第7話 壮絶な修羅場に巻き込まれた?
「紗夜、あれがゲームセンターか?」
昼食時が近づいた頃、紗夜は俺を老舗の牛丼屋に連れていってくれた。
昼食を済ませたあと、俺たちはショッピングモールで時間をつぶしていた。
夜までここを見て回る予定だ。
途中、少し離れたところから聞こえる笑い声に気を引かれた。
そこには色とりどりの光を点滅させる機械や、ゲーム機らしいものがいろいろと並んでいた。
集まっているのは、ほとんどが若い人たちだ。
もちろん、子供を連れてきた大人も混じっている。
みんな笑顔で、幸せそうに見えた。
「そうだよ。行ってみる?」
「また今度にしよう。今夜どこに泊まるか、まだ悩んでるからな」
「……うん。じゃあ、また今度」
紗夜も鈍くはない。俺の言いたいことは、ある程度伝わっただろう。
紗夜は無表情で頷くと、俺の隣でまた店を見て回り始めた。
「紗夜、一つ聞いてもいいか?今夜泊まる場所のことなんだが」
泊まる場所については、実は前から一つ考えがあった。
ただ、改めて考えると、かなり無茶な案に思えて自信がない。
本当にやっていいのかどうか……
「何?」
「昼飯の前に、ものすごく大きな家具屋の前を通ったよな?」
「ああ、IKEYAのこと?テントかキャンプ用品でも買うつもり?」
「いや……お前はテントで寝るのに慣れてないだろうと思って」
「分かってるじゃない。あなたの言うとおり、ふかふかの布団がないと、畳の上でも眠れないから」
畳って、また何なんだ?
とにかく、今のところ俺の考えは合っているらしい。
紗夜は、少なくともそれなりに普通の環境で育った。
急にテントで寝ろと言われたら、慣れなくて眠れないだろう。
たぶんな。
昨夜、横になった途端に眠った姿を見ると、少し疑わしいけど。
「もし……閉店前に光学迷彩装置を使ってあの店に忍び込んで、一晩過ごすって言ったら、どう思う?家具屋なら、展示用のベッドもあるだろ?」
「頭、大丈夫?」
次の瞬間、相棒は心配そうな目を向けてきた。
いや……
馬鹿を見る目だ、これ!
「おい、俺は真面目に聞いてるんだぞ?」
「駄目に決まってるでしょ!私だって正気なんだから、頷くわけないじゃない」
「でも、それならふかふかのベッドで寝られるし、金も節約できる。いい案だと思わないか?」
「いいわけないでしょ!不法侵入だから!」
何を言っても、紗夜は頑として嫌がった。
「……分かった。じゃあ、もう一歩譲るしかないな。テントを買って、今夜は開けた場所で寝よう」
「嫌!それも嫌!絶対に眠れない!」
「今朝は俺たちが逃亡中だって言ってたくせに、お前も要求が多いな?」
「不安定な要素を取り除きたいだけ。眠れなかったら、明日の移動が遅くなる」
はいはい、お前の言うとおりですよ~。
はぁ……
ほかの方法を考えるしかなさそうだ。
「これから毎晩ネットカフェに泊まっていたら、お前の貯金が持たないかもしれないし……っ!?」
人混みの中から、殺気を帯びた視線が不意に俺たちへ突き刺さった。
全身の毛が一瞬で逆立ち、ぞくりとする感覚が首筋を這い上がる。俺は慌てて紗夜の腕をつかみ、自分の後ろへ引き寄せた。
もう片方の手を、服の下に隠したナイフに添える。
モールの中は人であふれていた。
誰もが前へ進むのに気を取られていて、俺の動きを不審に思った人はほとんどいなかった。
だが、問題はそこだ……
人が多すぎる。
誰だ?
どこから仕掛けてくる?
何人いる?
そのどれも分からない。
背筋が一気に強張る。紗夜も不安になったのか、無意識に俺の服の裾をぎゅっと握った。
「紗夜、まずはもう少し開けた場所へ行こう。こんなところで襲ってくるとは思わないが、敵がどこにいるか分からないのは気分が悪い」
「うん、任せる。案内して」
紗夜にも分かっているのだろう。
ここは人の流れが激しすぎる。
人混みに引き離されたら終わりだ。そう判断した紗夜は、すぐに俺の手を握った。
普段は「死んでも構わない」と言っているのに、こういうときは素直に協力してくれる。それなら助かる。
「屋外の庭園エリアに行く。離れるなよ」
「分かった」
走り出すとき、紗夜の不安を和らげようとしたのか、俺は無意識に彼女の手を少し強く握っていた。
——————
「はぁ……はぁ……」
「紗夜、大丈夫か?まずは水を飲んで、座って休んでくれ。警戒は俺がする」
「悪い。数分だけでいいから……」
紗夜は運動なら何でもこなす天才だが、あの殺気に圧されながら数分間全力で走れば、さすがに疲れ切る。
紗夜を座らせてから、俺は周囲の人混みを見渡した。
殺気はまだ消えていない。胸が苦しくなるほどだ。
あいつは間違いなくついてきている。
ただ、いつ仕掛けてくるのか分からない。
そう考えていた、そのとき……
「……あんた、私の妹を置いていったくせに、標的とはずいぶん楽しそうにやってるじゃない。ねえ?」
オルレイアと同じ灰青色の長い髪をした、大人びた装いの女性がサングラスを外し、俺と紗夜を険しい目で睨んだ。
……正確には、その視線は俺一人に向けられていた。
最悪だ。
向こうから俺たちの前に現れた彼女の目は、刃物のように鋭い。
今いちばん会いたくなかった人が、目の前にいる。
「……レオナ姉、聞いている話とは違うんだ。俺はオルレイアを捨ててない」
「あんたが任務を放棄したせいで、オルレイアはあんたを処刑させないために、上からの圧力に耐えながら必死に掛け合った。それで今は?次に失敗すれば、あの子は上に処分される。言ってみなさいよ。あの子を玩具みたいに使うだけ使って捨てたのと、何が違うの?」
なっ……
オルレイアが俺のために上に掛け合ったのか!?
