8.暗闇
「[くらいねー、これ上あがるの疲れるよ]」
うんうんと2匹の金魚達は頷く。
「お前浮いてるだろ」
「[浮いてるけど動くと疲れるの!]」
「そうか」
非常階段は恐ろしいほど静かで階段はやはり上まで続いてはいない。毎回フロアにある非常階段を見つけるしか他に道は無い様子……致し方なしという状況に思わずため息が出る。
「8フロアに戻ったらとりあえずリーダーに下のフロアの報告をしなければな……一体どうなってるんだこの施設は」
「[N.Eか、はたまた人の仕業か……たまーに気が狂った職員が躍起を起こすことがあるからこれもそれだといいんだけどね!死人は少ないだろうし!]」
能天気にキャキャと笑うツクモだったがなにかに気が付き「[え?]」と腑抜けた声を上げた。
「[4フロア?どういうこと、ここの上は8フロアなのに、なんで4?なんで?]」
「俺達は今9フロアから来たよな……」
「[確かに9フロアから来た、本当に良くないことが起きたね……N.Eが脱走してるしフロアが弄られてる、人間とN.Eが手を組めばそんなこと簡単にできる]」
今までの現状人間がやったとは思えない。だがしかし該当するN.Eはいくつかはいる。8フロアにいるN.E289が脱走すればこのような怪奇現象を起こすことは可能だ。また他に収容されてあるN.Eもこの事象を起こせる。
人間とN.Eが共同してこの騒ぎを起こしたということは0に近いだろう、Q.1とQ.3は平和主義でありQ.2・Q.4人間を忌み嫌っている。そんな連中が人間と手を組むはずがない。ありえない。
「[にんげんと、手を組んだかな]」
「……!?それはないだろう、この騒ぎを起こしたのはQ.2かQ.4の個体だ。行くぞ原因を突き止めて処分する」
「[わかった……気をつけていこうね]」
階段を登り、4フロアの扉を開く__
「ハァイ、おふたりさん。ようこそウチの4フロアへ♡」
ドアを開けた途端、フードを被り胸を強調した女が八幡たちを迎え入れた。普通の一般男性であれば恋に落ち、彼女に尽くしたくなるだろう。
「お兄さん方、アタシ達の楽園に入り込んだということは覚悟をしてるってワケよね?フフ、アタシ達を楽しませてくれるってワケなんでしょ?」
甘ったるい香水と胸をわざと強調させる動きに八幡は悪寒を感じた。
「悪いがお前達に構ってる暇は無い」
「[そうだよ。早くどきなよ]」
「フン。可愛くないわね……せっかく鍵の在処を教えてやろうと思ったのに、残念」
「[鍵?キミは簡単にボクらに手を貸すようなN.Eではないと記憶してるんだけど?]」
「知っているならさっさと教えろ」
「せっかちなオトコは嫌われちゃうわよ?ふふ、久々の外だし気分がいいし特別に……鍵は食いしん坊のおバカさんが食べちゃ__」
彼女が話している途中で、突如彼女の体が真っ赤に飛び散った_____
「職員に大切なヒミツを教えるなんてなんて恥知らずな女だ。我々を裏切るなんて……ねぇ?」
恐ろしい殺意を感じる、彼には近づいてはいけないと本能が警告しているが動けない舐めるような視線を八幡に向ける恐らQ.2に該当するであろうN.E。
見た目は普通の青年だが彼の衣服には血がこびりつき、先程の非人道的な行動が恐ろしさを醸し出している。
「[や、やはーたっ……]」
コイツに抑制剤を打つかとポケットに手を忍ばせたその時__ツクモが低く唸った。
「[っ……この子は《ボク》のだ。近づくな]」
「可愛らしい威嚇だな。赤子の子守唄のようだ」
「[鍵はどこ。答えなきゃキミの頭を潰す]」
サトゥとシィオは戦闘態勢に入っているのか噛み付くような仕草をする、口をパクパク動かして睨みつけている。
「やれるものならやってみろ、お前は弱い生半可な個体だ。我々には劣る……我らにひれ伏さず死して悔いても遅いと言うのになァ」
ズルっという不快な音とともに地面から死骸のような化け物たちが現れ、2人を取り囲む。鉄臭く顔を歪めてしまいそうなほど酷い悪臭。
目の前にいるこの化け物はQ.2で間違いない。コイツは殺意を持っている、自分達を殺そうとしている……逃げなければ嬲り殺されてしまう。
「ツクモ、逃げるぞ」
「[ちょ、やはーた!?]」
対話など不可能だ、そもそもQ.2と対話などできやしない。生存の為には逃げるが吉。
