12.おキツネ様
部屋の中は恐ろしく清潔で恐ろしくいい匂いが漂っていた、例えるとすればそこは楽園のような場所であった。しかし一部の床壁には夥しいほどの血と肉が滴り落ち酷い有様になっている。
中途半端な楽園の部屋に異質な存在が1体__
「あら。ママンじゃないの、どうしてここへ?後ろのフンみたいなヤツらは何しに来たのかしら?ん?言ってみなさい?」
「[ちょ、ちょっと落ち着いて!!レディ、急に来たことは謝るから2人を虐めないで!]」
蜘蛛の下半身を持ち、腕を4本持つ大きな化け物が目の前に迫る。確実に殺られると覚悟をしたが鋭い足が八幡達に降りかかることは無かった。
「ママンが言うなら何もしないわ。ママンの頼みなら仕方ないもの」
静かに距離を置くQ.4は親しげにツクモに擦り寄って甘える仕草を行う。
「や、やはたさん。こ、これ、Q.4__1000レディです……N.E999が居なかったら、わ、私たち死んでました……!!い、生きてます!生きてますよ!!」
「落ち着いてください野村さん。下手に刺激をすれば襲われますよ」
「そ、そうですね……す、すみません」
「ひそひそ話は終わったかしら?アタシの部屋に土足で入ってきて何用かしら?つまらない用事じゃないでしょうね」
「ツクモ、説明を頼めるか?」
「[うん。任せて]」
小さな体をN.E1000の身体に乗り、怯えることなく今まで施設に起こった大まかな状況や現在脱出の為に地上を目指しているという自分達の現状をざっくりと話す。
「[今施設は幽閉されてた。Q.5__N.E893降りかかる好奇心、マァ子に侵食されてる。誰が手を貸したのか誰が彼女をフロアから出したのかは分からない……]」
「N.E893が!?ありえない、ありえません……終わりだ、終わりです」
「確か彼女は幽閉中でしたよね?」
信じられないという顔で野村はツクモに言う。
「[職員の誰かが仕組んで彼女を解放したのかも……]」
「誰がそんな馬鹿なことを……N.Eが起こしたに違いないです!N.Eが……N.Eが起こしたんですよ!!」
「[それはないよ、あのフロアは……Q.5の為に封鎖された。は誰も手に負えない、問題児!多分N.E001からN.E09までしか対処できない。彼女を幽閉するためにたくさんN.Eが犠牲になって人間もたくさん死んだ]」
「あら、ママン。その子、アタシよりも強い?」
「[腕がくっついてたらオリジナル達じゃないと敵わないよ]」
「あら。それは残念ね」
「おかしいです、そんな……施設が安全ってリーダーが言ってたし、リャンさんも言ってたから私残ったのに……!!」
取り乱した様子の彼女に優しくツクモが死なないから今は脱出することを考えようと諭したが聞く耳を持たない。助詞に野村は顔を青くし何度も同じ言葉を繰り返し始める。
「私、死にたくない。死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!」
「ちょっと落ち着いて!!」
「もう辞めます、私やっぱフツウの仕事に戻ります!!だから帰らせてください、帰ります、お願いします、帰らせてください」
「あらまぁ発狂しちゃった。ふふ」
「野村さん大丈夫です、落ち着いてください」
周りの声が聞こえないのか野村は狂気極まりない様子です言葉を叫ぶ。
八幡、ツクモは彼女の気を保とうと声をかけるが聞く耳なし、次第に目が虚ろになっていき彼女は甲高い笑い声を上げると部屋を出て行ってしまう。
「あら、行っちゃったわね」
追いかけるべきだと判断した八幡が部屋を出ようとした時、ドアが勢いよく閉まった。ドアを何度も開けようとするがドアノブは石のように硬い。
「開かないだと?」
「[レディ、なにかしたの!?]」
「アタシは何もしてないわ、勝手にドアがしまっただけよ」
「嘘をつくな、お前がドアを閉めたんだろ。開けろ」
「アタシが閉めたわけじゃないんだけどお馬鹿さん」
「[レディ、隠し扉とか現れなかった?扉じゃなくてもいい、なんか急に現れた物とかない!?]」
「あぁ。あるわね、今日急に現れた不思議な贈り物が」
「[どこ?教えて!!]」
金属音を立てながら彼女は八幡達をある石像の前へ案内した____。
「この悪趣味な石像、アタシの部屋に急に現れたの。不気味だからティーカップを投げつけたら消えちゃったのよね……この石像から他のN.Eが迷い込んできたし多分どこかに繋がってるみたいよ」
禍々しい雰囲気を放った女神像は静かに部屋の片隅に佇んでいる。
「現れたN.Eはどうした」
「食べちゃった」
「……」
「[食べちゃダメってば!!もぅ!]」
「食事の時間になっても誰も来なかったから仕方がなかったの……ごめんなさいママン」
従順に素直に己の非を認めるN.E1000。ツクモが居れば彼女?を操るのは容易いらしい。
「よし。ツクモ、俺はこの先に行く。お前はこのN.Eと一緒にいろ」
「[やだ!やはーた他のN.Eに食べられそうだからついてく!!]」
「はぁ……仕方ないな。わかった」
八幡はツクモがいる限りある程度のN.Eに対処できると考え同行を許可する。
「行ってらっしゃい。 ママン、食べたN.Eがこんなの持ってたからあげるわね」