「ま、待ってくれ、レオナ姉。俺は……」
「レオナ姉って呼ばないで!あんたにそう呼ぶ資格はない!」
レオナ姉の怒りはますます強くなった。
「うっ……」
どうすればいいのか、本当に分からなかった……
レオナ姉は昔からオルレイアをとても可愛がっていた。
異星の怪物が俺たちの星に侵攻する前は、俺もよくオルレイアの家へ遊びに行っていたから、レオナ姉とも自然と親しくなった。
そのうち、俺のことまで家族のように世話してくれるようになった。
ただ、今はもう俺を弟のようには思っていないだろう。
四十六号の次に俺たちが出会った【プロキシ】が、まさかレオナ姉だとは。
……いや。
レオナ姉に誤解されるのは構わない。
今、真っ先にすべきなのは、オルレイアのことを確かめることだ。
「落ち着いてくれ、レオ……レオナ……」
やっぱりこう呼ぶのは、どうにも慣れない。
「説明する前に、どうか教えてくれ。オルレイアがもう一度失敗したら上に処分されるって、どういうことなんだ?」
「ふっ……よくそんなことが聞けるわね。あの子は優しすぎるのよ。あんたが殺されるのを心配して、自分が責任を持ってほかの【プロキシ】を指揮し、あんたの後ろにいる標的を暗殺すると上に言ったの。あんたを生かしておけばまだ役に立つと必死に訴えて、処刑命令を出さないでほしいと頼んだのよ」
そこまで聞いたところで、俺の頭は真っ白になり、呼吸が一拍乱れた。
どうしてそんなことに?
あのとき、俺は確かに……
「あのときオルレイアには、俺が勝手に任務を放棄したせいだと、責任を全部俺に押しつけろと言ったのに。どうして……」
「あんた……シエン、まさか言わないわよね。オルレイアがずっとあれほどあんたを気にかけていたのに、あの子の気持ちに気づいていなかった、なんて」
彼女の顔から怒りの色が消え、氷のように冷たい表情に変わった。
レオナ姉は俺の答えがよほど気に入らなかったのか、呆れと軽蔑の入り交じった目を向けてきた。
「あの子は小さい頃から、あんたのことが好きなのよ。それも分かっていなかったの?」
「……」
そうだ。
それは、誰よりも俺自身が分かっていた。
ただ、彼女の好意に向き合わず、ずっと待たせていた。
「自分がいちばん愛している人が困っていたら、あの子がどうすると思う?」
「……」
「はぁ……だから、うちの馬鹿な妹は本当に馬鹿なのよ。あんたみたいな臆病な男の、どこがいいんだか……」
レオナ姉は顔を覆い、それ以上、怒りで言葉も出ないようだった。
俺も同じだ。反論の言葉が見つからない。
パァン――!
そのとき、頬を強く叩かれた。
え?
叩いたのはレオナ姉じゃない。
彼女も俺と同じように、その場で固まっていた。
「シエン、私は、今の関係に甘えながら、一歩踏み出す勇気もない臆病な人がいちばん嫌い」
紗夜だった。
彼女がこんなに怒っているのを見るのは初めてだ。
「相手の気持ちに応えなくても、今の関係をずっと続けられると思ってた?答えを出さなくても、彼女はこれからもあなたに優しくしてくれる。だから平気な顔で先延ばしにして、ここまで来たの?」
「……」
「彼女の気持ちを受け入れなくてもいい。でも、せめて真剣に向き合うべきだった。彼女を頼りながら、何も知らないふりをしちゃ駄目!」
痛いところを突かれた。
確かに俺は、人間関係に向き合うのが面倒で、このことをずっと先延ばしにしてきた。
「それは彼女の信頼を踏みにじって、好意を利用してるのと同じだよ!ずっと期待を持たせ続けるなんて、はっきり断るよりずっと残酷!」
「悪い……」
「どうして私に謝るの?謝る相手は私でも、この……レオナさんでもないでしょ?」
……そのとおりだ。
「あの……オルレイアのために怒ってくれるのはありがたいんだけど……ひとまず場所を変えない?」
紗夜がオルレイアのために怒ったことに、レオナ姉は少し面食らったようだった。
まったく予想していなかったのだろう。ようやく我に返り、場所を変えて話そうと提案した。
ああ……
紗夜が大声で俺を叱り、平手打ちまでしたせいで、周りの人たちが興味津々といった様子でこちらを見ている。
「うわ、修羅場か?」
「ママ、どうしてあのお姉ちゃん、お兄ちゃんを叩いたの?」
「浮気現場ってやつだろ?」
「……最低な男」
周囲からいろいろな声が聞こえてきたが、明らかにどれも俺一人に向けられた批判だった。
「……行こう、紗夜」
「……」
紗夜は返事をせず、不機嫌そうに俺とレオナ姉の後ろを歩いた。
通行人の視線からひとまず逃れるため、俺たちは近くにある別の、開けていて人のいない場所へ移動した。
まさか、最後にこんなことになるとは……
少なくとも今回は、自分を弁護する資格すら俺にはない。




