第44話 異世界
「ど、どうして……」
視界がぐらりと歪み……私は地面に尻餅をついてしまう。
しかし、私は、意識を失うまいと必死に意識を保ちづけた。
多分……ここで意識を失ったら取り返しのつかないことになる。
そんな確信が私にはあった。
「凄い……花火ちゃん、まだ意識があったんだ」
セナちゃんは驚いたような口調で呟く。
彼女の手には大きな鎌が。
まるで、死神の鎌だ。
私はおそらく……あの鎌で攻撃されて、気絶させられそうになった。
私は、自分の体を見渡す。
あの鎌で攻撃されたのに、私の体には傷一つなかった。
多分、精神攻撃の類だったのだろう。
「な、なんでなの……スイーツ、食べにいくんじゃなかったの?」
「スイーツ……? そういえばそうだったっけ……? そんなのただの花火ちゃんを誘き出すための嘘だよ?」
「っ……?!」
「蓮と接触したのも、ラーメンの件も……全部全部、空っぽな嘘。私はとある目的のために2人に接触したの……まあ、まさかここまで簡単にいくとは思ってなかったけどね」
くすりとセナちゃんは笑う。
まるで、私を嘲笑うかのように。
私が知っているグルメで優しくて可愛いセナちゃんは……もう居なかった。
あれはただの偽りの姿だったの……?
「じゃあ……本当の私の姿、見せてあげるね」
セナちゃんはニコリと微笑むと――突然、彼女は糸が切れたマリオネットのようにガクリと膝をつく。
「え……?」
「ここだよ」
次の瞬間、背後から別の声が聞こえてきた。
私は声の方向へ振り返ると――そこには、桃髪の少女が立っていた。
彼女は、目が隠れるほどまで髪を伸ばし……セナちゃんと同じように鎌を持っていた。
いや、そんなことは今はどうでもいい。
今最も大事なのは……彼女の容姿が『影の集団』のメンバーの1人と酷似してることだ。
「私は七海……えっと……影の集団のメンバーって言った方がわかりやすいかな?」
「か、影の集団?! な、なんで? 今は試合中なんじゃ……」
「あれ……? あれは私に似せただけの改造した魔物――モンスターだよ?」
「じゃ、じゃあ……もしかして、セナちゃんって……」
すると、彼女はクスリと笑い――
「うん、あれもただの改造したモンスター」
「ぁ……」
そもそも、セナという人間はこの世に存在していなかったのだ。
存在自体が……ただの虚構。
「……んで」
「うん?」
「……なんで! 一体何が目的なの? 私に恨みでもあったの?!」
「恨み? 違う、そんなの無いよ……? 私は、大事な大事な目的のためにあなた達を利用しないといけなかったの」
「大事な目的……?」
「そう……私たちにとって、すっごく大事なね……せっかくだから、最後に花火ちゃんにも教えてあげる――異世界から来た私たちの全てを」
優しいようで恐ろしい微笑を浮かべると、彼女は静かに語り始めた。
――――――――――――――――――――
私は元々――地球の人間ではなかった。
私は、地球の中世ヨーロッパに魔法を足したような世界に生まれたのだ。
「お母……さん? ね、ねえ……息してよ……」
それが全ての始まりだった。
七海は……いや、違う。私――ナナは、10歳の時に母親を魔物に殺された。
友達と遊んだ帰りだった。家に帰ると、いつもの『おかえり』の声はなくて、血の匂いだけが私を出迎えた。
急いでリビングに駆けつけると……そこには魔物に切り刻まれた母親の姿があったのだ。
魔物とは……地球におけるモンスターのような化け物のことだ。
ただし、唯一違うのは……ダンジョン外に生息していること。
「絶対に……許さない。魔物は全員……殺さないと」
それから、私は……復讐の道を歩み出した。
まず、最初の一歩は冒険者になることだった。
冒険者――それはこの世界における、依頼に応じて魔物と呼ばれる怪物を討伐する存在だ。
「スズ……! そっちの魔物をお願い……!」
「わかったわ! 〈ファイアボール〉!」
一緒にパーティを組んでいたスズが、私が倒し損ねた魔物を、魔法で焼き尽くす。
「俺のことも忘れんなよ?」
「ミカ……」
