〜過去編五回目の始まり〜
また夜中に目覚める。
自死でも駄目だったのかと、感情は余り無くなったものだと思っていたにも関わらず残念に感じる。
どうしたら、良いのだろう。
何度もこのまま呆然としたまま死ぬを繰り返して、何の意味があるのだろう。それともいずれ終わりがくるのだろうか。
いつ終わるかも分からないのに、何度もこのつまらない事を繰り返す必要はあるのか。
ベッドを出てバルコニーに出る。
相変わらず月は綺麗で、世界は何も変わらない。
寝間着のままバルコニーに寝転がり、夜が明けるまで空をずっと眺めていた。
寝ていたわけでは無いが、バルコニーに寝転んだまま朝日が眩しくて長い事目を瞑っていた。
ずっと目を瞑っても眠気は来ない。
いつからか殆ど寝れなくなってしまったのだ。長い時間、目を瞑っていたところで寝れやしない。
動くのも、なんなら目を開けることさえ億劫で。
朝日が昇って使用人達が起き出したのか、少しずつ騒がしくなってもバルコニーに寝転んだまま呆とし続けた。
当然、マグリット付きであるソフィーとノクトが部屋へとやってくる。
『お、おじょ、お嬢様!!!何をしていらっしゃるのですか!?』
慌て過ぎではないかろうか、とも思うが口には出さない。
慌てて二人でマグリットを起こし、寝間着に付いた汚れを払ってくれ、心配しながらも再度ベッドへと運ばれる。
マグリットは又目を閉じる。バタバタと焦った様な声も聞こえたが耳に入ってこない。
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やる気もなくボーッとしているだけだが、動けない訳ではない。
このままこうしていたって殺されるのは同じ事。
無駄だな、と思う。
どうせ死ぬのであれば、貴族社会に縛られる必要は無いのでは?と急に思い立つ。
でもいきなり何も持たずに市井へ出たところで、どうして良いのかわからない。魔力はあれど扱いに至っては卓上の理論でしかないし、生活する上で扱えるのかもよくわからない。
そもそも普通にお金が無い。
仕事をしてお金を稼ぐ、というのは知っている。
しかし仕事はどうやって見つけるのかもわからない。そもそも働いてすぐにお金は貰えないのではないのか?貴族に仕える使用人達はひと月毎にお金が支払われている筈だ。
お金も持たずに市井へ出たところで、直ぐに仕事がなんとかなったとして、お金が無いひと月分をどう過ごしたら良いのかわからない。かと言ってマグリットの部屋には宝石類やドレスはあれど、どんなに確認した所でお金は無い。
それでも外へ出てみたいという欲求がそれはもう魅力的過ぎて、忘れられそうにない。例え仕事を見つける事が出来ず食事が出来なくて、のたれ死んだとしても、どうせこのまま此処に居ても死ぬ命。後悔など無い。
感情が削ぎ落とされ、心が壊れていようとも、それを取り繕える様にならなければ、きっと外ではやっていけない。
感情が伴わない笑顔であろうとも、心が籠っていない会話であろうとも上手く熟さなければならない。
大丈夫。出来る。
今まで学修してきた中に、感情を隠す術も習ってきたのだから。
まずはそう。
少しずつ回復してきたように、屋敷の者達に見えるようにしよう。
そしてこの邸内にある図書室で本を読む。
市井へ出て少しでも困らないように、市井の事が載っている物を片っ端から読んでみよう。
他にやりたい事がある訳ではない。急ぐ必要も無いのだから、周りの人達に違和感を感じさせないように慎重に。
回復傾向にあろうとも、いきなり学園へ放り投げるような事は間違いなくされやしない。
あれから日数を掛け、リハビリという名の図書室通いが許された。
相変わらず飲食や睡眠は余り取れてはいないが、それでも必要最低限は自身の手で口に運ぶようにはなった。
屋敷内の図書室は公爵家という事もあり、かなり広く蔵書も多い。
市井についての本もかなりあるのでは、と期待するも情勢等は載っていれど市井での生活する術は載っていなかった。
それでもお金が無ければギルドに登録する、という情報は見つけた。
成る程。それならば少しの間でも、何とかなるかもしれない。
貴族令嬢ではあるがやり直しの世界での知識がある為、魔法も少しは使えると思う。外に出てから練習出来そうなところがあれば練習すれば良い。
これ以上此処にいても情報は得られないと判断するも、次はどうやってバレないように屋敷を抜け出すかで頭を悩ます。
大抵の者達は気配等読めはしない。しかし此処は公爵家。
護衛も居れば、使用人でさえ気配が読める者が居たりする。その者達をどうにかしない限り、バレずに屋敷を抜け出すのは至難の業である。
幸いにして人数がいるわけでは無いし、マグリット付きで限定するならノクトを何とかすれば大丈夫なのでは?と思う。
しかしそのノクトが問題である。マグリットがこんな状態になってからと言うもの、かなり付きっきりで世話をしてくれている。
少し位離れてくれても良いのに。
行動ひとつひとつ確認されており、居心地は余り良くは無い。それでも忠誠心から来ているだけに、あまり強くは言えなかった。
「お嬢様、少しご相談が。」
マグリットがどうしようか悩み出して数日後。
リハビリ中と言う事にしているので余り多くは話さない。
首をコテンとするだけで尋ねる。
「公爵様から少し第一騎士団に来てくれないかと命を受けまして。」
純粋に何の用事かは気にはなりはしたものの、これは好機ではないかと思う。
