3.8階層のモノたち
フロア8___午後3時半すぎ__
「[では!!今から施設を知り尽くしてるこのボクがやはーたに8階フロアのアレコレを教えちゃいまーす!!]」
灰色の小さい手でぱちぱちと叩き鳴らし、八幡の前を先導するN.E999は幼子のように鼻歌を歌いながら体を揺らしている。
「[この部屋はN.E289。Q.2学校の怪談通称カイくんが存在してるよ]」
N.E999は学校の教室のようなドアの前に辿り着いた途端小さな声で八幡に話す。
「[あの子すごく寂しがり屋だから気をつけてね、ドアからすぐ出ようとするし……わかった?]」
「あぁ。わかった」
中にいるであろうN.E289カイに気が付かれれば案内を一時中断しなければならないだろう。ややこしい騒動を起こさないように、案内をするという任務を達成する為かN.E999はできるだけ声と気配を抑える。
「[カイくんいい子だけど人間にとっちゃ危険なとこがあるから注意しながらみんな採取してるよ……残念だけど今日はここには入りませーん、また今度2人で一緒に行こうね!]」
「却下だ。お前と2人で行くことは無い」
「[つれないなー……]」
「俺はN.E289は担当外だ」
「[ま、そうだね。ざっとこの部屋の注意だけど、この部屋の中はただの学校になってる。花子さんとか引き子さんとかテケテケとか色んな学校の怖い子が居るから気をつけてね]」
「覚えておこう」
「[じゃぁーつぎぃ!]」
職員専用治療室から採取室・倉庫を回っていく。
「[やーはた。肉と魚、やっぱり肉の方が好きだったりする?魚って生臭いしホロホロして苦手だよ]」
「そうか」
「[むぅ、もっとちゃんと会話のキャッチボールしてよ!!]」
仲良くなりたい気持ちが強いN.E999に言葉をなげかけられるが研究対象である彼らに情をかけてもいつか“処分”という日が来る。丁寧に人間のように接していては身が持たないのであまり関わらないようにするのが吉。それが施設の暗黙の了解である。
「却下する」
完全に人間を拒絶している者であれば愛玩動物のような愛着が少なからず湧くことは間違いない。気をつけなければいけない。
「[あ。この金魚の子達の名前、教えるね!この右の目がカモノハシみたいな子がサトゥ!左のカピバラみたいな目の子がシィオ!オーケー?]」
「砂糖と塩だな。覚えておく」
「[発音が違う!!それじゃ味付けになっちゃう!]」
「はいはい、サトゥとシィオな。なぁ、必要な情報だけ俺に話してくれないか?」
ノイズ混じりの奇妙な声を張上げるせいか少々頭が痛いと八幡は顔を顰める。
「[やーはたはボクの担当になるんでしょ?だったらちゃんとボクの世話をしてよー。“自我が存在し、会話可能なN.Eであれば精神的ケアを怠ってはいけない”こうマニュアルには書いてあるはずだよ]」
「……確かにそうだがお前は他のN.Eと会話を行っているだろう。今は必要ないと判断する、と言うよりなぜそれを知っている」
研修期間に配られたN.Eの取扱説明書に記載されてあった一文を一語一句間違えず彼は読み上げていた。
「[んー?気になるかい?]」
なぜN.Eである彼がこの文章を知っているのか、なぜ一語一句間違うことなく読み上げられているのか……気味が悪い。
先程のヘラヘラとした子供のような態度から一転、社会人のような口振りで話すため余計に不気味さを感じさせる。これがこの施設で生成された人ならざる存在の力なのだろう。
_____油断してはならない。
「[“また、N.Eが非協力的・人的被害を行う行動を行わないよう可能な限りN.Eの求める要望に応え、環境を整えること”]」
「お前……それをどこで覚えた?」
八幡が問いかけるとN.E999は2、3度わざとらしく瞬きをして呑気な声で「[さーねぇ]」と答えた。
「前の職員はなかなかお喋りだったんだな」
「[とってもね。彼はとっても良い友人だったんだけど変わっちゃってほんと残念だよ、ほんとねぇ]」
「そうか」
プツリと話が途絶え次の部屋に行くまでの間静かな空間が流れる。
倉庫や採取室を数メートル進んだ先、真冬のように寒い冷気を放つ重厚な扉と職員室とほぼ同じ形の普通の扉が現れた。
「[はいついた!ここー!この寒そーなとこはボクの部屋!入らないでね!資料に書いてたでしょー守ってね!ノック3回で待つことだよ!]」
禍々しいオーラを放つこの部屋にできれば入りたくない、手で触れても害がないのか心配だ。ドアの下から若干水が漏れ出ているが中が何らかの方法で水中になっている……という事か。
資料には完全に部屋の内装について記載されていなかった、ただ入室禁止とされているだけ。ノックをすることでさえ危険に感じるのにどうやってノックしろというのだ。