すると突然、もう1人のパーティメンバーであるミカが飛び出して、近づいてきていた魔物を切り捨てる。
スズとミカは――鈴原と御影は両方とも、この世界での私のパーティメンバーだった。
そうして……私たちは協力して魔物をとにかく倒した。
どうやら、3人とも才能があったようで実力はメキメキと上がっていき――
――ついに、国で最強の冒険者パーティという称号さえも手に入れた。
「っぷはぁぁ! やっぱり、命懸けの冒険の後のエールは美味えなァ!」
冒険者ギルドに隣接した酒場にて、ミカは豪勢にエールを飲み干すと、グラスを机に叩きつける。
「ちょっと? あんた、いい加減、酒ばっかり飲むのやめてくれない? 周りが酒臭くなって堪らないわ!」
「あぁん? 冒険の後くらい、いいだろ? ……ほら、スズもそんなお袋みてえなこと言ってないで飲んだらどうだ?」
「私は遠慮しておくわ。酒は一生飲まないって決めてるの」
スズちゃんはプイッと顔を逸らすと、皿に盛り付けられたお肉を口に運ぶ。
「2人は、強くなっても相変わらずだね……」
「はは、それはナナも同じだろ? ……こっそり、ピーマンを俺の皿に移してるところとか」
「う……」
ば、バレてないと思ったのになぁ……。
「相変わらず、ピーマン苦手なんだな」
「うん……これ、苦いだけ。何にも美味しくない……」
「ふはっ! 俺の妹とまんま同じこと言ってんな」
すると、ミカは少し寂しげな表情をした。
「……ミカ、あんた……妹はどうしたのよ? 病気は良くなったの?」
ミカは、妹の治療費を稼ぐために冒険者になったのだ。
どうやら、妹は難病にかかっており、完治させるためには凄く希少な薬であるエリクサーが必要なんだとか。
すると、ミカは複雑な表情で話し始める。
「良くは……ねえな。まあ、薬で進行を遅らせてるから悪くなっても無いんだが……俺としちゃあ、なるべく早く元気にしてやりたいんだよ……せっかくの若くて綺麗な時期に、ずっとベッドで寝てないといけないなんて、可哀想すぎるだろ?」
「それはそうね……よし! 私も家を立ち直らせるために頑張らないと!」
スズは、子爵家の長女だ。
でも……その子爵家は借金で没落。
今や貧乏貴族だ。
スズは、その子爵家を立ち直らせて両親を喜ばせることが夢なのだという。
2人とも、復讐が目標である私と違って、高貴な目標を持っていて羨ましい限りだ。
「そんじゃあ、これからの俺たちを祝って乾杯でもするか?」
「あら、ミカにしてはいいこと言うじゃない」
「一言余計だ……! ……じゃあ、ナナもいいな?」
「うん……!」
私たちは、グラスを持つと――
「これからの俺たちを祝って――」
「「「乾杯っ!」」」
2人は、家族を全員亡くした私の唯一のオアシス。
いつの間にかに、2人は家族のようなものになっていた。
だからこそ――私は2人の願いを叶えてあげたい。
『元の世界に帰りたい』という願いを。
――――――――――――――――――――――――
私たちが、凶悪な魔物が生息していると言われる『死の森』を冒険している最中だった。
「――な、なにっ?!」
それは、唐突に起こった。
――ゴゴゴゴゴ、という轟音と共に、突然、地面が揺れ始めたのだ。
「も、もしかして……強力な魔物か?!」
「ち、違うわ! これは――」
スズが突然、上空を見上げた。
私もそれ釣られて上を見上げると――
空には、巨大な魔法陣のようなものが展開されていた。
それはもう、この森全体を覆うのではないかというくらい、大きな魔法陣だった。
あれは――
「――ワープホールよ! あれに巻き込まれたら、最後、帰ってきた人はいない……」
スズの表情が絶望に染まっていく。
ワープホール……それは100年に一度、この世界にランダムに現れる時空の歪みのこと。
巻き込まれると、どこかわからない異世界に転移されてしまう。
ならば、急いで逃げないと……!
「い、急いで範囲外から逃げるぞッ!」
「む、無理よ! ワープホールの範囲があまりにも広すぎるわ!」
「クソがッ! 俺は妹を救ってやらねえといけないのに……!」
ミカが悔しさで拳を握りしめる。
次の瞬間、辺りは眩い光に包まれた。




