第九話 北の鉱山へ
数日後。
競馬でまたしても1万ゴールドを失った俺は、メルカトルの街の北に位置する鉱山を訪れていた。無論、遊ぶために足を運んだわけではない。
坑道の奥からモンスターが湧いて来たらしく、鉱山とふもとの町の操業が止まってしまっているというのだ。ギルドからの通知を受けた俺は、当面の生活費のためにもこの仕事を受けるしかなかった。
カンテラに灯りを点け、俺は一人坑道へと足を踏み入れる。
中には無数のモンスターが徘徊しているという話だったが、俺が到着した時は潮が引いたかのように、不思議と連中が姿を消してしまっていた。
同じ依頼を受けて先に坑道のモンスターと戦っていた冒険者たちも、戦い疲れもあってその日は探索を休んでる連中がほとんどだった。
「――が、そいつは俺にとっては好都合ってヤツだ。
今のうちに坑道の奥を調べて、モンスターが湧いて来た原因を見つける。
それをギルドに報告すれば俺の仕事は終わりだ」
暗い坑道の中を進みながら、俺は傍らを飛ぶカーネに語りかけていた。
こいつの背中に生える光の羽根は、それだけで結構な照明代わりになる。
食費だのを差し引いて手持ちのカネが500ゴールドしか無い今、想定外のモンスターや群れに出くわしたら俺はひとたまりもない。
なるべく早く敵を発見するためにも、カーネには役に立ってもらおう。
「でも、どうして急にモンスターが出てこなくなったのかしら」
「さあな。それも奥を調べれば分かるだろ」
俺たちは用心しながら奥へ奥へと進んで行ったが、幸いな事にモンスターの襲撃を受けることは無かった。途中、所々で人間とモンスターが戦った形跡を見る事は出来たが、それ以外は剥き出しの岩ばかりの穴がずっと続いている。
「鉱山といえば、場所によっては金が取れたりもするんだよな。
どこかでこう、デカい金の塊とか拾えたりしないもんかねぇ。
なあカーネ、お前は財宝とか金の在処を見つけたり出来ないのか?」
「残念だけど、私にはそういうチカラは無いの。
それに金って、塊で埋まってる物じゃないと思うけど」
「わーってるよ、言ってみただけだっつーの。
ちょっとくらいロマンを語ってもいいだろー」
「そうね、ごめんなさい」
「あ、いや。別に責めてるわけじゃないから謝んなよ」
シュンとしてしまったカーネにフォローを入れると、彼女はすぐに表情を変えて笑顔を見せる。
「うふふっ」
「なんで急に笑ってんの」
「さあ、どうしてかしらね」
「……女ってのはよく分からんな」
そんな話をしているうちに、ついに俺とカーネは坑道の最奥と思われる場所へ辿り着く。そこには石を積んだトロッコや、放り出された道具などが散乱しており、つい最近までここで人が働いていた様子がうかがえる。
その中で正面の壁が一部崩れた部分があり、人がニ、三人は通れるほどの横穴がぽっかりと空いている。
その穴からは異様な気配が漂い、俺は思わず腰の剣に手を掛ける。
「……匂うなこりゃ。
どうやら偶然掘り当てたこの穴から、モンスターが湧いて出て来たってところか」
「気を付けてねロック。穴の奥からヘンな気配を感じるわ」
「はあ、この奥を調べなきゃ帰るに帰れんよな……よし、そーっと」
俺は足音を立てないよう、慎重に壁の穴を潜り抜ける。
その先に待ち構えていたのは、想像だにしない光景だった。
「な、なんだこりゃあ……」
そこは高さが十メートル以上はあろうかという、巨大なドーム状の空洞だった。
周囲は汗ばむような熱気が充満し、所々の壁や地面が熱せられ、今にも溶け出しそうな赤い光を放っている。
「溶岩でも掘り当てちまったのか? いや、それにしては……」
確かに所々で溶けた岩や壁が見受けられるものの、溶岩溜まりというほどの多さでもない。となるとこれは湧き出たものではなく、何らかの熱を受けてこうなったと見るべきだ。
「……おっと」
その時、俺は足元から突き出た塊に躓いてしまう。
転びはしなかったが、地面にはあちこち同じような塊が露出しており、お世辞にも歩きやすい地形とは言い難い。
だが蹴り飛ばして一部が崩れた塊を見た瞬間、俺は思わず目を剥いた。
「こ、これは!?」
拾い上げた塊の断面は、カンテラの光に照らされた黄金がギラギラした輝きを放っていた。
夢や幻覚ではないかと頬をつねってみたが、しっかりと痛い。
「夢じゃない……なんだってこんな所に、馬鹿でかい金の塊が転がってるんだ!?」
俺は喜びを抑えきれず、興奮気味に言いながらその塊を大きめの布袋に押し込む。塊はずしりとしてかなり重たかったが、喜びに舞い上がっていた俺には関係のない事だった。
「こいつを持ち帰るだけでも、ざっと五万ゴールドの価値はあるぞ!
