♰171 「舞蝶お嬢に執着したいです」
ショッピングモールの廊下で話すのもなんだからと、一緒にランチを取ろうとレストランへ入ることにした。
イタリアンなレストランでそれぞれが注文を終えたあとに、私の向かい側に座る月斗のお母様に挨拶。
「初めまして、雲雀舞蝶です。『夜光雲組』の組長の娘でした。月斗、もとい月と名乗っていた息子さんに大変お世話になっております。今、息子さんは私が名付けた”影本月斗”を名乗っています。挨拶しなさい、月斗」
「あ、はい。舞蝶お嬢の元にお世話になってます、母さん。今はお嬢が名付けてくれた影本月斗の名前を使ってるから、月斗って呼んで」
「あ、うん、じゃあ月斗ね」
実の親に挨拶をさせるのもおかしなことだが、逃亡生活中に名前を変えた月斗の今の名前を話すべきだろう。
私に従って挨拶をした月斗は、特に二年近くぶりの再会を果たした母親に対して、喜びの熱もない。平然である。
お母様もお母様で、名前が変わった息子に対して「そうなのね」という冷静なテンションで頷いた。
「私は月、いえ、月斗の母親のルナリーです。『夜光雲組』に預けた息子が、大変お世話になっております」
ルナリーって名前なんだ。じゃあ、月斗の元の名前も横文字なんだろうなぁ。
「事情は、概ね聞いています。この前、彼を襲った吸血鬼達がさらし首になったことで、心配になって会いに来たのですね?」
「……はい」
「王家関連から身を隠していたけれど、日本にいることはバレてしまいましたが……。ルナリーさんとしては、月斗を再び隠すために潜伏先を変えたいとお考えですか?」
「それはもちろん」
「それはやだ」
「は?」
母親相手だからか、月斗は子どもっぽく唇を尖らせて拒否した。
目を真ん丸にするルナリーさんの顔も、月斗に似ている。月斗は母親似だ。
「いや、だって……俺は立ち向かうって決めたし……お嬢にも手を出すってんなら容赦しないとも伝えたし」
「は!? 煽ったのか!?」
ギョッとするルナリーさん。
月斗は、確かに煽ったと言えるかもしれない。
「俺は舞蝶お嬢から離れない」
「? 何故だ?」
「えっと……それは……」
月斗の視線が泳ぐ。
隣のテーブルについている藤堂は、ニヤニヤしていた。ウザい。
オロオロと視線が泳ぐ月斗の顔が、徐々に赤くなっていく。アセアセしている。
これは喉を鳴らすのも時間の問題だな、と横から見上げていれば、とうとうアセアセしていた月斗は赤面したまま、ゴクリと喉を鳴らした。
「……」
「……」
「……」
時が止まる。
赤面している月斗と真逆で、ルナリーさんはわなわなと震えて真っ青になった。
あんぐりと開いている口を押さえようとしている右手も、プルプルと可哀想なほど震えている。
これから21歳の誕生日を迎えようとしている実の息子が、7歳の女の子に執着症状を出したのだ。そして離れないとも宣言している。
「月斗は、とてもよくしてくれますよ? 嫌なことはされていません」
ニコリと笑って、まぁまぁと宥めておいた。そんなに青ざめることはない。
悪い執着ではないことは、お知らせしておこう。
しかし、私とは初対面のルナリーさんは、幼い私のそんな言葉だけでは安心出来ないようだ。
プルプルと震える美女。
「舞蝶お嬢、口を挟んで申し訳ありません。ルナリーさんには、現状を詳しく話した方がいいのでは?」
隣のテーブルについている宮藤さんが、小さく挙手をして発言をする。
それもそうだと、『トカゲ』に情報を掴まれて、王家側の吸血鬼が刺客として来た話からした。
王家側の吸血鬼が、月斗の処刑を命じたが、『トカゲ』とは月斗の情報をもらって私を狙ったということ。
月斗の刺客と直接対決をして、返り討ちにした。その際に、月斗は命を狙うなら受けて立つと宣戦布告をしたこと。伝わったかはわからないが、月斗はそのつもり。
執着している私に忠誠を誓っていることも、しっかり話した。
その頃には注文した料理が届いたので、冷めないうちにイタリアンの料理をいただくことにする。
「それで、ルナリーさん。息子さんを引き取っていただけませんか?」
