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隔世遺伝


 日もどっぷり暮れた夜。

 月に近い屋根の上で、俺は妖魔にとどめを刺した。


「ふぅ。こいつ、屋根まで逃げやがって」


 いま仕留めた妖魔に愚痴を言う。

 これを追いかけて街中を走り回ったからだ。

 ついには民家の屋根まで飛び跳ねる始末。

 この月夜に似合う、うさぎのような重力を感じさせない妖魔だった。


「これでよしっと」


 狐尾で貫いた妖魔を、捕食器官で喰らう。

 あの一件から数日が経ち、この作業にも慣れてきたところだ。

 この人間から著しく逸脱した行為に、慣れたくはないものだけれど。


「今日はこのくらいにしとくか」


 陸橋の下で鬼の妖魔と戦って以来、戦いらしい戦いはしていない。

 妖力の消費も肉体の維持だけの最小限。

 毎夜の狩りは、少数で済む。

 それに今は狩りよりも優先したいことがある。


「……」


 何気なく夜空を見上げ、胸に手をおく。

 心臓の鼓動を確かめるこの仕草は、癖のようになっていた。


「このまま、すこしだけ」


 ゆっくりと瞼を閉じ、思考を内側へと向ける。

 脳の記憶領域に触れ、与えられた知識を読み解いていく。

 錬金術。

 その知識ならば、あるはずなんだ。

 賢者の石。ホムンクルス。エリクサー。

 なんだっていい。

 生き返る方法が、見つかるはず。


「うーん……」


 暇な時間は、いつもこうして知識を読み解いている。

 街中を走り回って時間を取られる狩りを最小限に抑えたいのも、このためだ。

 しかし、なかなか目当てのものは見つからない。

 というか、なかなか行き当たらない。

 この知識を理解するための専門用語を理解するための基本知識を理解するための初心者向けの知識をまず知らなければならない――みたいな、事前知識を必要とする項目が多すぎる。

 この数日ほどに、知ると理解するの違いを思い知らされた期間はない。


「ダメだな。やっぱり、外じゃ落ち着かない」


 この静寂の中なら、家の中にある誘惑を断ち切れると思ったけれど。

 やはり集中して物事に取り組むには、慣れ親しんだ場所が一番いい。


「はやく帰って――」


 独り言を呟きながら、屋根を下りようとしたところ。

 頭部に生えた獣耳が、不穏な音をとらえた。

 気になって屋根伝いにそちらへと向かい、地上を見下ろしてみる。

 すると。


「人……追われてるのか」


 月明かりに照らされた、一人の少女を見つけた。

 まだ高校生ほどの彼女は、複数の妖魔に追われている。

 彼女にも妖魔が見えているようで、しきりに背後を確認していた。

 追いつかれそうでも、振り切れそうでもない、絶妙な位置関係。

 その危ない距離を目にして、放っておくことは出来なかった。


「帰るのはもうちょっと後にするか」


 屋根から屋根へと飛び移り、彼女のもとへと向かう。

 すぐに距離は縮まり、真上にまで到達する。

 狭い路地の一本道。

 彼女と妖魔の間に割り込むように、屋根から飛び降りた。


「――え?」


 俺の介入に驚いたのか、背後で彼女の声がした。

 しかし、とりあえずそれに反応はせず、目の前にまで迫った妖魔に対処する。

 妖魔の数は計五体。

 この路地である程度の列を成している。


「これなら――」


 二本の狐尾を構えて突き放ち、妖魔を次々に貫いていく。

 右に三体、左に二体。

 二突きで妖魔を串刺しにして仕留め切る。

 これで少女の安全は一応、確保できた。


「大丈夫か?」


 顔を見せないように、背後の少女に問いかける。


「あ……うん」


 怪我をした様子もないし、受け答えも出来ている。

 大事ないなら、それでいい。


「いま見たことは忘れな」


 そう告げて、その場で跳躍する。

 左右の壁を何度か蹴って屋根の上を目指す。


「ま――待って!」


 呼び止められたが、足を止めはしなかった。

 振り切るように屋根に登り、彼女の視線を切る。

 悪い夢だった思ってくれればいいが。

 そう思いつつ、屋根の上に足を下ろした。


「――待ってって、言ってるのにっ」


 背後に誰かが降り立つ音がして、同時に声が俺を追い抜いていく。

 反射的に振り返ってみると、そこには先ほどの少女が立っていた。


「なっ!? どうやって」

「どうって、お兄さんと同じようにだよ?」


 同じようにって。

 じゃあ、壁を蹴って屋根に上がってきたのか?

