第46話 いつもみたいに
「花火! 大丈夫か……?」
俺は『花火が目を覚ました』という報告を受けて病室に駆け込んだ。
病室に入ると――1人の少女がベッドに横になっていた。
花火だ。
「んん……蓮君?! 良かった、蓮君も無事だったんだね」
花火は俺の姿を見ると、嬉しそうに口角を上げた。
「体調はどうだ?」
「うーん……悪くはないよ。でも……なんだか変なものが体の中に入り込んでる感覚がするの」
花火は胸の辺りをさすりながら、眉をひそめる。
「それは……多分、桃髪の女――七海がかけた呪いのせいだと思う」
「呪い?」
「ああ、あいつが言うには、このままだと……花火は1週間以内に死んでしまうらしい」
「そう……」
花火は、諦めたような表情を浮かべていた。
パニックになるかと思ったが……そうじゃないんだな。
「まあ、なんとなくわかってたよ。あの子がそう簡単に私たちを逃すわけがないからね」
「で、でも! 探索者バトアリの決勝で『影の集団』に勝利すれば、呪いを解呪できるポーションを貰えるらしいぞ!」
「……要らないよ」
「え……?」
花火からの返答があまりにも予想外すぎて、俺の口から変な声が溢れる。
「あの子の言葉が嘘の可能性だってあるし……何よりも、私のためにこれ以上、蓮君に危険を負わせたくない……だって、あいつらの狙いは蓮君なんだから」
花火はベッドのシーツを強く握ると、七海から聞いたことを話し始めた。
彼女らが異世界の人間であること。
故郷に帰るために、俺の持っているギフトの空間魔法を狙っていること。
最悪の場合……俺は死んでしまうかもしれないことを。
説明を終えると、花火は上半身だけを起き上がらせ、俺の手を掴んだ。
「私は、蓮君に今まで助けられてきた……私を救ってくれた……だからこそ、私のせいで死んじゃうのは……嫌だ。それくらいなら、私が死んだ方がマシだよ……」
「花火……」
その声には……少しだけ涙が混じっていた。
俺はそんな花火の額に――デコピンを喰らわした。
「へ?」
「っざっけんな! 何が『私が死んだ方がマシ』だよ!」
ふつふつと、俺の中で何かが湧き上がってきていた。
これは……怒りだ。
「大切な人のために、命を落とす悲劇のヒロイン気取りか? ふざけんな! 花火はそんなやつじゃねえだろ!」
「それは……」
うつむく花火の胸ぐらを掴んで無理矢理、俺の方向を向かせる。
そして、彼女の瞳をじっと見つめながら言葉を紡ぐ。
「ダンジョン探索中、しょっちゅう俺のことを置いていくし、変なボタン押してトラップを発動させるし、飯はほとんど俺に奢らせるし……よくわかんない時に不機嫌になるし、かと思ったら顔を真っ赤にするし……」
「迷惑かけたのは……ごめん」
「ううん、俺は花火を責めてるわけじゃないよ。だから謝る必要はない」
「え……」
「俺が言いたいのは、そんな自分勝手な奴が花火だってことだ! だから――」
俺は一呼吸挟むと――
「――今回も、いつもみたいに俺を振り回せばいいんだよッ!」
視界が歪む。
いつの間にかに……俺の目からも涙が溢れていたのだ。
「れ、蓮君……でも、今回に限っては話は別でしょ?! 失敗したら、死んじゃうんだよ!?」
「でも、挑戦しなかったら花火が死ぬだろうがッ! ……最初、俺が鍛えてくれって花火に頼んだ時から……それを花火が受け入れた時から! 俺たちはもう取り返しのつかないところまで来てるんだよ……花火が死んだ後……俺が幸せに生きていけると本当に思ってるのか?」
「っ……?!」
「だから、俺たちは掴み取るしかねえだろ! ――俺も花火も生きていく完璧な未来をッ!」
俺たちは片方の翼を無くした鳥だ。
2人じゃないと……飛ぶことなんてできない。
2人とも生きてないと……意味がない。
「そう……だね。ごめん、私が間違ってた……自分だけが不幸になればいいなんて……」
そう言う花火の顔は涙で濡れていた。
彼女は涙を服の袖で拭うと――
「――じゃあ、影の集団をボコボコにしに行こっか!」
いつもの笑みでそう言った。
そうだ、それでこそ、花火だ。
――俺が大好きな花火だ。
――――――――――――――――――――――――
『さあ、ついに探索者バトルアリーナも終わりが近づいてきましたッ!』
俺と花火が楽屋で待っていると、実況の声が聞こえてきた。
『大トリを務めるのは、突然現れ、次々と名のあるパーティ達を打ち破ってきた“影の集団”と、神がかった速さと、高練度の魔法で敵を蹂躙していく“ヒバナ”ですッ! ……試合は、30分後に開始となりますので、それまでしばしお待ちくださいっ!』
残り30分で……始まるのだ。
俺たちの命運を分ける戦いが。
「蓮君……もしかして、緊張してるの?」
すると、隣に座っていた花火が意地悪そうにそう言ってきた。
「緊張……どうだろうな、負けたら俺も花火も死ぬって考えると……少し緊張するな」
「ふふっ、だと思った」
「花火は緊張してないのか?」
「まあね……だって、今考えれば、『負ければ死ぬ』なんていつものダンジョン探索と同じだもん」
「それは……確かにそうだな」
「でも……蓮君がどうしても怖いって言うなら、抱きしめてあげようか?」
花火は意地悪げにそう言う。
ほう……! そっちがその気なら、こっちにも考えがあるぜ?
「なら、お願いしようかな」
「ふふっ、流石に冗談――へ?」
「ん? どうしたんだ? 抱きしめるんじゃなかったのか?」
凍りついたように表情を固まらせている花火に、俺は追い打ちをかける。
「い、いや……それは……」
「なんだ、結局、虚勢だったんだなぁ〜、そうだよな、花火は恥ずかしくってそんなこと出来ないもんな?」
「そ、そんなことないし……! もう! 知らないからね!」
すると、花火は立ち上がると俺に近づき――
「んっ……」
背後から俺にハグしてきた。
「は、花火……!?」
「れ、蓮君が言ったんだからね……!」
彼女の吐息が俺の耳に当たって少しくすぐったい。
ま、まさか本当にするとは思ってもいなかった。
でも、おかげさまで……いつの間にかに、ずっと止まらなかった足の震えが止まっていた。




