取り敢えず休み明けです
視線の、種類が、変わったーーーーーー
目が合った瞬間、そう、理解した。
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長期休みが明け、学園へ向かう。
皇后陛下になると決めたからには、疎かには、出来ないのだ。
少し、気の抜いていた所作を改める。
指先から、髪の毛の先まで意識を向け、ひとつひとつの動作を意識する。
社交界の華と言われたその所作は、誰もが目を奪われる。
これからはジェシカもマクシミリアンとその側近達の行動を避け続ける訳にはいかない為、気合を入れ直す。
断罪されなければ、ならないのだ。
そうは決意した所で面倒な事には変わりはないので、ちょっと悪足掻き程度に教室へと入るのはギリギリにする。
少しだけ時間がある事もあり、散歩程度に庭園を歩く。
と、庭園の奥まったところに気配を感じる。
その気配の主は、そんな誰にも見つからないところに居る様な性格では無いと思うのだが、一体何をしているのか。
純粋に。不思議に思ったマグリットは気配を消してその場へと近寄ってみるも、見た所で何をしているのかわからない。
気配を確認した時点で、確かに動いていない事はわかっていたのだが、本当にただただ一人で立ち竦んでいるとは思わなかった。
何を、しているのだろうか?
いつも学園内どころか、見かける度にいつも女性を侍らかしていて、騒がしいタイプのイメージなのだが。
そんな彼、アルベルト=スタンリー侯爵令息は虚ろな瞳で空虚を眺めている。
アルベルト=スタンリー侯爵令息。
情報収集力は素晴らしく、マクシミリアンの側近候補にまでなれた男である。
腰まである長い金髪はいつも通り緩く結ばれ右側に垂れているのだが、心無し元気が無いのか霞んで見える程である。
らしく無い、と言ってしまえば其れ迄なのだが。
此処で接触を図る事は、吉と出るか凶と出るか。
探る位であれば、問題無いだろうか。と一歩踏み出す。
気配を消す事を止め、足音を出した事もあり、アルベルトはマグリットに気付き振り向く。
しかしその姿、表情に、いつもの覇気は感じられない。
どうしたのかと、眉を顰めてしまう。
間違いなく、いつも通りとは言い難い。
ただ落ち込んでいる等で有れば、表情を取り繕うだろう。
貴族とはそう言う者だ。弱みを他者に知られてはいけない。
そしてこのアルベルトという男は、そう言ったコミュニケーション能力は圧倒的にあるのだ。だからこそ情報収集能力が、飛び抜けているのである。
それなのにこんな顔を、親密でも何でも無いマグリットに見せる。
この時点で、異常だと言える。
アルベルトはおそらく負の感情に飲まれている。
それは、失望か、失意か、自棄か、絶望か、絶念か、悲観か。
今現在魅了に掛かっている者達は、ジェシカ以外にそこまでの感情を感じる事はあるのだろうか。
それともやはりジェシカと、何かがあったのだろうか。
それぞれマクシミリアンとジェシカ程の監視はないものの、側近候補達も監視対象だ。
変わった事が有れば、報告が入るはず。
しかしその様なものは無かったのだが、報告に値しないとでも思われる様な事でもあったと言うのか?
もしそうなら、監視者の怠慢なのだが・・・
表情を取り繕う事も無く、寧ろマグリットに視線は向けたものの、その瞳はマグリットを見てはいない。
正気を、失っている。という程では無いと思う。思うのだが、もしかしたらそれに近しい状態なのかもしれない。
「どう、されたのですか?スタンリー侯爵令息?」
黙っていては、事態は変わらない。
姿を現したからには、無視する事は出来ない。
「マグリット・・・嬢?」
やはりマグリットの方を見てはいたが、認識はしていなかったのか話し掛けた事でやっと目の焦点が合う。
「大丈夫ですか?様子が、おかしい様ですが・・・」
そう問い掛けると、アルベルトは下を向きフフフと嗤い出す。
「おかしい、かなー?
