〜過去編五回目の終わり〜
油断していたつもりは無かった。
なのに何故またこんな事に、なってしまったのだろうか。
薄暗い路地を一人、ただ走り続ける。
見つからない訳ない、とは思わなかったけれど。それでもいつもなら断罪されている時期も過ぎていたし、牢屋に入れられた訳でも無かった。
このまま平穏に過ぎれば、と願っていた。
けれどそれは失態であったと、今更思っても、もう、遅い。
救いは一人であった事、だろうか。
周りの人達を巻き込まずに済んだ事だけは、僥倖であった。
けれどこのまま闇雲に走った所で、捕まるのは間違い無い。
せめて、せめてこの帝都から出れれば知り合いに見られる事もなく終われるのに、と願わないでも無い。
しかし此方は走っている上に一人。
相手は何人、何十人と居る上に騎乗までしている。
ただ走っているマグリットが捕まらない訳が無いのだ。
ーーーーーーーーー
この日は本当に、普通の何でもない朝であった。
しかし昼前に号外が発令し、街中、いや国中が一気に騒がしくなった。
マグリットには関係無いだろうと、気にもせず朝からいつものように依頼を熟す。
まだまだランクは高くない。だから比較的毎日コツコツとやらないと、生活が成り立たなくなってしまう。その甲斐あってか少し貯めることも出来るようになったし、少しだが本を買う事も出来るようになった。本はかなり高い。数ヶ月に一度しか買えないが、今はこれで充分で。
依頼を終えて、ギルドへと向かっている最中だった。
「久しぶりだな?マグリット。」
ゾワっと背筋に悪寒が走る。
振り向きたくもないのに、体が言う事を聞かずに、声をかけられた方を向く。
何故、わかったのだろうか。
髪の長さも変えた。髪の色も、瞳の色さえも変えたのだ。
遠目では間違いなく。別人になったと自負していた。
それをまさか一目で見分けるなどと、考えても見なかった。
此処は、どうするべきかと思案する。
混乱していて、思考が纏まらない。
誤魔化すべきが、認めるべきなのか。
誤魔化したところで、誤魔化されたりするのかも解らない。
「・・・・・・・・・」
「どうした?マグリット。」
蔑むような目線で、見下すように、嘲笑いながら、不遜な態度で、それでも近付いては来ずに離れた場所から馬に乗ったまま、マグリットを見ている。
思わず、後退りをする。
このまま此処に居たとして、どうなるかなんて考えなくてもわかる。
ジリジリと気付かれない位、密かに、それでも確かに後ろへと下がっていく。
どうして良いか、わからない。
下がり続けた所で、いずれは気付かれる事だって知っている。それでも目の前の人物から目を離す事も出来ずに、ジリジリと離れて行く事しか出来ない。
「こっちへ来い、マグリット!」
然も当たり前かのような態度で、マグリットが絶対に言う事を聞くと思っている。
それを聞いて、少しだが覚悟が決まる。
「・・・・・・・・・。
お久しぶりでございます。マクシミリアン皇太子殿下。」
マグリットの返事に、しかしマクシミリアンは不機嫌な顔になる。
「皇太子殿下では、無い。
号外を見ていないのか?」
意味を掴み損ねる。号外?と思うも見てもいないのだ。内容はわからない。
けれど。
マグリットにはやり直しの記憶が、ある。
思い返すと、答えが導き出される。
「まさか・・・・・・」
やはりそれも避けれない、運命なのだろうか。
「見ていない割には、思い当たる事でもあるのだな?」
「皇帝陛下は・・・」
悲痛な表情を隠す事は、出来なかった。
「俺が、皇帝だ。」
それを聞いた瞬間。
今後どうするかも考えてもいないのに、後ろを向いて走り出す。
静止の声が聞こえるも、足を止めるつもりは、無い。
衝動的に走り出したが、マクシミリアンの側に行くつもりは無いのだ。逃げる以外に方法は思い付かない。
少し。少しだけだが期待していたのだ。
学園に行かず、貴族社会から抜け出せば断罪などされないのでは、と。
けれどその考えは甘かったのだと、思い知らされる。
わざわざマグリットを見つけに、マクシミリアンが来たのがその証拠。
普通に考えて、皇帝陛下が市井の中に居る訳が無いのだ。
皇族の顔など、式典でもなければ見る事さえも叶わない。それをこんな街のど真ん中で、マグリットを待っていた。
思い当たる理由は、ひとつ。
マグリットの処刑だ。
又、何もしていないのに殺されるのか。
何で、何のために。
学園どころかギルドでコツコツと働いていたマグリットがジェシカを虐めたと、そんな無理矢理な理由で殺されるのか。
市井の中では、当然マグリットは貴族令嬢などと名乗った事は無い。
つまり身分は市民と変わらない。男爵とはいえ貴族令嬢であるジェシカを虐めるどころか、会う事さえも叶わないのに?
