42.それぞれの転生。
「ジルティアーナ様は……亡くなった?」
衝撃的な事実に、思考が混乱する。
じゃあ、ナディアも……?
でも、私は——。
「私は……前世の、日本で生きていた頃の記憶を忘れていただけだと思ってました」
おふたりが無言で私を見つめる。
私はそのまま続けた。
「二か月前までは、志摩子だったときの記憶なんてなく、ナディアとして生きてきたんです」
そうだ。
このファンタジーな世界の一員として、何の疑問も持たずに二十三年間、ナディアとして生きてきた。
だけど、二か月前のあの日——。
「私はただ、床に落ちていた紙に足を取られ……床に頭を打ち付けたんです。その瞬間、志摩子だったことを思い出して……」
たいしたことないと思っていたのに、実はあの瞬間に本来のナディアは死んでしまったのだろうか?
……そんなことありえる?
すると、前に座るジルティアーナ様がこてりと首を傾げた。
「あら、そうだったの?」
そしてリズ様に尋ねる。
「もしかして、転生にも色んなパターンがあるのかしら?」
「どうでしょうか。前世の記憶があるなんて……保守的なこの国では差別の対象になりかねません。記憶があっても隠すでしょうから、調査は難しいかと思われます」
ん? なんか、さっきと空気が変わった?
「ナディアさん」
「はい」
「ナディアさんは、頭を打った拍子に日本のことを思い出したのであって、死んだわけではないのね?」
「そうだと、思います」
室内で転んで、頭を床に打ったくらいで死んだとしたら、かなり運が悪いだろう。
……うん。たんこぶができただけで死んではいないはずだ。
「なーんだ。よかったー!」
ジルティアーナ様が背もたれに体を預け、両腕をあげた。
「ティアナ様、言葉遣いと態度が乱れてますよ」
「べつにいいじゃない。ここにはリズと、同郷のナディアさんしかいないんだから」
ジルティアーナ様はテーブルに肘をつき、「ねー?」と私に同意を求めてきた。
侍女のリズ様も上級貴族だと聞いている。
そんな彼女もいる前で「そうだよねー」と返す度胸はなかった。
「わたしはね、ジルティアーナが【成人の儀】を受けた直後に、ジルティアーナになったの」
【成人の儀】——ナディアの運命も変えた、この世界では誰しもが受ける儀式。
ナディアはあのとき、【ポイ活】という謎のスキルを得て、その使い道が誰にも分からず貴族の女性としては屈辱的な孤児院長という立場に追い込まれた。
そこで思い出す。
目の前の女性——ジルティアーナ・ヴィリスアーズ。
彼女の祖母は、元王女であり【聖女】だった。
その孫娘であったジルティアーナ様は、由緒ある上級貴族家の次期当主。
……だったはずだ。
でも、彼女も【成人の儀】で運命が変わってしまった一人であった。
ジルティアーナ様に与えられたのは、【ロストスキル】
【ロストスキル】とは、名前のとおりスキルが失われた状態。
平民でも【ロストスキル】であることが汚点となる。
優秀なスキルを得ることが、当然と思われている上級貴族。
その彼女が【ロストスキル】だったことは、当時すでに貴族社会から離れていた私の耳にまで入ってくるほどの大事件だった。
私が謎のスキル【ポイ活】を得たとき以上に、過酷だったであろうことが想像できた。




