取り敢えず手遅れです
長期休み以前のマクシミリアンはこうして見てみると、比較的マシだったのだな、と思うのだ。
長期休みが明け、あの憎しみが篭った顔で睨み付けられてから、マクシミリアンの行動はガラリと変わった。
今まではまだ、普通であった様に思う。
今では休み時間毎に姿を消し、常にジェシカに会いに行っているようで、以前であればマグリットはマクシミリアンと顔を合わす時間を減らそうと休憩時間、放課後は他の場所をウロウロしていたがそれも必要としない程、教室に居ない。
つまりはそれだけ魅了に晒される、と言う事。
益々魅了に掛かるのは別に構わない、が。
あの射殺さんばかりの視線からは、余り良い予感はしない。
過去どの断罪よりも、悪意ある物になりそうだ。
しかしマグリットは何もしないし、何もするつもりもない。
例えマクシミリアンが、本当はどうしたかったとしても。
抗う術は、あった。
自身の内にある、余りある魔力が魅了を跳ね除けていた。
そしてマグリットへの想いも、それを助長していた。
おかしいと、自身でさえ気付いていた筈だ。それを誰にも相談さえしなかった。
だからこそ。
フレデリックもマグリットも、皇帝陛下でさえ。
手を、差し伸べやしなかった。
ただ、あそこまで抵抗したツケも、あるのかもしれない。
アルベルトが壊れかけたように。
幾ら何でも、様子がおかしいのではと思われる時がある。
そしてそれは恐らくは、誰が見ても同じ様に感じるであろう。
けれどそれは誰にも見られていないと、本人が思っている時のみ。
それを必死に押し殺し、体面はギリギリ守ってはいる様だが、それがいつまで続くかは、わからない。
断罪の時まで保つのか、保たないのか。
ーーーーーーー
バタバタと走る音がする。
この貴族が多く通う学園で、バタバタと平民のように走る人物はマグリットが思いつく限り、一人しか思い当たらない。
以前であれば、それはもう飛び退んで離れる所を。
その場でピタリと立ち止まる。
それに合わせて、一緒に歩いていた他の御令嬢も首を傾げて、同様に立ち止まる。
後ろをチラッと見る。と、その視線に気付いた他の者達も其方へとコッソリと視線を向ける。
あぁ、と呆れた雰囲気が誰からも感じられる。
そして、目の前でいつもの様に転けるのだ。
芸が無いな、と冷めた目で見てしまう。
転けた身体を起こし、けれど廊下には座ったまま。
涙目で、マグリットを見上げる。
「・・・・・・・・・」
わざわざマグリットから何かを言う必要までは感じないのだが、何か言って欲しいのだろうか?と内心疑問に思う。
注意?怒り?叱責?慰め?同情?
どれが正解なのか、皆目検討も付かない。
「マグリット様、何をなさるのですか・・・・・・」
ハラリと涙を零す様は、確かに可憐で庇護欲を唆るかもしれない。
「何も?」
そう、言葉通り。マグリットは何もしていないし、何かをするつもりもない。
「どうした!ジェシー!!」
そこへいつも通り、何処からともなくマクシミリアンがジェシカを助け起こす。
「マックス!
