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10.何でも屋さん



 ぴちゃんぴちゃんと水が滴り落ちる狭い道_____。


 ツクモの下半身を生ぬるい水が通り過ぎていく、確かに八幡がここに来れば進むのは難しいだろうとツクモは考える。


「[やはーたが来なくて正解だったかもね。さて、N.E993の子に会いに行かなきゃ。900番台の子あんまり詳しくないし会ったことないし仲良くできるといいんだけどなぁ]」


 小さくボヤきながらツクモは薄暗く血濡れの暗い道を1歩前に進んだその時、小さな女の子の笑い声が高らかに響いた。


『穢れた足なき愚かなヒト、私と遊んでちょうだいな』


 キャハハと笑う少女の声にツクモが身体を震わせ足を引く。


「[遊ばない。Q(・).(・)5(・)指(・)定(・)N(・).(・)E(・)8(・)9(・)3(・)降(・)り(・)か(・)か(・)る(・)好(・)奇(・)心(・)、マァ子。この施設の混乱は君の仕業だね]」


 クスクスと背後に異質な見た目をした少女が音もなく現れる。


 片目がボタン、羽のような物を頭部から垂れ下げ2本の角が凛々しい。頭のてっぺんに乗せられた王冠はとても安っぽく、体躯に合わない白いドレスを身にまとっている。


「穢れた足なき子。非友好的。そんな態度でいるとあなたの堅苦しい臭い同胞食べちゃうわよ」

「[君こそあまり横暴な態度取ってるとボクの子がお前を食べることになるよ]」

「釣れないお魚さん。無情的。あなたココから出たいんでしょ?手を貸すわ」

「[ボクひとりで何とかする。君の助けはいらない。邪魔をしないで]」

「間抜けな偽物。無能的。じゃあまた会いましょう」


 クスクスと笑いながらN.E893は姿を消す。静寂に包まれた異空間に1人になったツクモは気を取り直し、この先の奥に居るであろうN.Eを探し始めた。


「[動きにくい、早く見つかるのいいんだけど]」


 ズルズルとヒレを動かしながら道を進んでいくこと少し、隠れ家のような場所を見つけた。恐らく目的のN.Eはここに居る。


 早速家に入ろうとするツクモだがドアノブを捻っても開けることができない。不思議に思いながらドアの壁を調べると非常に見にくい場所にハチャメチャだがそれでも読める不思議な文章が書かれていた。


【こえたは? にげんん の みかく に からみ は ふまれくる か? ふれくまる でれあば さかんい ふれくまない でれあば かにい たたていくさだい】


 破綻している文章でも辛うじて読める、中学生レベルの問題だがN.Eには味覚に無縁であるためにこの問題を解くとは難しいだろう。そもそも一般的にN.Eは文章を読めない。頭がかなり回る自分と同じN.Eだろうとツクモは考える。


「[日本人だったら読める文章ってやつ?ひょっとしてN.E避けにしてるつもり……?N.Eは文字すら普通は読めないしいい対策ではあるね。とりあえず2回叩こう]」


 ドアを軽く2回叩く、しばらくすれば色白で小柄な160cm前後の大きな関節人形がドアを開いた。


「ぇ?N.E?な、なんで……バケモノ」

「[うっ、久々にそれ聞くと傷つくなぁ……]」


 怯えた様子のN.E993はどうやらN.Eをよほど毛嫌いしているらしい。


「[まぁいいや。ボクN.E999温厚的な治癒者って言うんだけどこのN.E避け作ったのキミ?凄いね、キミも文字が読め__あ!その話はまた今度でちょっと今手が空いてる?]」