何処までも自分勝手な理由で、マグリットを断罪するつもりなのか。
殺す以外に理由があって会いに来たかもしれない、と一瞬は考えた。考えたが、逆にそれ以外にわざわざ探してまで会いにくる理由に心当たりは無い。
過去どれだけ振り返ったところで、無視されなかった事は無かったのだ。今更会いに来てする事も無い、という決断にしかならなかった。
捕まらないように走り続ける。
入り組んだ路地に入り、見つからないように行動する。
しかし、このまま逃げ続けたところで終わりは見える。
此処で誰かの助けが入る可能性は、低い。
相手は皇族だ。
隠れながら行動しているが、かなりの大人数でマグリットを捜索しているようで、至る所から大きな声が上がり、人が行ったり来たりしている。
一度見つかってしまった今。しかもこの囲まれている状況で、逃げ切れるものなのか。
魔力は多くあれど、扱いに関してはまだまだで。だからこそギルドランクも然程高くはなっていないのだ。そんなたった一人の小娘が、皇族が所有する軍、騎士団から逃げ出せるのか。
答えは、否。
一度病んだ心は、カミーユやギルド員達が優しくしてくれた事で持ち直した。
けれど死にたくない、とまでは実は思っていない。
しかしマクシミリアンに殺されるのは、嫌なのだ。
死ぬ事が嫌では無いが、何故マクシミリアンの為に犠牲にならなければならないのかが、理解出来ない。
このまま逃げて、どうにかなるのだろうか。
そんな思考が。
油断となったーーーーーーー
見つかってからは、あっという間であった。
多くの軍隊、騎士団に囲まれ。
救いは、第一騎士団のメンバーが居なかったことか。
どういう人選かはわからない。もしかしたら第一騎士団の方からマグリットを捕まえるのは嫌だとでも、言われたのかもしれない。
経緯は、わからないけれど。
普通ならそんなものは罷り通らない。それでも此処に第一騎士団員は一人もいなかった。
こんな状況に陥っても、それに救われる。
父は、兄は、マグリットを殺したくはないと思っていると、信じていられるから。
囲む者達の中、一段高い場所からマグリットを見下ろし嗤うマクシミリアン。
「もう、逃げないのか?」
端正な顔を歪めながら嗤う顔は。醜悪に彩られていた。
「私をどうされるおつもりで?」
やり直しを繰り返しているからこそ、マクシミリアンがマグリットをどうしたいかを知っているが、普通なら知らない。だからこそ問い掛けてみた。
「何故逃げたのだ?」
「何故わざわざ私を探してまで捕まえに?」
お互い質問には答えずに、疑問ばかりを繰り返す。
「何故かはわからない。
わからないが、お前は俺がどうしたいのかを気付いているからこそ、逃げたのでは無いのか?」
貴族令嬢時代に培った、感情のコントロールを持ってして無表情を貫く。
「死にたく、ないのであろう?」
嘲り見下し侮り卑しめ蔑み貶め。全てを詰め込んだかのような顔でマグリットを見る。
何故。
此処まで恨まれているのか、わからない。
何かをしてしまったと思える程、付き合いも無かった筈だ。
そんな事をこんな状況で考えた所で、詮無きこと。
マグリットが死ぬのは、疑う余地さえも無い程の確定した未来。
此処で誰かが助けに来れるなどと、ありもしない事は考えない。
恨みがある訳ではないが、事実この場に第一騎士団は居ないが、この大掛かりなマグリット捜索は止められる事は無かったのだ。
そんな中、誰がマグリットを止める事が出来るのか。
この帝国は、皇族の、しかも継承順位が高い者の権力が、強過ぎる。
