取り敢えず残り一ヶ月です ②
朝はかなり早めに起きた。
朝食は出来るだけしっかり食べたいので、昨日の残りのスープにパンを炙ったもの。ベーコンと卵を焼いたものにリンゴも付けて食べた。
慣れた手つきで野宿の片付けを済まし、身体を簡単に解す。
「さて、行きますか!」
やはりなかなかに一階下がる毎に時間が掛かるようになり、すでに昨日野営をした時間に程近い。
それでもキリ良く行きたい。
昨日とは違い時間は掛かっているが魔力はある。
少し休んでから次の地下五十階へと行こうと決める。
「でも流石にここまで長いダンジョンだとは思わなかったわね。
そろそろ終わりにして欲しいのだけれど。」
水分を取り、軽食を口にする。
やはりこう言う場合簡単に食べれるドライフルーツ等になるが、そろそろ違う物も食べたい。
それでも調理は落ち着いてからしたい。つまりはまだ動くとなれば結局はこう言った軽食に頼ってしまう。
実は言うと、次の階が最後ではないかと思っている。
このダンジョンの主であろう魔力がここまで来る。
魔力があまり無い者であれば、これだけで気絶してしまうのではと思われる程の魔力での圧力を感じる。
「よしっ!」
気合いを入れる。予想外の事が起こるかもしれないため、油断はしない。むしろ油断など出来る相手でも無さそうだ。
階段を降りていくが、何だか今までよりも長い。
しかも今まで無かったにも関わらず、階段の壁に装飾がされている。
苔しかなかった今までとはえらい違いだ。
蝋燭で灯りがとってあったり、絵画まで飾られている。
ダンジョンというより、どこかの洋館に迷い込んだかのようで気味が悪い。
ダンジョンの主の趣味かもしれない。
そう思って居る内に遂に五十階の扉の前に立つ。間違いなく向こうもマグリットが居る事は気付いている。
扉を開けると「けひゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ!!」とまるで狂ったかのような甲高い嗤い声が響く。鼓膜が破れるかという勢いだ。
そこに居たのは顔はかなりの美人、しかし腰から下は蜘蛛の最上級クラスの魔物。マグリットの倍以上もあるかなりサイズの大きいアラクネである。
すでにアラクネは臨戦態勢で、部屋全体に糸が張り巡らされている。
広いとはいえダンジョン内では余り大規模の魔法は使えない。つまりはメインは刀での攻撃となる。
最初から全力で行く。
刀に魔力付与、属性付与を施す。属性は雷。
雷を纏った刀はバチバチと瞬いている。
部屋中に糸はあれどそこはやはり蜘蛛の糸。隙間もあるためそこを走り抜ける。
アラクネも黙って見ている訳でもなく、顔はこっちを見ながらも、マグリットを捕らえようとお尻から大量の糸を放出させる。
それを時には避け、時には切り裂く。
やはり部屋が広い。
アラクネ本体に近付く前に、攻撃が来て再度離れてしまう。
それでもあくまで慎重に、糸に絡まるのは悪手だ。
最上級クラスの魔物の攻撃だけあり、絡まってしまうとこれがまたなかなか取れない。この糸のせいで帰れなかった冒険者は数知れない。
糸は水で溶ける訳でもないし、燃えにくい為燃やした所で燃え広がりもしない。風で切るにも数が多すぎる。
つまりは糸に触れないのが、一番の防衛である。
刀に巻き付いたものは、雷の属性でその部分だけは焼き切れる為今のところ問題はない。
かなり早いスピードで縦横無尽に走り回り、糸が来ないようにしながら少しずつ近付くも、一瞬の隙をつかれてしまい糸が脇腹に当たる。かすり傷とは言えないが程の傷だが、マグリットは怯まない。
「でも時間は掛けれないわね。」
それを証明するかのように、少なくない血がダラダラと流れ出る。
やっとの思いでアラクネに接近し、刀を横薙ぎにするも巨体であるにも関わらずスピードもあるようで、難なく避けられてしまう。避けられただけでは攻撃の手は緩めない。そのまま連撃する。
アラクネも蜘蛛の足で応戦するも、マグリットとの距離が近過ぎて大量の糸は出せないみたいだ。
しかし糸が使えないからと言ってアラクネの攻撃力は下がらない。むしろ距離が近くなった分、危険度は上がる。
アラクネの蜘蛛の足で少しでも肌に傷を付けられたら終わりだ。今でさえスピード勝負はほぼ互角。そこにもし足で傷を付けられてしまうと、神経毒で動きがかなり阻害されてしまう。
つまり攻撃もさることながら、防御にも手は抜けない。
