5.こどもあそび
「[さぁーいっぱいあそぼー!!]」
フロアには八幡とN.E999、そして今回の世話対象であるN.E289が残った。ニコニコしながらN.E999は八幡を見て「餌を渡してあげて」と指示をしてくる。
言われた通りに八幡は持ってきた謎多きエサをN.E289の足元に置く。
「食事だ、食べるといい」
小さな声で「頂きまぁす」と言ったあとN.E289はバケツの蓋を乱暴に開け、中に入ってある肉を頬張る。何の肉かはできれば知りたくない。ただ1つ言えるのは生臭く、深い極まりないということ。人間の当たり前を逸脱した垣間見える瞬間に八幡は息を飲む。
「なに?見られるの、好きじゃないんだけど……おまえ、食べたいの?」
「人間はそんなもの食べない……」
「じゃあニンゲンやめたら?」
「は?」
「ふふ、おまえには無理だね。あ、きんちゃんせんせー一緒に食べよ」
N.E999を先生と呼び、自分はお前呼びされるとは少し不服。だが恐らく彼はお遊びで先生とこの小さな魚N.Eを呼んでいるだけだろうと八幡は流す。
「[ボク、ゲテモノ食いはしないよ……あ!やはーた、ここでは僕がせんせいだから合わせてね]」
「ままごとには付き合わないぞ」
「[む。カイくんになにかされても守りきれないよ]」
「自分の身は自分で守れる」
数分後、バケツは空っぽになりN.E289の食事が終わった。
「食べた、上の教室で遊ぼ」
「[危険な遊びはしないよ、やはーたも遊べる遊びでお願いね]」
「大丈夫、コイツも一緒に遊べる」
「[それならよかった]」
小さな子供のように顔を緩ませN.E289は八幡達を上の階にある教室に案内する。絶対にN.E999の小さなこの手を離してはいけない、目の前にいるこの化け物から目を離してはいけないと必死になって追う。早々に死にたくはない。
N.E達は楽しげに会話を重ねながら目的地の教室__理科室へと向かった。
「じゃ、おまえ。最初‘しつもんこーなー’ってやつしよ、仲良くならなきゃ……ネ」
「N.E999にしてやれ」
「[ちゃんと答えてあげて!]」
「仕方ないな……」
「じどーはんばいきで飲み物を買います、色がなくて名前も書いてない……それを買ったら何色が出た?」
「はぁ……透明」
仕方なく答えるとN.E289は酷くご機嫌な様子でくすくすと笑う。ご満悦の様子なので特に気にせず八幡は彼の次の質問を待つ。
「じゃ次。せんせーとでっかちに問題」
「人を喰う魔女が面識のない女の人を5人を集めて2人を生贄に差し出せと言った。子供が1人、若いヤツが3人、年寄りが2人……どれを差し出す?」
随分と物騒な質問に顔を顰めるが遊び相手も仕事のうちだと答えてやった。やはりN.Eは人間と同じ思想を持ち合わせていないらしい、このような質問のどこが面白いのか。
「[やはーた、答えなくていいよ。いじわる問題はだめだよカイくん]」
「だって面白いんだもんこのデカブツ。いい子ちゃんやめたら?見てて腹立つこのカタブツ」
「なんとでも言え」
「[酷い言葉を人に言っちゃダメだよ]」
「……分かったよ」
不満げに答えるが決して彼は謝ることはしない、大人を舐め腐った子供極まりない態度だ。
「じゃあ最後の質問ね。嫌いなニンゲンを殺すことになった。お前は食堂で餌に……あー、料理に毒を仕掛けることにしたがどの料理に入れる?」
再びの質問に自分の考えを素直に答えればN.E289はニヤニヤと悪い笑みを浮かべ八幡を舐めるように見上げる。
「最後の食事に入れる」
「なんだ、つまんないの」
「[怖い質問ばかり良くないよ、別の遊びしよ!ね?別の遊び!]」
そう言うとN.E289は仕方なさそうにため息を吐き、パンッと手を叩いた。
「じゃー次はかくれんぼ!!空いてる部屋なら自由に隠れて。ただし1階はなし……あとせんせーと同じ場所で一緒に隠れること」
「[うんうん、それならいいよ。ずるはなしだからね?]」
「ん」
安全なものを選んでくれて助かったと内心ほっとする。これでN.E999と離れ離れになってしまったら寿命が縮んでいたかもしれない。
