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孤児院


 俺が奪った左腕は、すでに再生しているようだった。

 彼がここにいるということは、妖魔ではなく半妖だったのか。


「……あぁ、ちょっとしたな」


 眉間にしわを寄せて、鬼の彼は鈴音の問いに答える。

 こちらを警戒した様子だ。

 声が低いし、目つきは鋭い。


「妙に帰りが遅いと思ったら、ナンパでもしてたのか?」

「そんな訳ないでしょ。彼、私を助けてくれたんだよ?」

「助けた? ふぅん」


 まぁ、完全に余計なお節介ではあったけれど。


「それで半妖のこと何も知らないみたいだから、お礼にいろいろと教えてあげようと思って連れてきたんだよ」

「何も知らない?」


 鋭い視線が、俺を射抜く。


「すこし前まで人間として生きてたんだ。こうなったのは、つい最近だ」

「隔世遺伝なんだって」


 鈴音にした言い訳と同じことを、彼にも言う。

 彼女はそれで納得してくれたが、彼のほうはどうだろうか。

 いかんせん、出会いの仕方が最悪だった。

 容易に、信じてくれるとは思えないな。


「……姉貴、先に入っててくれ」

「どうして?」

「ちょっと話したいことがあるんだよ、男同士でな」

「ふーん? そうなんだ」


 鈴音は、ちらりとこちらを見る。

 だから、そっと頷いてみせた。


「わかった、じゃあ先に行ってるけど……」

「あぁ、すぐに行く」


 うすうすは鈴音も感じとっているんだろう。

 俺たちの間に流れる険悪な空気を。

 だが、それをあえて口にすることはなく。

 鈴音は一人で孤児院に入っていった。


「よう。なにしに来た、狐野郎」

「勘違いしないでくれ。ここに来たのは偶然なんだ」

「信じられると思うか? そんな偶然を」

「……俺は一度も、お前に嘘を言った覚えはない」


 まぁ、つい先ほど隔世遺伝だと嘘をついたけれど。

 言ったのは、あくまでも鈴音だ。

 俺は自分の身に起こったことを正直に告げたに過ぎない。


「俺はいつだって本当のことを話してきたはずだ。現に、あの狩り場には近寄ってすらいない。その気になれば、あのまま奪えていたのにだ。そうだろ?」

「……」


 彼は答えない。

 反論を、しない。


「だから、今もまた本当のことを話す。ここに来たのは偶然だ」


 ここまで言っても、恐らく彼の警戒心は解けないだろう。

 追い返されるかも知れない。

 だから、今のうちに伝えるだけ伝えておく。

 敵対の意思など、こちらにはないのだと。


「……」


 沈黙が続く。

 これは一度、仕切り直したほうがいいか。


「わかった。今日のところは帰るよ。鈴音には、悪いって伝えといてくれ」


 踵を返し、彼に背中を見せる。

 そのまま、かつかつと足音を鳴らして帰路につく。


「――待て」


 ぴたりと、足を止めた。


「お前の言い分を理解できないほどガキじゃねぇ。癪だが、お前の言っていることには筋が通ってる。だから」


 ゆっくりと振り返り、再び彼を視界に納める。


「入れよ。姉貴が待ってる」


 グラウンドの奥にある孤児院を指し、彼は言う。

 苛立ったような表情をしているあたり、まだ警戒心は解けてない。

 それでも俺を中に入れてくれると言う。

 すこしは歩み寄れたのかも知れなかった。


「言っておくが、信用したわけじゃねぇからな」

「あぁ、わかってる」


 背後からそんなことを言われながら、孤児院の中に足を踏み入れた。


「遅ーい」

「色々とあんだよ、こっちにも」


 居間へと通されると、食卓につく。

 随分と大きな物で、小さな傷や凹みがすこし目立つ。

 そう言えば、幼い子供が十一人いるんだっけ。

 それが一堂に会して食事を取るのだから、大きい訳だ。


「じゃ、話をはじめよっか」


 茶の入った湯飲みを人数分おいて、鈴音は俺の正面につく。

 彼は鈴音から一つ席を離した位置に腰を下ろした。


「んーと、なにから話そっかな。なにが知りたい?」

「そうだな……とりあえず」