アラクネは足が八本ある。刀一本で捌くのはかなり骨が折れるも、カキン、ガキン、と刀と足の爪が交わる音が暫く続く。なかなか攻撃に刀を振れないながらも、隙を窺う。それに痺れを切らしたのはアラクネの方であった。
口を開けて、マグリットに咬みつこうとする。それは足以上の脅威である。
蜘蛛であるアラクネに咬まれると、神経毒どころか即死に至る。
咬まれてしまうと即座に身体の中に毒液を注入され、注入後身体の中では溶血作用と壊死を起こし、内臓を損傷され多量の出血、壊死が起こり死に至る。
死んだ後はアラクネに身体の中身を吸われ空っぽになってしまい、そしてそのまま捨て置かれてしまう。
咬みつこうとした口はマグリットがギリギリの所で避け、空振りとなる。
少し近過ぎるかと、離れようと地を蹴るもアラクネに左腕が捕まってしまう。その際肌が浅くだが爪で引っかかってしまう。
しまった!と思うもすでに身体は痺れを感じ始めている。解毒しようにも捕まったままでは出来ない。
アラクネは痺れさす事が目的では無い。捕まえて逃げれなくなったマグリットの首筋目掛けて咬みつこうとする。
しかし捕まっているのは左腕のみ。刀を持っている右手はフリーである。
刀を振り翳し、アラクネに向かって振り下ろす。
時間に換算すれば、然程長くは無かった。
だが、これ程までに傷付いたのは久しぶりで、それでも後悔は無く、むしろここのダンジョンの主がアラクネだった事はマグリットにとって僥倖であった。
魔力もあるし、攻撃や補助魔法はまだ得意の分類だが実はマグリット、回復魔法となると然程得意では無い。
応急処置程度であれば出来るが、回復魔法士や医者の様に医学として勉強して来た事はあまり無い。
本を読んだ事がある位で、それを役立てれる程では無いのだ。
つまりはアラクネに傷付けられた脇腹の回復と神経毒の解毒までは出来ない。精々が脇腹の傷口をふさぎ、これ以上の血が出ない様にする事くらいである。
マグリットは取り敢えず傷口を魔法で塞ぎ、空間魔法に置いてある解毒薬と増血剤を飲む。
解毒薬は神経毒に特化したものでは無いので、どちらかというと気休め程度で、増血剤はすぐに効き目が出るものでもない。
それでもフラつきそうな体に鞭打って、アラクネと部屋中にある糸の回収をする。
何も無くなった部屋はやはりかなり広く、ダンジョンの秘宝は何処かとキョロキョロと辺りを見回す。
秘宝はやはり隠されているのか、歩き回ってみる。
間違いなくこの階で終わりのようで、階段は見つからない。
つまりは此処が最深部なので秘宝があれば何処かにはあるのだが、簡単には見つからない様に出来ているらしい。マグリットは今までダンジョンを攻略した事が無かった為、秘宝がどの様にして置かれているのか見当もつかない。
フッと違和感を感じる。
特に周りと大差無い岩肌を撫でる。
綿密な結界がある事に気付いて、此処かと当たりをつける。
仕掛けがあるようには感じないし、わかった所で解除方法がわかる自信もない。
結界自体の解除としてはおそらく出来ない事はないだろうが、時間は掛かりそうだ。
どうせ秘宝は最初に攻略した者だけの物なのだ。
「問題ないわね。」
再度刀を構え直し、集中。
多めの魔力を刀に込める。
一閃。
ガラガラと壁が崩れ、奥には小さな台座がありその上にはかなり大きい原石であろう赤く輝く宝石がある。
触るのさえ戸惑ってしまう程の輝きを放っている。
正直好きでダンジョン攻略をやった訳では無いだけに、いざ秘宝を目の前にするとこれはかなり気持ち的に重たい。
「でも持って帰らない訳にはいかないですよね。」
綺麗なタオルで包み直接触らないようにして空間魔法に仕舞う。
「おそらくは金貨百枚はくだらないでしょうね。」
確かに冒険者に取って命懸けで攻略するに値する物なのは確かで、これを皇帝陛下に献上すれば覚えめでたくなるのは間違いない。
取り敢えずこれでやっと完了したとホッとする。
忘れていたが、身体中汗と血、敵の返り血でかなり汚れている。昨日にやった様に指をパチンとならし浄化魔法を掛ける。
もう此処には用事はないと、転移魔法ですぐさまダンジョンから立ち去る。
「おまっ!お前!!」
「噛みましたね。」
マグリットは突っ込むもギルドマスターは聞いていないかのように慌てている。
「どうしたんだ!?顔色が白いを通り越して青いぞ!!」
しまった!と思うももう遅い。
マグリット自身、そこまで顔色に出ているとは思ってもみなかった。
「何でもありません。」
「何でも無い訳あるか!!
