2.NE999という存在
___5階食堂__
「[にひゃひゃひゃひゃ!!きゅひひひ!!]」
廊下に響き渡るノイズがかった訳の分からない声が響く。
「うるさい、な……」
耳から入る声は理解ができない言語であるのに脳内で勝手にその言葉が日本語へ翻訳される。これはかなり気持ち悪い感覚、脳内を手でこねくり回されているようだ。首筋がゾワゾワする。
「このノイズがN.E999だ。頭がおかしくなる音をしているだろう?」
「そうですね……かなり」
「アレの声を聞いて吐くやつが大半だがキミは心配しなくてもいいな。入るぞ」
白い扉の先。
勤務1日目N.Eとの対面する___
「[キャキャッ]」
広く清潔感のある巨大な食堂。
白衣を着た職員達と黒い服を着たQ.1レベルのN.E、青色の服を着たQ.2人ならざる姿のN.E達が集っている。
「[ リーダァー! りぃーだぁきったー!]」
頭上から声が降りかかり、反射的に視線を上へ向けた八幡。
「うわっ!」
「[わァ!おはよぉ!元気ー!?]」
ゼロ距離で人間とかけ離れた言わば化け物と呼ばれるその見た目の存在が現れた。大きく開かれた死んだ赤い目が己を捉え、蛇ならではの細い舌がチロチロと舌なめずりを繰り返している。体型は幼児と変わらない、自身の腰あたり……100cm前後だ。
__本当に、本当にこの世に資料通りの見た目をしている生き物が存在するのか__
完全なる捕食者の姿。
ポタポタと床に唾液が落ちているが床からシューシュー煙が上がっているがどのような成分になっているのか気になるところ。
「危ないから降りてこいN.E999」
「[あぁい。降りるから待ってねぇぇ、よっこいしょっよっこぃしょぉ]」
ゆっくりと目の前に降りるN.E999だが地面に足をつけることなく宙をふわふわと浮いている。本物のQ3を見ると少し恐怖を感じる、何とか気を保てるが自分より大きい存在であったら気絶でもしていたと八幡は安堵した。
「[おりた!えさは?]」
死んだ目をめいいっぱい開き、両手を顔の前で引っ付け可愛いくオネダリするN.E999だが可愛いと言うより怖いが勝る。周りを泳ぎ回っている赤い金魚でさえも目を輝かせて彼女を見ているが怖い。
「餌は無いぞ。腹が膨れて動けなくなるぞこのチビ助」
流石はチームリーダー、N.Eの扱い方を熟知しているようだ。
「ちえっ、ちえっちぇ。食べたかったなぁ……仕方ない。りーだぁ隣の子紹介して!今日からでしょ!?ボクのお世話係!」
「自己紹介をしよう。彼はお前のお世話をする八幡だ。仲良くやっていくようにな、フラフラ階層を移動して困らせるんじゃないぞ」
「[にひゃひゃ。にゃひ。仲良くするっ!やーはた!よろしく、ね!]」
自分の所有物と言わんばかりに立派な半透明色の角を押し当て、何度もマーキングを行うN.E999。犬か何かの血も入っているのだろうか。マーキング癖という特徴は書かれていなかった。
額から流れ出る群青色の液体が白衣に降りかかり青い斑点が浮き上がる、新品なのに初日から汚れるとは思わなかった……何枚も予備を買っておかなければならなさそうだ。
「N.E999。悪いが離れてくれ」
「[ダメなのー?大事なものには唾をつけるってあもー言ってたよぉ?]」
「こら。初対面のヤツに体液をつけるやつがあるか……N.E999。八幡の白衣が汚れる。離れるんだ」
「[んー、あ!やはたぁ、わかんないと思うから他の子も教えてあげる、ね!!]」
白衣から離れたものの手を捕まれ何度も左右に振られる。純粋無垢、まるで子供のような存在だ。
「昼食を食べたら今日は2人で8階を回るといい、私はこれからリーダー達のためのめんどくさい集まりがあるからな」
「お疲れ様です……分かりました」
「[りーだも来ればいいのにぃ、まぁ。あつまりがんばーて]」
「ああそうだ。研修でやったかと思うが血液採取、体液採取を今日できるならば行ってくれれば助かるのだが……」
研修期間で何度もこなしてきた血液・体液採取。自分はもうほ助監督の人間が居なくとも採取をこなせるくらいには上達しているのでそれくらいならば問題ない。ツノや鱗は採取したことが無いのでこれから練習しなければならないが。
「分かりました、提出しておきます」
「助かる。夜番が来たらそのまま帰ってくれて構わない……キミは社宅通いだったな?」
「はい。施設内にある社宅に」
「そうか。では、またな」
「あ、案内ありがとうございました」
リーダーは2人を残し白衣を翻し食堂から去る、彼女が去った後に八幡は初めて食堂を利用した。無料で50種類の中から好きなメニューを選べる食堂はかなり待遇がいいだろう。
研修中は忙しく毎食冷めた弁当であった、無料で支給されるため貰えるものは貰っておけ精神で八幡は弁当を食べていた。
今日は魚の気分だったので八幡は焼き魚の定食を選ぶ。
「[やはたぁ……さかな酷いなぁ]」
