旬の熟思
「ーーーーーつまりは、この文字が否定を現しており・・・」
「だが、これは逆の意味の文字配列となるのではーーー」
主とあの怪しい女の会話を聞いてみるも、サッパリ理解出来ない。
魔法は使えるが、魔法を使えるからと言って魔法陣の理解が出来るかと言われると否と答える。
それ程、魔法陣の理解は難しい。
だからこそ無闇矢鱈に色々な魔法を使える人物は殆ど居ないし、それこそあの怪しい女がしたような無詠唱なんて、出来る気がしない。
確かに我は魔法よりも暗殺の方が得意だが、それでも一般人よりは魔法も使える。にも関わらず、無詠唱の魔法など初級クラスの物くらいのものが出来るか出来ないか、くらいのものである。
それをあの怪しい女は、我の剣を受けながらも詠唱なし、むしろ発語も無しに高度な防音の魔法を掛けやがった。
剣も受けられ、その後の攻撃も流され、挙げ句の果てには無詠唱の魔法。
あの怪しい女を主は信用している様だが、それがもし裏切られたとしたら我は主を守れるのだろうか。
主の命令だからこそ壁際で立っているが、普段であれば何かあればこんな距離一瞬で詰めれる。
しかし、対あの女が相手となると恐らく間に合わない。
あんなよくわからない今まで見た事もない女が何故、主の信頼を得ているのか。
信頼を何処で得たのかもわからない上に、何処で出会ったのかさえ不明だ。フードで顔を隠しているのも気に入らない。
主は顔が隠れているのも気にしていない。
しかも魔法陣の解説をしているからと、ちょっと距離が近過ぎやしないだろうか。あんな距離を保たれるのであれば、害されても文句は言えない。
あの女から殺気も感じないし、ましてや悪意さえも感じない。
主はこの帝国の皇子だ。それに対しての敬意も感じられる。それでも我が信用出来る程の情報が全く無い。
「殿下、少し詰め込み過ぎですわ。一旦休憩しましょう。」
その言葉に主は大きく息を吐くと、頭をガシガシとかく。
「休憩って・・・すまない。飲み物さえも出していなかったな。」
そんな事言ってもこの執務室には給湯室のようなものは付いて無いし、何かを用意しようと思うならこの部屋を出なければいけない。
あの女が用意するのは論外。しかし我がこの二人を部屋に残して部屋を出るなぞ有り得ない。当然、主が用意する物でもない。
「飲み物なら用意出来ない事も無いですが・・・恐らくは影の方が許してはくれなさそうですわ。」
「俺は気にしないんだが、流石にそうはいかんか。」
チラッと我の方を見て主が呟くが、流石にあの女が用意した物をおいそれと許す訳にも行かない。
フルフルと首を振るのを見た主は、肩をすくめる。
「どちらにしろもうこんな時間では無いですか。休憩、というよりももうお休みになって下さいませ。これ以上は私も容認出来かねますわ。倒れてしまうとお伝えしたでしょう。」
二人してかなり集中していた為、あの女が来てから二時間は経っている。日付けが変わってから女が現れたのを考えると中々にいい時間だ。
「しかしまだ理解に及んでいない。」
「殿下は充分優秀ですが、少し時間が足りませんね。
しかし流石に寝ずにやるのはお勧め出来ません。」
「それは俺も同じだ。君にも休んで貰わなければ・・・」
二人のお互いを配慮し合うのを見ていると、何だかちょっと余計な事をしたのかもしれない、なんて考えも過ぎる。
我が主はちょっと色恋に興味が無さ過ぎて、皇帝陛下にさえ突かれている。政務政務と他にも目を向ければ良いのに、と思った事も一度や二度では無い。
いや、まぁこんな素性の知らない者は有り得ないし、どんな者か知ったところで皇子である主と女を一人置いて、二人っきりになどさせられる訳も無いのだが。
だが顔さえも見せない女にこんな事を思ってしまう程、主のこの女に対する態度が今まで見て来た中でもかなり異質だ。
大抵の令嬢共にはキッパリと拒絶している節さえあるし、むしろ他人に対しては普段であれば、男であろうが女であろうが関係無しに踏み込んでくるなと、無言の壁さえ感じる。
そんな主の態度とは到底思えない。あの女に対して、気安ささえ感じる。
「今日は此処までに致しましょう。明日以降この時間であれば私はいつでも大丈夫ですので。」
「いつでもって・・・・・・流石にそれは。
君もしっかり休むべきだと言ったではないか。」
主にそう言われた女は、ピタリと動きを止める。
どうしたのかと目線を向けるも顔を隠している為、何を考えているのかはサッパリわからない。
「・・・・・・どうせ眠れませんので。」
ポツリと小さな声だったが、我は職業柄、耳が良いから聞こえたが、主は近かったのもあり聞こえた様でハッとした表情の後、悲しそう?寂しそう?辛い?そんな感じの顔で女を見ている。
主。そんな顔も出来るんですね。
正直、我よりも強そうで魔法も達者で、しかも魔法陣の解説まであの主に出来る程の頭の良さ。
しかも主からの信頼。
全てにおいてかなり気に入らなかった。主が我以外の者を頼りにしていると言う事実が、殊更気に入らなかった。
そうだ。そうだよ。嫉妬だとわかっていた。
あの女が主に敵意など無い事は、かなり早い段階でわかっていた。
それでも今まで主と一緒に居たのを、見た事も聞いた事も無いお前が何故そこまでの信頼を勝ち得たのか!!
嫉妬するなと言う方が無理だった。
主は我の唯一の主君だ。誰よりも信頼して欲しいと、願っていて何か悪い!!
でもだからこそ余計に。
主には我とはまた別の意味で、信頼出来る者を置いて欲しかったのも事実で。
あんな表情豊かな主は長い事見て来たが、殆ど見た事は無かった。嫉妬もするが、それ以上にこの女なら主を支える事が出来るのではと、期待してしまう。
たった二時間程だが、二人のやり取りを見て知っている。
二人の間に信頼関係はあるかもしれないが、間違いなく今の所、色恋なんて物はない。それでもこの女であれば主は皇子では無い普通の男で居られるのではと、少し望んでしまう。
「っなら、理解出来るまで数日この時間に通ってもらうのは大丈夫だろうか?」
何かを言いたいけれど言えない様な、何か言葉を飲み込んだ様な。
二人の間にどんな関係性があるのかわからない我には、主が何を言いたいのかは検討もつかないけれど。
確実なのは二人の間にあるのは、愛情などでは無いということ。
素性の知らない女だ。
そして主は皇子だ。
例えその二人に好きだという感情が現れたところで栓なきこと。
皇子である限り、結婚相手は他国の王族か公爵くらいまでだろうし、自国であれば公爵か侯爵、伯爵程は要るであろう。
そうでなければ苦労するのは女の方で。
皇子という立場のの妃教育はそれ程厳しい。上流貴族程の下地がない限り、どれだけ愛情があろうとも付いてはいけまい。
そこに我が何かを言うのは出過ぎであろう。
「明日以降も来るのであれば、我も居るからな。」
主にというよりあの女に対して伝え、わかっていると言う様に二人して頷く。
随分と息が合ったことで。




