取り敢えずスキルです
報告した後、フレデリックは考え込むように口を閉ざす。
黙られると途端にマグリットは手持ち無沙汰となる。もう冷めてしまったお茶を飲み干して、再度淹れ直す。
暫くすると、はぁ、と念話にも関わらず大きな溜息が聞こえる。
『そういう事であれば、マクシミリアンとジェシカ=ウェルズリー男爵令嬢を会わせないようにすれば問題無いのか?』
『そうですね。効果がどれ程の物かまでは確認できませんでしたが、ある程度の距離の近さと会話は必要不可欠では無いかと。』
ウェルズリー男爵領に居た頃のジェシカを思い返す。
やり直しの時に学園でしていた様に、身近に居る男性陣を虜にしている姿も見た。
男達に入れあげられ、貢がれ、チヤホヤされるのが気持ちよさそうな恍惚とした表情は忘れられない。
『絶対に会わないようにする事は可能なのであろうか?』
全ての行動を制限する訳にもいかない為、正直言って難しいかもしれない。
『取り敢えず、今日は会ってはいないようですが。』
『・・・・・・何故わかる?』
マグリットがずっとマクシミリアンやジェシカの近くに居なかった事くらいフレデリックだって知っている。そもそも学園で二人で教師として話し合いもしたのだから、その間の事など普通なら知るはずもないのだ。
『マクシミリアン皇太子殿下をずっと監視しておりましたから。』
『そんな事まで出来るのか?』
凄いを通り越して、むしろ呆れ気味になる。
『まぁ、流石に毎日という訳にもいきませんが。』
魔力消費が凄いし、それ以上にそれ以外に魔力を使えなくなってしまうのは流石に困る。
普通に公爵令嬢としてやっていた頃は魔力を使えなくても困らなかったのに、いざ使い方を覚えてしまうとなくてはならない物となってしまった。
『そうなのか。俺はそういった魔法に疎いからな。』
『あら、意外ですわね。
フレデリック殿下は魔力もありますし、お強いので魔法の扱いも長けているのとばかり思っていましたわ。』
お世辞でもなんでもなく、マグリットは本気でそう思っている。
が、フレデリックにとっては嫌味かと疑問に思う。
『Sランクになるような君に、強いなんて言われるとは思わなかったよ。』
書類を見る限り、フレデリックがマグリットに勝てる要素があるとは思えない。
『そうでしょうか?
フレデリック殿下は優しく、そして騎士になれる程強く、お仕事も手を抜く事なく完璧皇子様だと社交界ではいつも噂の的でしたわ。
夜会でもお茶会でもその場にいらっしゃらないのにいつも話題に出るお方。婚約者が居ないのも輪を掛けていらっしゃるのでしょうが・・・』
嫌味などでは無く、ただ毎回毎回社交の場へと出た時に聞かされる話である。フレデリック殿下の話題を出して皇宮に出入りしているマグリットから、何かを聞き出せたらと思っている御令嬢が多かったのだろう。
マグリットは一応マクシミリアン皇太子殿下の婚約者である為、フレデリックとも付き合いがあると思われている。
しかし実際にはフレデリック殿下の事もこうして念話で話す前は、挨拶くらいの軽い会話程度。婚約者本人のマクシミリアンに至ってはそもそも皇宮に来た所で会うことさえない。
『完璧などでは無いよ。』
完璧になれるならなりたいけどね、と溜息混じりに囁く。
『完璧かどうかはわかりませんが、フレデリック殿下は天才だと私は思っております。』
『天才?』
予想だにしなかった事を言われたかのような反応をする。
『ええ、天才。』
『何処が?俺にはマグリットの方が完璧で、天才だと感じるが。』
マグリットはそれはナイナイと一人首を横に振る。
『私はただこう在らねばならないと努力をせざるを得なかっただけですわ。その結果、勉強以外にする物が無かったのです。
天才でも完璧でもありません。
完璧に見えるようにあろうとしたまでですわ。』
