第三話 YouTuber
「尊ちゃん、これどう?」
中村杏梨がそう言うと、ノートパソコンの画面を俺へと向けてきた。
YouTubeの『投稿』に掲載する文章が、びっしりと書かれている。
俺はその文字に、目を走らせた。
「……いいね。ペンション殺人事件、ね。名前はどこにでもあるけど、いいんじゃないか?」
「今回も尊ちゃんのために、頑張っちゃいました!」
登録者数が後、少しで百万人に到達する。
その大台を突破するために、とある仕込みを行っていた。
「ついでに、これを付け加えといて。『必ず死体の前で目が覚める』、と『捕まったら連れ去られる』って」
そう言うと姉の杏梨は、嬉しそうに頷いた。
姉なんだけど、妹のように童顔で懐っこい。
よく、本当に妹とも勘違いされることもあった。
「ちょっと、動機が私的にはイマイチだけど——えい!」
カチリと言う音と共に、姉が作ったヤラセの文章が投稿された。
とある殺人事件の調査。
刑事と市の職員が、ペンションに訪れて、金銭目的で刑事を殺害。
その彷徨った霊が——
ってな感じ。
「尊ちゃんは準備できた?」
「ああ、もちろん。今回は生配信じゃないから……気楽でいいや」
中村尊こと俺は、今や時を駆け抜けるYouTuber。
心霊分野ではトップクラスの知名度がある。
たまたま適当に投稿した、心霊動画がバズって、そこから一気に名前が広がった。
姉も毒親から離れたくて、俺の家に転がり込んでこうやって二人で動画投稿で金を稼いでいる。
ニート様々だよ。サラリーマンざまぁ。
俺は、お前らより稼いでいる。
このまま、親よりも金を稼いでやるわ。
あのクソみたいな親……なんでもかんでも押し付けやがって。
ようやく、離れることができたんだから、俺はここから成り上がってやるよ。
姉もそう思って俺の家に転がり込んできたんだからな。
二人で、あいつらの鼻をへし折ってやるわ。
なんて、思ってるけど本人の前では決して言えない。
心の中では最強でも、現実は……。
「それじゃ、出発しよっ! 今回も実況は任せてね」
口下手な俺に変わって、姉が毎回実況を担当してくれる。
俺はカメラマンと編集に集中する。
それに、こう言うのは男よりも女が出る方が視聴率が稼ぎやすい。
「えっと、まずはインタビューだね。偽の、だけど」
可愛らしい声で杏梨がそう言った。
ただ、その笑い方は血縁者と言えど擁護できないくらい口元が吊り上がっている。
「町田(仮名)って名前にでも、しとこ」
だいたいの人間は、金があれば何とでもなる。
特に顔も撮らないし、音声も変えると言えば安い金で雇える。
後は、こっちで書いた台本を読ませるだけ。
「と言うことで、尊ちゃん、さっさと済ませてしまいましょう——」
————
インタビューは簡単に終わった。
ついでに、今回の雇った人物に友人を呼んでもらって、さらに別の台本を読ませた。
一人は五味秀一と言う役。
もう一人は権藤渚沙。
この二人には死体を過去に埋めたことがある、と言う設定。
五味秀一と言うのは、とある組織の一人で汚れ仕事を請け負っていた、なんてことにしたけど。
ん〜、これはボツかな。
ちょっとやり過ぎてリアリティがない。
なので、町田(仮名)の人のインタビューだけにしようか。
「——ありがとうございました!」
杏梨がにこやかに笑って、そう三人にお礼を述べる。
俺はカバンから茶色い封筒を渡すと、向こうも悪い笑みを浮かべた。
「それでは! 失礼しますね!」
ちょろいもんだぜ、と付け加えた杏梨の足取りは軽い。
鼻歌を歌いながら、杏梨と俺は車に戻った。
こう言った撮影は慣れていた。
それこそ何百と動画を撮影して、アップする。
今回もそんな感じ。
簡単な編集と撮影。
それだけで、何十万と金が手に入る。
それと、いろんな人からの"いいね"や、投げ銭は承認欲求を満たしてくれるのだ。
——最高っ!
そして、夜になるのを待って、俺達は目的のペンションへと到着した。
「これ……今までと違って、なんか」
車の中から見ているだけなのに、ペンションから放たれた異様な空気は車内の空気を一気に冷たくする。
夏場だったのに冬のように寒く、杏梨は両腕を反対の腕で撫でていた。
——コン、コン
突然、運転席の横の窓が叩かれた。
青い服、警察。
「——ちっ、マジかよ」
杏梨が放った舌打ちが響いた。
「出てきて……ください」
警察が静かに言葉を、かけてきた。
許可なんてしていない。
これは、また出直しだわ。
そう観念して、俺は運転席のドアノブに手をかける。
警官が一歩後に下がると、俺は一気に扉を開いた。
「……すいません。帰ります——」
顔を合わせたくなかったから、下を向いてそう呟きながら車を降りる。
「——はぁ?」
そんな間の抜けた、声が漏れた。
自身の顔を動かして周囲を見渡す。車の周りもぐるっと一周して見たが——いない。
「これ、今の警察の足跡……だよな」
ただ、その痕跡だけは残っていた。
「……杏梨」
車内に戻ると、彼女も驚いたように大きく目を見開いていた。
これまで、ちょっとした心霊現象は味わったことはあったが、ここまではっきりとしたものは初めて見たのだ。
大抵、気のせいとか、勘違いを大袈裟に編集すればそれで済む。
クソ! カメラ回しとけば良かった!
撮れ高を逃したイラつきで、心の中の俺が苛立った声を上げる。
こうなったら、なんとしてもスゲー奴を取らなきゃ気がすまない。
「尊ちゃん……ここ、さすがに不味いんじゃ、ない?」
珍しく彼女の瞳の奥が怯えているように見えた。
「杏梨、ここまで来てそれはないだろ? しかも、今の見ただろ!? やばいじゃん」
自然と口調が早くなった。
「でも、なんか私……」
「——来た、のォ。不法侵入、ハッ、、見」
姉の声に重なるように聞こえる、男の声。
それに気づいた杏梨が口を閉ざすと、チグハグな声だけが車内に広がる。
視界の左側に薄っすらと見える影。
俺は杏梨を見つめたまま体が、動かない。
姉も同じだ。
——ニチャ、にチャ、にちゃ
何かを食べるような咀嚼音。
耐えきれず、目を横にゆっくりと動かす。
ぐちゃ、くちゃ、にちゃ。
右目には——眼球がない。
その光景に声を漏らすことすら、できなかった。
指先を自身の左目に突っ込むと、くり抜くように中身を取り出した。
それに口に放り投げると、また、にちゃにちゃと汚い音がする。
両目から流れる血液が車内を汚し、そいつの喉元がなると俺の顔を覗き込むように近づいた。
瞬間、俺は恐怖に負けて目を——閉じた。
次に開けると、さっきの警官はどこにもいない。
呆然とする杏梨と目があうと、彼女の歯がカチカチとなっていた。
縮こまる彼女を尻目に、急いで撮影の準備にとりかかる。




