推しカプは尊いものです!
「静流、来たぞ」
教室に静流の幼馴染ことけんちゃんが来た。相変わらずの怖い顔で角田を睨みながら静流の席に近づいていく。
「なに?けんちゃん……私は婚約を破棄する気はないわよ……」
「……親父さんのためか?」
「……違うわ」
静流の返事は誰が聞いても嘘だと分かっていた。しかし、彼女は決して婚約を破棄するつもりはなかった。まさに二人は思いあいながらも引き裂かれようとしていた。
「うんうん!いいね!盛り上がってきてるね!あ、けんちゃんさん椅子どうぞ」
「うん?あ、ああ。サンキュ……て、なんでだよ!?」
ついついあまりに自然な入り方だったために流されてしまったけんちゃんだが、静流の婚約者でけんちゃんの敵のはずの角田が何故かけんちゃんを歓迎するように椅子を差し出していた。
「お、お前は俺の敵だろ!?」
「まあ、まあ。とりあえずこの缶コーヒーでも飲んで落ち着いて?」
「お、おう。ありがと……じゃなくてだな!?」
「え、コーヒーは飲めなかった?ごめん。じゃあ、これ飲んで」
そう言って角田は手にもう一つ持っていたミルクティーを渡す。
「そうそう、俺は甘党だからな……いや!違う!」
「わあ、けんちゃんさんはノリがよくていい人だね?そこも好きなの?」
「そうなの!けんちゃん見た目に似合わずノリがよくて楽しい人なの!……あ」
好きな人のいいところを理解してもらえた。その喜びによって静流は興奮してしまいつい恋する乙女が顔をのぞかせていた。
※静流はけんちゃん推しでありlikeではなくloveなのであった。
「静流、お前まで奴の勢いに飲み込まれてどうすんだ!」
「ご、ごめん。けんちゃん、でもけんちゃんのいいところ分かってくれる人少ないからつい……」
静流は少ししゅんとして肩をおとす。
「い、いや。まあ……言い過ぎたすまん」
「けんちゃん……」
二人とも完全に他人を寄せ付けないまさしく二人だけの空間を作り出していた。クラス中が「は?はよくっつけよ」と思うほどに二人の醸し出す空気はもはや恋人のそれと違いはなかった。そして、それに感銘受けた人物たちが三人いた。
(((いいなー僕(私)もあんな恋愛したいな)))
奇しくもいつもすれ違う角田、穂乃果、望の思考が一致した瞬間だった。基本的に三人とも理想の恋を探し求めてるチェリーボーイとチェリーガールだった。
※まあ、そのせいでとんでもないことになったけどな。
そして、角田はこの二人を見てさらに確信する。
(あれ……なんだろうこの感情は……)
心に不思議な感情が芽生えていた。静流には幸せになってほしい。それが角田の推し活。しかし、その相手はけんちゃんであってほしいと思う。
「え……これって……」
特定の二人のカップリングを推したくなるこの感情。つまり……推しカプ誕生の瞬間だった。
それを自覚し角田は猛烈に興奮した。
※もはや変態以外の何者でもありません。
「二人とも!聞いて!」
「「え?な、なに?」」
急に角田が大きな声でけんちゃんと静流に呼びかける。二人は次はどんな発言が飛び出してくるのかと心臓を震わせる。この地点でけんちゃんも静流も嫌な予感が脳裏に駆け巡っていた。しかし、角田は二人の予想など大きく超える漢だった。
「僕、二人の公認のファンになるよ!」
「うん?……公認のファン?なんだそれは」
「うん。僕、二人が無事付き合えるように応援する!全力でね!」
もはや状況はカオスなものだった。角田は本来静流の婚約者。しかし、そんな角田は自分の立ち位置など無視して違う人と自分の婚約者をくっつけようとしている。
※角田……お前NTR癖があるのか?
