取り敢えず皇帝陛下に会います
「お嬢。」
呼ばれて振り向けば、そこにはノアが立っている。
また、転移で真後ろに立つ。と腹立たしいような、呆れた様な気持ちになるものの、言っては無駄かと溜息を吐くに留める。
「手に入れてきたっすよ。」
ノアの手の中にある物を見て、小さく安堵の表情を浮かべる。
「大変だった?」
「それはまぁ、わかってた事っすから。」
ノアの手の中にある小瓶が、チャポンと揺れる。
それを受け取り、眺める。
これの成分を理解し、同じ物を作れれば問題無いのだが。流石に医療系は専門外な事もあり、自身で何とかするのは諦めている。
だからこそ本音はもう少し多く欲しいのだが、貴重品というか、生産がかなり少ない物の為、足がつかないように、と考える身としては贅沢は言えない。
「いつ話すんっすか?」
「近々話すわ。手遅れにならないうちに。」
小瓶に入っている事もあり、割れてしまわないうちに空間魔法に仕舞う。
ーーーーーーーーー
執務室。
人払いを済ませた後、仕事をする気にもなれずに机にもたれながら窓の外を見てワインを飲む。
突如、確実に誰も居なかった部屋。背後に気配がひとつ。
影でさえ、今日は居ないにも関わらず。
後ろを振り返れば、そこには見知った人物が見慣れない格好で跪いている。
「公爵家嫡女、マグリット・イングラム=カンバーラントが帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶を申し上げます。」
ローブではあるが、完璧なカーテシーをもって挨拶をする。
皇帝陛下は内心驚くものの、顔には出さない。
「表を上げよ。
誰も居ないのだ、楽にしてくれ。」
「ありがとうございます。」
そうは言っても、相手は皇帝陛下。
カーテシーは止めはしたが、跪き顔を上げる。
皇帝陛下は相変わらず立ったまま、それでもワイングラスを机へと置く。
「それで?話とは何かな?
しかしフレデリックからは、マグリット嬢との対話だとは聞かされては居なかったな。」
いつの間にそんな連絡を取り合う仲に?と無言の圧力を感じる。
「殿下の方には伝えても良いとは、お伝えしていたのですが。」
「ふむ、成る程?
それで?話とは、何かな?」
会おうと思ったところで、会えやしない人物なのだ。
機嫌を損ね、追い出される訳にはいかない。
「顔色がよろしく無さそうですが、ワインを飲んで大丈夫なのでしょうか?」
皇帝陛下にしてみれば、まるで話を逸らしたかのように感じるかもしれないが、気を悪くした様子もなくマグリットの話に乗ってくれる様だ。
「そんな風に見えるのか?」
「はい。
顔色の悪さに加え、手足の震え、体温の上昇が見られます。」
しかしそれは、注視したとて密かな変化。
「酒に酔ったのかも知れぬぞ?」
「いいえ。皇帝陛下は過去一度であろうとも、他者にそのような姿を見せた事はございません。」
流石の皇帝陛下も、マグリットが何かを知っている事に気付く。
「其方は、何を知っている?」
「その話をするには、まだ役者が足りませんわ。」
「役者?」
皇帝陛下が呟くと同時に、マグリットは後ろにチラリと視線を向ける。
それと同時に、コンコンとノックの音が響く。
人払いをした上での、マグリットの訪問。
このタイミングで誰かが来たとしても、それが本当に待ち望んでいる人物かどうかもわからない。
入れて良いかの判断を皇帝陛下はマグリットへと委ねるため、視線を向ける。それにマグリットは、頷いて返事を返す。
「入れ。」
皇帝陛下は入ってきた人物を見て、目を眇める。
話を持ち出してきた人物だから予想外では無いが、心情的にはフレデリックがこうして皇帝陛下に謁見する事は、ほぼ無いに等しい。
ここにマグリットがいる以上、敢えてフレデリックが居なければいけない理由があるとは思えない。
「帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます。」
部屋へと入ってきて、マグリットの近くまで来てから跪き、皇帝陛下へと挨拶する。