な、何でも無いわ。大丈夫よ。」
廊下に座り込んで、涙目で何も無いなんて言った所で「そうなのか」なんてならない事など、当然ながらジェシカは知っている。
「何でも無い訳ないだろう。
お前に傷でも付いたら大変だ。」
「これ位平気です。」
へへへ、とジェシカは嬉しそうに笑う。
予想は出来てはいたが、お互いの愛称呼び。
婚約者でも、夫婦でも無いのに人目も憚らずに。
マクシミリアンは皇族、いや貴族としての教養は何処へいったのか。
ジェシカだって男爵とはいえ、貴族だ。あれ程領民から搾取しておきながら、貴族としての常識さえ習っていないとでも言うのか。
いつまで、この茶番を見ていれば良いのか。
本当は此処で去るのは、簡単。
実際、注意を促したのは最初の一回目の時のみ。
けれど、本当はそうではいけなかった。
例えマグリットが死んだとしても、世は続く。
そう、知ったのだ。
皇族がこうでは、表面的はどうあれ、水面下で馬鹿にされる。既に多くの者にそう思われているのに、これ以上となれば目も当てられない。
マクシミリアンがどうなろうと、気にはならない。けれどこのままマクシミリアンと共に、皇族の威光が地に落ちるのは黙って見過ごせない。
そうなれば、皇后になると決めた自身の評判にだって関わる。
「マグリット、これはどう言う事だ?」
ジェシカを助け起こしただけに留まらず、腰を抱いて寄り添う姿は此処までくれば一層滑稽で。
「どう、とは?」
「何故ジェシカが転ける事になったのか、と聞いているのだ。」
「貴族令嬢らしからぬ振る舞いで、此処を走ったからではありませんか?」
扇を広げ、口元を隠す。
貴族の教養として、表情を取り繕うのはお手のもの。
けれどこの茶番に付き合うとなれば、ちょっとどころか大層面倒臭い。表情を取り繕うのも、至難の業。呆れや侮蔑の表情を晒して、マグリット自身の評価を落とす訳にはいかない。本当にとんだ災難である。
「マグリットが、やったんだろう?」
「やっていないと言って信じて貰えるのでしょうか?それともやっていないのにやったと言えば満足ですか?
目の前の婚約者では無く、いち男爵令嬢の腰を抱く皇太子殿下は、私の言葉を公平に捉えてくれるのでしょうか?」
皇太子殿下としての立ち回りに苦言を申すのは、一度目の時以来。
言ったところで、変わらないと知ってはいるけれど。
それでも・・・・・・
婚約者同士であっても、此処まであからさまな接触などは中々お目にかかれない程。これを無視する事は、本来のマグリットの立ち位置としてはやってはいけない。
だからこそ今回はマグリットの立場を盤石とする為にも、注意を促さなければならない。
婚約者を別の皇族へと変えるとは、そう言う事だ。
幾らマグリットと結婚する方が、時期皇帝陛下と言われていようとも。
「・・・・・・・・・っ!」
流石のマクシミリアンも今の状況が不利だと気付いているのか、何も言えずに睨み付けるばかり。
「皇太子殿下としてこれからどうあるべきか、考える時が来たのだと貴方は知るべきです。
男爵令嬢に傾倒するのは結構ですが、周りからどの様な目で見られるのか自覚するべきであり、それと同時に男爵令嬢が皇后になれば、時勢がどうなるかを、貴方は本当の意味で理解しなければなりません。
それでも、と仰るのであれば。
皇后陛下では無く、愛妾となさる方法だって御座います。
どうか、賢明な判断を。」
他者の目もある為そうは言ったが、恐らくはそんな事を考える事さえも出来なくなっている可能性は、ある。
一度魅了に落ちれば、転がり落ちるまで早かろう。
思い直す事が可能だとは、思えない。
婚約者として、言わなければならない事は言った。
これ以上此処にいる必要は、感じられない。
踵を返し、歩き出す。事の成り行きを見ていた他の御令嬢達はマグリットが歩き出した事もあり、マクシミリアンには目礼だけしてその後に続く。
ーーーーーーーー
放課後になって直ぐ。
まだまだ学園内に人が多い時間。
マクシミリアンは即座に教室から出て行った。ジェシカの所へと向かうのだろう。
流石にこの人が多い時間に、ギルドの依頼に向かう訳にもいかず。
相変わらずの、図書館通いである。
特に急いでいる訳では無いので、ノンビリと歩く。
けれどピタリと、足を止める。
向かう先、少し外れた所。
人気の無い、庭園の端。
