取り敢えず仲直りです
「あれで、私を好き、ねぇ?」
感情を乗せるつもりは無かったのに、呆れたような声が出てしまう。
そこそこ離れた場所から、眼下の光景を見る。
そこには腕を組みながら歩いている、マクシミリアンとジェシカがいる。
聞こえる筈の無い声に、旬がバッと音が鳴りそうな勢いで振り向く。
それに手を上げて答える。
「マグリット・・・・・・」
旬が会いたいと言っている、と聞いて。どうせならマクシミリアンとジェシカが一緒に居る時、旬が監視をしているタイミングで来てみた。
場所的には見つからないように気配を消しながら、屋根の上に居た旬の背後に転移してきた。
こうして二人を見ると、やはりマグリットの目にはマクシミリアンが気になっているのはジェシカの方に見える。
「ま、皇太子殿下の事は兎も角。
私に話があるんでしょう?」
腕を組みながら、嗤う。
「あぁ。」
頷いて旬は懐から小さな笛のようなものを取り出し、それを吹く。
音は、鳴らない。
恐らく影同士、意思のやり取りに使われている物であろう。
吹いてすぐ、それらしい気配が現れる。
その人物が来る前には、マグリットはフードを被っている。
影同士で少し話してから、旬がマグリットの方へと向かってくる。
「行くぞ。」
返事も待たずに旬が背を向けて歩いていく。仕方なくマグリットも付いていく。
着いた先は、まさかの皇宮。
影が使う道を使い、フレデリックが居る場所へと向かう。
行く場所がわかっていれば転移がある為、わざわざ付き合う意味も無いのだが、敢えてマグリットは何も言わずに付いていく。
フレデリックは執務室でたまたまか、一人書類を捌いていた。
「主。少しマグリットと話したい。」
わざわざ、許可を取りに来たとでも言うのか。
難儀な性格だな、とマグリットは呆れ半分、関心半分と言ったところで旬の後ろに立つ。
フレデリックはチラッとマグリットを見る。フードを被っているため、顔は見えないのだが。
「話す?
別に普段から規制している訳じゃ無いのに、わざわざ許可を取る理由でもあるのか?」
「あります。これは我の問題でもあるので。」
旬のその言葉に、フレデリックは剣呑とした雰囲気を醸し出す。
「お前の、問題?」
今まで話は聞いていたが、書類確認は怠らずに手に持ってはサインを、としていたにも関わらずフレデリックはバサリと目の前の机に書類を放り投げる。
「はい。」
旬は主であるフレデリックのその機嫌の悪そうな雰囲気にもめげず、しっかりと見据えて返事を返す。
「お前の問題に、マグリットが必要、ねぇ?」
そんな会話の中、マグリットは居た堪れない。
フードの下。
平静を装ってはいるが、落ち着かない。
(いや、なのか・・・・・・)
仕事を絡まさない会話を、旬とするのが。
ヤキモチ、のようなものなのか。それはこんなにも、むず痒い気持ちにさせるのか。
わざわざ旬がフレデリックに報告した意味もよく、わからないのだが。
「場合に寄っては、主の影を辞す所存です。」
マグリットはただ聞いていただけだが、ハッとして旬の背中を見る。
「皇族の、影が、簡単に辞めれるとでも?」
当たり前だ。
皇族の影が持っている情報に、些末なものなど無い。
影は影。
辞めるなどと言う言葉さえ、存在しない。
居なくなるとしたら、それは死亡と同義だ。
「思っておりません。
けれど我の矜持ゆえ、そこは譲れません。」
はて?とフレデリックが首を傾げる。
「マグリットと、どう言った話をしたい訳?
そもそも何でわざわざ、俺に報告した?
そんな事しなくても、話す機会なんて取れたんじゃないのか?
実際、俺に話を通した訳じゃないのに、マグリットも一緒に連れてきてる訳だし?
