取り敢えず残り五ヶ月です
Aランクになってからは適度に依頼をこなしつつ本を集め、それを読み、魔道具を作る為の練習用の魔石を使って魔法陣を刻む練習なんかをした。
時間はあったからか少しずつ魔法陣を刻むのも出来るようになってきた。
なってきたが難しい。あくまで刻む事が出来るようになってきただけで、この小さな魔石に一つの魔法陣を間違いなく刻む事は出来る気がしない。
しかしそれもそうだろう。
こういう魔道具作成は基本は弟子にしか教えない秘匿の技術である。
本を読んだところで簡単に出来る物ではない。
だからこそ魔道具を作る人物も少なければ、そもそも作るのさえ難しいので数もない。
なので、それをポコポコ作るフレデリックはその筋の者達には崇拝されているらしい。
こうしてマグリットも魔道具に手を出すとその気持ちがよくわかる。
それでも魔法学者としてのプライドもあり、魔石に刻む魔法陣だけは自信を持って作れた。
ただし肝心の魔石に刻むというのが出来ないので練習あるのみと、今は依頼以外の時間、浮いたお金は全て練習用魔石に注ぎ込んでいる。
練習用とは言え、魔石は高い。
本も買い魔石も買うとなるとあっという間に依頼で稼いだお金は無くなる。Aランクの給料はなかなか高い。その分危険度も高いが。
普通ならAランクの依頼を一つ受けるだけで平民であればひと月は過ごせる。
貯金したい訳ではない為それは気にはしないんだが、それでも買えるだけ買った魔石を使っているにも関わらず、あまり成果が上がらないのは気分が下がる。
(フレデリック殿下に目の前で教えてもらえるのなら、もっと出来るんだろうけどなぁ。)
流石にそれは無理だと知っている。
マグリットとフレデリックの二人の計画的にも、お互いが親密であるのはマズイし、そもそもフレデリックに余裕のある時間が恐らく、殆ど無いという現実的な問題さえある。
というか、婚約者同士でも無い限り二人っきりになど基本的にはなれない。
念話で聞こうも言葉だけでは理解しきれない。目の前で実際やってもらえるのが一番なんだが・・・無理よね、と諦めの境地にもなる。
それでも諦めきれずに一人で挑戦する。
やり直しの度に新しい事ををする時、教えてくれる人は必ず居た。冒険者になった時も、魔法学者の時も、魔導士になった時も、騎士になった時も。
毎回死ぬ以外は恵まれてたな、と思う。
特に最初に市井で過ごした時は最悪だった。自分が本当に何も出来ないんだと気付く。
それをいつも笑いながら一人で生活する術を教えてくれた人が居た。
本当は会いたい。私にとってはかけがえのない恩人であるあの人に。
でも向こうが覚えてないのを見た時に、きっとマグリットは泣いてしまう。そして相手を困らせてしまう。
そんなのは本意では無い。
今世では見ず知らずの自分にさえ、優しく慰めてくれそうなあの人を思い返す。
駄目だ駄目駄目、と頭を振る。
魔道具を作るのは、たたでさえ難しく集中力がいる。
違う事を考えていては出来る物も出来やしない。まぁ、魔道具として発動出来る出来栄えにさえなってはいないが。
師事してくれる人物が居ればもう少しなんとかなるものの、フレデリック以外にアテはない。
やり直しを全て振り返ってみても魔道具を作れる人物はフレデリック一人しか出会った事はない。
公爵家令嬢として、冒険者や様々な事をやってきて様々な人達と知り合いになった。知り合い以上となると余り多くは無いかもしれないが、知り合いというだけなら結構多いのでは無いかと思う。相手は覚えないないが。
にも関わらず、他に魔道具を作れる人を見た事が無い。
魔法陣を刻み切れなかった魔石を手のひらで転がす。
「魔法を作るのは何とかなるんだけどなぁ・・・魔力の扱いも苦手じゃないのに何で出来ないかわからないわね。」
メリアの街にある宿屋の一室で一人ぼやく。
このまま魔石を触り続けても出来ないなと思い立ち上がり、小さい石に魔法陣を刻むため机に齧り付いて凝り固まった身体を伸ばす。
気分転換にでも少し出掛けるのは良いかもしれない。
今までは机仕事がしやすい作業着の様な物を着ていたが、善は急げとばかりに冒険者らしい服装に素早く着替える。
(何処に行こうかしら?