それはやはり、親子には見えなくて。
「よいよい、表を上げよ。」
顔は上げたものの、マグリット同様跪いたまま。
はぁ、と溜息を零す。
呆れたような、というよりも疲れからくるような雰囲気のそれ。
マグリットはその様子を見て、密かに眉を顰める。
予想よりも、進行しているのかも知れない。
「それで、話しとは?」
役者とやらは揃ったのであろう?と椅子の手すりに肘を付き不敵に笑う。
フレデリックとマグリットも言われた通りに、皇帝陛下の向かいのソファーへと腰を下ろしている。
皇帝陛下には体調がそぐわないのであれば横になっても、と進言はしたが首を横に振られた。
「まずは陛下、貴方様は毒に侵されております。」
話を長引かせる必要が無いため、単刀直入に話を切り出す。
皇帝陛下は何も言わず、それどころか驚いた様子も見せずにマグリットを見詰める。
「陛下に毒を盛っている人物の、目星も付いております。」
マグリットはそう言って、ノアから渡された小瓶を取り出す。
「それを信じろと?」
威圧感が、増したような気がする程の気迫である。
「信じるも何も、陛下は気付いているのではありませんか?」
今迄は、毒を盛られているという情報さえ無かったからこそ、疑いもしなかっただろう。
けれど、今回は違う。
こうして毒の可能性を指摘されるだけで、思い当たる節が多い事に気付ける筈だ。
「これが、毒であると?」
ただの体調不良だと、そう思っていた。
だからこそ、やり直しの全てで手遅れとなっているのだろう。
事実、フレデリックも毒である可能性を、考えた事さえ全く無かった訳で。
それ程この帝国で、皇帝陛下に毒を盛る事は考えられない事。
それをやってのけた人物が身近に居るという事が、そもそも信じられないのも、よくわかる。
「はい。毒を入れるに至った経緯も、確認済みです。」
「そうか。」
疑う事も無く、ただ頷く。
「カンバーラント公爵令嬢の言葉を、信じるかどうかは皇帝陛下次第ですが、私はーーーーー」
目を合わせていたのに、フレデリックは結局キツく目を閉じ下を向く。
その掌は、グッと握り込まれており、感情を荒げないようにとしているようである。
この二人の間に、マグリットは立ち入るべきでは無いのだ。
話す事を躊躇っているのか、一時シンっと部屋が静まり返る。
けれど皇帝陛下は焦らすつもりもないようで、凪いだ瞳でフレデリックを見ている。
マグリットの目には、どうしてもそこに愛情が無いようには見えなくて。
「私は、何度も陛下が崩御するのを見てきました・・・・・・」
流石に良く理解出来ない事もあり、真面目には聞いてはいるが眉間に皺が寄っている。
何度も見ている、と言った時点で揶揄われていると思われてもおかしく無いのに、真剣に聞いている時点でフレデリックの事を信用しているのがよくわかる。
これがマクシミリアンであった場合「何を言っているのだ。」と一喝したであろう事は想像に固く無い。
ギュッと目を閉じて下を向いていた視線を、皇帝陛下へと向ける。そこに冗談のような雰囲気は全く無く、だからこそ皇帝陛下も更に真剣さが強くなる。
そして目を逸らさずに、今迄の事をフレデリックは皇帝陛下に話す。
皇帝陛下もまるで一字一句漏らさないとでも言わんばかりに、話を聞いている。
話し終えた後、暫く沈黙が続く。
しかしフレデリックは皇帝陛下から目線を逸らしたりはしないし、皇帝陛下も又フレデリックから目を離さない。
「それを、信じろと?」
そう言いながらも、カケラも疑った雰囲気は感じない。
「私は皇帝陛下に忠誠を誓っております。
嘘など吐こうはずが、御座いません。」
「ふむ。疑う訳では無いが、俄には信じ難い話なのは間違いないな。」
嘘だと追求する事も、信じたと口だけ言うのも簡単なのに。それはしようとしない。
「だが・・・・・・」
その台詞に惹かれたのか、マグリットも皇帝陛下へと視線を向ける。
「スキル、な。」
何か、思う事でも、あるのだろうか。
「そのスキルで刻まれたとされる魔道具を、見せてもらおうか。」
フレデリックは抵抗無くカフスを取り、皇帝陛下の目の前の机の上に置く。
