1.治癒能力と治癒移行
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シルヴィは高い治癒能力を持って生まれてきた。
シルヴィの掌から放たれる柔らかな黄金色の光はどんなに酷い怪我も治すことが出来た。
だがその代償として、治癒能力を使うとシルヴィの体力を激しく消費させ体調不良に陥った。
そのため、シルヴィは一日に治癒できる人数や怪我の度合いをしっかりと計算し、限界を超えないよう自制しながら街の小さな診療所で働いていた。
一方で彼女の婚約者であるギャレットは“治癒移行”と呼ばれる特殊な能力を持っていた。
“治癒移行”とは他人の怪我や病をそのまま自分の身体へと移す能力だ。
ギャレットの“治癒移行”を受けた者は怪我など何もなかったように元通りの状態になるのだ。
素晴らしい能力を持っているギャレットだが、致命的な欠陥が一つあった。
ギャレットには自分に移した怪我を治す治癒能力がないのである。
「ギャレット!? またそんな怪我を……! 今日はどうしたの!?」
「ああ、シルヴィ。屋根で作業をしていた男性が落下してさ。叫び声を聞いたらじっとしていられなくてさ」
ある日の夕暮れ。
診療所に転がり込んできたギャレットの右足は赤黒く腫れ上がり、不自然な方向に曲がっていた。
激痛に顔を歪め、脂汗を流しながらもギャレットの瞳にはどこか誇らしげな色が浮かんでいた。
「あなたはいつもそう……! 自分の身体に他人の怪我を移すなんて、どれだけ危険な行為なのか分かっているの!?」
「へへっ、いいんだよ。俺が怪我を移せば、あの男性は何事もなく家族が待つ家に帰れる。それに、俺にはお前がいるだろ?」
シルヴィは溜め息をつきながら、ギャレットの右足に両手をかざした。
シルヴィの掌から黄金色の光が溢れ出し、ギャレットの不自然に曲がった骨が修復し、皮膚の鬱血が引いていく。
治癒が終わるとシルヴィの頭に鋭い痛みが走り、膝がガクガクと震えた。
「……ふぅ、助かったよシルヴィ! やっぱりお前の治癒能力はすごいな! 一瞬で痛みが消えた!」
元気を取り戻したギャレットはシルヴィの肩を軽く叩く。
シルヴィは顔色を悪くしながらも、必死で微笑み返した。
(……他人の役に立ちたいというギャレットの気持ちは痛いほど分かるわ。自分が痛みを背負ってでも誰かを救いたいというギャレットの優しさに、私は惹かれたのだから……)
二人の婚約が決まったのは自然な流れだった。
他人の怪我を自分に移せるギャレットと、それを治すシルヴィ。
二人で協力すれば、より多くの人々を救えるはずだと周囲も期待し、シルヴィもギャレットが運命の相手であると信じて疑わなかった。
しかし、その思いやりと献身のバランスは少しずつ歪み始めていた。
ギャレットの“治癒移行”は、使えば使うほど周囲から感謝され称賛される。
「ギャレットは聖人だ」
「自分の身を削ってまで、我々を救ってくれる」
人々の称賛の声は、次第にギャレットの承認欲求を肥大化させていった。
そして、ギャレットが他人の怪我を自分に移す頻度は日に日に増えていったのである。
「ギャレット、お願いだから少しは自重して。私の治癒能力だって無限じゃないの。一度に大きな治癒をすると、何日も体調が戻らないのよ」
「分かってるってシルヴィ。でもさ、目の前で苦しんでいる人がいるんだぞ? 見捨てろって言うのか? お前だって治癒師なら、人を救う喜びが分かるだろ?」
「………」
正論のような善意の押し付けに、シルヴィはそれ以上何も言えなくなる。
自分では治癒できないギャレットの“治癒移行”の皺寄せは、すべてシルヴィの肉体と精神に蓄積していった。
シルヴィの顔からは笑顔が消え、目の下には消えない隈が刻まれるようになっていたのだった。
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