 生身の人間が。


「なにをそんなに驚いてんの?」

「いや、だって、人間がそんな……」

「人間? あぁ、そういうことか」


 少女は得心がいったような顔をする。


「違うよ。私が人間なのは半分だけ」


 そう言いながら、彼女は妖魔化する。


「半妖なんだ、私。お兄さんと一緒でね」


 その頭部には、俺と似たような獣耳が生えていた。


「半妖……」


 半分人間で、半分妖魔。

 妖魔の血を引く人間。

 それを半妖と言うらしい。

 読み解いた知識の仲に、そういうものがあった。

 彼女から見れば、俺も半妖のように映るみたいだ。


「なら、どうして?」


 逃げていたのか。

 あの程度の妖魔なら、倒せていたはずだが。


「あー、それはね。ほら、この時間帯でも人がいない訳じゃないからさ。だから、人目に付かない場所に誘導しようと思って」

「……それでか」


 逃げていたのではなく、誘導していた。

 狩りの現場を人間に見られないように。

 そうとは知らず、余計なことをしてしまった。


「悪い。こいつは返すよ」


 貫いたままにしていた妖魔の死体を屋根の上におく。


「え……いいの?」

「あぁ。横取りしたみたいで気が引けるしな」


 今夜の狩りは、すでに終わったあとだ。

 欲を掻くこともない。

 この五体は、仕留めるはずだった彼女に返そう。


「お兄さんって、変わってるね」

「そうか?」

「うん。たいてい、仕留めたのは自分だからって、そのまま持っていっちゃうから」


 そういうことも、あるのだろう。

 半妖とはいえ、半分は妖魔なんだ。

 人間の食事だけでは、必要な栄養が足りない。

 誰かから奪ってでも、口にしようとする者が出てくるのは必然だ。

 俺も、余裕がなくなればそうするかも知れない。


「本当にいいの?」

「あぁ、男に二言はない。後になって返せなんて言わないから」

「そっか。じゃあ」


 彼女はしゃがみ込んで、妖魔の尾を掴む。

 そのまま立ち上がって、ぶら下げた。


「いやー、助かっちゃった。うちにはチビたちがたくさんいるから、ほっとしたよ」

「兄弟が多いのか?」

「うん。なんと十一人っ」

「じゅういちっ……そいつはまた」


 大家族なんて言うものじゃあないな。

 特大家族だ。サッカーチームが組める。


「ま、血の繋がりはないんだけどね」

「へぇー、そうなのか……ん?」


 いま、さらっと重い話が聞こえてきたんだけれど。

 この話は、深く掘り下げないようが良さそうだな。

 俺も同じように、さらっと流そう。


「あー……」


 なんとか話題を逸らそうと思考は巡る。


「そうだ。狩り場とか、持ってないのか?」

「狩り場? あぁ、一応はね。持ってるんだけど」

「だけど?」

「ちょっと前に襲われちゃって」


 襲われて狩り場を奪われた。

 もしくは、再度の襲来に備えている。

 そんな状態なら、思うように狩りもできないだろう。

 街に散らばる妖魔を仕留めるほうが、いくらかマシか。


「そういうこと、よくあるのか?」

「まぁね。九十九つくもが現れてからは、どこもかしこも襲われてばっかり」


 九十九?


「その九十九って言うのは?」

「あれ、知らない?」


 彼女は、きょとんとした顔をした。


「お兄さん。もしかして余所の人?」

「いや、昔からここに住んでるけど」


 そう答えると、きょとんとした顔が、訝しげな表情に変わる。


「昔から住んでるのに九十九を知らない? ……半妖なら知っているはずなのに」


 これは。

 これは、不味いかも知れない。

 迂闊だった。

 下手を打ったかも。

 俺はつい最近、妖魔と融合した人間だ。

 半妖の共通認識や常識というものを、俺は知らない。

 与えられた知識にも、流石にそこまでは載っていない。

 不審に思われた。

 どうする? どう言い訳をする?

