取り敢えず皇帝陛下と話します
「啓示、対話、未来予知、伝える。
そんな言葉で表したが、余自身でどうにもならないスキルでな。
頭の中であるのは間違いないのだが、会話されている様な、まるで神の啓示かと言わんばかりであったのか、むしろ映像として頭に流れているのか、むしろ文章として頭に流れていたかとさえ思うような。後で思い返すとどうだったかわからなくなる、他の者にどんなものであるかは伝え辛い、そんなモノ。
しかも見たい時に見れるわけもなく。
唐突に何の前触れもなく、それはクルのだ。
期間を置かずに見せられる事もあるし、逆に何十年と見なかった事もある。
しかしその中で、何度も何度も。
これでもかと言うくらいに見せられる未来があるのだ。」
一度言葉を区切り、皇帝陛下はマグリットに申し訳なさそうな、そんな顔を向ける。
「私に関係ある事なんですね?」
マグリットのその言葉に、頷き口を開く。
「マグリット嬢が、皇后陛下にならなければ帝国は滅びを迎える、と。」
だからこそ。
皇帝陛下は、マグリットを未来の皇后陛下にと固執する。
「申し訳無いとは思っている。が、余はこの帝国を守りたいのだ。」
視線を逸らし、窓の外を眺める。
その瞳にあるのは、国を想う愛おしさだ。
「だからこそ皇帝陛下は、私の言葉を疑いも無く信じて下さったのですね?」
滅びのことを、知っているからこそ。
「そうだ。
どの様な惨状になるかも、知っておる。
ただ、そこに余が居ない、と言う事は知らなかったがな。」
考えなかった訳では、無いのだが。
マグリットが皇后陛下になると言う事は、現皇帝陛下は崩御している筈なのだから。
「余の予言とフレデリックの言葉に、違いが無いのだ。
マグリット嬢が婚約破棄されるからこそ、皇后陛下にならずに国が滅びる。
それだけでも、信じる価値はある。」
「して、わざわざ何度もやり直している事を報告に来た訳ではあるまい?」
「えぇ。そもそもマクシミリアンが婚約破棄を言い出したのは、皇帝陛下が意識不明で倒れられたのが、キッカケです。」
事実、今日もずっと体調は優れないようである。
マグリットは空間魔法に仕舞っていた、小瓶を取り出す。
その魔法行使に皇帝陛下は目を眇めるも、取り敢えずは何も言わない。
「皇帝陛下が現在毒に侵されている事はお伝えしましたが、そちらの毒はこの国では入手する事が困難、いえ、知っている者さえ居ない程の、秘匿されし毒にございます。」
「秘匿されし、毒?」
フレデリックも詳しい事は聞いていない事もあり、思わず問い掛けてしまう。
「はい、他国の零細宗教が作った毒なのですが。」
「零細宗教って・・・」
「いや、本当にかなり小さいモノのようで。
ただかなりの過激で排他的な宗教のようでして。」
その結果、このような毒が作られた過程があるようなのだ。
「排他的・・・?」
「教祖が認めた者以外は全て排除する、というもののようなのですが・・・いえ、今はその宗教の話では無く。
そしてそこで作られた現在皇帝陛下が服用されている毒は、成分に使われるアイテムもかなり希少な物も多く、その為かなり高額、いえそもそも出来る数も限られているような物なのですが。」
マグリットが薬の説明に皇帝陛下もフレデリックも、口も挟まず聞いているつもりであったが、フレデリックが疑問を持った事を感じたマグリットがフレデリックを仰ぎ見る。
「何故、わざわざそのような手に入れるのさえ苦労しそうな、希少な毒である必要があったんだ?」