 持ち前の輝かしい笑顔を見せ、相手に殺意や敵意がないことをめいいっぱい伝える。


「N(・).(・)E(・)7(・)1(・)2(・)の事は渡さない。僕の大切な家族だ」

「(N.E712……確かQ.2で人間b.欠陥品って子で。理性が欠けてて__いや、そもそも彼生(・)存(・)不(・)明(・)になってるし存在しないんじゃ……]」

「欠陥品って言うな!!お前も人間と同じことを言うのか!!」


 激しく甲高い怒声を浴びせられ耳にキーンと響く。人より耳が効くためかなり痛い。耳を塞いでは失礼に当たると塞がなかったせいでツクモは若干ふらふらと身体が揺れた。金魚達は驚いてツクモの髪の中に逃げる。


 威嚇している、ヒシヒシと彼の威嚇音が肌に伝わり腹の中が擽られている。


「[あ、いや、名前を言っただけで……ごめんね。キミは彼をどう呼ぶの?キミの家族についてちゃんと教えて欲しいな]」

「お前、本当にN.E?N.Eの皮を被った一般人じゃないのか?人間だとしても施設の人間とは思えない」


 疑いの目を向けるN.E993に対しツクモはケラケラと笑って「[ただのフツーのN.Eだよ]」と答えた。


「[キミ、外の世界について知ってるの?ボク外の世界は話でしか聞いたことないから教えて欲しい!って……あぁ、そうじゃないんだった!!鍵作ってほしいんだけどさ!]」

「鍵?なんの?」

「[非常階段のドアを開ける鍵!赤くてキミの手のひらサイズでちょっと重い……作ってくれない?]」

「なんで対価もなしにキミに作らなきゃいけないんだ。作るなら対価をよこせ」


 片手を出して早くしろと首を上下に動かす。ツクモが何も持っていないことを理解しているようでニヤついている。性格があまり褒められたものでは無いらしい。人間らしいところが残っているようだ。


「[人間みたいなこと言うんだね。うーん、じゃあ、キミの弟くんを正常に治してあげるって言ったらどう?]」

「は、はぁ?な、治せるの?本気で?職員共じゃ治せなかったのに?」

「[ボクの鱗を食べさせて。そしたら治る、ボクの細胞はどんな病気でも治るって研究されたからね!]」


 ニヤついた顔が一気に驚き一色に変化し、N.E993はツクモ手を恐る恐る手に取った。


「嘘だったらお前の鰭を切り落とす。先に治せ」

「[分かった。じゃあ、お部屋お邪魔するね]」


 案内された部屋は薄暗くとてもジメジメしており長くいれば気が病んでしまうほど環境が酷い。

 奥には人型を保ってはいるが涎を垂らしながらギラつく目を自分たちに向けるN.Eが1体……敵意と殺意が硝子越しに伝わる。


 威嚇音を絶えず放つソレに寒気が止まらない。


「ガァァァ!!!ギィァァィ!!」

「[自我の損失、認知の低下……自傷も見られると、どうやって食べさせようかな]」

「そんなの簡単だろ。アンタがこの中に入って腕を食わせればいい、頼んだぞ。999」

「[え、ちょ、!!]」


 身体を持ち上げられドアの中に問答無用で押し込められる。


「グガァァ!!!」

「[いきなり押し込められても困るって!]」


 八幡から貰った抑制剤を片手に逃げ回り部屋の中にあるバットを手に取り暴れるN.Eの頭部を軽く殴り、狼狽えているところをすかさず抑制剤をこめかみに打ち込む。


「ギィァァァ!!!!!!」


 動けなくなった身体に跨り自分の鱗を数枚引きちぎり口に入れ飲み込ませる。とても嫌そうな顔をしていたが仕方がない。小さく「[ごめんね]」と声をかけたが果たして彼にこの謝罪は届いているだろうか。


