♰172 夏休みの旅行。
――――なんでこうなったんだろう。
「ふむ……娘もいいな」
私は、不思議に思った。
ルナリーさんに青みがかった長い黒髪を、クルクルにカールされている。カーラーを片手に、私の髪を撫でつけるルナリーさんは、しみじみ思ったことを口にした。
いつものように月斗が私の髪をセットしようとしたところに、ルナリーさんがやってきて自分でやらせてほしいと言ってきたので任せたのだ。そうしたら、ゴージャスに全体的にカールされたのである。
息子を一人で育てた経験しかないルナリーさんは、小さい女の子の世話をして感動した様子。
あまり表情が変わらないルナリーさんは、目をキラキラさせて私の頭をなでなでし続けた。
「ありがとうございます、ルナリーさん。えっと、今日も暑いのでポニーテールにしてもらってもいいですか?」
「母さん、このリボンで出来る?」
「それくらい出来る」
私が遅れながらリクエストすると、月斗がリボンを選んでくれて、ルナリーさんに手渡す。ラメが散りばめられた黄色リボン。それでルナリーさんは難しくないからとやってくれた。
すっかり暑くなったから、一本に高くくくっておきたい。なんなら、お団子にしてもらってもいい。
キュッとリボン結びをされて、綺麗に整えてもらえた。
季節は、もう真夏。学校は、夏の長期休暇に入った。中学生組が、我が家に入り浸っている。
我が家に、吸血鬼が四人。うち一人は、特殊な吸血鬼。
「おはよう、みんな」
同居している一同と挨拶をして、朝の食事を一緒にリビングでとる。
「徹くんの予定が合うといいね」
「最悪、風間さん抜きで遊びに行くの?」
今日はリビングで布団を敷いて泊まった燃太くんは、寝癖がすごい。鮮やかな赤い瞳を、ぽけーと細めている。半分寝惚けているようだ。
「徹くんを抜きにしちゃうのは、嫌だなぁ……。徹くんも一緒がいい」
「本人が聞いたら、大喜びしますねぇ」
公安の仕事で忙しい徹くんの予定が合わないのはしょうがないが、出来れば一緒に遊びに行ってほしい。
また襲撃対策のため、行き先は決めてないけれど、海か川遊びをする予定なのだ。
徹くんがいないのは寂しいし、仲間外れにしたくない。
藤堂は「お嬢の水着姿ではしゃぎそう」と、想像して苦笑を溢していた。
私も、水着姿を見てカメラを連写する徹くんを簡単に想像出来る。そして、行けなかったら涙声で嘆くだろう。いっぱい働いているのに、休めないなんて可哀想だ。私の水着姿でもいいなら、癒してあげたい。
「七助さんも、水遊びしたいでしょ?」
「え? いや、水遊びは……俺は涼むだけでいい」
記憶のない七助さんに振ってみれば、大人だからなのか、苦笑いで水遊びをやんわりと拒まれた。
そんな七助さんはさりげなく、首輪を触る。爆弾の首輪。それがついていては、遊んでいられないのだろうか。いや、あってもなくても、遊ぶつもりはないのかな。
「サーくんは遊びたいよね? キーちゃんと一緒に」
――うん!
リビングのテーブルの上で、同じく朝食の花をキーちゃんと一緒に食べているサーくんは頷く。
キーちゃんも、はしゃいで尻尾の先を振り回した。
七助さんには、サーくんも懐いている。七助さんも可愛がってくれていた。サーくんが水遊びをしたいなら、きっと七助さんも相手をするしかないだろう。サーくんにもキーちゃんにも、七助さんと水遊びするようにけしかけ……げふんげふん、提案しておく。
「ルナリーさんも、水遊びで涼みましょう。水着はありますか?」
「ないです。ないままで、問題ないです」
ルナリーさんも、水遊びをする気がないようだ。
唯一の大人の女性で、目の保養なのに。
……藤堂以外が、ルナリーさんの水着姿に釘付けになるかはわからないけれど。
いや、美女のルナリーさんの水着姿なら、どんな年齢の男性も目の保養だろう。……だよね?
