8.私の大切な相棒。
誤魔化すのは、やめよう。
そう決意したときだった——。
「ひゃっ!」
「ナディア院長!?」
突然、脚にひんやりとしたものが触れ、私は思わず悲鳴を上げた。
足元へ目を向けると――。
「えっ!?」
そこには、どうやってついてきたのか、院長室のテーブルの下にいるはずのルーがいた。
「ス、スライム!」
メイが悲鳴を上げる。
そしてリコは、近くに立てかけてあった箒を素早くつかむと、大きく振りかぶった。
「駄目――!」
私は叫びながら、咄嗟にルーへ覆いかぶさった。
「この子は敵じゃない! 私の……っ」
『ポイ貯め』では、“ペット”と呼ばれていたルー。
けれど、私にとっては――。
「大切な子なの! 悪さなんてしないから、乱暴なことはしないで!」
これまでのナディアを演じることも忘れ、必死に叫んだ。
リコは箒を振り上げたまま固まり、メイも目を見開いている。
二人とも、信じられないものを見るような表情で私を見つめていた。
誰も言葉を発しない。
かすかな風の音だけが聞こえる裏庭に――。
「ぷきゅ~?」
場違いなほど気の抜けたルーの鳴き声が響いた。
◇◆◇
「……ナディア院長は、【テイマー】だったんですか?」
「メイ!」
メイが疑問を口にすると、リコが強い口調で制した。
メイも自分の失言に気づいたらしく、慌てて両手で口を押さえる。
【テイマー】。
動物や魔獣、モンスターを使役することに長けた天職だ。
私がスライムのルーを抱えているのだから、そう思うのも無理はない。
ただ、この世界では他人の天職やスキルを尋ねるのは大きなマナー違反だ。
特に以前のナディアなら、こんなことを聞かれれば烈火のごとく怒っていただろう。
「ナディア院長、申し訳ございません!」
リコが再び深く頭を下げる。
それを見たメイも、慌てて桶の水から手を抜き、リコに倣うように頭を下げようとした。
「まだ、冷やしてないとダメよ!」
「え! は、はい……っ」
私に注意され、メイは再び桶に手を浸けた。
――志摩子としての記憶を取り戻した今の私には、天職やスキルについて話すことへの抵抗はない。
「私は【テイマー】ではないわ。でも、この子……ルーは、私の大切な子なの」
腕の中のルーをぎゅっと抱きしめながら、素直な気持ちを口にする。
「ぷっぷぷ~!」
ルーは嬉しそうな声を上げ、私の腕の中でぷるぷると体を震わせた。
そんな私たちを、リコとメイは目を丸くして見つめている。
二人とも、完全に言葉を失っていた。
すると、ルーが私の腕からぴょんっと軽やかに飛び出し、メイのそばへ近づいた。
「ぷー!」
「きゃあ!」
ルーの体から、にゅっと長い触手が伸びる。
その触手は、メイの赤くなった右手をそっと包み込んだ。
「あ……っ」
ひんやりとした感触に驚いたのか、メイが小さく息を漏らす。
けれど、すぐにその表情から緊張が抜けていった。
「ぷぷ~」
大丈夫だよ。
そう言っているかのように、ルーの鳴き声はどこまでも優しく聞こえた。




