15.怖い院長、やめます。
いつもどおり、『ルーのごはん』をあげる。
『おいしー! いつもありがとー、なでぃあ』
今までは、聞けなかった思いが返ってきた。
ぷるるんっと震えながらお礼を言ってくれるルー。
かわいいなぁ! と微笑ましく見ていると、扉がノックされた。
入室の許可をすると、いつもの二人。
リコとメイだ。
「おはようございます、ナディア院長。朝食をお持ちいたしました」
「ありがとう」
食事を机に置いたメイは、机の横でルーがごはんを食べていることに気づくと、笑顔で話しかけた。
「ルーちゃんもごはんなんだね!」
「ぷぷぅ~」
『うん、ごはんおいしいよー。めいー』
あれ?
そこで初めて気がついた。
『ルーのことば』って、もしかして……。
私にしか聞こえない?
ルーのいつもの「ぷぷ~」という声は耳から聞こえてくるのに、『ルーのことば』は耳ではなく、直接頭の中に響いているらしい。
やはりメイには、『ルーのことば』は聞こえていないようで、「今日もかわいいねぇ」なんて言いながらルーを撫でている。
メイは最初、私に怯えていたものの、あの火傷の一件以来、私にも笑顔を見せてくれるようになり、ルーともすっかり仲良くなっていた。
リコとメイの前でなら、素の自分でいられるから楽だ。
……でも、ほかの子どもたちの前では、私は今も“以前のナディア”を演じている。
◇◆◇
朝食を終え、しばらく経ったとき。
ふいにルーが話しかけてきた。
『なでぃあー』
ルーが、ぴょこんっと私の膝の上に乗ってきた。
『りこと、めいとはたのしそうにおはなしするのにぃ』
「ん?」
『ほかのこには、なんでおこってるみたいにしてるの?』
どう説明したものか……。
ルーの純粋な質問に、言葉が詰まる。
記憶を取り戻す前の私は、孤児院のみんなにとって“怖い院長”だった。
それなのに、ある日突然にこにこ笑って優しくなったら、不自然だろうと思ったのだ。
だから、少しずつ。
少しずつ変わっていけばいい。
そう考えて、今まで以前のナディアを演じてきた。
黙り込む私を見て、ルーがこてんと体を傾ける。
『ルー、ダメなこときいちゃった?』
ルーはスライムだから表情こそ分かりにくいけれど、いつもより体がとろんとしぼんでいる。
しょんぼりしているのが、なんとなく伝わってきた。
でも、ルーは何も間違ってない。
「ううん」
私は首を横に振る。
「駄目なことじゃないよ」
そっとルーを抱きしめる。
ルーは嬉しそうにぷるんっと体を揺らすと、私の胸に体を預けた。
「そうね。ルーの言うとおりだわ」
このままじゃ、良くない。
私は立ち上がると、ルーを抱きしめたまま孤児院長室の扉を開けた。
「ナディア院長?」
廊下にはリコとメイがいた。
「昼食をお持ちしたのですが……これからお出かけですか?」
メイは昼食が乗っているカートを押していた。
「メイ」
「はい」
「……あなたたちはこのあと、食堂で昼食を?」
「……え、はい」
メイは戸惑いながら頷く。
だが、リコは動じることなく一歩前に出ると、私に尋ねた。
「今日は、食堂でお召し上がりになりますか?」
「ええ」
リコがさらりと聞いてくれたおかげで、素直に答えることができた。
「……院長が、食堂に?」
メイが戸惑う一方で、リコは変わらぬ様子で続けた。
「メイ、本日は院長も一緒にお食事をされるそうよ。食事は食堂にお持ちしましょう」
メイはリコから私へ視線を移す。
私はそのまま頷いた。
すると、メイは目を丸くして――。
「院長が私たちと食べるなんて、初めてですね!」
嬉しそうに笑ってくれた。




