取り敢えずお願いします
取り敢えず座って話そうと、三人で執務室に備え付けられているソファーへと座る。
この状態で飲み物ひとつ無いのは如何なものかと、マグリットは空間魔法で紅茶を入れるセットを取り出す。
こんな事もあろうかと毒が入っていればわかる様、銀食器で用意する。
それを目敏く見た旬は、今ところ何も言わずに飲み物を用意させてくれるようだ。
手際良く紅茶の準備をしていく。
「お前、空間魔法まで使えるんだな。」
隠す気も無かったのもあり、素直に頷く。
空間魔法の使い手は、ギルドに所属している者であれば総じて高ランカーとなれる資質の持ち主である。つまりはマグリットが魔力の扱いに長けた上に、多くの魔力を持っている事は確実に気付かれた事実である。
三人それぞれの前に紅茶を置く。
マグリットが毒味として一番初めに口を付けると、次に旬が飲み最後にフレデリックが口を付ける。
「流石、良い茶葉を使っているのだな。」
フレデリックは嬉しそうに頷きながら飲み続けるも、旬の方は余り好きでは無いのか、毒味で一度飲んだきり手をつけようとはしなかった。
「お嫌いでしたか?」
マグリットも気に入っている茶葉だけに、気に入らないとなると少し気落ちしてしまう。
「普段飲まないからか、少し苦くて。」
今日の茶葉はそもそも何をしなくても甘めなのだが、旬はもしかしたら甘党なのかもしれない。
余計なお世話かと思いつつも、マグリットは砂糖を取り出し旬へと差し出す。
直接入れるのは流石に信用されていないのを知っているので出来なかったが、一応受け取ってはくれた。
「お砂糖ですわ。それを入れるだけでグンっと飲みやすくなるのですが・・・・・・余計なお世話だったらすみません。」
「・・・・・・・・・いや、すまない。」
受け取ってくれただけでも、最初よりはマシな印象だと思う。それだけでも僥倖かな、と思っていると旬は少し砂糖を眺めた後、紅茶へと投入し置いてあるティースプーンで混ぜる。
二人のやりとりを見ていたフレデリックがクスクスと笑う。
「想像以上に警戒心が薄れているようで良かったよ。」
感情が顔に出ないように気をつけているのだろうが、狼狽えているのが伝わってくる。それ程までにフレデリックの言葉に驚いたというのか。
最初から激情型だと感じたりで、影の割に感情豊かな奴である。
マグリットもフレデリックも狼狽えているのに気付くも、スルーして「これなら今から言うお願いも、少しは聞く耳持ってくれるかもしれないな。」と笑う。
「お願い、ですか?」
フレデリックは頷いて、マグリットへと顔を向ける。
マグリットは依頼としてフレデリックに魔法陣解説に数日間通っているが、依然としてローブにフードを取った事は一度たりとも無い。
しかしこれ以上の適任は居ないと判断し、皇帝陛下へと話も通してある。
「マグリットの護衛をお願いしたいんだ。」
初日以降名前を旬の前では呼ばないようにしていたのだが、それも今日で解禁である。
はぁ?と不審な顔をしながら旬はマグリットを見る。
「こんな強そうな奴に護衛?」
何を言っているのかわからないと首を振る。
するとマグリットはフードを取る。
現れたのは菫色の長い髪を邪魔にならない様にまとめ上げ、少しキツめの青い瞳を柔らかく微笑ませる、絶世の美少女と言っても過言ではない顔であった。
「!!!???」
想像以上の美少女に、驚愕を露わにして思わず絶句してしまう。
マグリットは立ち上がりドレスでは無いがローブの裾を持ち、マグリットを社交界の華と言わしめたカーテシーを披露する。
「こうして名乗るのは初めてとなりますが。
私、カンバーラント公爵家嫡女、マグリット・イングラム=カンバーラントと申します。」
流石だな、と思う。
カーテシーひとつで、ここまで目を引くものは誰であろうと出来やしない。これこそがマグリットが社交界の華と言われる所以である。
旬の反応はと見てみれば、驚き過ぎて口をパクパクするだけで何も言えなくなっているようだ。
それもそうだろう。冒険者としてやってきたSランクが公爵令嬢などとは誰もが想像だにしやしない。
「いや、え、あの、い、その、え?」
何をどう言えば良いのかわからないのか、混乱しているようで全く言葉になっていない。
カーテシーを止めて影にも名乗ってもらえたら良いな、なんて思いながら立ったまま周を見詰めるも、その視線が益々旬を混乱に突き落とす。
「カンバーラント公爵令嬢ーーー!!!」
思わず叫んでしまうのは致し方ないと思う。
当然、防音の魔法は掛けられている。
ーーーーーーーーー
旬が落ち着くのを待ってから、再度三人でソファーへと座る。
旬には何度もやり直している事は伝えずに、大まかにだが事情を話した。
