5.決別と新しい道
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数日後、シルヴィは体調を回復させ、診療所へ復帰した。
吹っ切れたシルヴィの雰囲気は以前とは変わっていた。
気弱でどこか頼りなかったシルヴィの姿はない。
その瞳には揺るぎない意志が宿っていた。
シルヴィは復帰したその日に、診療所の所長へある宣言をした。
それは所長に前々から打診されていた【王国騎士団・専属治癒師】の採用試験を受けることだった。
王国騎士団の専属治癒師とは、厳しい現場で戦う騎士たちを治癒する要職だ。
専属治癒師の給与や待遇などは街の診療所とは比べものにならないほど高いが、同時に厳しい規律が課される。
最大の規律は『許可なく王国騎士団関係者以外に治癒してはならない』というものだった。
治癒師の独断での治癒は、騎士団の戦力を妨げる行為として固く禁じられているのだ。
(これなら……ギャレットがどれだけ押しかけて来ようと規律を理由に拒絶できる)
それからシルヴィは診療所の仕事を終えると、寝る間も惜しんで試験勉強に励んだ。
元々シルヴィの治癒能力は高いので実技よりも筆記試験に力を入れた。
それから採用試験を無事に合格し、シルヴィは王国騎士団の専属治癒師になることが決まった。
専属治癒師なので診療所で働き続けることは出来ず、診療所を退職することになったシルヴィ。
「元気でね、シルヴィ!」
「無茶しちゃだめよ」
診療所での仕事が最後の日、診察時間を終えるとシルヴィは同僚の治癒師たちから激励された。
「専属治癒師が辛くなったらいつでも戻っておいで」
シルヴィの能力を評価し、王国騎士団の専属治癒師の道を示してくれた所長にシルヴィは感謝していた。
「お世話になりました」
こうして、シルヴィは長く働いていた診療所を後にしたのだった。
シルヴィが診療所を退職し、王国騎士団の本部へ移籍するための準備をしていた頃。
ギャレットは相変わらず街で“治癒移行”を続けていた。
だが、シルヴィの治癒が得られなくなったギャレットの生活は崩壊し始めていた。
「くそっ、なんでこんなに痛みが引かないんだ……!」
自宅でギャレットは包帯が巻かれた左腕をおさえていた。
シルヴィに治癒させようとして拒絶された“治癒移行”した怪我だ。
あれから数日経つというのに、左腕の自然治癒のスピードは遅く、化膿して熱を帯びていた。
これまではどんな怪我を“治癒移行”しても、数時間以内にシルヴィが治癒してくれていた。
自然治癒で怪我が治るまでの長期間にわたる鈍痛や不自由さ、化膿する恐怖をギャレットは初めて味わっていた。
「シルヴィの奴……いつまで意地を張ってるんだ。俺がこんなに苦しんでるってのに!」
ギャレットの承認欲求は収まらなかった。
左腕の痛みに耐えつつも、ギャレットは街で新たな怪我人を探した。
“治癒移行”して、周囲から『素晴らしい!』や『さすがギャレットだ!』と持ち上げられる瞬間が忘れられないのだ。
「よし……今日こそシルヴィに謝らせて、この腕を治癒させよう。あいつだって、俺に突き放されたから寂しくて泣いているに決まってる」
ギャレットは怪我人を探す前に、シルヴィが働く診療所へと向かった。
しかし、診療所にやって来たギャレットを待っていたのは、冷ややかな視線を向けるノーラだけだった。
「シルヴィ? 彼女ならもうここにはいないわよ」
「は? どういうことだ? あいつ、まだ体調不良で休んでるのか?」
「違うわ。シルヴィは王国騎士団の専属治癒師になったのよ。もうこの診療所の人間じゃないわ」
「な……なんだと!?」
ギャレットは信じられなかった。
「専属治癒師!? そんな話、俺は一度も聞いていない!」
「でしょうね」
「ふざけるな! 俺という婚約者がいながら、勝手にそんな大事なことを決めるなんて! シルヴィはどこにいるんだ!?」
「どこって王国騎士団の本部に決まってるでしょ。でもね、ギャレット。あんたなんか行っても……」
ノーラの話を最後まで聞くこともなく、ギャレットは狂ったように部屋を飛び出し、王国騎士団の本部へと走った。
(ふざけんなふざけんなふざけんな! シルヴィが専属治癒師なんかになったら俺の怪我は誰が治癒するんだよ! 俺の聖人としての活躍はどうなるんだ!)
ギャレットにとって、シルヴィの自立は“聖人像”の崩壊を意味していた。
身勝手な焦りと怒りに支配されたギャレットは、自分が足を踏み入れようとしている場所の重みすら理解していなかったのだった。
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