 なにかないか? 与えられた知識の中に、使えそうなものはないか。

 思考は巡りに巡る。

 そして、とある知識をこの土壇場で思い出した。


「……あー、実はな。俺、元々は人間として育ったんだよ」

「人間……?」

「そう。自分が半妖だって気がついたのは、つい最近なんだ」


 慎重に言葉を選びながら、言い訳を並べていく。


「……どういうこと?」

「隔世遺伝。先祖返りって言ったほうがいいか。俺は、それなんだよ」


 暇なときに知識を読み解いていた甲斐があった。

 隔世遺伝。先祖返り。

 何世代か前の先祖の特徴が、現代の子に現れる遺伝現象。

 はるか昔に妖魔と交わった血統が、はるか未来の子に現れる。

 成長の過程で発露することもあるという。

 稀なことではあるけれど、実例はある。


「だから、半妖の世界のことは、実はよくわかってないんだ」


 話の筋は、これで通るはず。

 特に不自然な点もないと思う。


「隔世遺伝……先祖返り……なるほど」


 得心のいった顔を、彼女はする。

 どうやら、納得してくれたみたいだ。


「じゃあ、色々と大変だったんじゃない? 自分が半妖だってわかってから」

「まぁな。いかんせん、わからないことばかりだったから。急に妖魔に襲われたり、酷い怪我をしたこともあったな。まぁ、なんとかなってはいるけど」


 妖魔に襲われたり、心臓を貫かれたり、神様に会ったり、血がすべて流れ出たり、腹を貫かれたり。

 この数日は、本当に色んなことがあった。


「そっか……んー、じゃあ……」


 なにか悩むような仕草を彼女は見せた。

 こつり、こつりと屋根を歩き、ぴたりと止まる。


「うん」


 そして、一人で納得したように頷いた。


「お兄さん。半妖のこととかもっとよく知りたいでしょ?」

「え? あぁ、まぁ、そりゃあ」

「じゃあ、うちにおいでよ。いろいろ教えてあげるからさ」


 その提案は、願ってもないものだった。

 与えられた知識にはない、半妖世界の常識を学べるなら大助かりだ。

 どうせ、この身に起こったことの解決には時間がかかる。

 すでに長期戦は覚悟の上だ。

 半妖として生きる必要がある以上、彼女の話は耳に入れておかなくてはならない。


「でも、いいのか?」

「なにが?」

「なにがって。今日あったばかりの仲だ。どこの馬の骨とも知らない俺みたいな男を連れて行くって言うのは……なぁ?」


 それに、時間帯も時間帯だし。


「なんだ、そんなこと」

「そんなことって」

「私はべつに気にしないよ。お兄さん、優しそうだし」


 そう言われたのは初めてのことだった。


「人を見た目で判断すると痛い目に遭うぞ」

「遭わされちゃうの?」

「いや、そんなことはしないけど」

「じゃあ、大丈夫っ! ほら、ついてきて」


 そう言って、彼女は屋根から飛び降りた。


「ほーらー、はやくー!」


 地上から俺を呼ぶ声がする。

 それも結構な大音量で。


「わかった、わかった」


 まだ抵抗感が残っているが、観念して飛び降りた。

 道路に着地し、人目を気にして人間化した。

 さっきの大きな声で、人がこないといいが。


「じゃ、行こっか」

「あぁ、案内よろしく」


 歩き出した彼女の背中を追いかけるように、俺も足を前に出す。


「あ、そう言えば、自己紹介がまだだったね」


 しかし、三歩も歩かないうちに、彼女はこちらに振り返った。


「私の名前は鍋島鈴音なべしますずね。お兄さんは?」

「俺は創也そうやだ。天喰創也あまじきそうや。あとお兄さんは、よしてくれ。そんなに歳が離れてる訳じゃない」

「そうなの? いくつ?」

「十九」

「わー、私と一つしか違わないや」


 年上には見えないから十八歳か。

 高校三年生。

 最初に見たときの印象は、外れていなかったみたいだ。


「じゃあ、創也って呼ぶね。私も鈴音でいいよ」

「あぁ、そうする」


 互いの自己紹介を終えて、他愛のない会話をしながら夜道を歩く。

 そうしてしばらくすると、建物の密集地に足を踏み入れた。

 薄暗い路地を進めば、その先に広いグラウンドと、洋館が見えてくる。

 敷地を仕切る塀に立てかけられた表札には、こう書かれていた。

 秋月孤児院、と。


「よう、姉貴。やっと帰ってきたか」


 孤児院に近づくと、塀の裏側から声がした。

 鈴音を姉貴と呼んだ誰かは、グラウンドの入り口から姿を見せる。


「あ」


 その彼は、とても見覚えのある顔をしていた。


「あ?」


 彼も、俺に気がついた。


「なに? 知り合いなの? 二人とも」


 知り合いというか、殺し合いというか。

 俺が錬金術で左腕を奪った、鬼。

 つまり彼とは、その彼だった。

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