「黙りなさい」
宮藤さんが余計な口出しをしたから、厳しく言い放つ。
包み隠さず私の父親に報告をしている宮藤さんから、父が月斗を遠ざけろと言っていることを聞いた。私を危険にさらしていると父が激怒しているらしいが、知らん。
私の厳しい視線を受けて、宮藤さんは仕方なさそうに肩を竦める。
「お嬢の安全のためにも、息子さんの安全のためにも、離れた方がいいと思いますよ?」
「向かってくる敵は倒すしかない。もう決定したことです」
「そう聞きましたが、少なくとも吸血鬼の刺客に襲われる危険から遠ざけられますよね? ねぇ? 氷室先生」
賛同してくれそうな優先生に、宮藤さんは振った。
優先生だって懸念しているけれど、優先生も私に忠誠を誓っている。私に従う。
「舞蝶お嬢様が、すでに決定を下しています」
しれっと、優先生は表情を一切変えずに答えた。
宮藤さんに何を言われても、今更意見してこないだろう。
それは正式に私の下についた藤堂も同じ。宮藤さんに視線を向けられても、ギョッとして首を横に振った。自分に振るな、と言わんばかり。元上司的存在の相手だからか、珍しく余計な口を開かない。藤堂のくせに。
橘も同じような立場なので宮藤さんに対して気まずそうだけれど、藤堂と同じく首を横に振った。
七助さんも常盤くんも、私に忠誠を誓っている吸血鬼で、燃太くんも私に付き従う意志が固い。
月斗は言わずもがな。
誰も味方につけなくて、また宮藤さんは困った顔をして肩を竦めた。
最後に頼るのは、月斗の母親であるルナリーさんだ。宮藤さんの視線が彼女に戻るけれど、私はにっこりと微笑んで「ルナリーさん」と優しく呼びかけて気を引いた。
「よかったら、しばらく家に泊まっていきませんか? 息子さんがどう暮らしているか、見ていってください」
そう提案。
「私の元にいてもいいと思えるでしょうから」
自信満々に言っておいた。
「月斗もお母様と久しぶりに会えたし、話したいでしょ」
「え、はい」
「……」
「……」
反射的に頷いた月斗だったけれど、多分久しぶりの母親との再会でも、話したいことなど思いつかないのだろう。
ルナリーさんも目が泳ぐ。
吸血鬼親子の薄情さに、半分呆れてしまった。
本来、吸血鬼の情は薄い。
初めて会った月斗の私への対応は、お腹を空かせた幼い女の子への親切心。それさえも発揮しなければ、月斗と親しくはならなかっただろう。私と月斗は、他人だった。
私に執着するほどの感情を抱くことがなかった場合の月斗は、どうなっていただろうか。
塩対応……? いや、月斗の性格上、会えば優しく接してくれただろう。
けれど、きっと。毎食、食事を用意してはくれなかっただろう。気まぐれに与えてくれても。
デートと称して、外へ連れ出してくれなかったはずだ。
じっと右隣の月斗を見上げる。その視線に気付いた月斗は、目を丸めてキョトン顔。
「あ、このピザ食べます? どうぞ」
「あーん」
食べていたピザをひと切れ手にした月斗は、私に食べさせてくれた。
代わりに私の分のパスタを一口食べさせてあげる。
「美味しいですね」と微笑む月斗。
優しく目を細めて、甘く微笑む。魅力的な青年。
「美味しいね」と微笑み返しておいた。
ちょっとした息抜きにショッピングに出掛けてきたので、昼食後もルナリーさんを加えて買い物を楽しんだ。
ルナリーさんがこのショッピングモールに来た理由も、仕事あとの息抜きだったらしい。それから雲雀家に行く予定だったそうだ。
「お嬢様は買わないのですか?」
ショッピング中、月斗達の服ばかりを選んで買っていると、ルナリーさんが尋ねてきた。
「そうですね、そろそろお嬢様の服も買いましょう」
「今日はいいや」
優先生がそう言ってくれたが、今日はあくまで彼らのためと決めていたので、首を横に振っておく。
そんな私を見て、何か言いたげな表情になる優先生だけれど、気付かないフリをしておいた。
「いやー、ルナリーさんは美人ですね。ホントは月斗のお姉さんじゃないんですか?」
「吸血鬼はそんなものです」
