる覚悟なら、疾うに出来ている。

 けれども逆に貴族社会に残る選択は、過去の段階で疾うに無くなってしまっていた。


 フレデリックの手を取るとは、そういう事。


 離れる事しか考えていなかったからこそ、残ることが逆に考えられなくなっていた。やり直し前までは当たり前だった事が、もう既に当たり前で無くなっている事に気付く。


 本格的に貴族としてやっていくのであれば、ギルドに所属もマズイだろう。


 つまりギルドに残れば貴族に戻れず、貴族に残ればギルドに残れず。

 今のような二足の草鞋は、マグリットが学生だからこそ出来るのだ。


 貴族としての矜持はある。

 忘れた事など、無い。だからこそ他国に行っても帝国の事を忘れる事は無かった。


 けれど、それとは別で。


 Sランクとしての矜持もあるのだ。

 今はまだ、二足の草鞋という事もあり緊急性の高い依頼は余り回されなかったりはする。だからと言ってそういう依頼が無い訳では無いのだ。それを熟せる実力があるのなら発揮したいと思うのは、マグリットにとって当然であった。



 授業を問題無く進めていくフレデリックを見る。

 それに気付いたフレデリックが、一瞬微かに笑う。

 誰にも気付かれていない密かなそれは、やはり自分に向けたモノで。


 別に、フレデリックに誠実であろうなどと思ってはいないし、それはフレデリックにも気付かれていると、確信さえ持てる。


 むしろフレデリックも、純粋にマグリットに好意を持っているのかどうかも怪しい。


 少しでも理解するには先ずは、しっかり時間を取って話すのが良いのだが。ことこの皇子に関して言えば、時間は取れるモノなのか?から始まる。

 内容が内容なだけに第三者が居る場は、勘弁願いたいのだが。


 そうなると殆どの政務を押し付けられているこの皇子は、時間を取れるのだろうかというのが当たり前の疑問である。


 夜中念話で話す事もあるが、念話の向こうでは間違いなく仕事を熟しながらなのは間違い無い。それはちょっと、何だか違う。


 何となく。

 何となくだが、言えば時間は空けてくれるとは思う。


 純粋かどうかは別として、一応は好意があるように振る舞っている相手から時間を取って欲しいと言われるのだ。流石に「無理!」と一刀両断する事は無いだろうし、そんな性質で無いのはわかる。



 まだ急いで話す段階では無いかと、一旦思考を切り上げる。


 テストも終わり、もう直ぐ学園の長期休みとなる。

 先生は長期休みでも休みでは無いだろうが、授業がある今よりかは時間も取れるのでは?と期待する事にする。


 その時のフレデリックの様子を見て、時間が取れるか確認するのでも全然遅くは無い。


 何となく、フレデリックには話がある事を悟られたような気がしないでもないが、敢えて向こうも聞いてこないし、別に良い。




 授業が終わり、教室から去っていく背中をなんとなく眺める。





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