 視線を、彼へと向ける。


「あ?」

「名前、教えてくれよ。俺は天喰創也だ」

「……雷土凜いかづちりん

「よろしく、凜」

「ケッ」


 凜はそっぽを向いてしまった。


「それで、教えてほしいことだけど。まずさっき聞けずじまいだった九十九のことを聞かせてほしい」

「わかった、九十九だね」


 おほんっ、と鈴音は区切りをつけて話し始める。


「九十九って言うのは、半妖の集まりで。まぁ、言っちゃえばならず者集団ってところかな」


 半妖のならず者。

 所謂、アウトローという奴か。


「この街に拠点を構えてからは破竹の勢いでさ。人の狩り場は奪うし、気に入らないことがあるとすぐ手が出るし、人間相手に強盗まがいなことまでする厄介な連中だよ。本当に」


 途中からただの不満になっていたけれど。

 九十九という集団が、どのようなものなのかは理解できた。

 あまり関わり合いになりたくない類いの人種たちみたいだ。


「この前、狩り場を襲ってきた奴も、きっと九十九の手先だよ。そうに違いない」

「……そ、そうだな」


 どうやらその九十九の手先が、俺だとは思ってもいないらしい。

 ちらりと凜のほうを見てみる。

 相変わらずそっぽを向いたままだが、何かを言うつもりもないみたいだ。

 まぁ、言ったら言ったで、ややこしいことになるのは目に見えている。

 これ以上の面倒ごとは、彼も避けたいようだった。


「狩り場」

「ん?」


 話題を逸らすように、また狩り場の名前を出す。


「その狩り場って言うのは、どういうものなんだ? 妖魔が勝手に集まってくる場所ってことでいいのか?」

「うん。その認識であってるよ。パワースポットってあるでしょ? あれの悪いバージョンが狩り場なの」


 パワースポットの真逆をいく局所。

 それが狩り場と呼ばれるもの。


「そこは邪気の吹き溜まりでね。そういうところには、不幸が淀んでるんだ。商売をしても上手くいかない、家を建てても居心地が悪い、公園にしてみたら人が寄りつかない。だから、大抵その土地は手つかずになって、力の弱い妖魔を引き寄せるの」

「なるほどな……」


 曰く付きの土地に妖魔が寄りつく。

 半妖や、力の強い妖魔は、それを利用して狩りをする。

 街中に散らばる妖魔を追いかけ回すより、やってくる妖魔を狩るほうが効率的だ。

 狩り場がいかに重要な土地か。

 それがやっと理解できた。


「なら、狩り場の防衛は最重要だな」

「そうなの。うちはチビたちも多いから、妖魔の調達もギリギリなんだよねー。あそこまで奪われたら、正直もうやっていけないかも」

「……」


 俺はそんな重要な狩り場に、足を踏み入れてしまったのか。

 そして、凜に決して軽くない負傷を与えてしまった。

 知らず知らずのうちに、俺はこの孤児院を追い詰めてしまっていたのか。


「あっ。ごめんね、なんか暗い話しちゃって」

「いや、気にしないでくれ」


 あの時、あの場面では、そうする他になかったとはいえ。

 罪の意識を感じざるを得ないな。

 気まずくなって、目の前の湯飲みに口をつける。

 この胸の罪悪感を洗い流すように、茶を飲み干した。


「じゃあ、ほかに何か聞きたいことは?」

「あ、あぁ、そうだな……」


 聞きたいことのリストに優先順位をつけようと思案する。

 あれもこれもとすこし悩んでいると。


「――ん?」


 不意に、この孤児院の外に妙な気配がした。

 反射的に窓のほうを向いて、外の様子をみる。

 一見して、その夜の景色に異変はないように思われた。


「どうしたの? 急に」

「いや、なんか。妙な気配を感じてさ」

「気配だ?」


 俺がそう言うと、二人とも耳を澄ませた。

 二人とも、感じとっているだろう。

 今でもまだ気配はしているのだから。


「……凜、どう思う?」

「どうもこうもないだろ。こっちに向けて一直線だ。こいつは間違いなく」


 噂をすれば、影が差す。


「九十九の襲撃だ」


 昔の人は、よく言ったものだ。

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