そうなんだよー。自分で自分が制御出来ないって、こんな感じなんだなーって感じ。」
これは本格的に、様子がおかしい。
どういう事かと、異変を見逃さないようにする。
「何かねー。朝学園に来てジェシカちゃんと会ったら、何だか気持ち悪くなっちゃってー。」
それで此処で一人で居たんだよ、とクスクス笑う。
何故かは、判断がつかない。が、ジェシカの魅了の効果が途切れているのかも、しれない。
長期休みが関係しているのであれば、定期的に会って魅了し続けなければいけないのを、怠った可能性が、ある。
四人の側近に会った印象としては、魅了効果が切れる可能性があるのは目の前のアルベルト=スタンリー侯爵令息にルイ=グレンヴィル伯爵令息の二人である。
残りの二人は、手遅れであろう。
無理に解けば、最悪精神が壊れるかもしれない。
事実、目の前のアルベルトはそれに近い所には居ると思われる。
無理に感情を歪め、魅了を繰り返し続けられた結果。
これを助けるか、どうか。
メリットは、ある。
デメリットも当然、ある。
そもそも相手側に何も悟られずに、助け、治す事が可能なのかもマグリットには判断つかない。
けれど、手を差し伸べるであれば此処で。
でなければ、魅了が上乗せされてしまうだろう。
中身がどうであれ、外面は今まで通り取り巻きとしてやって行けるかもしれない。
しかしそうすると徐々に取り返しがつかないところまで、壊れるのは想像に固く無い。いずれは誰もが遅かれ早かれ、アルベルトの様子がおかしい事に気付く時が来る。
ジェシカに再度会ってしまえば、終わりだ。
此処で。
アルベルト=スタンリー侯爵令息を見捨てるか、否か。
此れが、別の人物であれば悩まない。
目の前に居る人物は、マグリットを何度も断罪した人物で。
マクシミリアン程では無いが、マグリットには側近候補達も助ける義理は、正直なところ、無い。
けれど。
グッと拳を握る。
やりようの無い感情を、溜息と共に吐き出す。
『殿下。』
『ん?』
まるで待ってたと言わんばかりの、返事の速さである。
しかも、声の質も甘い。
いつもなら呆れるばかりだが、今日はクサクサした気分がフレデリックのこの声で、不覚にも和らいでしまった。
しかしそれは噯にも出さない。
『恐らくですが長期休みの間、ウェルズリー男爵令嬢が魅了を掛け続けるのを怠っていたようで、アルベルト=スタンリー侯爵令息の魅了が解け掛かっています。
しかしその為か、精神が壊れかけているようで・・・
保護、するべきだと思うのですが。』
『・・・・・・・・・保護、ねぇ。
マグリットは、それで良いのか?』
フレデリックとて、マクシミリアンの側近候補達を、助けなければいけない義理は無い。
『・・・・・・はい。』
『本音かどうかは、微妙な気もするが。
まぁ、良いだろう。
向こうの情報を手に入れる事も、出来るかもしれないしな。』
やっていない事を、罰する事は出来ないのだ。
やり直しの中で、マグリットを断罪した一人であろうとも。
だからこそ、役に立ってもらわなければ性に合わない。
『他には居ないのか?』
『今目の前に居るのかスタンリー侯爵令息だけなので判断しかねますが、可能性があるのはもう一人居ます。
ただ二人ともジェシカ=ウェルズリー男爵令嬢に会えば、再度魅了されるかと。正直それだけであれば、助ける必要を感じたりはしなかったのですが、本人の拒否と魅了が鬩ぎ合ったり、魅了の強弱のためか、このままでは壊れてしまうようで。』
流石にそれは、見過ごせない。
『・・・・・・つまりは今、その男と二人っきりって事か?』
『この状態で貴方は、何を言っているのですか・・・・・・』
そうして暫く念話している間にも、アルベルトはクスクスと独り笑いながら空を仰いでいる。
「アルベルト=スタンリー侯爵令息。
貴方は、これからどうしたいのでしょうか?」
答えられる程の、理性があるようには、見えない。
けれど。
聞いてみたかった。
自分がどうなったとしても、何処に居たいかなんて本人にしかわからないのだから。
「・・・・・・・・・助けて、くれ。」
ポツリと。聞こえるか聞こえないかくらいの微かな声。
それでも。
ハッキリと。
助けを求めた。
それを聞いた瞬間、アルベルトに対する複雑な感情があっという間に霧散してしまう。
恨むべきは、裁かれるべきは。
アルベルトでは、無い。
抵抗する意志が、本人にあるのであれば、手を貸すのも吝かではないのだ。
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学園が始まろうとも、あの状態のアルベルトを放っておく訳にも、ましてやジェシカに会うかもしれない学園に置いておく訳にもいかず、一旦ギルドマスターに預かって貰った。
誰にも見つからずに匿う場所の確保が、直ぐに出来なかったからだ。
早速ギルドマスターには迷惑を掛けてしまった、と少しばかり反省するものの、あんな状態のアルベルトを見て理由はわからないなりに放っては置けないと即座に対応してくれたのは、流石としか言いようがない。
マグリットはそのまま直ぐに、学園へと戻り何食わぬ顔で教室へと向かう。
当初の予定より時間を使ってしまったが、かなり早めに学園へと来ていたのも功を奏した。
遅刻などもせずに、教室へと入る。
「座れよー。」
そう言って真後ろに立つのは、このクラスの担任であるフレデリック殿下。
遅刻はしなかったが、かなりのギリギリにはなってしまっていたようだと、首だけでフレデリックを見上げる。
パチリと目が合う。
そして密かに、誰にも気付かれない程度に微笑う。
誰に見られるかもしれないこんな所で、視線を、笑みを返す事など出来やしない。ふいっと不自然にならぬようにマグリットは、視線を逸らし自身の席へと向かう。
フレデリックもそんな事では、傷付いたりはしない。
そして、普通に教師として声を掛ける。
マグリットは、フッと顔を動かすと。
見るつもりは無かった。
それは、向こうも同じだったようで。
ガチッと視線が交差する。
直ぐに、逸らす事は出来なかった。
視線の、種類が、変わったーーーーーー
目が合った瞬間、そう、理解した。
ギリっと音でも鳴りそうな、憎悪が篭った視線。
今までに無いほどの、強い、感情。
過去全てをひっくり返した所で、此処まででは無かったな、と。
マクシミリアンとは全くと言って良い程の、逆の冷め切った感情を持つ。
あぁ魅了には、抗い続ける事は、出来なかったのだな、と。
出来るとは、正直思ってはいなかったけれど。
それでも。
いち、帝国民として。
残念で、ならないのだ。
アルベルトの様子からもわかるように、魅了に掛かった者が。感情を、心を無理矢理変えられた者が。
その後何事も無かったようには、恐らくは過ごせやしない。
マクシミリアンを心の底から、助けたいと思えやしないけれど。
哀れだな、と。
先の世で傀儡の帝にさえなれなかった男は、何を思い、何を感じ、死んでいったのか。
そんな栓なき事を、思う。