このまま歩いたとしても、遭遇する事は無い。
けれど、捨て置くには少し気になる。
仕方無いか、と其方へと足を向ける。
そこに居たのはルイ=グレンヴィル伯爵令息。
無口で余り目立った能力が有る訳では無いけれど、何故か時期皇帝陛下の側近候補として選ばれた人物。
アルベルトと同様、もしかしたら魅了が解けるかもしれないと感じた人物。
それもあり、様子を見てみようと来てみた。
ルイは楽しそうに、庭園の花に水をやっている。
見目麗しいのは勿論。こう言った優しい雰囲気がルイもモテる要因なのだろうな、と思う。無口ではあるけれど、行動が御令嬢達の心をくすぐるんだそうだ。まぁ時期皇帝陛下の側近ともなれば、出世街道に乗ったも当然で、モテない訳無いのだが。
様子を見ても、魅了がどうなったかの判断は付かない。
長期休み中にジェシカとどれくらい会っているかにもよるだろうし、魅了をどれ程の強さにしているかにもよる。長期休みが明けてから、会ったかどうかも判断材料となる。
報告によると全く会ってない事も無いようだが、マクシミリアンに比べると余り多いとは言えない。その為魅了の効果が、どう作用しているかは不明。
長期休み明けに会ったかどうかに関しても、まだ報告が来ていない。
見て状態がわかれば良いな、と思い見てみたがサッパリわからない。
さて、どうするか。と悩む。
助けて、と言われれば助けるのに抵抗は、もう無い。
だからと言ってわざわざこちら側から、手を差し伸べるつもりも無いのだ。
当の本人は、相変わらず広い庭園に楽しそうに水をやっている。
アルベルトのように、見ればわかれば良かったのだが・・・・・・
声を掛ける程、親しい訳でも無い。
気にはなったが、確認する程でも無い。
踵を返し、その場から去ろうとするも。
「カ、カ、カ!」
奇怪な声を聞いて足を止める。
一体何なんだ、と後ろを振り向く、と。
「カンバーラント様!!」
ルイが此方を向いて、叫ぶ様に名を呼ばれる。
呼ばれた事よりも、無口なこの人は叫ぶ事も出来たのだな、とどうでもいい事を思う。
姿を見られた事に関しては、驚きは無い。
顔を出す気も無かったが、隠れていた訳でも無い。
ルイが振り向けば、直ぐに見つかるのは道理である。
「何か?」
「いや、あの、えっと・・・・・・」
相変わらずの要領の得ない話し方である。
「何も無いのであれば、失礼しても?」
気になって見には来たが、用事は無い。
「ま、待って下さい。」
溜息を飲み込みルイの顔を見るも、ルイはルイでオドオドした様子でマグリットのを見ようともせずに視線を彷徨わせている。
「気持ちが、ハッキリしたらと・・・」
一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。
記憶を探る。
ルイと話した事など、数える位しか無い事もあり、何の事かは直ぐに思い出した。
ただジェシカに言われた通りにマグリットに邪魔だと言いに来た、自分で物事を考えもしなかったあの会話の事かと思い当たる。
その際にルイにジェシカとどうなりたいのかと問い掛けた。
そして自身がどうしたいかも、わかっていないのに口答えをするな、と暗に含ませた。
だからこそ自分がどうしたいか決まったからこそ、呼び止めたのだろう。
「それで?」
扇をバサリと広げ、口元を隠す。
ジェシカ達と関わらなければならない時、どうしても顔を隠したくなる。表情を取り繕うたところで、瞳の奥の侮蔑までは隠せない。扇はそれを誤魔化してくれる。
「お、俺は・・・・・・
ジェシカが、望む事をやって、あ、あげたいと、思います。」
吃った言葉遣いの割には、しっかりとマグリットの顔を見て決意表明する。
その瞳が。
手遅れなんだと、言っている。
ドス黒い感情が渦巻く瞳の奥を見て仕舞えば、マグリットにはもう何も言う事は無い。
「そうですか。
貴方がしたい様になされば良いわ。
今の貴方に、私が何かを言ったところで話が通じるとは思えませんもの。」
現状では表面上は取り繕う事は出来ている、とは思う。
けれどきっと親しい人には少し様子がおかしい、位は思われるかもしれない。もう既にジェシカの魅了で、正しい思考が出来る段階は超えているだろう目の前のルイには、憐れみしか覚えない。
話は終わったとばかりに、マグリットはその場から辞する。
ルイも、もう止めない。