今まで私だけが女の子で、蝶よ花よと可愛がられたから、ちょっと他の女性に目を向ける想像がしずらい。私はチヤホヤされているお嬢様である。
月斗なら、母親の水着姿に見惚れたりしないだろうし、なんなら私の水着姿に徹くんと一緒に大はしゃぎ通しになるだろうな。スマホを連写する二人が目に浮かぶ。
徹くん、来れるといいね。
そう思っていたら、その日のうちに徹くんがやってきた。
「休み勝ち取ったり~!!」
「よかったね、徹くん。いらっしゃい」
「舞蝶ちゃんの水着姿~!」
「ゴホン。あからさまですよ、風間警部」
「おっと失礼」
私に飛びつく徹くんのにやけ顔を冷めた目で見る優先生の指摘で、徹くんは姿勢を正す。
しかし、抱き上げた私は放さない。
夕食を一緒にして、休みを勝ち取った徹くんと一緒に旅行の予定を立てた。
一番近場な千葉の海に行く。夏休みということで、通常なら混むだろうとは予想がついている。だけれど、徹くんがプライベートビーチ同然のスポットを知っているので、そこにしようということになった。
そこで橘がバーベキューをしたいと言ったので、海の幸も焼き上げるそうだ。
ホテルの部屋も、抑えられるとのこと。人数も多いので、車は二台で移動。
運転するのは、優先生、藤堂、橘、徹くん。順番で交代するそうだ。
宮藤さんも運転すると言ってくれたが、彼はあくまで私の護衛なので、優先生が却下した。
ちなみにルナリーさんと月斗は、この国の運転免許証を持っていない。吸血鬼の王国ではあるそうだ。
「不便だね、月斗」
「そうですかね?」
「ドライブデート出来ない」
「ッゴクン!」
「させませんよ? 二人きりのドライブデートなんて」
「厳しい」
ドライブデートについてなんとなく言ってみたら、月斗は真っ赤になって喉を鳴らしたが、優先生がびしっと釘をさしてきた。現状、二人きり行動なんて許されるわけがない。言ってみただけである。
旅行当日。
私が乗った車は、最初、優先生が運転して、隣の助手席に徹くん。
後ろに私とキーちゃん、サーくん。それから月斗と宮藤さん。残りは、もう一台。
そんなもう一台に乗っている藤堂から、徹くんに電話がかかった。
「尾行されてる?」
おっと。不穏な単語が出た。
せっかくの旅行だというのに……。
まぁ、最近は『トカゲ』も大人しすぎた。そろそろ尻尾を出してもおかしくない。……『トカゲ』ではないかもしれないけれどね。王家の配下の吸血鬼かもしれない。
旅行に出掛けているとはいえ、油断はしていないので、いつでも戦闘準備は万全だ。
ただ、相手がどれほどいるかわからないため、別行動はしない。
予め決めていたルートで、二台揃って走行しながら、撒こうとした。
「撒けたみたいだよ、舞蝶ちゃん」
後ろの車からの報告を伝えてくれる徹くん。
「気を緩めずに移動を続けよう」
「了解です」
〔了解です〕
運転中の優先生も、電話で繋がっている藤堂も返事をした。
旅行中だけれど、何者かが追ってきているので、警戒心を緩めない。
右隣の月斗は、目を鋭くさせて後ろを気にしている。王家の配下の吸血鬼かとピリピリしているようだ。
私は、そんな月斗の膝に頭を乗せた。
「あ、眠くなりました? お嬢」
「頭撫でて、月斗」
「……はい」
気を緩めないで、と言った矢先に、膝枕してもらっている私を、誰も咎めない。
月斗は微笑んで私を見下ろしながら、そっと頭を撫でてくれる。
「舞蝶お嬢。自分の膝の上に足を伸ばしても大丈夫ですよ」
宮藤さんが声をかけてきた。
「遠慮します」と断っておく。
「姿勢、つらくありません?」
「大丈夫です」
「そうですか、それならいいです」
にこやかに言葉を返す宮藤さんは、そつなく気を遣ってくれるが、私はあまり甘えない。
護衛とはいえ、宮藤さんは部外者だ。こうして、旅行に同行しているけれども。気を許してはいない。
正直、まだルナリーさん達に話して、月斗を私から離す説得を試みているらしい。うざい。
まぁ、あの父に危険を取り除けとせっつかれているのだろう。しょうがないとも言える。
「旅行を台無しにされないといいけれど」
「そうですね」
なんて話していたけれど、途中休憩タイムを挟んでのコンビニの駐車場に停まって降りた時のこと。
各自、順番にトイレに行ったり、飲み物を買ったり、背を伸ばしたりしていたが。
「お嬢、尾行の車です」
懐に手を忍ばせながら、藤堂が耳打ちをした。
撒いたはずの車が、追い付いてきたようだ。そして平然と同じ駐車場に停まったという。
その車は、スモークガラスの窓で乗車している人物は見えなかった。
こんな街のど真ん中のコンビニで戦闘は避けたいが、相手が殺しにかかってくるのならば身を守らなくては。認識阻害の『術式結界』を張れば、一般市民に視えなく出来るが、あくまで視えなくするだけで、怪我を負わせる可能性がある。それは避けたい。さて。相手はどう出るか。
それぞれ密かに武器に手を添えて、戦闘準備をして視線で合図をすると、徹くんが一人でその車に近付いた。お守りを持たせているので、不意打ちを喰らっても、大丈夫のはずだ。
「すみません。こういう者ですが」
笑顔でスモークガラスをノックして、警察手帳を見せつける徹くん。
私は『術式結界』を張るなり、攻撃をする構えをした。
スモークガラスが下りる。
中にいたのは――――。
月斗のマンマと旅行へ。
そこに乱入するのは……!?
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2026/04/25