マグリットから視線で質問があれば聞いて下さいと言わんばかりに見られた事もあり、問い掛ける。
「あの毒は特殊なのです。
飲めば当然毒なので、体を蝕みます。
ただ飲んでも効くまでに時間も掛かるし、致死量に達するには量も必要とするので、利便性は有りません。
少量でさえ手に入りにくいにも関わらず。」
「そんな手間暇掛かるものを、わざわざ使う理由があると言う事か。」
その言葉に、その通りですと頷く。
「その毒は、検出されないんです。」
マグリットのその言葉に、皇帝陛下もフレデリックも驚愕の表情を浮かべる。
毒が盛られている。
元々そんな考えが浮かばなかった理由は、そもそもこの帝国で皇帝陛下に毒を盛るなんて事を考える輩がいる事自体が信じ難い事。それ程皇帝陛下の地位は高い。
そして医者も毒だと判断しなかった事。
これに関しては、フレデリックは毒だと知った段階で医者もグルか、診断内容を何処かで改竄しているか、どちらかだと思っていた。
しかしそうじゃ無かったのだ。
つまりは毒さえ飲ます事さえ出来れば、隠蔽は容易であったと言う事。
だからこそ何度繰り返したとしても、皇帝陛下の崩御に怪しい綻びが無かったのだと、気付く。
「つまりは・・・「はい。現在も毒に侵されてはおりますが、調べたとて判断は付かないでしょう。
実際、何度もやり直しを繰り返している中で、一度も医者にかかった事が無い事は流石に無いのでは?皇宮医も居る訳ですし。」
その問い掛けに、フレデリックは頷く。
当然だ。
皇宮内に居る医者が皇帝陛下の具合が良くないにも関わらず、黙って何もしないなんて事は、有り得ない。
「銀食器とて反応しないように作られている物のようです。」
正直そんな物があるのが、信じられない。
「そしてこの小瓶に入っているのが解毒剤となります。」
小さい小瓶に入っているのは、赤い、血の様な液体。
むしろこれが毒本体だと言われても、納得しそうな代物である。
「それを飲めば、皇帝陛下は助かるのか?」
フレデリックは期待を込めた顔をするものの、マグリットは余り明るい顔は返せそうに無い。
「いいえ、現段階では助かりません。
まだ、毒の混入は続いております。
なので今この解毒剤を飲んだとて毒を摂取し続ければ、時期がズレるだけで同じ事となるでしょう。
先程小まめな摂取が必要だとお伝えしましたが、今迄もそれは恐らく崩御される前まで続いたのではと思われます。
毒は体を蝕み続けますが、死に至るにはそれ相応の摂取量も必要で。だからこそ病気かと判断されるのでしょうが。」
「ならば毒を混入している者を捕らえては?」
そのフレデリックの疑問にも、首を振るしか今の所道は無い。
「確かにそれをすれば一時期は止まるかもしれません。けれど新たに別の者がする可能性もあります。
それ以上にその者を捕まえたとしても、後ろにいる黒幕までは届きません。」
結局は黒幕を何とかしない限り、同じ事を繰り返す。
今回でやり直しが終わりなのであれば余計に、全てを何とかしなければいけないのだ。
「ならマグリット嬢、余はどうすれば良いのだ?」
今の今まで黙ってフレデリックとマグリットの会話を聞いて居た皇帝陛下が問い掛ける。
「この小瓶に入っている解毒剤の解析が出来て、複製する事が出来るのであれば何とかなるかとは思うのですが・・・・・・」
既に体調が優れないのに、ギリギリまで、それこそ倒れる間際まで我慢しろとは言えない。
「それがわかったとて、材料も希少なのであろう?」
「それは、まぁ、取りに行きますので。」
「取りに、行く?