ギルドにでも行って簡単そうに出来る依頼でも見ようかしら?身体も動かしたいし。)
そうと決まれば部屋を出て階段を降りる。
一階は食堂になっており、今は食事時では無い為か人は少ない。
チラッと奥の厨房の方を覗く。
「あら?お出掛けかい?」
「はい。今日中には戻って来ます。晩御飯も此処で食べますね。」
宿屋に泊まり、外に出る時はそこの宿主に声を掛けるのが暗黙のルールである。絶対では無いので、やらない人も居るし、事情があってコッソリ出て行かないといけない、なんて時はやはり声を掛けたりはしない。
「気をつけるんだよ。」
ここの宿屋に泊まってもう、一ヶ月程になる。
数ある宿屋の中で此処に決めた理由は、宿主である夫婦の人が良いのと、それと食事が美味しい。
先程声を掛けたのは奥さんの方。少し身長は低めでふくよかだが、屈託の無い満面の笑みを浮かべてくれる癒しのおば様。
マグリットは純粋に此処の宿主の夫婦が好きであった。
「行ってきまーす。」
ーーーーーーーー
宿屋から出て暫くすると、誰かにつけられているのに気付く。
つけて来ている人物にはマグリットが気付いている事を相手に気付かれない様に、不自然な動きはしない。
それでいて、店を見ているフリをしながら人気の無い場所まで向かう。少し外れまで来たら迷ってる風を装いながらますます人気の無い場所まで向かう。
そして誰も居ない路地。
(五人、かしら。)
身に覚えがあるか、と言われれば実は言うとある。
いきなり出てきた得体の知れない者がAランクになったのだ。目立たない、なんて事はまず無理。
それでも極力目立たない行動を起こしてきたつもりではあるが、人の口に戸は立てられやしない。
恐らくは余り居ない女性剣士という立ち位置、そしてAランクというもの全てを気に入らないギルド所属の冒険者。
Aランクである内は貴族からの依頼を余り多く受けなくてもやっていける事もあり、そちらからの線は薄いと思われる。
「おぅ、ネェちゃん。こんなトコで何してんだ??」
こんな明白な誘い出しに出てくる時点で、底が知れている。
マグリットは貴族である時の様に優雅にお淑やかに、指先一つ意識して振り返り、ニコリと微笑む。
貴族の中でさえも完璧令嬢と言われたマグリットの動きに、声を掛けてきた男は見惚れて口を紡ぐ。
その隙に男を観察するのは当然である。
体格は中々に大きくガタイも良い。冒険者らしい鎧を着けており背中には体格に合った大物のハルバードを抱えている。
他の場所に隠れている四人も確認しておく。
目の前の男同様固まっている様である。
全員が男。パーティーなのか、バランスは良さそうである。
ハルバードを持つ男の後方。建物の陰に居るのはスピード重視の短剣使いといったところか。
右側の建物に隠れて居るのは攻撃魔法主体の魔法使い。
左側の後方には此方も魔法使いではあるだろうが、後方支援タイプとみた。
屋根の上に弓を持った男。こちらは屋根に居るというだけで油断しているのか隠れてさえ居ない。
全員十代後半といった位の年齢か。若気の至りにしては考え無しにも程がある。
此処でマグリットをどうしたいのかは知らないが、碌な事で無いのは確かで。
ギルドにバレたらどうなるかなんて考えてもいないのかもしれない。
脅しただけで終わるとでも思ってるのか、それとも無体を働くつもりなのか。
(Cランクかな?Bには届いてはいないようだし。)
マグリットがAランクという事は知っているとは思う。が、それをこんな低ランクのパーティーメンバーでなんとか出来るとでも思っているのか。微笑み一つで隙だらけになる様な者に、どうにかされるとも思えない。
「それで、何か御用かしら?」
マグリットはワザと貴族然とする態度を崩さない。
冒険者らしくしても良かったが、このまま油断してくれている方が圧倒的に楽である。
「んぁ?おぉそうだった!
わざわざこんな人気の無い場所まで来て、犯されにでも来てんのかぁ。」
下卑た笑いが鼻につくも、マグリットは表情を崩さない。
「あら?ただ道に迷っただけですわ。」
口元を手のひらで隠しながらクスクスと笑う。
「テメェ、本当にAランクか?