歪だと、思わなかったことが無い訳では無いけれど、どうしようも無かった。誰もがそれを変えれなかった。
変えれるとしたら、それもまた皇族。
前皇帝陛下でさえ、皇族の権力過ぎたるのを変えようとは思っては居なかった。
前皇帝陛下以下権力を持って居るとなると、次位に来るのはマクシミリアン皇太子殿下で。
マクシミリアンが権力という名の、好き勝手出来る立場を手放す訳も無く。
マクシミリアンにはフレデリックという兄も居るが、前皇帝陛下が存命で且つマクシミリアンが皇太子殿下であった頃であれば、まだ、何とかなったかもしれない。
しかしそれには全てを犠牲にする覚悟が要るだろう。
マグリットと知り合い程度でしか無いフレデリックが、そこまでしてマグリットに手を貸す理由は無い。
皇后皇妃にはそもそもそこまでの権力は無いし、この二人に至ってはマグリットを邪魔に思っていた事もあってマグリットを死なせない、なんて考えたことさえ無いであろう。
つまりは誰も来ないし、誰かが来たとて無駄なのだ。
だからこそ、悩む。
どう死ぬかを。
「死にたく無いように見えますか?」
「死にたくないからこそ、逃げたのであろう?」
貴族らしさなど何のその。マグリットはニヤリと嗤う。
その面に不快を露わに、マクシミリアンはマグリットを睨み付ける。
「死にたくなくて逃げて訳ではありません。」
「なら何故だ!!」
学生であった頃の激怒と何ら変わらない。それを見てやはり何年経っても何も変わらないのだな、と諦めに似た感情が過ぎる。
「私は私のモノ。
貴方にくれてやるモノなどひとつも無いのです。
死が私を襲おうとも、それを貴方に捧げる意味などカケラも無いのですわ。マクシミリアン皇帝陛下。」
魔法を覚える術が無かった。本で覚えているものがあっても練習の場が余り無かった。そして練習する場があっても時間が無かった。だからこそ余りギルドランクは上がらなかった。
けれど魔力の量であれば、そうそう負けやしない。
魔力暴走、という言葉がある。
そこまででは無いけれど、魔力コントロールには自信がある。
魔法という形を取っていない魔力を体外に出し、他の者を近付けさせなくする。
「さぁ、捕まえてみなさい。」
不敵に大胆に笑う。
ただの魔力だけで身体を浮かす。
言葉にすれば簡単だが、それは言う程簡単では無い。
風属性の魔法であれば、やりようはあるだろう。
しかしマグリットは空を飛ぶ魔法を知らない。
身体から無理に出した魔力で力任せに空へと浮かび上がる。
無理矢理だからこそ、魔力消費は半端無い。
だがもう此処までくれば、マグリットには関係無い。
魔力が多過ぎて普通なら見えない魔力が目に見える程で、マグリットには誰も近寄れない。
そのまま天高く飛び上がる。
地上に居るマクシミリアン以下全ての者達が点でしか見えない程の高さまで来る。
そして浮く為の魔力を途端に切る。
当然そんな事をすれば一気に下へと落ちる。
マグリットは落ちながら残り全ての魔力を掌へと集め、そのまま地上へと放つ。
落ちながらも魔力不足により、意識は低迷しているが目的は達しそうだと嗤う。
地上に落とされた魔力で誰も近寄れず、落ちてくるマグリットを受け止めるは出来ない。その暴力的な魔力が漂っている中マグリットは落ちる。
離れている者達全て、その場に居ながらも動く事は出来なかった。そのうえ魔力の奔流のせいで、どうなったかも全くと言って良い程見えなかった。
見えるようになった頃には大きなクレーターだけが残され、そこにはマグリットの死体も、むしろ骨さえも残っては居なかったーーーーーー




