取り敢えず三日目です
一日目二日目同様、馬車に乗り込むと防音の結界を張る。
「こうして他人の目を気にせずに居れるのは、今日が最後だな。」
少し寂しそうに笑う。
「そうですわね。」
寂しそうにされてもどう対応したらいいのかわからない。
困ったように微笑う。
マグリットはまだ、答えを出していない。
一層の事、本気でフレデリックを好きと言えるだけの気持ちがあれば簡単なのに。
しかしフッと好きって何だろう、とも思う。
今まで恋愛感情について考えた事は無かった。
政略結婚が主流の貴族令嬢が、本気でそれ以外の人物を好きになってしまったらそれはきっと泥沼であろう。
だからこそ政略結婚をしなければいけない者同士、交流を深め少しでも居心地良く居れるようにと努力をする。
マグリットもマクシミリアンと交流をしようと思ってはいたが、相手に避けられ続けた。
それでも他の者との結婚は考えたことは無かったし、そもそもずっと皇宮内で勉強漬けにされ、それは一種の軟禁状態にあったと言ってもよかったかもしれない。家には寝に帰るだけと言っても良い程であった。
両親や皇帝陛下に確かめた事はないが、噂で皇宮内での生活も示唆されていた事もあるようだ。
マグリットが他者に興味を持たないようにしたかったのか、それ以外に理由があるのかまではわからないけれど、確かにそんな生活を強いられていただけに、他の殿方がどんな方なのか等と考える暇も無かった様に思う。
それはまるで呪いのように、考える事を放棄させられたような気さえする。
だからこそ五回目のやり直しで出会ったカミーユにさえ、そんな感情が浮かばなかったのかもしれない。
好きだと言われて好きだと返す事が出来ていたのなら、何かが変わっていたのかな、なんてありもしない事が過ぎる。
目の前にいるフレデリックを見詰めてみる。
何故フレデリックからこんな感情を向けられる様になったのか、わからない。
フレデリックは優しく蕩けるような顔で、ボーっとしてるマグリットを見ている。
最初の最初。
やり直しよりもずっと前は好かれていなかったと思う。それは間違い無いと確信さえある。
好かれてはいなかった理由は、確かに性格とかではない。性格を知る程、お互い干渉もしなかった。
だからと言って、何故好意を持ったのかと聞くのはリスキーだ。
まだ。まだだ。
それを聞いて仕舞えば、事態が動く。動いて、しまう。
これからどうしていくかの答えさえ出ていないのに、それを口に出す訳にはいかない。
きっと悩んでいる事にフレデリックは気付いている。けれど急かさない。
でもそれはきっと親切からでは無い事をマグリットも気付いている。此処まで好意をあからさまにされているのだ。意図が、読めないわけが無い。
だからこそ、カミーユの時には真剣に考えれなかった事を。今世ではしっかりと考えてみようと、そう思っている。
別にフレデリックを嫌っている訳でも無いし、と。
けれどこのままフレデリックの手を取っても問題無いのかが判断付かない。
考え事をしている間に皇宮に辿り着く。
フレデリックは言葉を発しないマグリットに機嫌が悪くなる訳でもなく、楽しそうにしていたのは助かった。
エスコートで馬車から降りる。
招待状を受付に渡し、夜会に来ていた証明とする。
受付の者が此方に意識が逸れた瞬間、もうひとつの招待状を転移で移動させる。
これでギルドSランクの華雲の真珠は夜会に来ている事になる。
誰も華雲に会えないだろうが、これ以外に特に方法が思い付かない。
会場内に入場の掛け声と共に入る。
この二日間と同じだ。
入場した側は全体を見通せるし、もう既に会場入りしている者からは入場して来た者がハッキリと見える。
ガタンっと少し大きな音がなった為、そちらを見る。
その音を出してしまった人物を見て、驚かせてしまったかな、と思う。その人物は音を立ててしまった事に対して、周りの者達に謝っているようで頭を下げている。
このまま放置するのは可哀想だと、後で挨拶に向かう事を決意する。フレデリックも音がなった理由に心当たりがあるおかげか、マグリットがその者の所へ行きたい事を察する。
口には出さずとも、首を上下に動かして了承を伝えてくる。
パーティーでの諸々の用事を済ませ、先程の人物の元へと向かう。
向こうは向こうでマグリット達を気にしていたようだが、地位的に声を掛ける事が叶わなかった。
「ご無沙汰しております。ギルドマスター様。」
