16.みんなと一緒に。
「あれ、リコたちもう戻って――って、院長!?」
食堂に入ってきたリコに声をかけたロイだったが、後ろに私がいることに気づき、驚きの声を上げた。
ざわついていた食堂が、一瞬で静まり返る。
皆の視線が私に集中した。
どうしよう。やっぱり戻った方がいいかな……。
――と思った、そのときだった。
『わー、ひとがいっぱいいるぅ』
私の腕からルーがぷるんっと飛び出した。
床に着地したルーはそのまま、興奮した様子でぼいんぼいんと跳ね回る。
「ぷっぷぷ~!」
みんなが呆気にとられたように、ルーを見つめる。
そんな中、メイがすぐに駆け寄り、ルーを捕まえた。
「ルーちゃん!」
「ぷ~」——『ここなにー? ひろいおへやだねぇ』
耳には「ぷ~」という鳴き声しか聞こえないが、私の頭には『ルーのことば』が副音声のように聞こえてきた。
「ルーちゃん、ここはみんながご飯を食べる場所だよ」
「ぷぷ~」——『そうなんだー?』
「だから、大人しくしててね?」
「ぷー」——『わかったー』
メイには『ルーのことば』が聞こえないはずなのに、なぜか会話が成立していた。
そんな二人が可愛くて、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。
「……院長が、笑った?」
横にいたロイの口から、そんな言葉がこぼれた。
思わずロイを見る。
ロイは「しまった!」という表情を浮かべ、両手で口を押さえたが……。
ごめん、ばっちり聞こえたわ。
「ばか、ロイ!」
そばにいた、ロイより少し年上の男の子——マークが駆け寄ると、ロイの頭をぐいっと下げた。
「申し訳ございませんでした!」
そう言いながら、自らも頭を下げる。
ロイも横目でそれを見て、「すみませんでした!」と、大きな声で頭を下げた。
また空気が重くなってしまった。
どうしたものかと考えていると――。
「ルーちゃん!?」
「ぷっぷー!」
メイとルーの声が聞こえたと思った次の瞬間、ルーが勢いよくロイの頭に着地した。
「うわ、なんだこれ!」
「ぷ~」——『だいじょうぶだよー。なでぃあはおこってないよー』
みんなには「ぷー」としか聞こえない。
でも、私にはルーの気持ちがちゃんと伝わってきた。
……ありがとう、ルー。
ルーはロイの頭の上で、「ぷー!」とぽよぽよ跳ねる。
私はそんなルーを捕まえ、そっと抱き上げる。
頭の上からルーがいなくなると、ロイがそっと顔を上げた。
その視線と、私の目が合う。
「……あ」
気まずそうなロイ。
私はぎゅっとルーを抱きしめる。
……私も勇気を出さなきゃね。
「大丈夫よ、怒ってないわ」
「え……」
ロイが目を丸くする。
「私はみんなと一緒に食事をしに来たの」
私の言葉にリコが笑顔で頷く。
「はい、お昼ご飯にしましょう」
「みんなで食べよ!」
メイも嬉しそうに頷くと、私の腕の中からルーを抱き上げた。
「ルーちゃんもお昼ご飯まだだよね? 一緒に食べよ!」
返事をするような「ぷ~」というルーの声が響き、食堂の空気が少しだけ和らいだ気がした。
リコに促され、私は空いていた席へ腰を下ろす。
……とはいえ。
私の周りだけ、妙に静かだ。
ちらちらとこちらを見る子。
目が合うと、慌てて視線を逸らす子。
まあ、そうよね。
ずっと怖かった院長が突然、一緒にご飯を食べ始めたんだもの。
私はスプーンを手にとった。
少し遅れて周りの子どもたちも食べ始めた。
会話もなく、黙々と食べる。
……気まずい!
すると横からルーの鳴き声が聞こえた。
『なでぃあ、おいしー?』
「うん……」
「……院長、ルーちゃんとお話してる?」
ルーの向こう側にいたメイに聞かれ、ぎくりとする。
「え、ええ。まあ……なんとなく」
『ルー、ちゃんとしゃべってるよー!』
そんなことを言われても、みんなには「ぷぅ」としか聞こえていない。
思わず笑うと、今度はさっきよりも少しだけ、子どもたちの表情が和らいだ。
すると――。
「あの……院長」
小さな声が聞こえた。
見ると、少し離れた席に座っていた女の子が、おそるおそるこちらを見ている。
「なに?」
「……そのスライム、触ってもいいですか?」
私は思わず目を丸くして、それから笑った。
「ええ、もちろんよ」
「ぷー!」
ルーは嬉しそうに、女の子の元へ跳ねて行く。
女の子は、そっとルーに手を伸ばした。
「わ! 冷たい。でも気持ちいい~」
「ぷ~」
ルーも嬉しそうに目を細める。
そんなルーを見て、ほかの子たちもそわそわし始めた。
そして……。
「あの……院長! 俺も触っていいですか?」
ロイが緊張ぎみに聞いてきた。
私は笑顔で答える。
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます!」
ルーに駆け寄る、ロイ。
ルーはロイの頭に乗り、ぽよよんと飛び跳ねた。
……どうやら、ロイの頭の上が気に入ったらしい。
嬉しそうに跳ねるルーを見て、食堂のあちこちから小さな笑い声がこぼれる。
うん。
いきなり全部は無理でも、こうやって少しずつでいい。
今日は、その最初の一歩だ。




