〜sideフレデリック 残り二ヶ月
学園が終わり帰宅後、すぐさま政務を再開させる。
学園での仕事は全て、学園で終わらせてくるので帰って来てからする事はない。
執務室に篭り、時折側近であるアレクセイに指示を出し、書類を片付けていく。
基本的に煩わしいのもあって侍女等は付けていない。
侍女は貴族の令嬢である。
城の中には下女や女中なんかは平民も起用されてはいるが、身分によっては立ち入る事も出来ない場所もある為、皇族に平民が会おうと思っても会える事は無い。
しかし侍女や執事なんかの上級使用人の立場の者は基本貴族である。入れる場所も増え、皇族と廊下で偶然会う事だってある。
他の貴族との出会いの場でもある為、多くの令嬢は少しでも良い縁談相手をと探している。
つまりそういう侍女を付けてしまうと、仕事をせずに見染められようとベタベタとくっついて来る者も多い。
仕事の邪魔にまでなった事もあり、アレクセイが優秀という事もあり侍女は付けなくなった。
未だに侍女にと、直接交渉までしてくる者も居るが逆にそこまであからさまな者を付ける訳にもいかない。
つまりは侍女が行う仕事が圧倒的に適当になってしまっているのが現状。
「殿下。いい加減食事くらいはちゃんとした物を召し上がって下さい。」
アレクセイは冷めてしまった紅茶を引き上げ、新しく淹れ直した紅茶を執務室の机の上に邪魔にならないように置く。
アレクセイが言うように食事の用意などを担当する筈の侍女がいないせいもあり、忙しさにかまけて食事をおろそかにする事も多い。
「あ〜〜〜・・・・・・」
気まずそうに紅茶を飲みながらアレクセイから目線を逸らすも、物言いたげな目を向けたまま逸らさせてはくれない。
「で・ん・か!!」
怒鳴るように呼ばれるもちゃんとした食事を摂るのは気は進まないのか、どうやって話を逸らそうかと悩む。
それをわかっているアレクセイはもう一度口を開こうとするも、ノックの音がして中断されてしまう。
チッ、と舌打ちでもしそうな顔をしながら扉へと向かう。来客の確認をしに行く為だ。
フレデリックはフレデリックで、上手いこと話が逸れたとホッとする。
そのまま又仕事に戻ろうと書類に目を向けるも、扉の方から口論のようなものが聞こえてくる。
そもそも今日は来客の予定など無い。その上揉めているようで放っておく訳にはいかない。
確認しようにも扉とアレクセイの背中に隠れて、来訪者の姿さえ見えない。
「アレクセイ、一体何事だ?」
放って置いたところで、問題がないのなら良いのだがアレクセイが長い事抜けるのは勘弁してもらいたい。
「それが・・・「兄上!!!」
アレクセイが説明しようとするのを遮り、弟であるマクシミリアンが無理矢理侵入してくる。
流石にそれは無いだろう、と叱責したいのを飲み込む。どうせ聞き入れはしないのだから。
それでもこの弟は先に来客があった場合どうするつもりだったのか。誰よりも優先されるのは自分だとでも言うつもりか。
「何の用だ?マクシミリアン。」
呆れた様子は見せない。見せてしまうとブチブチと文句ばかりで、無駄な時間を過ごす事になるのは経験済みだ。
それでも忙しいのだ。正直こんな面倒な弟に構ってやる時間は勿体ない。暗に早く出ていけと目線も合わせず問い掛ける。
「お茶のひとつも出てこないのか?」
勝手にソファーへと座り、不遜な態度でアレクセイを睨み付ける。
仕方が無いと、視線を向け用意しろと促す。
それに対し従者の礼を持って外へと出て行く。
それを見送りフレデリックも、マクシミリアンの向かいのソファーへと腰を下ろす。
「それで?一度だって俺の所になんて来なかったのに一体何の用だ?」
やり直しを含めたとしても、マクシミリアンがフレデリックを訪ねて来た事など一度だって無い。
「兄上と楽しくお茶でもと思ったままです。」
にこやかにマクシミリアンは言うが、不審な事この上無い。
胡乱げな目線を隠す事もなく凝視するも、それを物ともせず偉そうな態度を崩そうともしない。
確かに継承権はマクシミリアンの方が上かもしれないが、年上を敬うという事を知らぬのかと説教でもしてやりたい。
「お前がそのような理由で此処に来るとは思えないが。」
その時ノックがありアレクセイが帰ってくる。
そしてそのまま二人にお茶とお菓子を振る舞い、そのまま最上級の礼をし再度出て行く。
「そのような事はありませんよ、兄上。」
「世辞は要らん。何度も言わせるな。何の用だ?