カーテシーでの挨拶。これは目上の者にするものだ。
つまりギルドマスターは大慌てで、どうしていいか分からずワタワタしている。
それに同情したのか辞めてやれと、フレデリックに止められる。
少し話しませんか、と場所移動を提案する。
余り人目があるのは避けたい。という事で。
本日は庭へと出る。
庭も開放されているがわざわざ夜会の最中、庭まで出てくる者は多くない。これ程の貴族が集まるのは年に一度しかないのだ。交流の時間を庭散策で減らす者は殆ど居ない。
本来ならばフレデリックもマグリットも、そうした事をするべきなのだが。一日目に頑張ったのだから、少しくらいギルドマスターと話す時間を作ったとてバチは当たらないだろうと高を括る。
庭先へと出て直ぐギルドマスターは問い詰めたかった筈だが、他人の目が無くなったとはいえ相手は皇族に公爵令嬢。
迂闊に話しかける訳にはいかない。
「いつも通りで大丈夫ですわ。ギルドマスター。」
パチンと防音の結界を指を鳴らして張る。
それに気付いたギルドマスターは誰にも見られていないのを良いことに、キッと睨み付けるかの如くマグリットを見る。
それに対しマグリットは当然の如く、スルー。
それに恨めしそうな顔をするものの、質問が先かと思い直す。
「どういう事だ!」
「どういう事も何も。」
「公爵令嬢なんて聞いてないぞ!!」
「それはそうでしょう。言っていませんもの。」
隠していた訳では無い。言う必要を感じなかっただけだ。
それに。
「ギルドマスターも聞かなかったではありませんか。」
貴族令嬢、というのは間違いなく気付いていたのだ。
アラクネの糸の使い道に気付いていたくらいだ。
知らなかったとは言わせない。
「どう考えたって公爵令嬢が、ギルドに登録して戦ってるなんて思うか!!」
それについてはフレデリックも同意を示したい。だからこそ過去何度探しても、見つからなかった訳で。
「そうでしょうか?先立つ物が無い場合の、手っ取り早い方法だと思いますが。」
コテンと首を傾げる。
「いやいや、それでもギルドに登録って事は、怪我も、それこそ死ぬ事だってあり得るんだぞ!!」
「そんな当たり前の事、知らない訳が無いではありませんか。」
今までやり直し含めて何度依頼を受けて、どれだけ怪我をして、何度死にかけたかわからない。
実際消えない怪我をしているのをこのギルドマスターは、知っている筈だ。
「他にも方法があっただろうに・・・・・・」
他に、あったのだろうか?外で生活する術を知らなかった。初めて外へと出た五回目のやり直しで、他の道があったのかもと考えるも、あの時は本気で外へと出る事だけが一番の目的で、それ以外は瑣末であったように思う。
ただ外に出たかった。
食欲も睡眠欲もある訳ではないが、それを満たさないと倒れる。どうせ死ぬと思っていても、折角外へと出れたのにそんなので死ぬのも癪だった。
生きようと意欲に溢れていたのであれば、確かにギルドでの戦いの道は選ばなかったかも、しれない。
戦い方ひとつ知らないのだ。卓上の理論だけではどうにもならない事はそれまででも沢山経験した。それでも生きる為にせっせと地道に働く気持ちには、どうしてもなれなかった。
生き急ぐ、ような気分だったのかもしれない。
「これが私に取っての最善でしたわ。」
フレデリックは口を出すつもりは無かったようだが、申し訳無さが雰囲気で伝わってくる。
やり直しを繰り返している事を知らないギルドマスターと、繰り返しを知っているフレデリックではマグリットの言葉の取り方は、きっと変わる。
「いや、別にお前がどう過ごして行きたいかなんて俺が口出す事じゃないのは知ってる。知っているが・・・・・・」
あ〜と言いながら頭をガシガシと掻く。
夜会でセットしたであろう髪がグシャグシャだ。容姿端麗だったのに台無しだな、と思うもセットしていない方がいつものギルドマスターらしくて安心する。
「せめて言っておいてくれれば良かったんだ。」
思わずそれには首を横に振って否定を表す。
「そんな事をすれば、依頼など受けれませんわ。」
それに聞かれてもいないものを、わざわざ伝える必要も感じない。
確かにどれだけ実力が有ろうとも、公爵令嬢と知っていればSランクになど上げる事は考えなかったのは間違いない。
もう、戻れやしない。
指名依頼は多くあり、それを今更断ることなど出来やしないのだ。
