取り敢えず秘密です
ある日の夜。
家に居てばかりいないで、たまには遊びに行かないかい?という兄、アレクの言葉を受けて。
(流石に家族を蔑ろにし過ぎかもしれない。)
と思わないでもなかった為、二つ返事で了承の言葉を伝えると、相変わらずの甘い顔立ちで優しく微笑んでくる。
余り家族と仲良くしていると、断罪された時に不利になるかもと思うと少し距離を空けてしまうのが、現状だ。
観劇でもと言われて良いと言ったが、しまったな、と思う。
観劇用に用意されたドレスを見て、後悔に襲われる。
わかっている、わかっているのだ。
いつまでも隠し通す事など出来ない事は。
それでも見つかった時の事を考えると、どうしても気が重くなる。
さて、と性懲りも無くどうにか出来ないかと頭を悩ますも、良い方法は思い付かない。
貴族が外出するのに、家着のようなドレスを着て行く訳にも行かず、そもそもマグリットはそこらの貴族とは格も違う。お手本になるべき公爵令嬢が、そんな格好をする訳にはいかないのだ。
かと言って、このドレスを一人で着れる訳もなく。
そろそろ潮時かな、とは感じる。
先程も思ったがいつまでも隠し通せる訳ではないのだ。
久しぶりの完全正装に張り切っているのは、やはりソフィーで。
数人の侍女と化粧道具を持って部屋へと入ってくる。
ーーーーーーーーー
「%△#?%◎&@□!」
混乱し過ぎだろう。
しかしソフィー以外の侍女達も真っ青な顔をしてマグリットを見ている。
だから嫌だったのだ。
溜息を飲み込み、この惨状をどうしようかと思う。
かなり早めの用意だったので、時間はあるがいつまでもこんな格好で立ち尽くすのも嫌なのだが。
「お、お、お嬢様。」
やっとの事で出てきた言葉は消え入りそうに小さく、挙げ句の果てには泣きそうだ。
「気にしてないんだけど・・・・・・・・・そうはいかない、かしら?」
そう。そうなのだ。
マグリット本人は全く持って気にしていない。
でも公爵令嬢的にはアウトだ。
「綺麗なお身体に、き、きず、が。」
マグリットの脇腹にはアラクネと戦った時に出来た大きな傷がある。どうしてもこれを見られたくなかったからこそ、今の今まで着替えさせられるような展開は避けてきたのだ。
理性が残っているのか侍女の一人が部屋から出て行き、バタバタと走り去る音がする。
やっぱりそうなるか、と思うも止める手立ても無い。
部屋に残った者達は今だに混乱したまま、マグリットの脇腹を凝視している。
ーーーーーーーー
部屋を出て行った侍女が、兄であるアレクを連れて戻ってきた。
流石に血は繋がっていようとも、全身を晒すのは出来やしない。
が、これを口頭の説明だけでは伝えきれないと判断した侍女達が四苦八苦して脇腹の傷はしっかりと見えるが他の所は見えないように、タオルやらなんやらでお腹全体は見えるが胸あたりは隠れる感じの、南の方の服装を模していく。
準備が出来た途端、アレクが部屋へと入ってくる。
当然目線は脇腹に釘付けである。
「・・・・・・・・・これは一体何だ?」
普段ニコニコ甘いマスクの男とは程遠い。口調までいつもとは違い、怒りが滲む。
かなり眼光鋭く、流石は第一騎士団副団長だな、と言ったところである。
「・・・・・・・・・・・・」
何だと言われた所で、都合の良い答えは持ち合わせてはいない。黙秘権を行使する。
すまないが二人にさせてくれと、侍女達を追い出す。
部屋が暖かいとはいえ、お腹出しっぱなしは些か心許ない。他国へ行った事はあれど、こういう格好をする程南の方までは行ったことは無い。
何と言って切り出せば良いのか計りかねているのか、部屋の中にあるソファーに座りながらも傷跡を睨み付けている。
普通の御令嬢であれば、泣いて動けなくなる所である。
しかしそこはマグリット。
お気に入りの紅茶を淹れて、机の上に置きアレクの前に向かい合わせで座る。
「聞いて欲しく無いと、思っていた様だったから言及はしなかったが。
マグリット。
お前が旅だと言って出て行ってから、何をしていた?」
流石に聞かれるのは避けられないだろうと思っていたからこそ、嫌だったのだ。
今まで貴族令嬢として表情を取り繕う事は長けていた筈なのに、何故かアレクには何も言わなくても、わかってしまう事も多かった。
しかしやり直しを何度も経て。
流石にマグリットの身に色んな事が起こったのもあり、アレクにはマグリットが何を考えているのか、殆どわからなくなっていた。
それでも聞いて欲しく無い事はわかっていたし、今も話したく無いとわかる。
しかしこれは無視して良い問題では、無い。
じっと睨みつけるかのようにマグリットを見るも、涼しい顔で受け流す。
「そもそも僕の威圧を受け流す奴なんて、そうそう多くはないんだが。」
思わずピクリと反応してしまう。
しまった!と思えど、だからと言って怖がるような演技が自分に出来たのかと疑問にも思う。
今までのマグリットだったら、どうしていただろうか。
間違いなくプライドもある。泣いて怖がる事はしないであろう。怖いのを隠して凛と立つ事を心がける、のが正解か。
・・・今更だが。
「言う気は無いのか?