「じゃあ目を閉じて999秒数えてね!やはーた、キミが隠れる場所を探して!」
「999も数えていたら日が暮れるぞ……」
「[こうしなきゃカイくんずるするから仕方ないの、やはーた場所探してね]」
「分かった、探す」
「[意欲的でいいね!ぐっど!]」
唐突に始まる子供の遊戯。
「じゃあ数えるから……楽しみにしてるね」
楽しそうな声で「[行くよ!]」と手を引っ張るN.E999。金魚達も嬉しそうに舞っている。八幡の背中にピッタリ抱きつくようにくっつき楽しげに身体を揺らす。勝手に乗るなと注意するが聞く耳を持たず早く行けとN.E.999が促すので仕方なくそのまま適当に隠れ場所を探すことにした。
「[やはーたの直感で2人で隠れるところ決めて!注意だけど3階までしか行かないようにね、そこから上は危ないから]」
「分かった」
「[あとボクの名前999って言い難いし名前を付けて!お世話してくれる人から名付けられるの憧れだったんだ]」
キラキラと目を輝かせながら懇願する目の前の化け物に八幡は適当に名をつけた。
「じゃあツクモ」
「[採用!!じゃあいっぱいツクモって呼んで!]」
「覚えておく」
「[いい子!じゃあいこう!!]」
友好関係を築く為にあだ名をつける職員も少なくないと研修で教わったのでつけてみたが案外悪い気は無い。
999秒以内で隠れ場所を探せと言われても知らない場所でどうやって隠れるのかと考えながらも隠れ場所を探していく。3階にある音楽室にたどり着き、ロッカーの前に行くと背中に張り付いていたツクモが突然降りた。
「[やはーた、ここにしよう!!ここのロッカーに隠れておけば……ふたり詰めたら入れそう!たぶん……]」
「ここに隠れとけばいいんだな」
「[そう!!じゃあ入ってじっとしててね!!]」
「わかった」
半強制的にロッカーに押し込められ仕方なく息を潜めお遊びに全力で付き合う。目を閉じ思考を停止させれば気配を消すことができる、八幡の得意分野だったが2人で隠れるとなるとはばかられてくる
金魚を潰すな、狭いからもう少し離れろとあーだこーだ要望が多く騒がしい。
身を潜めること数分__
教室のドアを音を立て鬼のN.E289が慌ただしくやってきた、隙間から見える彼はとても悪い笑みを浮かべている。
「せんせーの匂い〜ここだなぁ……にひっ」
それほど匂いがしないはずであるのによほの鼻がいいらしい。人間を上回る能力を持つN.E特有のものだろう。
「せんせーの匂いっ、匂いっ、匂いっ〜おっさかなとくすりのにおいっ」
小さな声でツクモが「[お風呂入ったのに]」と不満げに声を漏らしたその時、
ドンッという音と共にロッカーの隙間から赤く大きな眼が八幡を捕え、弧を描いた。
「みーっけ」
ホラー映画のような発見の仕方に通常の人間であれば驚くだろうが八幡は表情を変えることなく、何事も無かったかのように大人しくロッカーから出る。
「早いな」
周りを泳ぐ金魚2匹が左右に小刻みに揺れて何かの感情表現を示しているが顔が間抜け面のままなので理解し難い。何を彼らは表現しているのだろうか。
「[カイくんずるしたでしょ。キンジロウ……使ったね?]」
「……なんでそう思うの」
「[見つけるのが早すぎる!キンジロウに探し物として探してもらったんでしょ。探し物を透視できちゃうキンジロウを使うなんて……ルール違反だよ!]」
「ぅ……」
ズルをしてしまったことはどうやら本当のことらしい。本人は後ろめたさを感じているのか目を逸らしている、間違いなく彼が行ったのであろう。
「“指切りしなかったもん……”」
「[やはーた、覚えてて。カイは指切りしたらお願いは絶対守るけどしなかったら絶対守らない。守らせたらどんなこともやってくれる。Q.2のN.Eの中じゃ話が通じるいい子だから]」
「覚えておこう」
なんで教えるのと言う不満顔でツクモを見るN.E289、かなりむくれている。
「あ、そうだ。せんせーお昼食べたらできるだけ早く2階に行って。いい事があるから」
「[どういうこと?いい事?ポテトがいっぱい貰えるの?]」
「キンジロウがそれだけしか言わなかった。お楽しみだって
