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超美少女こんぷれっくす♡ゼロ  作者: うと
こんぷれっくす
3/5

サン


__玄関の扉を開けた瞬間、空気が違った。


靴を脱ぐ音が、やけに大きく響く。リビングの方から、低く押し殺したような声が漏れていた。聞きたくなくても、壁をすり抜けて耳にまとわりつく。


帰ってきてる。


それだけで十分だった。

息を潜めるみたいに、足早に廊下を抜ける。ドアノブを掴んで、自分の部屋に滑り込むように入ると、すぐに鍵をかけた。

バタン。

小さく閉じたはずなのに、その音さえ大きく感じる。

耳を塞ぐ。

ぎゅっと、指先に力を込めて。

「……関係ない」

小さく呟く。誰に聞かせるでもなく。

「オレには、関係ない」

そうだ。関係ない。あの部屋のことも、あの声も、あの空気も。

全部、オレとは無関係だ。

昔は、こんなんじゃなかった。

思い出そうとする前に、思考を止める。

考えるな。

あの頃のことなんて、思い出したって意味がない。

ベッドに倒れ込む。布団を被って、外の音を遮断する。完全には消えないけど、それでも少しは遠くなる。


帰りたくなかった理由。


胸の奥に引っかかっていたそれが、やけにくっきりと形を持つ。

「……くだらねぇ」

吐き捨てるみたいに呟く。

そんな理由で、逃げたかっただけ。

結局、いつもと同じだ。

目を閉じる。

寝てしまえばいい。全部、なかったことにできる。

なのに、胃の奥がじわじわと気持ち悪い。

「あぁ……最悪」

言葉が漏れる。

眠りに落ちるまで、どれくらい時間がかかったのか分からない。



目覚ましの音で目を覚ます。

何事もなかったみたいに、体を起こす。

「……なんともない日」

そう、呟く。

昨日のことも、家のことも、全部なかったことにするみたいに。

制服に着替えて、家を出る。リビングの方は見ない。音も聞かないふりをする。

いつも通りの通学路。

いつも通りの時間。

なのに。

胸の奥が、ざわついていた。

「……なんだよ」

理由なんて分からない。ただ、落ち着かない。

そのまま教室の扉を開ける。

___違う。

入った瞬間、分かった。

空気が、いつもと違う。

ざわざわとした声。視線。ひそひそと交わされる言葉。

「ねえ、あれ__」

「この前さ、1年の___」

「え、まじ?」

「___××××」

聞こえないふりをしているのか、と思うくらい、隠す気のない声量。

いや、きっと。

聞こえてるのを分かった上で、話してる。

「……」

何も言わず、自分の席に向かう。

視線が刺さる。

でも、気にしない。

気にしない。

椅子を引いて、座る。

そのまま机に突っ伏した。

目を閉じる。

オレには関係ない。

繰り返す。

何度も、何度も。

聞いてない。知らない。どうでもいい。

そう思い込めば、それで済む。

……はずだった。

「ねえ」

頭の上から、声が降ってきた。

聞き覚えのある声。

無視する。

寝たふりを続ける。

「ねえってば」

もう一度。

少しだけ近づいた声。

それでも、動かない。

関わりたくない。

面倒事なんて、まっぴらごめんだ。

「聞こえてるでしょ?」

くすっと、小さく笑う気配。

「まあいいけど」

彼女は、勝手に続ける。

周りのざわめきなんて、まるで存在しないみたいに。

「……」

「噂、いっぱいだよ?」

机に顔を埋めたまま、拳を握る。

何も言わない。

何も、反応しない。

「でもさ」

彼女の声は、変わらず柔らかい。

「別に、どうでもいいよね」

その言葉に、ほんの少しだけ、呼吸が止まる。

「周りがどう思おうがさ」

カタ、と机に何かが置かれる音。

たぶん、彼女の肘。

「オレには関係ない、でしょ?」

__そのままの言葉。

頭の中で繰り返していたものを、そのままなぞるみたいに。

ゆっくりと、目を開ける。

視界の端に、彼女の横顔が映る。

相変わらず、何も気にしていないみたいな表情で。

ただ、少しだけ。

楽しそうに、笑っていた。


あぁ、胃が気持ち悪い。

朝からずっと、何かが喉の奥に引っかかっているみたいで、飲み込めないまま残っている。

__なんともない一日。

そう、思い込む。

そうじゃないと、やっていられない。

教室のざわめきも、視線も、彼女の声も、全部、遠くに押しやるみたいに。

ただ時間が過ぎるのを待つだけ。