内緒話位なら、出来るだろ?」
隠し事を、して欲しい訳では無いけれど。
フレデリックには、旬の行動が不可解で。
この旬がやっているのは、まるでフレデリックに対しての宣戦布告のようで。
不快が思いっきり、顔に出ている。
普段から笑顔の下に感情を隠しているのに、此処まで露骨に表情に出す事など無いのに、珍しい。
「いや、話す場所が無くて・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」
思わずフレデリックとマグリット、同時に絶句してしまう。
「流石に誰も居ない場所で、二人でというのは如何なものかと。」
「えっ?それだけの為にわざわざ、私は殿下の元まで連れて来られたのかしら?」
マグリットを振り返り、返事の代わりに頷く。
「別に何処だって構わないのに。」
「それは、ダメだ!」
まさかのフレデリックまでも、口を出してくる。
「なら何処なら良いのですか?」
「・・・・・・何処?」
ふむ、と考え込むように上を向く。
「俺の目が、届く所?」
「旬は、それで良い訳?」
話の内容が聞かれる、と言う事は問題無いのか。
「主の側?
それはちょっと話しにくいな。」
「私も、聞かれたくは無いわね。」
マグリットと旬が話し合って、フレデリックを見返す。
「俺が聞くのは、嫌なのか。」
些か不機嫌さは上がったようだが旬が言う事なら兎も角、マグリットの言葉に否を言うつもりは無いらしい。
「なら、隣の部屋を使え。
普段は誰も使っていない。
仮眠室として使っているから、ベッドがあるが・・・
旬。変な事考えるなよ。」
気持ちを引き摺るつもりはないのか、再度書類に目を通し出す。
「そんな事は考えたりしません。
では、部屋をお借りします。」
旬はそう言うと、視線だけでマグリットを誘導する。
部屋へ入ると確かにベッドはあるが、皇族が使うには小さい天蓋付きのベッドがあった。
仮眠室、とは言っていたが机にソファーもあり、向かい合って話す事が出来そうであった。
「それで、話が、あるんでしょう?」
マグリットは旬が座ったのを確認してから、空間魔法で紅茶やお菓子を用意する。
旬の分には、砂糖も用意しておく。
初めの頃、あんなに警戒していたのが嘘かのように砂糖を入れ、何の躊躇いもなくひと口飲む。
「我には、ノア殿程の忠誠は誓えない。」
それはそうだろう。あれはあくまでも特別な事柄が重なったからに過ぎない。
「そうね。
そもそも、私に忠誠を誓う必要も無いし。」
旬は、フレデリックの影だ。
「それでも。
此処まで来て、蚊帳の外にされるのは、気に入らない。」
予想外の言葉だったのか、マグリットは目をパチパチとして旬を見る。
「そんな理由で、わざわざ首を突っ込むの?」
私が恐いのではなかったの?とマグリットは首を傾げる。
「恐いと畏怖は違う
本能が勝てないと、思うのは仕方が無い。
だからと言ってマグリットが恐くて、避けたいと思っている訳ではない。」
「なら、旬はどうしたい?」
「強く、なりたい。」
「別に今でも弱くなんてないわ。」
「俺は、今まで通りにマグリットと気安い関係・・・・・・友人で、居たいんだ。」
旬は影として。
マグリットは貴族として。
心から信頼出来るような友達など、一人も居なかった。
だからこそ。
お互いがお互いを惜しいと、そう思っていた。
マグリットは旬に実力を悟られないように。
旬はマグリットの実力を知ろうとしないように。
そうして、二人は友のような関係を築いていた。
お互い、それが危うい事など気付いていた。
それでも。と、そう望んでいた。
ノアが、キッカケだったかもしれないが。
いずれはこうなると、予想出来るほど危ういものであった。
「私も、そう思っていたわ。」
「マグリット・・・」
「それで、話しは終わったのか?」
幾ら隣の部屋とはいえ、ベッドまである部屋にマグリットと旬の二人にするのはやはり嫌だったのか、フレデリックが入ってくる。
「殿下・・・・・・
そんなに時間は経っておりません。」
「俺はお前を誰かと二人っきりにしてやる程、心は広くないぞ。」
開けた扉に凭れながら、腕を組んでブスッとした顔をしている。
「主・・・・・・」
旬はフレデリックの態度に、唖然とした顔を向ける。
マグリットへの好意をあからさまにしている上に、嫉妬心を剥き出しにしているフレデリックなど、今までのフレデリックからしてみれば有り得ない事で。
「私と旬は、そんな事にはなりません。」
お互い気兼ね無い関係だとは思ったいるが、そこに色恋は入らない。
「あれ?あんな主に驚くのって我だけ?」
フレデリックとマグリットを交互にキョロキョロ見る。
「ならなくとも、だ!」
嫌なものは嫌だと、ブスくれる。
「それに、私と殿下はそのような関係性にありません。」
「別に良いだろ、旬にくらいバレたって。」
「バレるも何も。私と殿下の間柄には、そういったものは何も御座いません。」
「何も無い事はーーー無いだろう?」
無駄に色気を込めて、マグリットを見詰める。
勘弁して欲しいと思いながら、マグリットは目線を逸らす。
「無い、です!」
「俺の片思い。
今アピールしてんだよ。」
な?と一層清々しい笑顔で同意を求める。
「主が、片思い?」
ヒクッと旬の顔が、引き攣る。
そこまで驚く事なのかと、気付けば座っているソファーの側まで来てフレデリックが立って居るので、マグリットは見上げる。
そこにはそれはもう定番となったのか、しかし人様には見せてはダメなくらいの蕩けた笑顔。
「誰にも知られず、では無かったのでは?」
「流石に、誰一人、とはいかないだろう?