フレデリックはマグリットをずっと見ていた訳ではない無いが確かに振り返ってみると、皇族であるフレデリックや、それよりも皇帝陛下となる筈のマクシミリアンよりもずっとずっと学修を強いられていたように感じる。
マグリットに対する酷い扱いを少しでも知るフレデリックは何も言えなくなる。いくら興味が無かったとは言え、これは見過ごすべきでは無かったかもしれない。
マグリットの扱いが他の者に知られるだけで、それは皇宮の醜聞にさえなり得る。
『だから私は完璧でも天才でもありません。そう見えるだけで、そして誰よりも全てにおいて学んできただけでございます。』
市井へ出て世間を知って、学修にばかり時間を使ってきた事を勿体なかったと思わなかった訳では無い。
それでも、知識がある事は本当に素晴らしい事だと知っている。
冒険者になるのでさえ、知識が無いだけで不利な事は沢山ある。むしろどんな仕事であれ知識が無いのはやはり不便だ。
市井で暮らす平民は識字率さえ低く、ロクな仕事に就けない者も多い。だからこそ誰でも受け入れてくれる冒険者になる者も多いが、字を読めないだけで依頼書ひとつ理解する事も出来ない。
字の読めない者は、ほんの少し蓄えがある者に至ってはギルドの受付に有料で読んでもらう。蓄えに余裕のある者は比較的格安で、依頼書が読める程までは教えてもらえる講義がたまに開催されるのでそれで習ったりもする。
全くお金が無い者に関しては、依頼書を無償で読んでくれる他の冒険者をギルドの中で探すしか無い。
見慣れない者の内は読んでもらえる事も多いが、何度も、となると字を習う気がないと見なされ、教えてもらえなくなったりする。
ギルドへ入る時の説明でもあったように、字が読めないだけでギルド内に置いてある依頼達成するための魔物の情報が載っている図鑑を読むことさえ出来ない。
マグリットが初めて市井へ降りた際、市井の暮らしに慣れない事も多かったがそれでも、本でどのように暮らしているかを知っていた。
それだけでも全く知らないより、ずっと心の準備が出来ていた。
使い道があるかどうかわからない知識でさえ、いつ何があって必要となるかわからないのだ。
だからこそマグリットは学修を無駄だったとも思わないし、むしろ様々な知識あって良かったとさえ思っている。
それだけ知識が無くて、苦労してきた者達を見た。
その点では皇宮に感謝しているかもしれない。
『フレデリック殿下はそうでは無いでしょう?
かなりお若い頃から政務を熟している殿下は、おそらく小さい頃から優秀であったでしょうから。
そこに努力が無いとは言いませんが、そもそも凡人が念話しながら別の言葉を話すなんて事出来る訳がありません。』
結局はマグリットはこれをフレデリックに言いたかっただけである。それに気付いたフレデリックはキョトンとした後『ハハハ』と珍しく声を出して笑う。
『なんだ、マグリットは念話中に違う事が出来ないのが不満なんだな。』
『そうではありません。羨ましいだけです。』
マグリットも珍しく年相応にプンッと頬を膨らます。
『天才じゃなくて、こんなのは慣れだよ慣れ。
マグリットもいずれ絶対出来る。
君は器用そうだしね。』
プライベートの話などした事もなかったのに、あまり身分を気にしないでいられる今の関係がお互い心地良いのか、ポンポンと会話が弾む。
『器用でもありません。魔石に魔法陣ひとつ刻めません。』
本題から話が逸れるも、何だかお互い念話を切る気も無い。
ベッドに腰掛けていたのを立ち上がり、机に置いてある魔法陣を刻んでいる最中の魔石を手に取る。
『ん??君は魔道具にも手を出しているのか?
器用じゃなきゃそんな色んな事出来ないと思うが?』
『だから出来てないって言ってるじゃありませんか。
魔法陣の理解は出来るんですが、どうしても魔石に魔法陣を刻めません。』
出来ないと伝えているのを問題とせず、念話であっても驚愕が伝わってくる。
『魔法陣の理解が出来るのか?』
『出来ますよ?
