4.絶望と拒絶
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次にシルヴィが目を覚ました時、視界に入ったのは度々お世話になっている仮眠室の見慣れた天井だった。
(……私……倒れたのね……)
自分に置かれた状況を把握し、ベッドから上体を起こそうとしたが頭痛と疲労感で思うように身体を動かすことが出来なかった。
「シルヴィ!」
シルヴィと同じ治癒師で友人でもあるノーラが、シルヴィが目を覚ましたことに気付き、声を掛ける。
ノーラはシルヴィが起き上がろうとするのを慌てて止めた。
「ダメよ、まだ動いちゃ! もうっ、本当に無茶して!」
「ノーラ……ごめんなさい、私……」
「謝らないの!」
ノーラの話によると、シルヴィは倒れてから丸一日眠っていたようだ。
「シルヴィ。少なくとも二、三日は安静にしてなきゃダメだからね!」
ノーラがシルヴィの額のタオルを替えてくれる姿を見て、シルヴィの目元が熱くなる。
「ねぇ、ノーラ……昨日のこと、どこまで……」
「あたしは外で治癒してたから知らなかったんだけど、診療所にいた患者さんたちから全部聞いたわよ! ギャレットのバカがあんたの制止を振り切って無理矢理治癒させたんでしょ!? ほんと、信じられないんだけど! あいつ、あんたを何だと思ってんのよ!」
ノーラが怒りを露わにした時だった。
バン!と力任せに仮眠室のドアが開いた。
「シルヴィ!」
仮眠室に入ってきたのは、ギャレットだった。
ギャレットからはシルヴィを心配する様子はなく、何故か怒っているようだった。
「ちょっと、ギャレット! ここは関係者以外立ち入り禁止よ! 早く出て行きなさい! ……きゃあっ!」
「ノーラ……っ」
ノーラが立ち塞がるが、ギャレットはノーラの肩を押して突き飛ばした。
「失せろ! こっちは大事な話があるんだよ!」
倒れ込んだノーラを気にせず、ベッドへ歩み寄ってきたギャレットは、横たわるシルヴィを上から睨みつけた。
「シルヴィ! お前、何やってるんだよ!」
「………」
「お前が倒れたせいで、昨日、救出された副町長の怪我を“治癒移行”出来なかっただろうが!」
「え……?」
開口一番に放たれた言葉に、シルヴィは自分の耳を疑った。
「副町長だぞ!? あの男の怪我を“治癒移行”しておけば、俺の知名度は上がるはずだったんだ! それなのに、お前が倒れて治癒出来ないって言われたから、俺は黙って見てるしかなかったんだぞ! 周りに迷惑かけるなんて、本当に最低だな!」
ギャレットはシルヴィを責めるように言い放った。
「………」
シルヴィはギャレットに何を言われているのか、理解出来なかった。
ギャレットはシルヴィが倒れた理由も、シルヴィの心配も何一つ考えていなかった。
ただ自分の“株を上げるチャンス”を逃したことに怒っているのだ。
「ギャレット! あんた、何言ってるの!? シルヴィが倒れたのはあんたが強引に治癒させたからでしょ!?」
上体を起こしたノーラが叫ぶが、ギャレットは聞く耳を持たない。
「うるせぇ! お前は何のためにここにいると思ってるんだ! 治癒師だろ!? お前が倒れたせいで、診療所では誰も治癒してくんねぇ! おかげで俺は“治癒移行”した昨日の怪我を全部自然治癒で治す羽目になったんだぞ! すげぇ痛ぇし、まだ全然治ってないんだからな!」
そう言って、ギャレットは袖を捲って自分の左腕を突き出してきた。
左腕には大雑把に包帯が巻かれていた。
「見ろよこれ! ずっと痛ぇんだよ! おいっ、シルヴィ。さっさとこれを治せ! そうすれば俺はまた“治癒移行”出来るんだからよ!」
怪我の自然治癒は完治に時間がかかる。
だが、シルヴィが治癒すれば一瞬で治る。
ギャレットにとってシルヴィは、無限に“治癒移行”できる“都合のいい道具”に過ぎなかったのだ。
治癒能力を使えば体力を消費し、限界を超えれば数日寝込むことになる。
日によっては激しい頭痛や吐き気なども追加される。
シルヴィは何度もギャレットに説明してきたはずだった。
ギャレットはそれを知った上で、シルヴィに治癒を求めているのだ。
「……ギャレット」
「なんだよ? 分かったら早くしろよ」
「……あなたにとって、私って……なに?」
シルヴィは掠れた声で、静かに問いかけた。
「は?」
「答えて。私とあなたの関係は……なに?」
シルヴィにとっては最後の賭けのようなものだった。
『大切な婚約者だ』と言ってほしかった。
『無理をさせてごめん』と言ってほしかった。
共に支え合う『戦友だ』と言ってくれるだけでもよかった。
だけど、
「………」
ギャレットは心底鬱陶しそうな顔をし、ただ眉をひそめただけだった。
ギャレットにとって、シルヴィは即答出来る間柄はなかった。
それが、ギャレットの答えだった。
「……そう。分かったわ」
シルヴィの中で、何かがパチンと音を立てて切れた。
「シルヴィ……?」
「見て分かると思うけど私、回復してないの。その腕の傷は自分で治して」
「は? おい、何言って……」
「ほら! 帰った帰った! 病人にストレスを与えないで!」
ノーラが待ってましたとばかりに2人の間に割って入り、ギャレットの背中を押し出した。
「やめろ、押すな! お、おいっ! シルヴィ!」
「これ以上騒ぐなら院長に言うし、暴行されたって言い触らすわよ」
「っ」
ノーラが仮眠室のドアを閉め、ギャレットの声が遠ざかっていく。
仮眠室に静寂が戻った。
「……シルヴィ、大丈夫?」
ノーラが心配そうにシルヴィの顔を覗き込む。
シルヴィは天井を見つめたまま、しばらく動かなかった。
やがて、瞳からは大粒の涙が零れ落ち、枕を濡らしていった。
「大丈夫……じゃ、ない……っ」
「シルヴィ……」
「……もう、無理……無理よぉ……っ!」
「うん……うん、あんたはよく頑張ったよ、シルヴィ……」
シルヴィはノーラに上体を起こすのを手伝ってもらい、ノーラの胸に顔をうずめて泣き叫んだ。
ギャレットのために頑張ってきた。
ギャレットの“人を助けたい”という思いを信じていたから支えたかった。
だが、シルヴィの身を削るような支えは、ギャレットにとっては“当然受け取れる権利”に過ぎなかったのだ。
(……もう二度と……ギャレットのために私の治癒能力は使わないわ……)
ボロボロと涙を流しながら、シルヴィは一つの決意をするのだった。
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