「……ほ、本当か?」
あまりの急な出来事にけんちゃんは恐る恐る角田に問いかける。
「任せて!」
その強面な顔を全力で使って問いかけてみるも角田の顔はいつも通りのアホずらだった。それを見てけんちゃんは角田に裏など存在しない。馬鹿なほど正直な奴だと確信した。
「よし……じゃあ、手伝ってもらうぜ?」
「うん!」
「あのー私たちも手伝おうか?」
そろーと穂乃果と望も手を挙げていた。
※二人からすれば婚約破棄は望んでもないことなので積極的なのだ。
「いいの?二人とも」
「うん。私たちも二人を応援したいしね」
「そうそう」
「ありがとう!二人とも!それじゃあみんなで頑張ろう!えいえいおー」
「「「えいえいおー」」」
「私、認めてないんだけど……」
そうして当事者の一人である静流を置いて四人はその翌日から婚約破棄をさせようと静流に誘惑を行った。
翌日、放課後。
「静流、帰ろうぜ」
「えっと私は彼と……いない!?」
あくまで婚約を破棄したくない静流は形だけでも婚約者であろうと角田と下校しようとするがあらかじめそれを予想した角田は姿を隠していた。
これで、二人で下校すれば自然な流れで婚約破棄をさせられるかもしれない。そういう軽いジャブ的な作戦であった。
「いないんだから俺でもいいだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「何か問題でもあるのか?」
静流は少し恥ずかしそうに俯きぼそりとぎりぎり聞こえるほどの大きさの声で言う。
「だって……二人っきりなんて緊張するから……」
「そりゃ……俺だって……」
同じくその強面な顔を赤くして少しうつむきながらぼそぼそとけんちゃんも言う。
その瞬間教室は静まり返った。
「うっ」
「はあ、メロい……」
「尊すぎ…死ぬ」
次の瞬間にはクラスメイト達がバタバタ倒れていっていた。それは世に言う尊死と言われるものだった。
「え?な、なに!?」
「は?ど、どうした!?」
しかし、当の本人達はその理由を知らない。
※改めて説明しよう。二人のやり取りを見てきたクラスメイト達は角田と同じくクラスの大半が二人を推しカプ認定していたのだった。
「うっ、うっ……さすが僕の推しカプだね?す、すごい威力だったよ……」
どこからかよろけながら角田が登場してその場に力尽きる。
「か、角田ーーーー!!」
「ほら!しっかりして角田!まだ続きがあるかもしれないでしょ!」
そんな角田にこれまたいつの間にか現れた穂乃果と望が角田に駆け寄る。
「帰ろうか……」
「あ、ああ」
このカオスな状況は逆に静流を冷静にさせてしまい結果、作戦はうまくいかなかったとか。
そうして時間は過ぎ作戦はその度に失敗に終わった。
「ねえ、けんちゃん……」
「……なんだ?」
今日も作戦は失敗して二人でただ静かに帰っていただけだったのだが、急に静流は口を開く。
「もうあきらめてくれえないかな……」
夕日が彼女を隠して眩しい。そのせいで静流の表情はけんちゃんには見えなかった。見えはしない。だけど、けんちゃんには分かった。彼女が悲しそうに言ってるのがはっきりと。
「諦められるわけないだろ……何年目の初恋だと思ってるんだよ……」
そう言ってけんちゃんは少し泣きそうになり後ろを向く。
「そうだね……もう十年以上経つね……でも終わりにしようよ」
その声は悲しいはずなのに妙に落ち着いた声で静かにけんちゃんには聞こえた。
「お前が親父さんためにそこまでやる必要はないだろ!だってお前は!」
「けんちゃん!!」
何か言おうとしたけんちゃんの言葉を大きな声で静流は遮った。
「それは関係ないよ……」
「……すまん」
夕日は沈みあたりが暗くなり彼女の顔がうっすらと街灯に照らされて見えた。見えた顔はけんちゃんの予想とは外れていて決して悲しそうな顔ではなかった。凛としており高貴さが感じられた。彼女は選んだのだろう。
「私、婚約するよ」
「……後悔はないのか?」
「ないとは言わない……でも決めたから」
「そうか……分かった」
そう言ってけんちゃんは角田たちのいる物陰を向き呼び掛ける。
「だそうだ。静流を頼む。角田」
「……いいんだね?」
「……ああ」
「……分かったよ」
物陰にいた角田は姿を現さずただ静かに答える。
「……じゃあ帰るか」
「うん……」
そうしてけんちゃんと静流は静かに最後の時間を惜しむように歩き出し去っていく。
「か、角田は婚約はしないんじゃなかったの!?」
「そうだよ!推しだって!」
「うん……婚約はしないよ。二人は僕の推しカプだからね」
「え?でもさっき分かったって」
「うん。けんちゃんさんは僕に仙波さんを頼むって言ってくれた。だから頼まれたんだよ」
「それって……意味違うんじゃ……」
穂乃果は前のように勘違いをしてるのかと思った。いつもの角田特有のやつだと。
「そうかもね。でも……頼まれた。でしょ?」
そう言いながら少し口角を上げて笑う角田を見て穂乃果と望は彼の意思を感じ取った。
「だね……」
「うん。頼まれちゃったね?」
三人はくすくすと笑い合う。
「二人とも手伝ってくれる?」
「「もちろん!」」
こうして角田の推しカプ応援大作戦は最終局面に入ることになるのだった。
次回!!
ハーレム野郎角田の家庭訪問!?
お楽しみに!!
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