「分かっている、安心しろ」
「[よしよし、なら安心!じゃー次は前のお部屋N.E217ニイナちゃんのお部屋!!ニーナちゃんは人間が直接触ったら命を奪っちゃうから気を付けなきゃいけない存在だからね!]」
N.E999がそう言ったと同時に彼の傍を周回する金魚達がドアにコツンと唇を当てノックをする。
「[ニーナちゃん、こんにちはー!起きてるかなー!?]」
ノックだけでは出てこなかったがN.E217にN.E999が声をかけるとドアはすぐに開き、小さく可愛らしい包帯まみれの女の子が出てきた。
包帯をつけていなければどこにでもいるただの幼女に見えるが__彼も立派なN.Eという存在。人ならざる存在である。
彼はどんな病気でも治してしまう血液を持ち、非常に国から_この世界の全ての国から重要視されているN.Eだ。
「きゅうちゃんよく来たな、隣は新しくなった人の子か?」
幼女らしからぬ男性の心地よい低音ボイスが発せられ八幡は目を思わず見開く。自分達第8階層が担当するN.Eについてはまだ詳しく全てを伝えられていない。目の前にいる幼女は男だったのか……。
目の前にいる彼がもしQ.2N.Eであったらこうして勝手に外に出ることはできない為そこは安心だろう。
「[ニーナちゃんは男の子だからね、やはーた。でニーナちゃん、新しいやはーただよ!!挨拶しにきた!]」
「はぁん。坊主、前回の担当と変わらずなかなか社畜な顔極めてるじゃねぇか」
「[仕方ないよ、つめつめされたばっかなんだからさ]」
「恐ろしいモンだな人間サマはよぉ……」
そう言いながらタバコのようなもの……違う、お菓子のシガレットを口に咥え、やれやれと首を振る。その見た目で煙草を咥えられても困るしここは火気厳禁になっているし色々と問題にならなくてよかった。
「[お菓子の食べ過ぎは太るよ!はい没収ね!]」
2匹の金魚が彼から強制的にシガレットを奪いボリボリと音を立てて食ってしまう。
「お、お前!!俺の嗜好品を!このアホ金魚め……隣のお前、俺の嗜好品もってこい。最後の1本だったのによォ……クソが。アレがねぇと寝れやしねぇのによォ」
お菓子1つでそこまで禁断症状が出るのか?と思う人がほとんどだろうがここにいるN.Eは何かに依存させて管理している。何かしら依存させておき、それを与えられる為に人間に協力させるというシステムだ。
「[倉庫の奥から2列目の列にお菓子コーナーがあると思うよ!どこに置いてるから補給係の人間がその日の気分で決めてるけど今日は下から3段目かな、後は自分で探しておいで]」
「頼んだぞ、新人坊主」
このN.E217は煙草に非常に良く似たお菓子のシガレットに依存しているようだが言い方があまり宜しくない。健全にお菓子のシガレットと言えないのかと思うが八幡は「分かった」と一言だけ言うと頼まれたシガレットを取りに行くことにした。
担当外だがN.Eが答えられる事を求めていることに対しては極力行わなければならない。
それにしても前の担当は随分とこのN.Eと仲良くしていたらしく、職員しか知らないはずの情報まで知っていた。
「少し待ってろ」
元来た道を引き返し倉庫に行き、頼まれたシガレットを探す。
倉庫の中には様々な物資が保管されており、採取に必要な道具からそれって本当に必要な道具なのか?いつそんなものを使うんだ?使用用途が全く意味のわからないものが置かれている。備えあれば憂いなしと言うがこれは少しいらないものが多いのでは。
「本当に奥から2列目、下から3段目にあるとは……資料になかったがアレは透視能力でもあるのか?」
驚くことにシガレットは言われた通りの場所に独占する形で鎮座している。誰かが書いた注意書きに【1日1箱!!取る時は日付を!】と目立つように書かれていたが今日は誰も彼に渡していなかったようなので1箱手に取り日付を書く。
「持ってきたぞ」
元の場所に戻ると2人はどこから引っ張り出してきたのか分からないが黒とピンクのペンで壁に酷い落書きを施していた……誰がこれを消すと思っているこのN.E共。
呑気に談笑しながら清潔な床を汚す2人に八幡はため息を吐くがこの2人には届かない。
「[わー!お帰り!偉いよー!!やはーたちゃんとお仕事できてて偉い!]」
戻ってきたことに気がついたN.E999が八幡に飛びつく。
腕から伝わるN.E999の肌の感触。魚のように少しヌメっとした肌に氷のように冷たい肌が気味が悪い。魚のような生臭さはあまり感じられず、意外と爽やかな……海辺のホテルのフロントのようないい匂いがしている。思ったより臭くないのは驚きだ。
「離れろ、重い」
「[重ぃ?ボク体重測定12キロだったし軽いでしょ]」