 しばらく化け物らしい声を上げていたがその声はやがて人間のような声に戻っていく。


「お前、は……」

「[おはようさん。気分はどう?]」

「ば、ばけもの!!」

「[う。見た目は怖いけどキミを襲うような化け物じゃないよ。キミはN.E712であってるね?]」

「そうだけど……なんで俺、ここに」

「[実験の失敗でキミは理性を失ってQ.2に昇級。君のことが大好きなN.Eがキミをここに誘拐した。今、人を襲いたい欲はある?]」

「ない」

「[ならボクのお仕事は終わったね!N.E993、終わったよー!!見てるなら出てきて!!鍵ちょうだい!]」


 大声でツクモが叫ぶとN.E993が勢いよく部屋の中に入ってきた。


「本当に治したのか!アンタ、天才だよ!約束通り鍵を作ってやるから待ってろ……」

「げっ。コイツが俺のこと閉じ込めてた野郎か?うげっ、げっ」

「[不仲なんだ。ま、早くお願いね!]」


 N.E993は目を閉じ、誰にも分からない不思議な言葉を呟いた後に己の指を噛みちぎり地面へ落とす。

 指は地面に落下する寸前で見覚えのある赤い鍵に変化し、カランと音を立てて地面に落ちた。


「これでいいか」

「[うん!!これでいい!さ__]」


 鍵を受け取ったと同時に異常な胸の高鳴りと破壊衝動に駆られ、目の前に立つN.E達が上質な肉へと変化していく。


「[はァ。はァ……ダメだ、ダメ、落ち着く……でも鍵はある、鍵はある。鍵が、あるから……ぁ]」


 目の前が真っ赤になる、真っ赤な、真っ赤な、セカイ。


「??????????!!」


 目の前に現れた肉塊をたまらなく口に含みたくなった、肉塊の中の感触を手で味わいたくなった。

 ここに監視するうっとおしい監視はいない、この混乱の中N.Eが少し居なくなっても誰も疑わないだろう。だとしたらここでこの衝動に抗う必要は無い。


「??.?????.?」


 力を振るい肉を口の中に入れ感触を楽しむ、N.Eの本能の定めだ。


 しばらくしてツクモは誰もいなくなった部屋にぽつんと立っていた。あの2体はどこにもいない。自分を置いてどこかに行ってしまったらしい。


「[やはーたのところ戻ろ]」


 お礼をまだ言っていなかったが居ないのなら仕方がないのでツクモは八幡の元へと来た道を引き返す。


「[やはーた、戻っきたよ!!]」

「遅い。いつまで待たせる気だったんだ」

「[ごめんごめん。ちょっと慈善かつどーってヤツしてたの!鍵はゲットしたからあとは出口……僕偉いでしょ!]」

「よくやったな、ツクモ」

「[へへ、ありがと〜]」


 赤い非常階段の鍵を見せながら自慢げに胸を張るツクモ。 八幡は仕方ないといった様子で「これからも頼むぞ」と返す。


「[ふふ、じゃあ階段探そ!!]」

「勝手に這いずり回るなよ」

「[分かって__]」


 ツクモの言葉を遮るようにおぞましい肉片達が地面から這い出てくる。

 室内の温度が一気に下がり、恐ろしい殺気と体内を掻き回すような吐き気を催す嫌悪感が身を蝕む。


「やっと見つけたよ、ちょこまかと逃げやがって小物共が……」

「[N.E067!!邪魔しないでくれるかな!?]」


 殺意に満ちた顔を向け現れたのはこのフロアで最初に八幡達を襲ったN.E。


「[ボクらに近づくなっていったよね?]」


 不愉快なノイズ音がクノスケから発せられ吐き気を催す嫌悪感が軽くなる、N.E同士の威嚇を行っていると八幡はすぐに理解し抑制剤を素早くN.E067に突き刺す。


「ぜってぇ喰ってやるっ!!!」

「[やはーたいい子ー!!逃げ__]」


 ツクモが言い切る前に動く。そのままN.E067の頭部を床に叩きつけ、N.Eの中身を床にぶちまけた。


「[や、やは……た。な、何して、それは。やり過ぎ、なんで、殺しちゃうの]」

「規定の中に職員の命令に従わないQ.1またはQ.2は職員の判断によって処分することが可能である」