でもその傷。間違いなく魔物からの傷だろう。」
さてどうしようかと、紅茶をひと口飲む。
この傷はマグリット自身が応急処置で防いでしまった為、回復魔法士や医者が処置する程綺麗には治らない。つまりはなかなかに生々しい傷跡で、誰が見ても魔物にやられたとわかるものであった。
「言う事?何もありませんわ。」
「皇太子殿下の婚約者という自覚は?」
正直言うとそれは無いのだが、素直に言うわけにはいかず沈黙する。
「お前が皇太子殿下の婚約者という立場が嫌な事は知っているが、現状何も出来ないのも知っているだろう。」
そんなものは誰よりも、よく知っている。
「そうね、誰よりも実感してるわ。」
「・・・・・・・・・」
「でも?だから?
こんな傷があろうとも、婚約は無かった事になどなりはしませんわ。」
こんな傷ひとつで無かった事になるのなら、今までは何だったのかと叫び出してしまう。
「だからと言って・・・」
「だからと言って?」
どうせ何も出来やしない。
「なら、せめて何の魔物に傷を付けられたかを・・・・・・」
教えて欲しい、と呟く。
何処で何をしていたかも、冒険者だった事も、何もかも離したく無いのは確かに間違い無いのだが。
それ以上に、この傷がどうやって付いたのかを言うのが一番嫌なのだ。
心配どころか監視の元、軟禁される可能性すらある。
抜け出す事は容易いが、それはあくまでも最終手段であろう。
今回は学園へと通わなければならないのだから。
「お兄様、私どうしても言いたくない事がありますの。
だから。」
立ち上がり、座っているアレクを見下ろす。
その顔は挑発めいている。
その顔にアレクは不審そうに、眉間に皺を寄せながらマグリットを見る。
「勝負しましょう。
お兄様が勝てば、何でもお話ししましょう。
私が勝てば、誤魔化されて下さいませ?」
ーーーーーーーーー
場所はカンバーラント公爵家の敷地内。騎士団も訓練出来る広場。
しかし今は誰もいない。
普段は皇宮で訓練することの方が多いからだ。
「勝負、って本当にこれで良いのかい?」
そう言ってアレクは練習用の刃を潰した剣を掲げる。
少し間を置いて、怒りが落ち着いたのかいつもの口調へと戻っている。
対してマグリットも、同じような剣を持って対峙する。
「構いませんわ。」
「構わないって。僕はこれでも第一騎士団の副団長だよ?」
カンバーラント公爵家は代々第一騎士団を纏めている。
当主が団長を務めているので、現在はマグリットの父であるヘンリー・ウェールズ=カンバーラント公爵が団長を担っている。
だがしかし。
実力がなければ、纏まるものも纏まらない。
つまりはカンバーラント家の男衆は、騎士団を統括出来るほど強い。
アレクもアレクで実力の元、騎士団副団長まで上り詰めた男である。
「そんな事は百も承知ですわ。」
しかもマグリットはいつもの一人で着脱出来るタイプのドレスである。幾ら簡易で動き易いとはいえ、ドレス。
「ドレスで戦うなんて、出来るとでも思っているのかな?」
マグリット自身はアレクを侮っているとかではなく、冒険者として着ている服を着る訳にもいかず。
これでも部屋にある物で一番動きやすい物を着てきたつもりである。
純粋に戦いに向いている服が無いだけだ。
「仕方ありません。剣を振り回すのに適した服がありませんので。」
「なら、服装を言い訳にはさせないよ?」
君が言ったんだからね?と念押しされる。
が、大丈夫だろうと油断でも自惚れでなくそう思う。
今は刀を武器としているが、剣を使っている時の方が長かったのだ。息を吸うかのように扱える。
「じゃ、行く・・・・・・」
アレクは思わず言葉を止めてしまう。
マグリットに目線を向けた時点で、気付いたのだ。
「何処からでもどうぞ?」
勝てやしないのではと。
貴族令嬢らしく笑う、目の前の女は一体何なのか。
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勝負は一瞬であった。
「君、本当にマグリットだよね?」
地面に大の字に倒れているのは、兄であるアレクの方で。
「そうですが、信じられませんか?」
マグリットとしても、長引かせたくは無かったのだ。幾らマグリットの方が強いとはいえ、ドレスである。
動けば動く程、動きが阻害される。
「何で僕が倒れてるのかわからない。」
いや、わかる。わかるのだ。
目の前に対峙した時、これは強者だと。
でも、今までのマグリットを思い返してみても、やっぱりわからないのだ。
いつこんなに強くなったのか。そもそも魔法に関する本さえ無いのに、間違いなく最初に感じたのは魔力による闘気で。
旅だと出て行って、いきなり此処まで強くなれるものなのか。
「わからなくとも。約束ですわ、お兄様?」
倒れているのアレクへと手を差し伸べる。
その手を掴んで立ち上がる。
「逆にそこまで強くて、余計に何にそんな傷を付けられたのかが気になる事になってしまったよ。」
「それは、秘密です。」
そう言って屈託もなく笑うマグリットに。
「君はそんな風に笑うようになったんだね。」
と、嬉しいのか寂しいのかよくわからない顔でアレクも笑う。