自分の分の政務をする訳でもあるまい?」
本気で何しに来たのかわからない。
マクシミリアンが言った通り仲良くお茶しに来たとも思えないし、ましてや政務を進んでやるとは思えない。
「そうですね。それも良いかもしれません。」
声が出ないくらい驚いた。本気かと驚愕の表情でマクシミリアンを見るも、ニヤニヤ笑っているだけで嘘を吐いている様にしか感じない。
何だ嘘かと、揶揄って何がしたいと問い掛けてもニヤニヤしているだけで何も言わない。
何がしたいかわからない。自分から訪ねて来て何も言わないとは一体何なのか。
用事があるのは間違い無い。マクシミリアンとフレデリックとの共通点ーーー
「・・・・・・マグリット・イングラム=カンバーラント公爵令嬢??」
政務に全くといって良い程興味の無いマクシミリアンが、フレデリックに会いに来る理由がそれ以外に思い付かない。
マグリットとフレデリックとの繋がりを知られている訳では無いが、フレデリックは皇帝陛下からマグリット捜索を任されている。
それについて何か言いたい事でもあるのだろうか。
マグリットの名前を出した瞬間、マクシミリアンのニヤニヤが止まる。やはりマグリットの事らしい。
「うむ???」
思わず疑問が声に出てしまう。
あのマクシミリアンが、わざわざ嫌っているマグリットの事で、これもまた嫌っている筈のフレデリックの所まで足を運ぶ、という不自然さが凄い。
どういう事かと顔色を伺うも、今度は睨み付けられている。
言いたい事があれば素直に言えば良いものを。面倒な奴だな。
「何故マグリットの事だと??」
「逆に俺が抱えている政務の中で、カンバーラント公爵令嬢の事以外に、マクシミリアンが興味あるものはあるのか?」
政務の内容さえも知らないのに、と暗に含ませる。
「流石にマクシミリアンでも俺がカンバーラント公爵令嬢を、皇帝陛下の命で探しているのは知っているんだろ?」
「本気で探しているのか!?」
拳で目の前にある机を叩く。怒っている、それも凄く。
今の今までこんな風に言われた事は、一度だって無かった。
マグリットが居なくなったのは、今回のやり直しが初めてでは無い。その際の捜索も全てフレデリックが皇帝陛下に命令され捜索隊を派遣している。
しかしマクシミリアンはどの時であろうと、こんな反応はしていなかった。
「当たり前だろ。皇帝陛下からの命令なんだから。」
「フレデリック皇子はカンバーラント公爵令嬢を本気で捜索していないのでは?という噂を聞いた。」
ピクリと小さく眉毛が上がる。
「噂?ただの噂ではないか。」
確かに捜索隊を多く割いていた過去とは違い、今回は少なめではある。探す必要はないのにそこに人を割くのが無駄だったからだ。
それでも一介の公爵令嬢を探すだけにしては、間違いなく多くの衛兵や騎士団を投入している。過去の捜索を知らない者からすれば然程、違和感は感じないと思う。
それでも少ないのでは?と疑問に思った人物が居るのであろうか。それが噂になり巡り巡ってマクシミリアンの耳に届いた、という訳か。
「そもそもそんな噂になる程、適当に探しているのか??」
取り繕った様な敬語さえもなくなり、怒鳴り続ける。
怒鳴るだけでは飽き足らず、怒りが収まらないのかバンバンと机を叩き、殆ど飲まれていないお茶のカップがガシャンと音を立てる。
よく溢れないな、と全く関係ない事が過ぎる。
「何故その様な事を気にする?お前がカンバーラント公爵令嬢に接している姿なぞ見た事も無いぞ。」
それもそうだろう。
婚約してからマクシミリアンとマグリットが二人で会った回数など、恐らくは数える程しかない。
「兄上にはそんな事関係ないじゃないか!」
違和感が凄い。一体この違和感は何だ。
普通であれば婚約者が居なくなれば探すのは当たり前だろうが、ことマクシミリアンに関しては全く当てはまらないと思っていた。
むしろ嬉々として何かあれば婚約解消に乗り出すと、それこそずっとそう思っていた。
「カンバーラント公爵令嬢を見つけて欲しいのか?」
混乱する。今の今まで思っていた大前提が崩れそうだ。
コメカミに指を当て、グリグリと揉む。
「当たり前だ!!!