何処ぞの貴族様じゃねぇの?」
まぁ、それも間違いでは無いのだが。
「あら、そんな風に見えるなんて光栄ですわ。」
マグリットの態度にハルバードを持った男は疑問に思ったのか、後ろに隠れているパーティーメンバーに本当にこいつが本当にAランクなのか?と聞いている。
それに対して間違いない、と答える声も聞こえる。
思わずそれを見て、隠れてたのでは?と思うも敢えてそれは言ってあげない。
そもそも貴族然としてはいても、貴族らしい服装をしている訳でもない。お忍びの様な格好をしている訳でもなし、当然ドレスを着ている訳でも無い。
普通の冒険者らしい格好をしているにも関わらず、警戒心が無さ過ぎではなかろうか。武器さえ持っているというのに。
「こんなナヨナヨしたネェちゃんが、Aランクなんてなれる訳ねぇだろ!
何だ!?金か?身体が?」
そう言いながら舐め回すような、気持ち悪い視線でマグリットの身体の隅々まで見る。
「まぁ、良い身体してんじゃねぇか!」
舌舐めずりまでしそうな下品な顔をしながら、他のメンバーにこっちへ来いとばかりに顎を上げ呼び寄せる。
それに対し、やはり隠れていたのでは?と言いたくなる。
まさかの全員が目の前までやってくる。幾らなんでも油断しすぎではなかろうか。
数に物を言わせて、辱めようとしているのが丸わかりである。
マグリットは怖がる素振りさえ見せず、ニコニコと笑いながらそれを見ている。
「ネェちゃん、股開けや!」
そう言うと、ハルバードを持っていた男がマグリットへと掴み掛かる。
がしかし、後ろに下がる事で簡単に避けてしまう。
避けられた事に気付いた瞬間、怒った様子で再度掴みに掛かるも、それさえもヒラリと躱す。
今だにマグリットは表情を変える事なくニコニコとしたまま。
余り広くない路地である為、全員で掴みかかって来たりは出来ない。
それでも弓矢の男は弓を番えているし、魔法使いは詠唱を唱えている。
連携はまぁ、まだマシなのかもしれないが、所詮はこの程度。
マグリットはパチンと指を鳴らすと、魔法使いは詠唱を唱えていた口から言葉が出なくなり驚いている。
次にマグリットが手をヒラリと振ると弓の男の弓矢が折れる。
その一瞬の出来事が、彼等に衝撃を与える。
マグリットはスラリと刀を抜き、普段とは逆に向ける。
相手側に峰、つまりは切れない方を向ける。
これで間違っても殺す事は無い・・・と思われる。多分。
男達には気付かれないよう、足先に少し力を入れる。
すると一瞬のうちにハルバードの男の目の前に、いきなりマグリットの顔が現れる。
それに驚き後ろへとたたらを踏む。転けなかったのは僥倖といえよう。
「五人もいてよくてCランク程度の貴方達が、一人でAランクの私に勝てるとでも思ったのかしら?」
先程までの笑顔は何処へやら。無表情で刀を振り抜くと、ハルバードの男が吹っ飛ぶ。
それに対し残っている男四人が青褪める。
それもそうだろう。華奢に見えるマグリットが大男と言っても過言では無い男を、あっという間に吹き飛ばしたのだから。
今更ながら喧嘩を売るべき相手では無い事に気付いたのだ。
刀の切先を目の前にいる短剣の男に向ける。
「スピードがお得意なのではなくて?
私に勝てるかしら?」
勝てる訳がない。先程の動きは全く見えていないのだ。
無意識に足が後ろへと後ずさるも、マグリットはそれを許しはしない。
これもまた瞬く間に後ろへ回り込み、手刀を落とす。
これで二人戦闘不能となる。
まだやるのかと、他の三人を見ればガタガタと震えるばかりである。
前衛職を失っては厳しい事は流石にわかっているのであろう。
マグリットはもう一度指を鳴らす。
他の三人はゆっくりにしか動かない足を無理矢理動かして逃げ出そうとしている。が、それは叶わない。
何か見えない壁に阻まれて一定以上進めない。
「ギルドへと行きましょうか?」
再度貴族令嬢としての最上級の微笑みを浮かべる。
空間魔法にあった縄を使って五人いっぺんに縛り上げ、引きずりながら冒険者ギルドへと連れて行く。
引きずっている為、五人からは痛いなどの悲鳴やらなんやらでギャーギャー言っていたが聞こえないフリをする。
そして襲って来た事をギルドに報告後置いてきた。どう処分するかはギルドの判断となるだろう。
「依頼受けるには流石に遅くなっちゃった。」
まぁ良いか、気晴らしは出来たし。と宿屋へと足を向ける。
ジェシカ=ウェルズリー男爵令嬢が入学してくるまで後約五ヶ月ーーーー