誰が行くというのだ?」
材料さえも希少だと言うのだ。そんな物がある場所などそう多くは無い。
それこそ、人が立ち入る事が出来ないとされる高位魔物だらけのルクルダに行かなければいけない事だってあり得るのだ。幾ら皇族であろうともホイホイそんな人材は用意出来やしない。
「私が行きますが?」
「公爵令嬢が自身で素材集めに行くと言っているのか?」
ピクリと片眉を上げて、皇帝陛下がマグリットを見る。
そんな反応になるだろうな、とフレデリックは思うも何も言わない選択をする。
「取り敢えず陛下の体調はこのままでは、どんどん悪くなる一方です。
私が今持っているのは解毒剤ですが、相手側がどれ程の毒を所有しているのかわからない以上、これを今此処で飲んで仕舞えば、その後知らず知らずのうちに毒を摂取してしまうと、完治する事が出来なくなります。死なないかもしれませんが、起き上がれなくなる事も考えられるのです。最悪の場合、意識不明の寝たきりになるかもしれません。
この解毒剤を新たに手に入れる事は、正直かなり難しいでしょう。
今回は偶然も重なり、人知れず手に入れる事が出来ましたが、次があるとは限りませんので。
選択肢としては。
ひとつ、体調が優れないまま、暫くは我慢して意識がなくなる直前に摂取する。
ふたつ、此処では飲まないが、本当に信用のおける者に解毒剤の解析を依頼し、同じ物を複製する事。ただしこれに関しても、解毒剤が新たに出来るまでは、現状維持をしなければなりません。
みっつ、今この場で飲み、毒の摂取を避ける。これだと毒に気付かれたと相手側に悟られる可能性があります。その上、この皇宮内での混入のため、全ての毒を防げるとも限りません。事実、皇帝陛下の影や護衛でさえ気付いていないので、今後の飲食は全て出された物を摂るのはお勧め出来かねます。」
後は・・・と考えていると、皇帝陛下が密かに嗤う。
「よっつ、解毒剤を飲まない。」
皇帝陛下がポツリと、何でも無い事の様に呟く。
バッと音が鳴りそうな勢いで、フレデリックもマグリットも皇帝陛下を驚愕の表情で見詰める。
「有り得ません。
もう、やり直す事は、叶わないのです。
死なぬ未来が此処にあるのですから、貴方様の治世を、続けて下さい。」
まるで祈るかの様に、それでいて苦しみを耐えたかのようにフレデリックは皇帝陛下へと進言する。
けれどそれはまるで、縋っているかのようで。
「余である必要もあるまい?」
「何故、そのような事を。」
「いや、死にたいと思っている訳では無いのだが・・・
余は、この国にとって良い皇帝では無いからな。」
寂しそうに皇帝陛下は目を伏せる。
「そのような事は、有りません。」
フレデリックは否定するも、皇帝陛下は下を向いたまま首を横に振るばかり。
「優れた皇帝には、ついぞ成れなかった。」
「何を・・・・・・「よい。余はどうあっても優秀な人物では無いからな。」
フレデリックの言葉を遮ってまで、否定を続ける。
そしてその言葉にフレデリックは何も言えない。そう思った事だってあった。
けれど。
「確かに大きく発展した訳では無いかもしれません。
それでも。
国を維持するのであっても、充分能力のいる事ですわ。」
「それは周りの者が優秀だからこそだ。」
「いいえ、陛下は優秀な者を見分ける心眼をお持ちです。」
皇帝陛下は思ってもみなかった事を言われ、思わずキョトンとした顔をする。
普段から威厳を保った姿ばかりで、そんな表情はレアだな、とマグリットの思考が少し脱線する。
「国を支えるべき人材の発掘だって、充分な才能です。」
大きく発展しなければいけない訳じゃない。
維持だって、立派な国政だ。
皇帝陛下がこう思う理由がある。
現皇帝陛下の父皇陛下、つまりフレデリックとマクシミリアンの祖父に当たる人物は、皇帝陛下としてはこれ以上無い功績を残している。
平和とは程遠い時代、最小限の犠牲で他国との戦争を収め、この帝国が優位に立つ和睦を組み、その流れで領土も広げて、しかもその領土の中には、高価な石が取れる鉱山さえもあった。
その上、戦後など国が荒れるものだが、そんなものは何のその。
あっという間に平定させた名君と、名高いお方である。
恐らくはずっと、比較され続けていたのだろう。
それ故に、自信が無いないのかもしれない。
皇帝陛下は、自虐的にフッと小さく鼻で笑う。
皇帝陛下がどう思おうとと、賢帝と言われ讃えられた前皇帝陛下が崩御後、再度国が荒れずにいたのは紛れもない現皇帝陛下の采配だ。
けれどそれを進言するのは、マグリットの役目では無い。
親子の確執は二人だけで、何とかしてほしいものである。
「毒を何とかしたからと言って、余が息子であるマクシミリアンより長く生きるのは普通なら無理であろう?
結局マクシミリアンが皇太子である以上、いずれは皇帝陛下となるのだぞ?
結局は同じ事では無いか?」
フレデリックはその言葉に何の迷いも無く、決意を固めた顔で首を振る。
「同じでは、有りません。」
「ほぉ?」
どう同じでは無いと?と頬杖をついて、皇帝陛下はフレデリックの言葉に興味を示す。
「私には、唯一欲しいものがございます。」
ソファーから降りて、皇帝陛下の側で跪く。
それを楽しげな雰囲気で皇帝陛下が見下ろす。
「欲しいものとな?
