36.ジルティアーナ様の専属。
街から少し距離がある場所に、そのお屋敷はあった。
敷地内に入り、広く手入れされた庭を抜け、正面玄関の前で馬車は止まった。
御者が扉を開け、踏み台を置いた。
フレイヤが先に降り、ヴィオレッタ様に手を差し出す。
その手を取り、ヴィオレッタ様がゆっくりと馬車を降りた。
……フレイヤが侍女として働いている姿は、とても様になっていた。
私もその後に続く。
馬車の外に出るとよりいっそう、潮の香りを強く感じた。
最後にリコが降りた。
「ヴィオレッタ様、お待ちしておりました」
声の方を見ると、若い女性が立っていた。
とても綺麗な方だ。
だが……思わず彼女の頭を見てしまった。
「こんにちは、ステラ」
ヴィオレッタ様が笑顔で挨拶をする。
フレイヤも彼女……ステラさんとは顔見知りのようで、「お久しぶりです」と声をかけ合っていた。
ステラさんの赤い瞳が、私とリコに向けられる。
「初めまして。ジルティアーナ様の専属を務めております、ステラと申します」
「え、専属?」
思わず、驚きを声に出してしまった。
しまった。
そう思うと同時に「院長!」とリコが小声で注意するが、もう遅い。
だって目の前にいるし……。
気まずい思いをしていると、ステラさんがにこりと笑う。
「気になさらないでください」
そうは言ってくれたが、いい気持ちはしなかったはずだ。
「失礼な言い方をして、ごめんなさい」
素直に謝罪をすると、彼女は一瞬大きな赤い目を丸くした。
だが、すぐ笑顔に戻る。
「びっくりしますよね。獣人が領主様の専属なんて」
「そんなこと……!」
否定しようとしたが、獣人が上級貴族であるジルティアーナ様の専属であることに驚いてしまった私が何を言えばいいのか、言葉に詰まってしまった。
「獣人と関わるのは、はじめてですか?」
「はい」
そう、ステラさんの頭からは大きなうさぎのような真っ白な耳がぴょこんと生えていた。
ナディアの知識で、この世界に獣人が存在することは知っていたが、こうして間近に見るのは初めてだった。
そして、もちろん日本には獣人なんて、存在しなかった。
だから彼女を目の前にして驚いてしまったのだが……そんなこと、当然説明できるわけもない。
「失礼いたしました、ウィルソールの孤児院長を務めております、ナディアと申します」
そして、リコを紹介する。
「こちらは孤児院を手伝ってくれているリコです」
「よろしくお願いいたします」
リコは丁寧に頭を下げた。
「ジルティアーナ様が中でお待ちです。ご案内いたします」
ステラさんを先頭に、屋敷の中を進む。
貴族の屋敷らしく、廊下には美術品や花が飾られていた。
けれど派手さをひけらかすようなものではなく、どれも落ち着いた雰囲気で、ジルティアーナ様のお人柄が伝わってくるようだった。
長い廊下を進んだ先に、重厚感のある大きな扉があった。
コンコン。
「はい」
ステラさんが扉をノックすると、女性の声が聞こえた。
「ヴィオレッタ様たちをお連れいたしました」
「どうぞ」
扉がゆっくりと開いた。