影の中でも信用の置ける者と、後はノア、か?」
マグリットは旬へと視線を向けて。
「これは?信用あるんですか?」
先程、辞す事もとか言っていたのに?と首を傾げる。
「部屋には早めに来たが、どんな話をしていたかまでは知らないから、わからないが・・・・・・
辞めたいのか?」
旬がフレデリックへと向ける忠誠心が無くなったとは、考えていないようだ。
「マグリットが今まで通りにしてくれるなら。」
「しなければ、どうするつもりだったの?」
「辞めてでも、側に居るつもりだと証明したかった。」
「へーーーー。」
話した内容を知らないフレデリックは、不機嫌を隠す事など出来る訳も無く。それでも旬ももう少し言葉を選ぶべきだが。
「「・・・・・・・・・」」
その後はフレデリックの誤解を解く為に、旬がワタワタしながらも説明に翻弄する事になり、その甲斐あってか取り敢えずの誤解は解けたようであった。
取り敢えず辞める、と言う事も無さそうだとフレデリックは執務室へと戻ろうとするも、何かを思い出したのかマグリットへと声を掛ける。
「そうそう、マグリット。」
「はい?」
旬は懸念が無くなった事もあり、目の前のお菓子をポリポリと食べている。主君の目の前でそれで良いのか、とマグリットは思うも考えるだけに留める。
「皇帝陛下の許可が取れた。
人払いを頼んだ事もあり、少し遅い時間なんだが。」
「構いません。」
「なら、また連絡する。」
ヒラリと手を振って、そのまま部屋を出て行く。
「案外あっさりしてるんだな。
さっきの様子から、めちゃくちゃ嫉妬深そうだったのに。」
「お忙しい方ですから。」
マグリットはそう言って、もう冷めてしまった紅茶を飲む。
実際のところ、嫉妬し続けるには、マグリットの周りには少々男が多い。
それに他の貴族の御令嬢とは違って、屋敷に囲われている訳でも無い。むしろ囲んだ所で、転移で何処へだって行ける。
そんなマグリットに対して、ずっと嫉妬など出来ようはずも無い。
だからこそせめて。婚約という形を、取りたかったのかもしれない。
「主が来て、話が曖昧になったような気がするんだが。
今まで通りに接してくれるのか?」
キョトンとマグリットは首を傾げる。
「逆なんじゃない?
旬が普段通りに接してくれるのかしら?」
当然だと、頷く。
「もう、あんな事は無い。」
「私でも友達だと思ってた人にあんな態度取られたら、傷付くのよ?」
「大丈夫だ。それに。」
決意を込めたかの強い目線で前を見据える。
「それに?」
「ノア殿に鍛えてもらう事になった。」
「ノアが?」
そんな事するような子だったかしら?と、思わず疑問に思ってしまう。
「マグリットの側に居たいなら、強くなれって言われた。」
それなら確かに、言いそうではある。
別に強さなど求めていないのだけれど?と思えど、二人が大真面目のようなので、別に良いか、とも思う。
「まぁ、仕事に支障が出ない程度で。」
そろそろ行くわ、とマグリットは立ち上がる。
「仲直り?出来て良かったわ。
これからもよろしくね。」
笑ってそのまま転移する。