初めてであるな。フレデリック。其方がその様な事を言うのは。」
「はい。今までは私が何かを欲しいと言ってはいけないと、そう思っておりました。
けれど全てを捨てても、手に入れたいものが出来たのです。
それが例え、マクシミリアンと敵対しようとも。」
「それ程までに手に入れたいと申すのか。」
視線も逸らさずに、しかと見詰める。
「それさえあれば、私は何だってやってみせます。」
「やりたくも無かった皇帝陛下でもか?」
「勿論でございます。何でもする所存です。」
「あれ程、皇帝陛下になれと打診していたにも関わらず、するつもりは無いと一貫して言っていたのにか。
して、何を所望する?」
皇帝陛下は既に答えを知っているように、意地の悪い笑みを浮かべている。
「マグリットを。」
再度頭を下げる。それはそれは懇願のようで。
「マクシミリアンの婚約者であるのだぞ?」
「マグリットを皇后陛下にと仰るのであれば、私は皇帝陛下にだってなりましょう。
けれどマグリットを頂けないのであれば、私はこの国がどうなっても構わないと、そう思っております。」
暗に、マグリットをマクシミリアンの妻にするつもりは無いと。そしてマグリットを連れ去り、皇后陛下にするつもりはないと伝える。
「マグリット嬢はどう思っているのかな?」
フレデリックを見下ろしていた視線を、マグリットへと向ける。
「私の意思は、尊重されるものなのでしょうか?」
思わず、問い掛けてしまう。
洗脳まで施されているのに、こうして問い掛けられる事自体が不思議で堪らない。
皇帝陛下はマグリットが何故このような問い掛けをしたのかに気付く。そして洗脳が緩んでいる事を知るも、それに対して言及はしない。
「意志が、あるのであろう?」
「・・・マクシミリアン皇太子殿下とは、結婚するつもりはございません。」
キッパリと答える。
その言葉に皇帝陛下は複雑そうな、そんな表情を浮かべる。
「そうか・・・あいつも報われないな。」
小さくポツリと呟く。
真下で跪いているフレデリックには、呟きは耳に届く。
けれど、フレデリックの気持ちにはカケラも同情心は湧かない。
無くしたくなければ、最初から大切にしていれば良かったのだ。と蔑む思考になるも、顔を伏せているため誰もそれには気付かない。
「直ぐにでも廃嫡、と言う訳にはいかないが。」
それは知っていますと、マグリットは頷く。
マグリットへの態度は悪かろうと、廃嫡になる程の事を現状では起こしたわけでは無いのだ。理由無くその様な事をして仕舞えば、国は、荒れる。
「断罪は、行われます。」
「ほぉ。それは確実なのかな?」
「陛下にも一枚噛んで頂けなければいけませんが。」
皇帝陛下が倒れていたからこその、断罪の場であるのだ。皇帝陛下がピンピンしていては恐らくは行われない。
嘘であろうと本当であろうと、皇帝陛下には体調不良という態でいてもらわなければならないのだ。
「死のうにも、それまでは生きていなければならないな。」
「皇帝陛下・・・・・・」
フレデリックが微妙な表情で皇帝陛下を見上げる。
マグリットはソファーから立ち上がり、カーテシーをする。
「皇帝陛下、フレデリック殿下。
私は本日はこれで失礼致します。」
突然の退室宣言に、皇帝陛下もフレデリックもマグリットに視線を向ける。
それにニコリと誰もが魅了される笑顔を浮かべ、そして。
「父として、子として。
お互い悔いの無いお話し合いを、した方が良さそうですわ。
皇帝陛下は父としての愛情を、お二人に持ってない訳ではございません。
フレデリック殿下も父を尊敬し、愛しておられるのです。
お互い気持ちを素直に伝え合うのも、必要ですわ。」
一方的にそれだけを伝え、転移でその場から消える。
「成る程。どうやっているかはわからないが、マグリット嬢には誰にも知られずに移動する方法があるのだな。」
確かにそんな事をされれば、見つからない訳だ、と苦笑する。