お前怪我してるだろ!!」
それだけ言うと大慌てで外へと出て行き、すぐさま戻ってくる。
「医者呼んだから、そこのソファーに寝転んどけ!」
そうは言われても流石にそれは、とマグリットは動かない。
しかしギルドマスターはそれを良しとせず、無理矢理マグリットの肩を押して寝転がらせる。
(想像以上に私はギルドマスターを信用しているのね。)
途端に疲れが出たのか、一瞬で気絶に近い形で意識が飛ぶ。
ーーーーーーーー
目を開けると見知らぬ天井が目に入る。
此処はどこかと、目が覚める前の事を思い返す。
(あぁ、あのまま倒れてしまったのね。)
失態を晒してしまったと落ち込むも、あの場合は仕方なかったのかな、とも思う。
窓際に設置されたベッドの上で寝かされていた。座り外を見ると夜のようで暗かった。むしろ部屋の電気さえ付いていないし、家の中に人の気配も感じない。
(此処は何処かしら?)
とも思うが、起き抜けでまだ怠いく思考も余り働かない。
暫くボーッと外を眺めていると、誰かが家の中に入ってくる音がする。
「おかえりなさいませ。ギルドマスター様。」
ベッドに腰掛けたまま、部屋の中に入ってきた人物に声を掛ける。
「!!??
起きたんだな!良かった。」
驚いた顔の後、安堵した表情をしてベッドの側までやってくる。
「そこまで心配を掛けてしまいましたか?」
「そりゃそうだろ。俺のせいでもあるし。
何よりお前丸三日寝てたんだぞ。」
今度はマグリットが驚愕を露わにする。
「そんなに寝てたんですか?」
「医者が言うには、神経毒と失血のショックだろうという事だ。」
ギルドマスターはコップに水を入れて渡してくれる。
ありがとうございます、とそれを飲み干す。気付かなかったがかなり喉が渇いていたのか、あっと言う間に無くなってしまう。
何も言わずとも、おかわりのお水を入れてくれる。
(意外と尽くしそうな方ね。)
「すいません。ご迷惑をお掛けしたみたいで。」
考えている事をおくびにも出さず、ペコリとお辞儀する。
「いや、それは良いんだが・・・」
何だか歯切れが悪い。
ん〜?と考えて、あぁ、と腑に落ちる。
「気にしませんので、気になさらないで下さいませ。」
「だが!「大丈夫ですわ。」
ギルドマスターが何かを言おうとするも遮り、微笑みを向ける。
脇腹を摩る。痛みは無いが引き攣るような感覚がある。
「かなり大きい跡が残ると・・・」
自分で無理に傷を塞いだのも原因のひとつである。マグリットは本当に全く気にしていない。
しかしギルドマスターはマグリットが貴族だと気付いているからこそ、余計に居た堪れない。
「これしきの事が気になるくらいなら冒険者になど、なったりしませんわ。」
マグリットは本当に気にしていない。
もし、本当に、フレデリックが言う様に処刑を回避されて死ななかったとしても、そのまま貴族社会に残るのかと言われると、正直しっくりこない。
繰り返しが続くのであればもう終わらせたいと思った。だからこそ殺してくれとフレデリックに頼んだ。
もし繰り返しがもう無いのであれば、自身は死にたいと思っているのかも、今は考えてもわからない。
貴族令嬢として傷が残るのは致命的だ。
でもそれ以前にマクシミリアンと婚約が無くなる時点で、傷物令嬢として、嫁ぎ先を見つけるのが難しくなるのも知っている。
婚約破棄になった女の行き先など碌なものではない。
かなり年配者の後妻か、愛人が多くいると噂になる様な男ばかりであろう。
そんな者に嫁ぐ必要があるとも思えない。
カンバーラント公爵家が無理矢理何処かに縁繋ぎとして嫁がせるとも思えない。
そしてマグリットは一人で生活する術を知っている。
まるで自分が怪我をしたような顔をしていたギルドマスターだが、いつまでもこの会話をしたところで無駄だと悟ったのだろう。
フルフルと頭を振って思考を切り替える。