「そりゃ、確かにそうかもしれないが・・・
フレデリック殿下はご存知だったのでしょうか?」
マグリットには何を言っても無駄だと気付いたのか、質問の相手をフレデリックに変更する。
「私も初めはギルドに登録などと反対でしたが、私はカンバーラント公爵令嬢のやりたい事を止める権利もありません。」
それを悲しいと思えど、現実は変わらない。
「本気でギルドを続ける気なんだな?」
恐らくは初めからギルドマスターはマグリットに、ギルド員をやめて欲しくて言っていた訳では無い。
心配な事もあるだろうし、マグリットに何かあった場合の責任問題等も事もあだろう。
「そうですね。今の所は。辞める必要性もありませんし。」
しかしそれは建前で。マグリットが公爵令嬢というのを黙っていた事に対して文句が言いたかっただけだと思われる。
「わかった、わかった。正直ギルド側もお前に辞められても困るしな。」
言っても無駄だと諦めが滲む顔で、手を振る。
「敬えって言う訳じゃないんだろ?」
「そんな事言う様に見えますか?」
「いや、全く。」
そこそこの付き合いをしてきただけに、マグリットとギルドマスターの間には気安い雰囲気がある。
フレデリックとマグリットの間には無い雰囲気に、フレデリックは少し羨ましく感じる。
「そういやギルド員としての出席はどうしたんだ?」
「招待状を転移で移動させて。出席した事に出来るかな?と。」
「殿下のパートナーとして行動してる公爵令嬢じゃ一日足りとも休めんわな。それに・・・」
言葉は続かなかったが、それはきっと。
マクシミリアン皇太子殿下の婚約者であり、時期皇后陛下である事を飲み込んだのであろう。そんな立場の人間が居ないのは不味かろうと。
ギルドを統括すると言う事は、聡くなければやってもいけない。だからこそ気にはなっても、マグリットのパートナーが違うのを問い掛けたりはしない。
「挨拶を誰かにしなければいけない訳では無いとお伺いしましたので、これでも問題無いかと。
それに最悪、ギルドマスターが居た事を証明して下されば大丈夫ですわ。」
ほら、実際会った事ですし?と微笑み掛ける。
それに引きつった笑みを返し、はいはいと呆れながらも返事を返す。
「後、少しの間依頼が出来ませんのでご了承下さい。」
「珍しいな。何だかんだと熟してたのに。」
「試験もあるので。」
「・・・・・・あぁ、お前学生なのか。」
時期皇后陛下といえど、まだ公爵令嬢。然程市井にマグリットの情報は公にされてはいない。だからこそ市民に紛れる事も可能だったのだが。
何だかんだと話していたら時間が結構経ってしまったと、これ以上ここに居て姿も見せずに居る訳にはいかないと、ギルドマスターと離れる。
二人と一緒に戻ると流石に目立つ。目立ちたくないと、ギルドマスターが先に会場へと戻る。
フレデリックがギルドマスターの背中を眺めながら、先程の会話の中で気になった事が出来たのだが、問い掛けるべきかを思案する。
別に不自然では無い、のだが。
なんとなく。それはマグリットには当てはまりは、しないような気がするのだ。
「どうかされましたか?」
会場に戻ろうとしないフレデリックに問い掛ける。
「試験。」
「試験?」
確かに試験がある。学生だ。勉強しなければいけないだろう。
けれど、マグリットがそれを理由に依頼を熟さないのは、なんだか違和感を感じる。
毎日何だかんだと依頼を熟しているのは、定期的に念話で連絡を取っているからこそ知っている。
そのマグリットが試験を理由に依頼をしない。
思わず首を傾げてしまう。
勤勉で無いと、思っている訳では無い。むしろ強制的とはいえ勉強漬けだった訳で、だからこそ貴族が通う学園の試験ごときで、マグリットがあれだけ毎日していた依頼を、休む事に違和感しかない。
「試験勉強、するのか?」
学生に聞くには些か、不適切な言葉ではある。
「学生の本分ですわよ?」
マグリットは怪しまれていようとも、言わない。まだ言う段階では無いからと伝えるつもりは、全く無い。
「それはそうだが・・・・・・」
あのマグリットが?と聞こえるようだ。
一度目の時でさえ実力は充分あった。それ以降も勉強を止めていた時は無いのだ。復習くらいはするだろうが・・・・・・と言いたそうにしているが、マグリットはこれをスルー。
まだまだ本日の夜会は終わらないのだ。行きましょうと促すとフレデリックはそれ以上は突っ込んでは来なかった。




