襲撃
こちらへと一直線に向かってくる気配。
数は二つであるように思われた。。
この速度だと、数分後には孤児院にたどり着くだろう。
「九十九の襲撃だって、どうしてわかった?」
「それは……」
鈴音は言い淀む。
けれど、すぐに理由を口にした。
「いま、戦えるのが私しかいないからだよ」
「……」
それに、返事はできなかった。
「この孤児院に戦える半妖は三人だけ。お母さんと私と凜。お母さんはいま出払ってて、凜は事情があって戦えないんだ」
「そう……なのか」
鈴音が母と呼ぶ女性は、なんらかの用事で孤児院を留守にしている。
凜は事情――恐らく、俺が与えた負傷が原因で戦えない。
見た目は綺麗に治っているが、再生に費やした妖力は膨大なはず。
かつての時のようには動けないんだろう。
「弱ったところを叩きに来たってことか」
九十九にしてみれば、絶好の機会だ。
労せず狩り場を手に入れられる。
攻める理由としては、この上ないほどだ。
「――わかった。俺も手を貸そう。一緒に戦う」
「……いいの? 私も切羽詰まってるから、当てにしちゃうよ?」
「あぁ、遠慮せずに頼ってくれ。いろいろと教えてくれた礼だ」
というのは、建前だ。
もちろん感謝の意もある。
だが、共に戦う理由の大半は、この胸に宿る罪悪感だ。
俺が狩り場に踏み入らなければ、凜の左腕を奪わなければ。
九十九の襲撃は起こらなかったかも知れない。
たらればの話をしてもしようがないとはわかっている。
けれど、ここで知らぬ存ぜぬを決め込めるほど、俺の神経は図太くない。
「……おい、創也」
席を立つと同時に、凜から声がかかる。
そちらに目を向けると、目と目が合った。
今度はそっぽを向かれない。
きちんと、俺を見てくれていた。
「いいんだな? 頼って」
凜には、たぶんわかっているんだろう。
実際に戦い、死闘を演じたからこそ。
俺がここで戦うことを選んだ理由に察しが付いている。
そして戦力が鈴音一人しかいない以上、俺の手を借りるほかないことにも。
「あぁ、もちろん」
そう答えると、凜も無言で席を立った。
俺たち三人で顔を見合わせ、グラウンドへと出る。
すると、ちょうどよくと言ったところか。
一直線に向かってきていた気配の二つが、グラウンドに降り立った。
「あーら? なによ、話が違うじゃない。元気なのは一人だけって聞いたけど?」
一人は咥え煙草を吹かした妖艶な女だった。
二十代後半くらいの妖しい雰囲気を纏っている。
紫煙を燻らせる仕草は、とても様になっていた。
「不測の事態とは、いつ何時でも起こりうるものだ」
もう一人は腰に二振りを帯刀した落ち着いた男。
黒の喪服のようなスーツを身に纏い、ネクタイまできちんと締めている。
一見してどこにでも居そうな真面目なサラリーマン。
だからこそ、腰の二振りが異彩を放っている。
この二人が、九十九からの刺客だった。
「二人いる坊やのうち、どっちが腕をもがれたほうなのかしらね」
「奥にいるほうだろう。手前にいる二人に比べて妖力が小さい」
「ふーん。じゃ、そっちの坊やのほうがイレギュラーってことね」
煙草の火が残光を引いて、口元から離れていく。
「一応、聞いといてあげる。大人しく狩り場を九十九に渡すなら、痛い目みなくて済むわよ。痛いのは嫌でしょう?」
「冗談。あなたたちに渡すような狩り場なんてうちにはない」
「あら、強気なお嬢ちゃんだこと」
そう余裕をもって、彼女は再び煙草を咥えた。
「なら、しようがないね。交渉決裂ってことで」
「目に見えた結果だ」
女は紫煙を燻らせ。