兄上が真剣に探してないなら、指揮権を俺に寄越せ!」
「当たり前?
いやいや、何故当たり前なんだ。
マクシミリアン、お前カンバーラント公爵令嬢を嫌っているのでは無いのか?
俺はてっきりマクシミリアンにとっては、居なくなる方が良いのではと思っていた。」
思わず手のひらで顔全体を隠してしまう。
想像もしていなかった。
マクシミリアンがマグリットに、どのような感情から来るものかわからないが、どこか執着したようなそんな感情を抱えているなんて。
「・・・居なく、なる?」
眉を顰めて、呆然と呟く。
考えても見なかったのだろうか。今だって公的には家出しているということになっている。
実際目の前から居なくなるなど、考え得る事象であるだろう。
それともあれか?何があろうともマグリットがマクシミリアンから離れないとでも思っているのか。
婚約解消を皇帝陛下が許してさえくれれば、マグリットは直ぐにでも実行に移し、マクシミリアンの婚約者という立場から居なくなるというのに。
皇帝陛下が頑なに拒否しているだけで、普通なら婚約など解消されてもおかしくは無い行動をしている自覚はないのかと問い詰めたい。
婚約者らしい事ひとつもせずに、マグリットが嫌がっていると少しも考えなかった事は無いのか。
マグリット自身やり直しになる初めの時から、いつ婚約破棄を申し入れられるのかと思っていたのだ。かなり早い段階でマクシミリアンとの結婚の未来など、想像さえ出来なかったであろう。
公爵家とはいえ相手は皇族。マグリット側からの破棄は出来ないからこそ、マグリットは何も言えないというのに。
「今更政務を全くしないお前に、指揮権を渡す訳にはいかない。
どうやって衛兵や騎士団を動かすつもりだ?」
「そんなものどうとでもなる!!」
「なる訳ないだろ!!」
人望ひとつ無いマクシミリアンに誰が従うというのか。
マクシミリアンの周りにいるのは、いつもいつも権力に媚を売るような者ばかりだ。
マクシミリアンはフレデリックに怒鳴られた事に腹が立ってるのか顔を真っ赤にしながら睨み付けるも、フレデリックはなんて事は無いように受け流す。
「わかったら出ていけ。仕事の邪魔だ。」
立ち上がりマクシミリアンに背中を向ける。これ以上話す事は無いと無言でアピールする。
少しの間無言が続くも、ガタンバタンと物に当たりながらマクシミリアンが部屋から出て行く。
そこでやっと安堵の溜息を漏らす。
近くで待機していたであろうアレクセイが部屋へと戻ってくる。
しかしフレデリックの様子を確認後、静かに扉側で待機する。
その気遣いは有り難い。
まさか考えても見なかったがマクシミリアンはーーーーー
ジェシカ=ウェルズリー男爵令嬢が入学してくるまで後約二ヶ月ーーーー