「[よくわかんないけどあの階の子達ボクのコト怖がっちゃう子ばっかだしあんまり無闇に行きたくないんだけど……]」
鱗を触りながらツクモは少し悲しげにN.E289に答えた。Q.1には人間だと思っている個体も存在すると研修を受けていた八幡はQ.3であるクノスケの見た目は一般の人間からすれば恐怖の対象間違いなしだと思う。
赤い目に灰色の肌、奇妙な液体を出す生物など化け物極まりない。
「研究員、お前が連れて行け」
「俺は八幡シイロだ。お前じゃ無い」
「お前はお前、口答え許さない。モナ・リザに食わせるぞ、引き子がいい?テケテケに引き裂いてもらおうか」
「その前に抑制剤を打ってお前を再起不能にする。諦めろ」
「ちっ……」
「[物騒物騒!!ふふ、ふふふ、喧嘩はダメ。よく分からないけど覚えてたら行ってみるよ]」
小さな言い争いはすぐに終結し自由時間終了を告げる猫の声が鳴る。
「猫?」
「[リャン君に懐いてるN.Eの声だよ、お喋り猫ちゃん!!タイマーに録音してるの]」
「そうか……」
生き物と言うよりN.Eが余程彼は好きらしい、そこまで愛情を注ぐなんて考えられないと八幡は思いながら懐にタイマーを戻す。
「N.E289。鈴宮先輩達のところに戻るぞ」
「えぇ……早い。ヤダ」
「ルールだ。従え」
「ちぇっ、ちぇっちぇっ。次はたくさん遊ぶからいいもん」
出入口に移動する3人。ぬいぐるみを持つかのように抱き上げられるクノスケは顔を顰めるが大人しくされるがままだ。
靴箱付近に着くと採取を終えた鈴宮と野村が待っていた。
「無事に面倒みれたネ、偉いヨ〜!今回の新人クンは本当に優秀かもしれないなんて……ワタシ悔しいヨ」
「お、お疲れ様ですや、八幡さ、さん」
「先輩方もお疲れ様です」
「では、えっと、N.E289。これで本日は終わりです。お、大人しく過ごしてください」
「ふん。ニンゲン様の言う通りに……せんせーまた後でね」
「[ん、また2日後ね]」
N.E289はツクモに小さく手を振ってから階段を上っていく。
「報告書とか、色々……私が、するので……おふたりは、昼休憩に……どうぞ」
控えめな声で野村がそう言うと鈴宮は目を輝かせて持っていた採取物を彼女に渡す。遠慮という言葉は彼にないらしい。
多少遠慮というものをするべきでは?と誰しもが思うだろうが野村は鈴宮が資料を作ると壊滅的なものになり、再び作り直しになるのでそうなるのであれば最初から自分で作れば問題ないと野村は学習して仕事をひきうけてる。
彼女にとって仕事は趣味のようなものなので苦ではない。
「謝謝!!ありがとサシミ、今度いいご飯奢るネ!」
「結構です。鈴宮さんの選ぶ店……不味いので……」
「え……ウソよネ?」
「では失礼します」
足早に彼女は部屋を立ち去る、誘いを断られた鈴宮は酷く落胆した様子で彼女の姿を見送った。
「ぅ……八幡クン、今からワタシとQ.1の子達とお茶会に顔を出しにどうネ?美味しいお菓子と__」
「結構です。自分は食堂に行きますので」
「つ、つれないネ……」
「[ぽてと!昼ご飯!ごはん!!!]」
昼からはこのクノスケの世話をしなければならない、しっかり食事をとって業務にあたれるようにしておかなければならない。
先輩からの誘いを断ってしまったが新人が頼まれてもない別の業務を行うのは身勝手すぎるだろう。リーダーの指示がない限りは他のフロアにいるN.Eとは関わりたくない。命を大事にだ。
断りを入れられた鈴宮はショックを受けた様子で「また誘うからその時は一緒ヨ……ワタシ先行くネ」と言って部屋から出ていった。彼は案外メンタルが弱いのかもしれない。
「ツクモ、お前も食堂に行くのか」
「[行くよ!!ほら、早く行かなきゃポテトフライがなくなっちゃう!]」
灰色の手で八幡の腕を掴み食堂へ全力を出し引っ張るクノスケだが小さい彼に大人の八幡を動かす力は持ち合わせていない。金魚達が彼を動かそうと手伝うが意味をなさず、八幡は呆れた顔で彼を宥め食堂に連れて行くことにした。
全く面倒を見ることになったN.Eは子供を相手しているようで少しやりずらい。