「ベースは魚だったな。お前も魚食うだろ」
「[食わない、魚くわないよ!共食いさせる気じゃないよね!?]」
金魚達が怖がっているのかN.E999の後ろに隠れてしまった、蛇も魚もこのN.Eにとっては弱点であるらしい。またいい知識を得た、何かあれば魚の干物でも見せればいいだろう。
「[うぎぃ、ふぎぃ……めのぼうりょく]」
「安心しろ。誰もお前を食べようとは思わないだろうな」
「[え!?それはひどい!こんなに美味しそうな色をしてるのに?見て、このしっぽ!美味しそーだよ?ピチピチ!]」
自慢げにそう言うが彼の体は美味しそう・ピチピチという言葉には該当しない。白身魚か赤身魚かは気になるところだが勝手に捌くことは許されないだろう。
「飯食ってるから後にしてくれ」
「[見てよー!!みてー!ほら!!みて!]」
「はぁ……興味ない」
「見てってばー、やはたぁー、ねぇー。ねーぇえ!」
しつこい、あまりにもしつこい。
資料にあっためんどくさいという一文に“非常に”と一言つけ加えて欲しい程に厄介だ。
「分かった。わかったから静かにしてくれ頼む」
あまりにも騒ぎ立てるので一度手に持つ箸の動きを止め、自分の周りをふよふよ泳ぎ回る彼の頭の先から足のつま先まで見る。
全体的に青黒い、目が死んでいる、物理的に毒を吐く、どこからどう見ても美味しくない姿をしているだろう。人間の方が食べられる姿をしている。周りの金魚であればまだ食べられそうだ。金魚を食べる友人が昔いたようないなかったような。
「とても不味そうだ」
「[ひゅにぃ……かなし__]」
N.E999が泣き真似をしようとしたその時、1人の幼女が現れる。
「ツノちゃ、ツノちゃ。おはよ、おはよ」
「[ツキちゃんだァ!!こんにちぃは!お昼に起きるの珍しぃー!]」
ミルクティー色のふわふわな髪に青い大きな目、整った顔は正に人形。人外離れしたその容姿に八幡は興味を持つ。
ゴスロリと呼ばれる服を着た彼女__N.E113憑き人通称ツキちゃんと呼ばれるQ.1の存在だ。別のフロアにいるN.Eであり、とても臆病で八幡を非常に警戒した様子で見ている。
「[この子、113番憑き人って言われてる。ツキちゃんってボクが付けたんだよ?可愛ちーよね?]」
「他のフロアのN.Eの子か……はじめまして」
「[ボクの時よりてーねぇだ……]」
子供の見た目をしていると子供に対して接するように話し方を変えてしまう。
「はじめ……まし、まし……て……」
「[ツキちゃん怖がらなくていーよ!堅物みたいなこっわぁい顔だけどかわいいよ!]」
「お前……失礼な奴だな」
「[ふんだ。やはたーがあくま、にひゃにゃ。事実!]」
人が食べているというのにも関わらずこの存在(N.E999)は頬を指で小突き邪魔をしてきた。
幼いと資料に書かれていたがここまで幼稚であるとは思わなかったと八幡は頭を抱えた、慣れるしかない。これから長い付き合いになるのだ、これから沢山困難が待ち受けているだろう。人喰いでないだけマシか。
「かおみせに、あと、伝言、ね……カイくんが昨日、ココ、いて……なんで来ないのって、怒ってたよ」
「[あ……ぁ……あー……ありがとう]」
「鱗、ちょうだいって言ってたから」
「[うげぇ……]」
「またね」
キャンキャンとうるさい様子が一転、非常に大人しくなった……担当するN.Eが収容されている多くのN.Eと繋がりを持ち、友好関係にあると書いてあったがここまで人間と同じような交流をしているとは想像つかなかった。
話に上がっていた“カイくん”というのは八幡のチームが担当するN.Eの1体、N.E289(Q.2)の事だろう。
そういえば彼とN.E289は非常に仲が良く、289の抑止力としても使えると書かれていた。Q.2なので危険な存在ではあるが目の前で優雅に宙を泳ぐ彼が居れば生存率は高い。
「[今日鱗の採取ない?]」
そう問われ資料に記載されてあった鱗の採取予定日を思い出す。
今日は鱗の採取はないが血液・液体採取がある日程が組まれていたはずだ。
「ツノは採取しないぞ」
「[ひぃ……血液はあるんだ、うぅ、まあ。が、頑張ればいい話……さ、早く食べて早く行こ!!]」
「まだ食べている、待ってろ」
「[おそぉいぃ。ボク食べようか?]」
「断る。大人しく待っておけ」
「[何もしないで待つなんて!!ちょっと遊んでくる!!]」
「おい勝手に___」
自分の言葉を聞かずに彼はほかの研究員たち、N.E達の元へ泳いでいってしまった。
他の職員達に餌をくれと話しかけるがどの職員も相手にしていない、手で追い払われ999が少し可哀想に見える。まぁそれも仕方ないだろう、あれほどしつこいかまってかまってを受ければ冷たく追い払いたくなる。自分だってそのうちの一人に入りそうだ。
他の職員の人達から苦情が来るのは遠くないだろうと思いながら八幡は目の前の焼き魚定食を腹に収めた。