ツクモを抱き上げて右手に抑制剤を持つ____。
「邪魔だどけ!」
道を塞ぐ死骸達に一か八かで抑制剤を打ち込む。
「貴様!おぞましいモノを使うなどなんと下劣な!!」
予想通り死骸達は動きを止め、更には地面の下へ沈んでいく。道が開けたことで八幡はクノスケを抱え込み、目の前のN.Eから逃げ出す。
「[そこ右!]」
「次は!」
「[また右を曲がって!!]」
「安全な場所はないのか!!」
「[今あんないちゅー!!指示に従って!!]」
このフロアについては詳しく知らない、どこに逃げればいいものかと悩んだと同時にツクモが「あのドアに入って!」と指示を出した。
「ここだなッ!!」
指示をされたドアに全速力で駆け込み、中から鍵をかける。相手はどうやら壊す概念がないようでそれ以上深追いしてくることは無かった。
「[やはーた、よく頑張ったね!下ろして]」
逃げ込んだ部屋はどうやら倉庫だったようで食料や資料などが所狭しと並べられている、数ヶ月はここで暮らせるだろう。
「お前、意外と重いな」
「[余計なこと言わないで!はぁ……あの傲慢なN.Eからは狙われるし鍵は行方不明だし人はどこにも見当たらないし、どうする?]」
「どうにかする、手伝えよ」
「[最前は尽くすけど……ここで人が来るのを待った方がいいんじゃない?外に出たらアレが追っかけてくるよ?]」
「何とかなるだろう。鍵を探す、鍵を飲み込んだとあの女のN.Eは言っていたがどいつが飲み込んだか検討は付くか?」
うーんと唸りながらツクモは金魚達に「[この子かな?この子?この子は違うんじゃない?]」と語りかけて意見交換していた。
「[あれぐらいの鍵みんな飲み込もう思えば飲み込めるからねぇ……うーん]」
「じゃあ一体ずつ腹を捌くか」
「[やめて!!]」
悲鳴に近い甲高い声で叫ぶツクモ、1番手っ取り早い方法であるのにそれを必死に静止するので断念した。後でお咎めを受ければ八幡の首1つでは責任が取れない。リーダーや同僚となった者たちに迷惑をかけかねないので捌く手段を頭から消した。
「[あんまりここの子達と深く交流がないからひとりずつ話を聞き回るしかないね。Q.3の子達なら何か知ってるかも……あんまり関わりたくないけど]」
「Q.3同士だろ、何故嫌う」
「[Q.3同士だからって仲がいいって訳じゃないよ、N.Eはみんな個性がバラバラ。とりあえずあの子に見つからないように広場を探そう]」
「広場?」
「[4フロアにはQ.3のストレス緩和を目的とした彼らの居住スペースが作られてる。何も無ければきっとそこにみんないると思うよ……施設がぐちゃぐちゃになってるから頑張って探そう]」
「わかった離れるなよ」
目を離すとすぐに殺されそうなツクモを連れて部屋の外へ踏み出す__
扉の外は先程と変わりクレヨンで書かれたような歪な内装に侵食されていた。幼子がイタズラで描いた絵の中に取り込まれてしまったような奇妙な空間。
「[これ……やはーたまずい。早く事を収束させなきゃ世界が滅亡しちゃう]」
「そうだろうな。N.Eがあれだけ部屋から出ていればそうなる未来も予想できる、急ぐぞ」
この世の終わりだけは避けなければ……できる限り最善を尽くす。変形してしまった施設の中を探索し、N.E3達が集まると言われる広場を探し当てる。
「ここもハズレか……」
「[バラバラでかなり侵食が進んでる、頑張るしかないよ……]」
道中何度も最初に自分たちを襲ってきたN.E067の手下達が襲いかかってきた、その旅に抑制剤を打ち込み手持ちが少ない状態で広場を発見した。
「お客さん!」
「いらっしゃい」
「よーこそ本日のスペシャルゲスト!我々は素敵な冒険者達の事を歓迎します、賑やかになってきましたねェ」
広場と呼ばれる場所は広場という名だけあり非常に広く奇っ怪な見た目をしたN.E3達が存在している。客人が現れたことを知るなり人形の形をしたN.E達が八幡達を取り囲みワイワイと好き勝手にはしゃぐ。
「お前達、このような鍵を飲み込んだりしなかったか?」
単刀直入に鍵を飲み込んだ犯人を聞き出すが彼らは口を揃えて「知らない」と言う。
「心当たりあるヤツはいるか?」
「廊下で走り回ってるラクが食べてそう」
「触手くんも食べそうじゃない?」
「えぇ!吸血鬼くんが盗んだんだよ!」