「それで、その怪我は一体何があった?」
「アラクネに出会いまして。」
その言葉を聞いたギルドマスターは、口をパクパクさせて声が出ないようであった。
「それで少し避け切れず。」
「あ、アラ、アラクネだと!?」
驚愕の表情のままマグリットの身体中をベタベタと触って怪我は?体調は?と聞いてくる。
むしろ今の今まで寝ていたマグリットより、医者の話を聞いているであろうギルドマスターの方がその辺りは詳しそうであるが。
マグリットは思わず、平手打ちでギルドマスターの頭を叩く。
「仮にも未婚の淑女にそのように触るのはやめて下さいませ。」
「す、すまない。」
「兎に角、問題ありません。」
そう言いながら秘宝を取り出す。
「いや、これはかなりの・・・」
人は驚き過ぎると、いっそ冷静になるのかもしれない。
「これで条件クリアですね。」
「アラクネは?出会ってどうしたんだ?」
それ、と言いながら秘宝を指差す。
「何でそれがあると思ってるんですか?
アラクネは倒させて頂きました。」
「アラクネを倒した?アラクネってあのアラクネだろ?」
「他にあるんですか?」
「いや、無いが。
あのSランク同士がパーティー組まないと倒せないというアラクネだろ?」
「まぁ、そうですわね。」
「えっ?お前そんな奴倒せんの?」
一人で行ったんだよな?と確認される。
間違いなく一人である。
今世では特に他の親しい冒険者の知り合いは作ってはいない。
「倒しましたね。なんなら見ますか?」
「又全身持って帰ってきたのか?」
「ダンジョンの主の魔物が何かは知りませんでしたが、アラクネであったのは良かったですわ。」
「アラクネ倒す程の、規格外とは思ってもみなかったが・・・
アラクネは別に見せんでいい。倒した証拠だけ出してくれれば問題無い。必要なんだろう?」
流石よくわかっていらっしゃる。ギルドマスターの言葉に頷く。
「んで、階層は?」
「地下五十階までありましたわ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・そうか。しかもその短時間でか。」
魔物が闊歩するダンジョン五十階分をたった二日は有り得ない早さである。
そもそも五十階層もあるダンジョンなど、踏破出来る者などいない。
「むしろSランク昇格試験にしては難し過ぎたな。」
「確かにそうですね。一人でやる物ではありませんでした。」
「それを遣って退けるのは、全くの予想外だがな。」
思わず目をパチパチとしてしまう。確かに此処までやる必要は無かったかもしれない。
戦っていると、こう気分が昂揚するというか、どうもやり過ぎてしまう。
「それは、すみません?」
「いや、謝る事では無いし、証拠品さえ全て出してくれれば問題無い。
しかしそれは間違いなく歴代最強のSランクの称号を貰えるぞ。」
思わず眉間に皺が寄る。そんな称号要らない。
「言っとくが、逃げれないからな。」
「・・・・・・顔は出しませんよ。」
それは約束だから仕方ない、と言ってもらえて安心する。
「でも、素性は隠したままでいいがSランクになる報告だけは皇室に上げないといけないからな。」
ピタリとマグリットの動きが止まる。
「はい?」
「Sランクが増えるのには報告義務がある。
素性は隠したままでも良いが、フレデリック殿下とは知り合いみたいだからな。殿下が身元保証してくれんだろ。」
今の今まで黙っていたのは確信犯か、それとも本当に問題無いとでも思っていたのか。
焦りやら怒りやら感情がごった返すも、おそらく何を言っても無駄だろうと、短い付き合いながらも知っている。
かなり大きな溜息が出る。
ギルドマスターがニヤニヤしながら見てくるのを見て確信犯だと決する。
「わかりました。
かわりにお願いがあるのですがーーー」
ジェシカ=ウェルズリー男爵令嬢が入学してくるまで後約一ヵ月ーーーー