「[そ、そうだけど。ひ、ひどいよ]」

「お前を餌にすれば良かったか?」

「[動きを止めるだけで良かったのにあそこまでやる必要はないよ!!]」

「規則に則ったまでだ、文句を言われても困る」

「[酷いよ……酷いなキミは……]」

「お前のためだ。さっさと上の階へ上がるぞ」


 項垂れるツクモの手を無理矢理引っ張りドアを探す。その間彼は一言も喋らず慕う金魚2匹が八幡の白衣を小突いては逃げ、小突いては逃げを嫌味ったらしく行っていた。


 静かな施設、重苦しい空気……邪魔をする存在はいないためゆっくり上へ上がる非常階段のドアを探す。


「この部屋になければお手上げだな」

「[そうだね……階層を移動できるN.Eを探さなきゃ]」

「そんなやついるのか?」

「[いるよ]」

「なんでそれを早く言わない」

「[その子は気まぐれで何処に飛ばすかわかんない、下手したらQ.4の部屋に飛ばす時だってあるから、必要ないかなって思って言わなかった……]」

「なるほど……運任せなことは避けたいし確かに必要ない情報だな。ここの部屋を探してなければまた考えるぞ」

「[あぁい、見つかるといいね!」


 手当たり次第に部屋野内部を探している最中、本棚に八幡が触れると本棚の中から穴の中に押し込んだ駆除対象である小人のN.Eがひょこっと顔を出した。


「……!」


 小人のN.Eは八幡を見るなり一目散に本棚の中へ潜ってしまう。逃げていく小さき命に興味が湧き、本棚を動かしたその時__本棚の裏に赤い扉と先程の小人が通れるくらいの穴を発見した。一目散に逃げ出したN.Eは穴の中へ潜り姿が見えない。


「[やはーた、何かあった?]」

「隠し通路だ」

「[わぁ!!流石やはーた!!この先にあるかもしれないね、行く?]」


 上機嫌にヒレを動かしながら穴を覗きこむツクモ。大人1人がギリギリ入るくらいの狭さで2人並んで行くのは難しい。


「この先にあるかもしれない、行ってみるか」

「[行こ!!多分この先にあるよ、先にいって!!]」

「はぁ。仕方ないな……」


 促されるまま先に隠し通路に足を踏み入れた。


 少しひんやりとした隠し通路は古臭い匂いが漂い長年人がこの通路を使用していないことが分かる。足場は悪くない、踏み抜く危険は無いだろう。


「危険はない、ついてこい」

「[あぁい、後ろ離れないから気にせず歩いて!!]」

「はぐれるなよ」


 壁に沿って慎重に歩くこと数分__


「[あった!!あったね!これで上にあがれ……あー浸食してるから次の階分からないんだった……]」

「8フロアか地上だと助かるんだがな……」

「[あ!見て!!おチビさんの仲間だよ!!]」


 嬉しいそうにキャッキャと声を上げるツクモの目の前に先程発見した小人のN.Eが足を押えて倒れていた。八幡が視界に映るなり小人は八幡から逃げようと両手を動かし移動しようとするがピタンと音を立てて地面に倒れてしまう。

 まるで食べないで、許して、見逃してというかのように怯えるソレにツクモは優しく両手で拾い上げて頭に乗せようとする。


「[やはーたのこと怖がってるね、ふふ。大丈夫だよおチビさん!ボクが君のお家に送ってあげる]」

「やめろ。勝手に拾うんじゃない」

「[えぇ、こんなに怯えてて可哀想だよ。連れて行って仲間のところに返してあげなきゃ!]」

「命令だ。拾うな」

「[えぇ……]」


 これ以上面倒なことを増やしたくない、自分の担当はこのツクモだけで手がいっぱいだ。こんなもの拾っていては面倒ごとに巻き込まれない。


「可哀想だが俺たちにはやるべきことがある。行くぞ」

「[うぅ……分かったよ]」



 また薄暗い階段を2人は進み、次のフロアへと向かった__

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