しかしそれを表情に出して仕舞えば、不審に思われてしまう。
何でも無いように、意識しながら頷く。
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」
お互い無言で見つめ合う。ノクトは違和感を感じてはいるが、それが何なのかまではわからない。
それでも少し過保護過ぎたのもあり、行動全てに対して干渉し過ぎたかな、と反省もある。
いつまでも黙っている訳にもいかない。了承は得たのだ。
いくら自身の主と定めたのがマグリットだとして、実際の雇い主は公爵。無視は出来ない。
余り長い時間では無いと言われていたのもあり、後ろ髪が引かれるものの、早く戻りますので!と伝えマグリットの元から去る。
今しか無い。
今ならノクトだけでなくソフィーも席を外している。
他に居る気配の読める者の事はわからないが、マグリット付きでは無い為、そこまで過敏にはなっていない事は間違いない。
これ程の千載一遇の好機が、今後訪れるとも限らない。
流石に市井での生活が不慣れで世間知らずであろうとも、視察にだって出る事はあるし、買い物にだって行く事はある。
つまり今着ている家着用ドレスでさえ、平民の中に入ると浮く事くらいマグリットにだってわかる。
ずっとノクトとソフィーが張り付いていた為、いざ出て行ける時になった時の準備などは殆ど出来てはいない。
むしろソフィーが侍女として優秀過ぎて、少しでも物が無いと気付いてしまう。
だからこそ荷造りなんて事は出来なかった。それでも市井に出る際に着替える為に、少しでも地味なドレスを選ぶくらいは出来ている。
急いで部屋に備え付けてあるドレスルームへと入り、着替える。
普通であればドレスを着ている訳で、コルセットなどもある為、脱ぐのでさえ一人では出来るものではないのだが、家から出ない事とマグリットが療養中というのもあり、かなり簡単に着れるタイプのドレスを着付けられていた。
だからこそ一人でも素早く脱げる。
ドレスを着替えたらドレスルームに置いてある、小さな肩掛け鞄に適当に装飾品を詰める。
生活費がいる。売ればそれなりにはなるだろう。
鞄を肩に掛けるも、玄関から出るにはリスクが高すぎる。むしろ見つからない訳がない。屋敷中使用人がいるのだ。
見つからない為には、唯一外との繋がりであるバルコニーしかない。
しかしここは三階。
魔力制御なら得意だ。それでも魔法はまだまだ使えるとは言えない。
それでもそれが出来なければ、屋敷に篭って牢屋に入れられる迄の時間を過ごさなくてはならない。それはもう嫌だ。
魔力がキチンと扱えず、落ちて死ぬのであればそれはそれで問題無い。死ぬのが怖いわけでは無いのだから。
しかし死なずに、動けない怪我になるのが一番困る。
三階から落ちたとなればそれはもう、なかなかの音がするであろう。当然使用人達が挙って飛んでくるに違いない。
そうなればもう今世はお終いだ。今以上に監視の目が強くなり抜け出す事は叶わないであろう。そして皇太子殿下の命に逆らえず断罪の場へと連れ出されるのだ。
そんなのはもう有り得ない。嫌だ。
身体強化の魔法など使った事は無い。それでも練習時間などは取れなかったのだ。牢屋の中で読んだ魔道書だけが頼りの、ぶっつけ本番の一発勝負。
やって見せてもらった事もなければ、出来てるか確認してくれる者もいないが、ここで抜け出さずにいつするのか!!
そして身体全体を魔力で覆う。腰から下には多めに魔力を流す。
早くしなければ誰が部屋へと来るかわからない。
肩に掛けた鞄を胸の前で抱えてバルコニーから飛び降りる。
反射的に目を瞑りたくなるも、踏ん張って着地する。
身体強化としては上手く出来ているかはわからないが、魔力の多さでカバー出来たようで、衝撃もなく、かなり静かに着地することに成功する。
身体強化は解かず、そのまま走り出す。
公爵令嬢らしく、このように走ったりなどは殆どした事など無いにも関わらず、魔力のお陰で問題無くかなり速いスピードで屋敷外へと走り抜ける。
それでも魔力で無理矢理底上げしただけであって、マグリットには然程体力は無い。
走った事によって心臓がバクバクして、はぁはぁと息苦しくもなってくる。直ぐにでも止まってしまいそうな足を叱咤して進ませる。
ダンスの練習で体力はあると思っていたが、純粋に走るとなると、全然全く体力は無かったんだな、と思う。
市井の地図は頭に叩き込んで来たが、こんな調子では帝都から抜ける事など出来やしない。
それでも少しでも遠くへと。隠れたとしても近過ぎてはすぐに見つかってしまう。
疲れて今直ぐにでも立ち止まりたい。
それでも一人で外へ出た達成感が凄い。
もしかしたら直ぐにでも見つかってしまうかもしれない。
それでも。
走ってて苦しいのは変わらない。
それでも。
こんな事をしたところで、直ぐに見つかって軟禁されるかもしれない。
それでも。
楽しい。
こんなに心から楽しいと感じたのはいつぶりなのだろう。
雲一つない大空を見上げて。
走りながらも大きく息を吸い込む。
楽しい。
楽しいのにポロポロどころかボロボロと涙が出てくる。
もし捕まっても後悔は無い。
それでもこのまま見つからなければ、死なないかもしれない。
もう皇族に振り回されなくてすむかもしれない。
公爵家である実家は嫌いでもない。むしろ好きだ。
切り捨てる事など出来ないと思っていた。
それでも。
どうかこのまま、放って置いて欲しいーーーーーーー