「[実験室のカードキー?なんでN.Eが……ま、まぁありがとう。もう他のN.Eを食べちゃダメだからね!!]」
「はぁい。ママン、気をつけてね。その隣のいけ好かないボーイ、いつまでもいいように閉じ込められてんじゃないわよ」
「出口を見つけるまで俺は死なない」
「人間は脆い、貴方……何度目?」
砂嵐のようなノイズが一瞬、頭の中に浮かび上がり記憶にない青年の声が響く__
「僕もシイロなんだ、ふふ。君のことはシイロって呼ぶね、よろしくね!」
とても明るい青年が友好的な様子で自分の名を呼ぶ。彼の凛として少し中性的な声はハッキリと頭の中に木霊するのに顔が全く思い出せない。
白衣を着て自分と同じズボンを履いていたような気がするし白衣を着ていなかったような気もする。
「……意味のわからないことを言うな」
「[レディ。変なこと言ってやはーたの頭の中をぴよぴよしないで!!]」
「ぴよぴよなんてかあいい表現ね、まぁいいわ。じゃ、お気をつけて」
カツカツと音を鳴らしながら彼女は本棚の前に行き、本を読み始めた。
「[やはーた。抱っこして]」
「なぜ抱っこしなければいけない」
「[バラバラに飛ばされたら困るから]」
「分かった。あまり俺に引っ付かないでくれよ」
「[ふふーん、考えとく!]」
「はぁ……」
仕方なく片手でツクモを抱き上げ女神像に空いている方の手でゆっくりと触れる。
その瞬間、奇妙な音が鳴り周りの景色がぐちゃりと溶けだし神社のような場所に飛ばされた。
「[ッ!!シイロ、左に立って!!]」
突如ツクモが切羽詰まった様子で指示を出す。
咄嗟に左に避けると脳内にかなり歳をとった年寄りの声が響く_
『残念じゃ……誠に残念』
ツクモとはまた違う特殊なその声に八幡は尋常じゃないほどの恐怖と底知れない嫌悪感を感じた。
この部屋にいるN.Eは自分達を捕食対象にしている、攻撃的な考えを確実に持っている。
「[や、やはーた、神社のお作法は大丈夫?]」
「ま、まぁ……それは」
「[答えになることを口に出したり、お作法を間違えたら部屋の狐に喰われる。絶対に間違えないで……本殿にも参りして鳥居をくぐったら出口になる、そのはずだから。帰りは振り返らないで]」
森の中にある無人の神社のようなその場所で2人は緊張しながら辺りを見渡す。
「ここはQ.4のエリアなのか?」
「[そう。N.E429お狐さまの部屋に迷い込んじゃったみたい。あのポンコツ女神像次に見たら叩き割らなきゃ]」
「お前の力じゃ無理だろ」
「[ふん……とりあえず今から何も言わない答えない!何も考えない!!何か言われても無視することだよ、いいね!]」
「分かった」
本殿に向かう前にまずは手水舎で手を清めなければならない、手を洗うやり方ノ看板は設置されておらず八幡は記憶を頼りに作法を実行していく。最後に持ち手部分を洗い流し終えた時、再び老人の声が脳内に語りかけてきた。
『よぉきたよぉきた。わしはお前さんが欲しいものを与えてやろう、何か一つ考えてみるんじゃ』
優しい声だが裏に怪しさを孕んだ声。ツクモが言った通りに八幡を誘惑してきた。
「(結構だ)」
心の中で悪態をつくと怪しい声はほけほけと笑って聞こえなくなる。しつこく尋ねてくる訳ではないらしい、何も考えずただ本殿に行くことだけを意識して八幡はツクモを連れて左側をあるき社へ赴く。
手入れが行き届いた社はとても立派で左右に狐の像が置かれ2人をじっと見つめていた。
探索中に見つけた小銭をツクモに渡し、自分も手に礼儀作法通りに参拝のフリをする。
「(ここで小銭が役に立つとは……)」
小銭を取りだし①そっと小銭を投げ入れ、②鈴を鳴らす。その後③2礼2拍手1礼した後に手を合わせるだけ行ってツクモの方を見る、ツクモはどうやら小銭と足の鱗を剥ぎ取って行ったらしい。鱗も小銭変わりにしても大丈夫なのかと疑問に思うが一先ず鳥居の先に足を進めようとした、その時__
『お前は今回の担当で何度命を落とした?』
「は……?」
思わず言葉を返してしまい慌てて口を押さえる、ツクモが心配した様子で八幡の腕を掴み早く行こうと引っ張る。
何も考えないように足を進めるがN.Eは八幡を何度も試す。
『お前はなんどかえった?』
優しく、ゆっくり語りかけてくる。
『お前はなぜここにいる?』
憐れむような声が響く。
『なぜ、おまえは人間に尽くす?』
ねっとりとした奇っ怪な声に背筋に冷や汗をかいた。
「[やはーた、振り返らずに前だけ見て。呼び掛けも答えちゃダメ]」
「分かっている」
クスクス、クスクスと子供たちの声が木霊して童歌がどこからともなく聞こえてきた。存在してはいけないものが今、この場所に……背後に現れている。おぞましい何かがそこに、いる。
「わしは全てを知っている、わしはおまえを救った、おまえは死ぬべき存在だった」
「(考えるな……考えるな……)」
「研究員、お前が失ったものを全て返してやろうか?」
「(無視だ、進むだけだ)」
「なぜお前は死から復活するのか気にならないのか?」
意味の分からない発言。
「は……?」
思わず後ろに視線を向けてしまい、子供たちの声が静止する。
「引っかかった」
「[走って!!]」
ツクモが声をかけるがもう遅い_____。