それだけでいい。

それだけで、終わるはずだった。

放課後。

チャイムが鳴った瞬間、立ち上がる。

誰とも目を合わせない。声もかけない。かけさせない。

「……」

彼女の方を見ることもなく、そのまま教室を出た。

呼び止められた気がしたけど、気のせいだと決めつける。

聞こえなかったことにする。

関わらない。関わらなければ、何も起きない。

それだけだ。

足早に廊下を抜ける。階段を降りる。靴を履き替える。

外に出る。逃げるみたいに。

空気が肺に入るのに、息苦しい。

それでも足は止めない。

帰る。

帰るしかない。

帰りたくないのに。

家の前で、足が止まる。

ドアノブに手をかけて、そのまま動かない。

怖い。

何があるか分かっているから。

中にある空気が、容易に想像できるから。

「……っ」


開けるだけだ。


それだけなのに。


指先が、やけに重い。


__その時。

ガチャ、と内側から音がした。

反射的に手を離す。

扉が開く。

目の前に立っていたのは、父親だった。

一瞬だけ、視線が合う。

でも、それだけ。

何も言わない。

何も感じていないみたいな顔で、そのまま横を通り過ぎる。

肩がぶつかりそうになる距離。

けれど避けることもなく、ただ無視して。

バンッ。

玄関が荒く閉まる音。

外に出ていく足音。

遠ざかる気配。

それだけで、全てを察するには十分だった。

「あぁ……」

喉の奥から、空気が漏れる。

「最悪だ……」

ゆっくりと、扉を開ける。

中の空気は、重たく濁っていた。

足を踏み入れる。


一歩。


二歩。


リビングの方から、微かな嗚咽が聞こえる。

見たくない。

でも、耳が勝手に拾う。

足が止まらない。

__視界に入る。

床に座り込む母親。

髪は乱れて、目は赤く腫れている。

ぐしゃぐしゃに崩れた顔。

見慣れてしまった光景。

でも、慣れることなんてできない。

「……っ」

視線を逸らそうとした瞬間。

母親が顔を上げた。

目が合う。

その瞬間、何かが弾けたみたいに。

「……あなた」

立ち上がる。

ふらつきながら、近づいてくる。

「あなたは……裏切らないよね」

腕を掴まれる。

ぎゅっと、縋りつくみたいに。

「ねえ、お願い……」

声が震えている。

必死で、何かを繋ぎ止めようとしているみたいに。

「あなたは、味方でしょ……?」

__知らない。

そう言えたら、どれだけ楽だっただろう。

言えない。

言いたくない。

関わりたくない。

「……」

口を開くことすらできない。

ただ、立ち尽くす。

母親の手が、どんどん強くなる。

痛い。

でも、それよりも。

気持ち悪い。

視界が歪む。

呼吸が浅くなる。

「あぁ……」

心の中で、何かがぐちゃぐちゃに崩れる。

汚い。

気持ち悪い。

全部。

この空間も、この関係も、この感情も。

__醜い。

何も言えないまま、ただそこにいる自分が。

一番、醜い。

「……やめて」

小さく呟いたのか、思っただけなのか、自分でも分からない。

気づけば、腕を振りほどいていた。

そのまま逃げるように、自分の部屋へ。

ドアを閉める。

鍵をかける。

背中を預けて、ずるずると座り込む。

「……っ、は……」

呼吸がうまくできない。

胃の奥がひっくり返る。

吐き気がこみ上げる。

「……なんで」

分からない。

分からないけど、分かりたくもない。

ただ、全部から逃げたい。

逃げるしかない。

目を閉じる。

耳を塞ぐ。

思考を止める。

___何もない。

何もない一日。

そう思い込む。

繰り返す。

何度も、何度も。

それでも。

胸の奥のざわつきだけは、消えなかった。


次の日。

目覚ましの音が鳴る。

止める。

起き上がらない。

天井を見つめる。

「……行かない」

小さく呟く。

理由なんていらない。

行けない。

それだけで十分だった。

体が重い。

動く気にならない。

学校のことも、噂も、彼女のことも。

全部、どうでもいい。

__いや。

考えたくない。

考えたら、また気持ち悪くなる。

布団を被る。

光を遮る。

暗闇の中で、ただ目を閉じる。

__なんともない一日。

その言葉が、もうどこにも存在しないことを。

うすうす分かりながら。


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