第四話 ペンション
「皆さん、こんばんは、こんにちは、お疲れ様、にゃんにゃん——にゃ〜ん……」
と、いつもの撮影の挨拶をした杏梨だったが、どうもテンションが低い。
いつもなら、このまま話を続けるのだが、挨拶してから話が続かないようだった。
俺はジェスチャーでそれを伝えると、ハッとしたように口元を動かした。
「ごめん、なさい。ちょっと今日は、私……本当にビビっちゃって。ここ、本当に——やばいんです」
なんとかいつものように話すが、歯切れが悪い。
でも、それだけリアリティがあっていいかもしれないと、俺はカメラを回し続けた。
「さっさと撮影を切り上げたいんで、その話は後で話しますね」
本音を交えながら話す杏梨に親指を立てて、そのまま続けて、と合図する。
「はぁ〜、カメラ担当の兄が凄いやる気満々なんですよ、これが。まぁ、それは置いといて、ここは某県にあるペンション。何が起こったかは、YouTubeの投稿を確認してください」
杏梨がツラツラと説明するのに合わせて、俺もカメラを向ける。
光源が一つもない、ペンションは俺達を闇に引きずり込もうとしているように見える。
「そして、ここ。ちょうど私達が立っている場所。ここに遺体が埋められていた……らしいです」
そう杏梨が説明して、地面を指さす。
「かつて、女子大生が酷いことをされて、殺されて埋められた。まさに、この下に」
今度はカメラを下に向ける——
「それの調査に来た、刑事と市の職員。その刑事もここで市の職員に殺……尊ちゃん」
なんだよ、、、これ。
——おぇっ。
「——う、おえ、、おええ、、、」
カメラを覗くとそこには死体が、ある。
その場で吐き散らす俺に、杏梨は怯えて近づいてこようともしない。
「ちょっ……尊ちゃん汚い」
臭い、臭い——腐い。
初めて嗅ぐけど、これは腐った死体だと言うことが分かった。
「もう、いい加減にしてよ。私は本当は、帰りたいんだからね!」
「——お前もこれを覗いてみろ……よ」
そう言って俺はカメラを差し出す。
姉は足元に吐瀉物がないことを確認して、そろりと近寄ってカメラを受け取った。
「なに——?」
そう覗いた瞬間、嗚咽と共に胃をひっくり返す。
杏梨にも見えたようだ。
鼻水と涙目で顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺にカメラを渡してきた。
「ここ……本当にやばい、よ。ねぇ!
帰ろうよ!」
杏梨は泣きそうな顔で懇願するようにそう言うが、俺は口元を押さえながら顔を横に振る。
こんな、撮れ高はないぞ。カメラだけに映る死体。
匂いまで分からないのは残念だけど。
これを投稿すれば大金が——手に入る。
——絶対にこのチャンスは逃せない。
姉の絶望に染まった顔を俺はカメラに収めて、中に入るように促した。
◇
「中も……凄い、ですね」
杏梨の声は胃液で焼かれてガラガラとしていた。
さっき見えた死体はいつの間にか消えていた。
何度カメラを覗いても、それは見えない。
嫌がる杏梨にも、無理やり覗かせたが一緒だった。
息を止めてもう少し撮影しておけば、そんな後悔が腹の中でぐるぐるしていた。
今は小さく縮こまった杏梨の背中を映している。
「この廊下、危ないですね。慎重に歩かないと怪我して——」
杏梨が突然なにかに躓いて転んだ。
「おい、大丈夫かよ?」
——ビクッ、びクッ
杏梨の体が飛び跳ねるように痙攣して、ピシャリと動きが止まった。
「なぁ、冗談は言いからさ。早く——」
簡単に言うと、これ、恐らく、杏梨は——死んだ。
心の声すら同様を隠せない。
無理やり体をひっくり返すと、ニュルッとした透明の液体の後に血液が小さい穴から漏れてくる。
——嘘だ。
床から突き出ていた釘が、目に突き刺さったようだ。
ニュルッとした液体が尖った金属から垂れていた。
さっきまで普通に話してたのに。
どうして、どうして。そう言っても、杏梨が反応することは——二度とない。
俺はその場にへたり込む。
たまたま転がったライトが杏梨の顔を照らすと、酷く——笑っていた。
「——ひっ!」
姉の足元には、外で見た顔が噛みついていた。
体は、、ない。
こいつが姉を——殺した。
その瞬間、カメラを放り捨てて俺は走った。
後に引き返せばいいのに、その時の俺はそこまで頭が働かなかった。
とにかく急いで、この場から離れないと。
姉とさっきの顔。
どっちも悪意に満ちている。
階段を駆け上がり、左へと走っていく、
ライトが大きく上下して、廊下のあちこちを照らしていた。
「……はぁ、はぁ」
管理人室と書かれた部屋。
俺は迷わず中に、飛び込む。
やばい、やばい、やばい。
このペンションはただ倒産しただけで、いわくなんて何もないのになんで。
あの時、車で帰って入れば。
ガタガタと俺の体が勝手に震える。
——管理人室……ましたね。
女の声だった。
ギィっと、魔女が鳴いたような音がした。
外の空気が入ってくる。
二つの黒い影。
顔も何も見えない。
ただ——黒い。
最初に入ってきた男がドサリと倒れる。
音は何もしない。
後から入ってきたもう一つの影は、それを見下ろすように見ていた。
動け、動いてくれよ。
その場から走り去ろうとするが、金縛りにあったように足が言うことを聞いてくれなかった。
すると、ぐりっと立っていた影が俺を見た。
眼球はないのに、目が合ったことが分かる。
口がないのに、息遣いが聞こえる。
足音もしない。
そいつがぬっと顔を寄せてくる。
「私たちを生んでくれて——ありがとう」
◇
——栃木県那須町の廃墟にて、男女の遺体が発見されました。
二人はカメラを所持しており、一人は事故死のもよう。
もう一人は、中庭で遺体で発見されました。
警察は事件、事故、その両方で捜査を進めております。
証言者、町田氏
「やっぱり、人の噂って何か力があるんですかね? みんなが何かいるって思えば、何もなくても——怪異が生まれるのかもしれません」
彼は、そう苦笑いを浮かべながら話した。




