取り敢えずエドワード・フォン=ダクラス公爵令息です
「マグリット様。」
そう言われて振り向いた先に居た人物に、話し掛けられるような用事など無い筈なんだけれど。
そう思えど無視する訳にもいかず、いつもの貴族令嬢らしい微笑みで振り返り挨拶をする。
思わずいつもは持っているが、使いもしない扇を広げ表情を隠す。
エドワード・フォン=ダクラス公爵令息。
報告によればもうすでにジェシカに傾倒しており、間違いなく魅了に掛かっているのではと聞き及んでいる。
確かにマクシミリアンだけを籠絡するだけでは、皇太子妃になどなれやしない。
ジェシカはそれを知っていて、エドワード以外の他の側近さえも魅了を掛けている。それは毎回の事であり、特記すべき事でさえない。
ジェシカ的にはその側近共よりも、フレデリックを自身の虜にしたかったようだが、上手くいっていないのは気付いている様で、結局は側近に的を絞ったのであろう。ただ、フレデリックを諦めたとも思えないが。
観察してわかった事だが、おそらくは魅了に掛けられる人数にも制限がありそうで、細かい人数まではわからないが一定数以上の魅了は維持出来ていないようであった。
だからこそマクシミリアン達に近付く前に魅了に掛かった者達は、その後婚約者が居た者などは悲惨な事となっているようである。
人数以外にも、色々とありそうで。
魅了状態を定期的に維持しなければ、おそらくは切れる。だからこそ定期的にジェシカはマクシミリアン、以下側近に会いにくるのであろう。
しかし魅了状態が安定するにつれ、ジェシカが会いに来なくても維持出来る時間が長くなるようで、以前程側近達と積極的に居ようとは思っていないようである。
どちらにしろ結局は魅了に掛かってしまった側近達の方から、ジェシカに寄っていくのだが。
流石に魔法陣を解析した訳では無いため、そこまで詳しくは判りはしないのだが、見てみたいな、とは思う。
「何か御用かしら、ダクラス公爵令息?」
トントンと制服のリボンの装飾品を触る。
「いや、」
いきなり話しかけてきて、いや、は無いだろうと思わず冷めた目で見てしまう。
勿体無い。
本当であれば、こんな馬鹿な人物では無かったのに。
だからこそ、皇帝陛下にマクシミリアンの側近として選ばれたのに。
本当、勿体無い。
「御用が無いのであれば、」
行っても?と首を傾げるも、駄目であるらしい。
引き留めようとする意志を感じる。
「貴方がマクシミリアン皇太子殿下の婚約者である事は、重々承知しているのですが・・・」
一体いきなり何を言いたいのか。
ジェシカに魅了を掛けられなければ、引く手数多であろうに。
深緑を思わせる長めの髪。いつも付けているメガネの奥の冷たい氷の様な瞳はスラリとしており、フレデリックやマクシミリアンとは又違ったタイプ。
しかも頭も良いと評判である。
公爵令息という立場もあり、むしろマクシミリアンよりも影では人気のある人物といえるであろう。
敢えて言うとマクシミリアンはカッコイイとは言われるが、性格が減点対象なので余り人気は無かったりする。
「承知しているのですが?」
それが何なんだ、と単刀直入に言えれば良いのに。
「ジェシカ嬢がマクシミリアン皇太子殿下と仲良くしているのを止めないで頂きたい。」
ちょっとこいつは何を言っているのだろうかと、本気で思う。
いきなり来て、ジェシカとマクシミリアンが仲良くするのを黙って見ておけ、という事であろう事はわかる。
わかるが、こんな直球で来て馬鹿ではなかろうか。
むしろ何故そんな事をわざわざ言いに来たのかも、よくわからない。今までそんな事はしなかった筈である。
「止めているつもりはありませんが?」
実際ジェシカとマクシミリアンが一緒に居るのを見たとて、何も言っていないし気にする素振りさえ見せてはいない。
「ジェシカが・・・・・・」
そんな風に目に見える程まで落ち込まなくても。頭まで下に下がり床を見ている。
マグリットはそんな事よりも、普段は呼び捨てで呼び合っているのだろうな、と思う位である。
こんな敵相手に落ち込む姿を見せてどうする!と逆に説教してやりたくもある。
ハッキリとしない物言いであろうが、急かしはせずエドワードを見詰める。
「ジェシカが、マクシミリアン皇太子殿下ともっと仲良くしたいのに、マグリット様が邪魔をするのだと。」
「邪魔?」
何をもって邪魔だというのであろうか。
魅了に掛かり切っていないせいか、確かにジェシカはマクシミリアンにかなりの頻度で会っているようで。それはあくまで報告で知っているだけであり、マグリット自身邪魔をした記憶は一切無い。
「邪魔、とは一体なんでしょうか?」
床を見ていた視線が、マグリットへとノロノロとだが戻る。
「何、とは?」
こんなに、この人は馬鹿だっただろうか?
「何とは、と言われましても。
私はあの二人に何もしておりませんわ。」
毅然とした態度で伝える。実際何もしていないのだから、やましい事など無い。
「そんな筈はない。」
眉間に皺をよせ怒ったような様子を見せる。
が、何をもってしてそんな筈は無いなどと言えるのか。
「お話はそれだけでしょうか?」
こんな会話にもならないものなど時間の無駄である。
「欲しければ奪えば良いのにーーーー」
エドワードの返事も聞かずに、そう呟いてその場から立ち去る。
しかし今だにマクシミリアンは魅了に掛かり切っていないのか、と意外に思う。