男は刀の柄に手を掛ける。
明確な敵意の表れに、こちらも戦意を見せる。
鈴音と共に妖魔化し、獣の特徴を人体に得た。
俺からは獣耳と四本の狐尾が。
そして鈴音からは獣耳と共に、細く長い尾が生える。
その本数は、二本だった。
「四尾の狐に――猫又のお嬢ちゃんね」
猫又。
一晩に何人もの人間を食い殺したという妖魔。
鈴音には、その妖魔の血が流れている。
「私が四尾の相手をしよう」
男はそう言って、視線で俺を捉えた。
「あーら、いいの? あんたとは相性が悪いでしょ」
「構わない。四尾程度なら、どうとでもなる」
「ふーん。ま、いいけど。じゃ、あたしはお嬢ちゃんと遊んでるわ」
そう言って、女は距離を取るようにゆっくりと離れていく。
互いに互いの戦闘を邪魔しないように、という意図が見て取れた。
それに合わせるように、鈴音も俺から離れていく。
「気をつけてね」
そう一言、言い残して。
「――はじめに名前を聞いておこう。私の名は黒羽だ」
意外な一言に、すこしだけ戸惑う。
「……天喰創也」
なにかしらの意図があるのかと疑ったが、素直に名乗る。
「そうか。では、天喰」
黒羽は、手に掛けた柄を引いて、鞘から刀身を抜き払う。
独特の波紋を描く刀身は、月明かりによって淡く、鈍く、輝いていた。
もう一振りのほうは、まだ抜かないようだ。
「殺し合いをしよう。慈悲もなく、容赦もない、死合いをしよう」
刀の鋒が、こちらに向けられる。
「一人でやってろ」
奴の主義に付き合う義理はない。
こちらはこちらの戦い方で、やらせてもらう。
死ぬのは、もう御免だ。
「――」
地面を蹴る。
互い同時に動き出し、間合いに踏み込んだ。
先手を打つのはこちら。
硬化させた狐尾が黒の四閃を描いて黒羽を襲う。
奴の得物は刀一振り。対してこちらの得物は四本だ。
二振り目を抜いたとしても、まだ数の利はこちらにある。
黒羽は退くか、躱すかのどちらかだろう。
そう思っていた。
「ぬるいな」
その一瞬。
なにが起こったのか、理解が追いつかなかった。
認識できたのは、そのあとのことだけ。
気がつけば、狐尾のすべてが弾かれていた。
なにによって?
決まっている、黒羽の剣技にだ。
この至近距離にいて、奴の太刀筋が一つも見えなかった。
「――くっ」
狐尾をすり抜けて、鋒が突き出される。
迫りくる一撃に、身体はなんとか反応した。
即座に後方へと跳び、辛うじて刃から逃れる。
いま、一瞬でも回避に手間取っていたら、喉を裂かれていた。
「見誤ったか。よもや、まだ息があろうとは」
地に足をつけ、開いた間合いに安堵する。
接近戦はかなりの不利だ。
経験値の違いが顕著に現れている。
体感では、陸橋の下で戦った、万全の凜より戦いづらい。
なんとか致命傷は避けられているが、いつ首を刎ねられても可笑しくはない。
さて、どうする。
この格上を相手に、どう立ち回ればいい。
使える手は、限られている。
知識。錬金術。妖狐の尻尾。鬼の手。
これでどうにか、勝つしかない。
「来ないのなら、こちらからいく」
黒羽は刀を構えて動き出す。
もう幾ばくも考えている暇はない。
ぶっつけ本番だ。
どうにかこうにかやってみよう。
「怖じ気づいたか?」
間合いに踏み込まれ、一刀が振るわれる。
「ハッ、誰が」
闇夜を引き裂く一閃を、硬化させて狐尾で受け止めた。
なんとしてでも、勝たなくてはならない。
ここで俺が殺されるようなことがあれば、こいつは鈴音のもとに向かう。
二対一になったら勝ち目はない。
たとえ手足がもがれようとも、食らいついてみせる。