むしろそちらは得意ですので。』
魔法学者であった経験のためであるが、そこは敢えて伝える必要は感じない為言わない。
『俺とは逆だな。
魔石に魔法陣を刻めるが、魔法陣を創るとなるとかなり時間が掛かるんだ。』
『参考までに刻むのにはどれ程の時間を要するのでしょうか?』
マグリットの質問に少し困ったような雰囲気を感じ、言いたくなければ構いません、と伝える。
『いや、まぁ、隠す事も無いしな。
スキルだ、スキル。
魔石に魔法陣を刻むことが出来る。
だからスキル行使で、刻むだけなら一瞬だ。』
ーーーースキル。
それは全員にあるものではない。
しかも必ずしも発現するとは限らない。
魔法はあれど、スキルは解明されていない力である。
個人個人で違い、発現した者も少ないためスキルを見つける方法でさえ確率していない。
マグリットはまるて新しいオモチャを見つけた子供のような顔をする。
『スキル!!!スキルが使えるのですか!?
それは素晴らしいですね。
殿下!!私、魔法研究が好きなんですけど、そのスキルについて研究させて貰えませんか!?いや、でも『待て待て待て待て!!』』
『既視感が凄い。』
呆れた様子でフレデリックに言われてしまう。
『それは・・・・・・・・・すみません。
でもスキルを使える方が殆ど居ない為、どうやって発現するのか、それはもう調べれそうな事が沢山あるじゃないですか!?それを黙っておけなんて、そんな事出来ると思ってるんですか!?』
止めたところで興奮は落ち着いたりはしない。念話で話しながらもマグリットは一人ベッドにゴロゴロしながらキャーキャーしている。
流石に自重して声は小さいが。
『そうは言っても調べるとはどうやって?』
『それは・・・・・・・・・はぁ。』
落胆がどうしたって声に出てしまう。
『俺達は二人では会えないからなぁ。』
そうでした、とマグリットは目に見える程落ち込む。
『何故私はマクシミリアン皇太子殿下の婚約者なんでしょうか・・・』
『そんな今更な。
この件が上手い事収まれば、いずれ調べる事も出来るかもしれないだろ?』
暗にそれを糧に頑張れ、と言われている様だ。
そうは言っても、そんな事出来るのかしら?とも思う。
マクシミリアンとの事が上手くいき、婚約解消か破棄になった所で、市井とは違い貴族社会で男女二人っきりになどなれやしない。
しかも皇子と公爵令嬢の二人である。
どうあったって皇子の身体を調べる事など出来そうも無い。
使用人が側に居る時点で、魔法やスキルの研究等出来るはずもないし、もしそれを加味しなかったとしても、皇子が研究対象にされるのを黙って見てくれる者など居てやしない。
お互いがお互い感じるのは、周りを気にせず会えればな、というものであった。
フレデリックも魔道具作りにマグリットの知識が欲しいし、マグリットもスキルの研究としてフレデリックに気兼ねなく会いたい。
しかしそれはやはり叶わない。
残念だな、と心が感じる。
好きや嫌いなどの恋愛感情、というよりかは協力者という関係になってから、身分上の差をお互いが余り感じなくなっていた。
二人とも他よりも身分が高すぎて、貴族社会に置ける信頼できる友人なんて者は居ない。
臣下であれば信頼している者も居ない事はないが、友人とはやはり違う。
こうして今後の事以外の、プライベートな事を話す時間が殊の外楽しい。
けれども今まで社交の場で親しくしている様子も無かった二人が、いきなり仲良くなれば誰もが間違いなく邪推する。
しかも要らない火種にさえなりそうで。
やはり貴族の中にも派閥はある。
第一皇子派、第二皇子派。そしてマグリットの公爵家は今のところ中立を担っている。
マグリットとフレデリックが仲良くなって仕舞えば第二皇子派が何を言うかわからない。
帝国法では今回第二皇子が皇帝となるが、第一皇子の有能さと第二皇子の無能さが、どうしても派閥を生み出してしまった。しかもかなり、溝も深い。
だからこそ政治的観点からいっても、マクシミリアンが中立であるカンバーラント公爵家の令嬢を皇后にする事は必要事項であった。
((二人で気兼ねなく話すには・・・・・・・・・))
お互いがお互いにそこでピタリと考えを止める。
これ以上は考えてはいけない。
もしそんな事になってしまったとしたら政治的バランスが崩れて大変な事になってしまう。
好きになってもならなくても、マグリットとフレデリックが親密になるのは誰の益にもならない。