他愛ない会話を振った藤堂だが、ルナリーさんは淡々と返す。
吸血鬼に、お世辞は効かない。お世辞抜きで、ルナリーさんは若々しく綺麗だが。
「ルナリーさんこそ、買わないのですか?」
「ショッピングする気分ではないので……」
色々あるのだから、そんな気分じゃないのはしょうがない。
一人息子は、命を狙われているし、7歳の女の子に執着している。気分じゃないだろう。
ルナリーさんの目は、私と月斗の繋いでいる手を、常に気にしている様子だ。
13歳差だもんなぁ……。かつ相手は、未成年。女児である。さぞ息子が心配だろう。
異常ではないことを、しばらく泊まっていってその目で確認してもらうしかない。
ショッピングを済ませて、ルナリーさんも一緒に帰宅。
燃太くんと常盤くんは、買い込んだ服類を抱えて帰った。
それは優先生達も同じなので、それぞれ自分の部屋に運んでいく。月斗も自分の分を抱えつつも、私についてくるので、一緒にルナリーさんに家の中を案内した。ルナリーさんが滞在中に使う客室も、教える。
「ゆっくりしていってくださいね」
「はい。お邪魔させていただきます」
そういうことで、一人住人が増えたのだった。
ルナリーさんは、グール討伐を生業にする吸血鬼だ。
日本滞在中も公安を通して、グール討伐の仕事を引き受けるので、せっかくなので同行した。
ルナリーさんと月斗に親子水入らずの時間を与えたいところだけれど、仕事先で『トカゲ』に襲撃された経験があるので、二人には出来ない。吸血鬼の刺客が来ては、二人ではキツいだろうということもある。だから、ルナリーさんと一緒に仕事へ。
通常一人で十分な仕事でも、大事を取って同行。ルナリーさんが狙われないって保証もない。
グールらしき出没情報を元に、討伐に出動。
『トカゲ』の動きは、静かなものだ。私達に関わることもなし、他でも術式の尻尾の先も見せない。
嵐の前の静けさではなければいいのだけれど。
グール討伐の仕事があった夜。
身体能力向上の術式を使って、「よっ」と高く飛んでいく。この術式を使えば、大人の身体能力だけではなく、吸血鬼の超人的身体能力に匹敵する。
高みの見物で、上から現状を把握したところ、グールの討伐はすでに吸血鬼組が終えたようだ。
燃太くんが「出番がない」とぼやいていたけれど、正直グール如きでは、私達全員参加は過分な戦力なのだ。かと言って、少数で出動して『トカゲ』の襲撃に遭っては困るので、こうして一同で動くしかない。
ルナリーさんは、私の術式による道具で戦う姿も見て、感心していた。
私がただの幼女じゃないとわかってもらえたようだ。
月斗との関係性も問題ないと、わかってもらえればいい。
月斗が学校にまでついていくと聞いた時は、物言いただったけれど、特に反対意見を口に出されていなかった。
「月斗。変わらず私のそばにいるけれど、ルナリーさんと話をしたの?」
「え? してませんけど」
「ちゃんと納得してもらえた?」
「ん~、どうでしょう。でも反対されても、母さんが俺を連れ歩くわけにも行かないですし、現状維持がいいじゃないですか」
話しても無駄でしょ、と言わんばかりに月斗は答える。
薄情だ。吸血鬼って奴は。
「ルナリーさんは、今まで大丈夫だったけれど、これからはどうなることやら」
「母さんは点々としてましたからね。今まで通りでも大丈夫じゃないですか?」
「薄情だね、月斗」
「そうですかね」
あまり母親の心配をしていない月斗に、冷静に言ってみるけれど、責められているわけじゃないので、首を捻るだけ。
その薄情さを私に発揮していたら、こんな関係にはならなかったのだろう。
なんだか、月斗の意外な面を見ることになって、たらればな想像をするようになった。
「ねぇ、月斗。もしも月斗が、私に執着しなかったら?」
「え、嫌です。舞蝶お嬢に執着したいです」
即答。ヤンデレ吸血鬼は、自分がヤンデレしない世界線は嫌だそうだ。
舞蝶ちゃんに執着しない月斗の世界線は、作者も認めない。
同意するならリアクション、ポイントをください!
2026年4月24日