魔法陣はかなり小さい事もあり、カフスを手に取り目の前まで持っていき片目を閉じて覗き込む様に見る。
「確かに、魔法陣は刻まれてはいるな。
流石に理解は出来ないが。」
そう言いつつも、何か気になることがあるのか眉間に皺を寄せながら魔石を見続けている。
フレデリックはその行動に思い当たる節でもあるのか、黙って見ている。
「フレデリック。
何度やり直したと言った?」
「今回が十回目です。」
「では、もう・・・・・・」
「はい。そのようです。」
マグリットには何の事を話しているのかわからないため、横に座るフレデリックを見上げる。
「恐らくは、やり直せるのは今回最後なんだ。」
フレデリック自身も、確証がある訳では無いのだが。
皇帝陛下は、マグリットの前にカフスを置く。まるで見てみろと言わんばかりに。
その意図をそのまま汲み、マグリットも魔石を覗き込む。
すると、その魔石は形が維持されているのか不思議なくらいヒビが入っている。いや、むしろカフスに嵌め込まれているからこそ維持出来ているだけあって、此処から抜き取ればバラバラになるであろうことは想像に固く無い。
これが、最後。
何度もやり直すものでは無いとは思い続けてはいたが、いざこれが最後と言われると、どうしよもうもない不安感を覚える。
今回失敗すれば、帝国は、滅び朽ちる。
名も残さずに、帝国中の者達が死に絶える。
「失敗は、出来ないんだ・・・・・・」
何かを飲み込んだかの様な、呟き。
今の今まで、一人でこれが最後だと、思い続けて居たのだろう。
「余は今迄、マグリット嬢を皇太子妃にと譲らなかったな?」
話が少しズレたかのような印象を受けるも、二人にとってそれはそれで気になる内容であった為、皇帝陛下を見る。
「理由が、あるのではと思っておりましたが、陛下はそれに対してはずっと口を噤んでいらっしゃったので。
貴族間では様々な憶測が為されておりますが、やはり何か理由があるのでしょうか?」
「ある。
だからこそ、お前の言葉を疑わずに信じたのだ。」
やはり体調が思わしく無いのか、疲れの滲んだ吐息をひとつ吐く。
やはり横になった方が、とも思うも皇帝陛下が首を横に振る。
流石に皇帝陛下に向かって、無理矢理休ませる事は出来ない。
「理由を、お伺いしても?」
マグリットとてこの話は他人事では無いのだ。マグリットが口を開いた事で、皇帝陛下は申し訳なさそうな、それでいて悲しそうな、何とも言えない顔をする。
「スキル。
誰もが持つとされる魔力と違い、貴族だからとて発現するとも限らない力だ。そして発現率も低く、しかも個人が秘匿する事も多く、解明されて居ないモノであるな?」
また、話しが変わったかの様な印象を受けるも、恐らくは何か関係があるのであろう事は、皇帝陛下の真剣な顔を見ればわかる。
けれど、今更スキルの話?と疑問に思う。
「余にもな、スキルがあるのだよ。」
「えっ・・・・・・」
思わず小さく声が漏れる。
皇帝陛下にスキルがあるなど、考えた事は無かった。
確かに明言しなければいけない理由は無いのだが、秘匿にするには少しばかり大物過ぎやしないだろうかと、思わないでも無い。
いや、でも皇子であるフレデリックも黙っていたから、別に構わないのか?と混乱する頭で思う。
フレデリックを盗み見ると、フレデリックも驚いているのがありありと表情に出ている。
「誰にも、言った事は無いがな。
初めてスキルが勝手に発動した時は子供であったが、これは誰にも言ってはいけないモノだと、幼心にも理解したものだ。
それからは誰にも言って無いし、言うつもりも無かったのだが。」
事情は変わるモノだな、と小さくだが笑う。
「余のスキルは、誰にも言う必要は無かったから名前がある訳では無いのだが。敢えて言うなら、啓示、対話、未来予知、伝える。この辺りであろうか。」
未来予知。
そんなものがあり得るのかと、思わず思考が止まる。
何度も同じ時をやり直すのも大概だと思っていたが、未来予知などあり得るのかと。
結局は決められた運命が、あるとでも言うのかーーーーー