マグリットが行方不明だったのは貴族の間では有名だったので、当然そこで影として働いている旬も知っていた。その行方不明の時に冒険者として過ごしていた事。
それほどまでにマクシミリアン皇太子殿下とは、婚姻したく無い事。
しかしそれ以上にマクシミリアンに近付いているジェシカが、魅了の魔道具を持っている事がマズイという事。
今回の魔石はジェシカに、魅了を掛けられないようにする為の物であった事。
マグリットの護衛を頼んだのは、マグリットに今付いている護衛が皇后陛下の手の物だという事。
その護衛は実力が伴って無く解雇する事は可能だが、次の者も皇后陛下の手の物だった場合やはり自由に動けない事。
旬ならマグリットの実力を知っていて、かつフレデリックとの縁がある事を知っている為、マグリットが暗躍しようがギルドの依頼があろうが問題無く動けるという事。
旬程の実力であればと皇帝陛下からの許しも貰え、皇后陛下が護衛に関して口出し出来なくなる事。
ある程度の事情を話す事が出来たのもあって、旬にも動いてもらう事が出来る事。
「つまりは護衛という名を冠した、同僚のようだと思ってもらえれば良いのだが。実際護衛が必要な訳では無いのでな。」
旬は話を聞きながら、紅茶を飲んでいる。それを見たマグリットは気付かれない程度に小さく笑う。砂糖を入れた紅茶は飲めるようだ。
「我は普段何をしていれば良いのでしょうか?」
「護衛をして欲しい訳では無いから、ずっとマグリットについていなけばならない訳ではないんだ。
現在別の影にはマクシミリアンとジェシカ=ウェルズリー男爵令嬢の監視を任せているんだが、普段はそこに加わって欲しい。人数を減らす訳ではないから、場合に寄ってはマグリットと行動を共にしてもらう事もあるだろうし、別の事を頼む事もあると思う。」
強制では無いとだけは伝える。フレデリック付きにも関わらず、ずっとマグリットの側にいる事になるのも、いくら主の頼みとはいえ気に入らない場合もあるだろう。
命令とあれば、それがどんなものであれ遂行する。
しかし。
(この任務が、嫌かどうか?)
純粋にそれだけを考えてみる。旬と同じ様にソファーに座っているマグリットをチラッと見ると、それに気付いたマグリットなニコリとする。
思わずドキリとしてしまうも、すぐに平静を装う。
しかしどうやらフレデリックには気付かれていたようだと、表情を見て理解する。
「嫌、ではありません。
得体の知れない時であれば流石に断ったでしょうが、今はこの方が何処のどなたかを知っているので、断るという選択肢はありません。」
嫉妬もしたが、マグリット本人を気に入らない訳ではないのだ。
むしろ素性がしっかりした分、申し訳なく思ったくらいである。
「それは、良かった。
だが身の程を弁えるように。」
そんな事言われなくても当たり前だと、旬は肩をすくめる。
そもそもマグリットはフレデリックの婚約者でもなんでもないし、むしろ何故こういう縁が出来たのか不思議なくらいだ。
今の今までお互い関わり合いさえ最小限だった筈ではと思うも、流石にそれは口にはしない。
しないが。(何となーく?何となく。嫉妬?執着?)そんな風に思うのは止められない。
確かにマグリットはマクシミリアンの婚約者かもしれない。
しれないが。以前にも思ったが皇子として婚姻する令嬢は爵位がしっかりある方が、双方にとっては良いのだ。
その点、マクシミリアンの婚約者と言う点を抜いて考えれば、この二人はアリなのでは?と旬はコッソリ考える。
「これからよろしくね。旬様。」
「敬称は要りません。私はあくまでも影ですので。」
今の今まで不敬な口振りだったのが嘘の様である。
「今まで通りの話し方で良いのですが・・・・・・」
「そう言う訳には参りません。」
マグリットだってわかってたが、今まで普通に話しかけてくれていただけに少し寂しい。
「そうよね、仕方無いわよね。」
「・・・・・・・・・」
それを感じてしまうと旬もどうして良いかわからない。そもそも旬も同じような感情を感じているだけに、否定出来ない。
「誰かに見られる関係性では無いのだ、そこまで気にしなくても良いのでは無いか?元々は同僚の様な関係性だと思ってくれれば良い、と言ったしな。」
フレデリックが二人の様子に助け舟を出す。
「確かに、そう、ですね。
ちょっといきなりの事で混乱しているのもあるので、普通に話せと言われても、流石に公爵令嬢と知ったからには難しいのですが、すぐに慣れると思いますので、それまではこれでお願いします。」
確かに混乱が伝わる話し方である。マグリットはクスクス笑って「楽しみにしているわ。」と旬へと笑い掛ける。
「なら、早速明日から頼む。」