小学低学年の身長の割にはとても軽いが重い軽い関係ない乗るなと無理矢理引き剥がす。
「N.E217、シガレットだ。受け取れ」
「おぉ。ありがとな坊主。これで安心して今日も寝られるぜ……たまンねぇなぁ」
「[それのどこがそんなにいいのか……]」
「若造にゃコレの良さはまだ分かんねぇンだよ」
箱を渡すなり禁断症状を発症しているかのように一心不乱に包みを開け、2本同時に咥えた。もっと可愛らしいお菓子を愛好して欲しいものだ、それかせめてもっと可愛らしく食べて欲しいものである。
彼の中身は完全にヤバい男性だ、暴力的じゃないことを願う。
「[はぁ……やはーた、部屋案内は終わったから採取行こ。ちゃんとお仕事こなしていこーね!]」
シガレットに夢中のN.E217を置き去りにして2人は来た道を引き返し、採取室へと向かった。
研究員としての初仕事だ、しっかりとこなさなければならないと八幡はネクタイを締め直す。
大部屋の中に3つの個室が設置されてあるN.E専用のこの採取室。
採取についての資料や採取した素材を転送する移動パイプなどが完備され、快適で完全な設備になっている。
「部屋の椅子に座って大人しく待ってろ。取ってくる」
「[あーい、手伝ってあげよっか?]」
「結構だ。お前が来ても邪魔なだけだ」
「[ひどぉいなぁ……大人しく待ってるよ。何かあったら呼んでね!手伝うから!!うーん、やっぱ手が必要なんじゃない?手貸すよ?]」
「いらん。早く入れ」
個室の1つにN.E999を押し込む。採取で使う道具を取りに行く、ついでに白衣についてしまったN.E999の体液を落としたいと白衣を探した。
額から流れ出ている謎の液体はスポイトで丁寧に特殊な加工を施した瓶に。血液の方は人間の注射針でN.Eの肌を突き刺すことが難しいので特殊な注射針を使う。手に入れた血液は輸血パックと同じようなパックの中に入れれば完了だ。
「体液の採取ごときに麻酔入らないか。戻るか」
必要なものをトレーに乗せて小部屋に戻る。採取をすれば本日の業務は終了、社宅に戻ってゆっくりできるだろう。
「N.E999、腕を出せ」
「[え、麻酔は?]」
「ない」
「[嘘でしょ、麻酔しないのならやらないよ!?]」
「わがままを言うな、採るぞ」
「[やだやだ!!麻酔ないと無理だよ!!]」
部屋の隅に逃げるN.E999を無理矢理捕まえて腕に注射を刺す。
_____ぎゃぁあああああああ!!!
思わず顔を顰めてしまうほどの大きな悲鳴をあげ暴れるが一度刺刺せば完了するまでは外すことができない代物となっているので非常に便利だ。
いくらN.Eが暴れようが意味が無い_____。
200mLを3〜4パック……人間では考えられない量を彼らから抜き取るが生死に関わるほどでは無いとされているためこの分量の範囲を抜き取る。
「付け替えるぞ」
「[……血液吸引速度が遅い、壊れてる!]」
「そんなことない。静かに待て」
「[やーはたに刺してやろうか?]」
「反抗するなら抑制剤を打つぞ?ハブ酒にするか?」
「[職権乱用、今回はとんだサド野郎だったなんてサイアク……]」
全く打つ気は無い八幡だがN.Eに対してこう言っておけば大抵は言うことを聞くと教わったため試したまでである。
「興味本位だが採取中はどんな痛みを感じる」
「[麻酔無しで悪い錆びた千本の針で腕を抉る痛み。おーけ?]」
「……次回から麻酔を検討しよう」
「[検討じゃなくて導入して!]」
痛みを与えるのは本意では無いと次からは麻酔をかけてから採取を行うことにしようと八幡は携帯しているメモ帳に書いた。ストレスを与え、弱らせては正常な血液やツノなどを採取できない。
血液パックを自動輸送機へ、使用した道具は使か用済み医療器具回収ボックスへと手際よく作業を済ませる。
「[パックはちゃんと10回振ってから送るんだよー、使用済み採取器はこっちのゴミ箱!]」
「お前、覚えすぎだ」
「[長いと覚えちゃうんだよ。ほら、そのゴミは縛って廃棄袋に!あぁ袋がいっぱいじゃん!変えないと]」
黒い袋を金魚の1匹が咥えて持ってくる。
「[シィオありがと!これをこうして入れ替えて……入れてないやつは危ないから手に鱗を出して……]」
彼が予想以上に仕事ができてしまう事に八幡は驚き彼の行動をじっと見つめてしまっていた、手際の良さに気がつけばやらなければいけないことをN.E999が全て行ってしまっていたのだ。
「[やはーた?終わったよ?次はこれ一人でやるんだよ?]」
「ぁ……ああ」
「[じゃ、明日からボクの世話お願いね]」
困惑しながらも八幡は上機嫌のN.E999の後ろ姿を見つめるしか無かった_____。




