2.偽りの善意と芽生えた不信感
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初夏の爽やかな風が街を吹き抜ける頃、シルヴィはギャレットに対して不信感を抱いていた。
(ギャレットの行いは、本当に“他人のため”なのかしら?)
ギャレットは他人の怪我を自分の身体に移す“治癒移行”を持っている。
以前のギャレットは“治癒移行”を終えた後、『助かってよかった』と相手に対して心から安堵していた。
しかし、最近のギャレットは“治癒移行”で慢心している気がした。
救った相手が感謝の品や謝礼金を差し出すと、以前のギャレットなら断っていたのに今では当然のように受け取る姿も目立つ。
シルヴィは『無償で行え』や『何も受け取るな』とは思わないが、度を越えた感謝の品や謝礼金は受け取るべきではないと考えている。
「シルヴィ、今日は貴族の息子だったんだぜ。俺が腕の骨折を“治癒移行”してやったら、かなり感謝された。これでこの街での俺の発言力が強まるはずだ」
診療所の裏手でシルヴィに治癒されながら、ギャレットは興奮気味に語った。
ギャレットの言葉にシルヴィは胸が締め付けられる。
「……ギャレット。あなた、相手が誰であるかを気にして“治癒移行”しているの?」
「は? そんなわけないだろ。ただ、影響力のある奴を助けた方が巡り巡ってみんなのためになるって話さ」
ギャレットは気まずそうに目を逸らしたが、シルヴィは不信感が消えなかった。
数日後、決定的な出来事が訪れる。
シルヴィは診療所の買い出しの帰り道、酒場の裏路地を通りかかった。
そこでは、ギャレットが友人である数人の男たちと酒を酌み交わしながら、大声で談笑していた。
普段の爽やかで誠実な面影はなく、ギャレットは酒に酔いしれ、下品な笑みを浮かべている。
「いやぁ~、ギャレットはすごいよな! 昨日も自警団の隊員の捻挫を“治癒移行”して、すっかり気に入られたんだろ?」
「へっ、あんなもん軽いもんさ。ちょっと足が痛むのを数時間我慢すればいいだけだからな」
友人の言葉に、ギャレットは酒杯をあおりながら胸を張った。
「だいたいさ、俺はなーんのリスクもないんだよ。どんだけ重い怪我を“治癒移行”したって、どうせシルヴィが治すんだからさ。俺はただ、相手の怪我を自分に移すだけでいい。怪我を移せば移すほど、俺の株が上がる。街の聖人様ってわけだ!」
「ギャハハ! 最高の彼女を持ったなぁ! シルヴィちゃん様々じゃないか!」
「まぁな。あいつは真面目だから俺が『人を助けたい』って顔しとれば、どんなに疲れてても必死で治癒してくれるんだよ。まあ、たまに文句を言ってくるのがうぜぇけど、適当に宥めておけばいいんだ」
ゲラゲラと重なる男たちの下劣な笑い声。
裏路地の影に身を潜めていたシルヴィは、手に持っていた買い出しの籠を強く握りしめた。
指先が白くなり、全身の血がスーッと引いていくのが分かった。
シルヴィの治癒能力は、ただ手をかざせば治るような簡単なものではない。
他人の怪我を治すたびに自分の体力が激しく削られ、酷い吐き気や激痛に襲われる。
それでもシルヴィが倒れそうになりながらも治癒し続けたのは、『他人の怪我を代わりに背負うギャレットを支えたい』という純粋な想いがあったからだ。
(私を……私の治癒能力を、最初から当てにしていただけなの……?)
ギャレットが“治癒移行”していられたのは、彼自身の強さや献身ゆえではなかった。
シルヴィという“無償で使える治癒師”が後ろに控えているからこそ、ギャレットは安全な高みから聖人の仮面を被って他人を助けるポーズを取っていたのだ。
自分の削られていく体力も、吐き気に耐えた時間も、すべてギャレットの身勝手なプライドと名声欲しさのために踏みにじられていた。
(ああ……私はなんて愚かだったんだろう……)
シルヴィは涙すら出てこなかった。
胸の中に広がったのは、燃え上がるような怒りではなく、凍てつくように冷めきった感情だった。
ギャレットは“治癒移行”の“真の意味”を分かっていない。
怪我を引き受けることの重みも、それを治すための代償も何一つ理解していないのだ。
シルヴィが影でどれほどの代償を払っていたか、ギャレットは考えようともしなかった。
(ギャレットは“治癒移行”した怪我を自然治癒で治す過程や痛みを経験しないとダメだわ。……もう、ギャレットを甘やかすのはやめにしましょう)
シルヴィはそっと裏路地を立ち去りながら、決意したのだった。
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