「確かにそうかも、あの子性格悪いもんねー」
「「「「ねー」」」」
くすくすと笑いながら人形達は噂話をし始め徐々にその噂話はヒートアップしていく。自分達を置いてけぼりにして盛り上がる彼女達……話かけてもこちらを見向きもしない。
「[他の子達に聞いてみた方がいいよ、やはーた]」
「そうだな」
改めて他のN.Eを当たり手がかりになるような情報を聞き出すがどの個体も基本的にまともな情報を持っていなかった。噂話や好き嫌いのどうでもいい会話など聞き損ばかり……意味が無い。
隅っこにいる小さな豚のN.Eで最後にしようとしたその時、ツクモが突如八幡の腕を掴み静止させた。
「[やはーた、あの子に話しかけるつもり?]」
「なんだ?アレはQ.3じゃないのか?」
「[ちゃんとQ.3だよ。ボクあの子苦手だからあっちいていい?]」
「ダメだ、逃げられたら困る。近くにいろ」
「[えぇ……分かったよ]」
ゲテモノを見るような目でツクモは豚をひと睨みすると八幡の背に隠れ豚のN.Eの元へ足を運ぶ。
「おい、お前」
「これは!!フカヒレ殿、本日はワタクシめにその麗しき鱗を渡して頂けるというのでしょうか……」
「珍味?なんだ?」
「[ねぇ、その名前で呼ぶのやめてって言ってるよね?鱗は渡さないし血も液体も爪もあげないよ、あとボクは君に用があって来たわけじゃないから]」
「それは残念です!あぁ。研究員殿。ワタクシの名前はN.E572“麗しき豚”です。覚えましたか?」
「[違う。N.E572舐め豚。麗しきなんて嘘っぱちだから。嘘はダメだよ]」
「酷い名前をワタクシは信じておりません、して本日は何様ですかな?」
八幡の後ろから顔を出さないツクモは八幡の白衣をこれでもかと言うほど強く握って離さない。動きにくく「離れろ」と言っても離れないので仕方なくそのままにしておいた。何かあればコレを無理矢理引きはがせる力は持っている、資料に書かれてあった【非力】という言葉に嘘偽りがなければの話だが。
「鍵を飲み込んだやつについて心当たりは?」
「ほぉ。殿方は鍵をお探しですね?あぁ、分かります。ワタクシ貴方の話を先程ちらりと耳に、フカヒレ殿あぁそんなに睨まないでください」
「分かってるならさっさと知っていることを教えろ、余計な話をするなら用はない」
「あぁ殿方もそう焦らないでください。飲み込んだ住民とはワタクシ隣の部屋同士仲良しなのです」
「[N.E038だっけ、触手のN.E……飲み込んだってこと?うぅ……取り出すのは難しいやつ]」
「フカヒレ殿の言う通り飲み込んだ鍵を取り出すのは難しいでしょう……かと言って諦めるには早いですよ。殿方!ワタクシいい情報を持っていますが流石にタダで渡すというのは少し……」
足をひきりなしに動かし少し興奮した様子を見せる豚のN.E。後ろにいるツクモが「げっ」と嫌そうな声を漏らす。
「フカヒレ殿の“鱗”を何枚かワタクシに提供する、ということで取引するのはいかがでしょう」
「コイツの?傷つけることは許されてない……」
「そうですか……実に残念。ではワタクシからは_」
この状況を何とかできる存在がいると知れただけで十分な結果だ。あとは自分たちで探して何とかできるだろうと八幡が思ったその時__
「[あげる、だから教えて。価値がない情報だったらキミを逆さ吊りにしてこの騒動が収まるまで放置するから]」
「なんと……!!ええ、いいですとも!成立です。あぁ、また食べられるなんて光栄の極み。さぁ気が変わらないうちにワタクシに下さい」
はぁはぁと息を切らしながら豚のN.Eは催促する。恐る恐るクノスケは自分の頬に張り付く鱗をいくつか残った爪を鋭く伸ばし、ペリペリと剥ぎ取った。
1枚ずつ剥ぎ取る度に身体を震わせ赤い血が足元を汚す。
「[いてて、はぁ。これでいい?]」
「えぇ、えぇ!!こちらで結構!さて、ワタクシが知ってることをお教えしましょう!その前に……」
豚は突如短い2本足で立ち上がり、ツクモから貰った鱗をガリガリと音を立てて鱗の食感を味わう。1枚1枚はそれほど厚みがなく直ぐに食べ終えてしまうであろうソレを何度も咀嚼して大切に腹に収めていく……。
最後の1枚をゴクリと飲み込み満足そうに鼻を鳴らす豚は少しはしたなくヨダレを口元から垂らし感傷に浸っていた。