ははは、これをかき集めれば大金持ちだ!」
つい興奮して出してしまった声が、空洞に反響して響き渡る。
直後、空洞全体が震え、地の底から重い音が響き渡った。
「げっ!? じ、地震か!?」
そう思ったが、異変は目の前の地面の中から這い出してきた。
中心部の地面が一気に盛り上がったかと思うと、それは遥か見上げるほどの巨体となって目の前にそびえ立つ。
巨大な岩石のようにも見えるそれは、長い胴に巨大な頭、そして耳まで裂けた口の中に尖った牙を並べた、四本足のバケモノだったのだ。
「ロック! これって……溶岩竜よ!」
カーネの言葉に俺は戦慄した。
本来は灼熱の火山などに生息する翼の無いドラゴンの一種であり、口から吐き出した溶岩で周囲の岩石を溶かし、それを食料として再び食べるという恐るべきモンスターである。
その強さはオークキングなど比較にならず、ドラゴン一族に名を連ねるに相応しい力と耐久力を備えている。
「う、嘘だろ……噂には聞いたことあるが、こんなもんが実在すんのかよ!」
理由は知らないが、この鉱山の奥はコイツの縄張りだったようで、運悪く工夫たちがそこを掘り当ててしまったのだろう。
溶岩竜の掘り進んだ穴は魔物たちにとっても住みよい環境らしく、様々な地霊や邪悪な精霊、土中に住む魔物などが集まって来るのだという。
「ねえ、どうするのロック?」
「逃げるに決まってんだろこんなもん!」
溶岩流に背を向け、一目散に逃げ出した俺はすぐに理解した。
坑道に出現した魔物たちが姿を消した理由――
それは溶岩竜がこの地にやってきた気配を察知し、どこかへ身を隠していたからなのだと。
「モタモタしてたら食われるか生き埋めにされちまう!
ぬおおおおーーーーーっ!」
俺は振り返らず、ただ全力で坑道の出口を目指し走り続けた。
背後の溶岩竜がどうなったかは分からないが、俺はどうにか無事に出口へと辿り着くことが出来た。
「ぜえ、ぜえ、ひぃ、ひぃ……ひ、久しぶりにこんなに走ったぜ……」
前屈みになり両膝に手を付いて呼吸を整える俺の傍へ、休憩を終えたと思われる冒険者のパーティが町の方角から近付いてきた。
「む、貴様は……!」
先頭に立つ全身鎧の大男には見覚えがある。
他のメンバーも裸に胸当てと腰巻の戦士と、パリッとしたローブを纏う美人の魔法使い、そして初見の女僧侶という組み合わせで、少し前にダンジョン地下五階で同行した騎士グレンと戦士ガロ、魔法使いアリッサのパーティだ。
初めて見る女僧侶が、前回は不参加だったシンシアだろう。
「おいロック、なぜお前が坑道から出てくるんだ。
ギルドの依頼を受けて来たのか?」
「はぁ、はぁ……い、今はそれどころじゃねえ……」
疲労困憊の俺を見かねたのか、サラサラのストレートヘアーが印象的な女僧侶が回復魔法をかけてくれた。
「ねえあなた、どうかしたの? すごく慌てているみたいだけど」
回復魔法の効果はてきめんで、喋るのもやっとだった呼吸がすうっと落ち着き、すぐに考えが頭に回ってくる。
「おい、勝手に魔法を使うんじゃない。
こいつはダンジョンで俺たちから不当な金をせしめた悪人だぞ!」
「もう……そのおかげでみんな命拾いしたんだから、この人に文句を言うのは筋違いだって言ってるでしょ」
どうやらシンシアという女僧侶は、落ち着いて状況を理解できる性格らしい。
痴話喧嘩で冒険を拒否するようなタイプには思えないが、今は連中とここで話し込んでいる場合ではなかった。
「いいかよく聞けアンタら。坑道の奥で俺は溶岩竜に出くわした。
早く町の連中に伝えて避難させないとえらいことに――!」
――ドガアアアァァァン!!
その時、山肌の一部が爆発して飛び散り、そこから溶岩竜が顔を覗かせているのが見えた。
「げっ、もう出てきやがった!
んじゃ、俺は先に逃げるからな、あばよ!」
そう言い残し、俺は鉱山の町に続く下り坂を駆け下りていく。
グレンたちのパーティも溶岩竜の出現に戸惑いつつ、一足遅れて俺の後を付いて走り出していた。
俺たちが鉱山の町に駆け込んだ時、すでに町は騒然となっていた。
山の斜面を下る溶岩竜の姿はすでに観測されており、大通りは逃げ惑う人々で溢れかえっている。
「大騒ぎになっちゃったわね。これからどうするのロック?」
心配そうに周囲の光景を見つめるカーネに、俺は逃げ惑う人の流れに混じりながら答える。
「どうするって、逃げる一択だろこんなの」
「でも、ロックが溶岩竜連れて来たって知れたら後が怖いわよ?」
「うっ……」
カーネの言う通り、俺は坑道から出て来た所をグレンたちに見られている。
この場を無事に逃げおおせても、後で責任を追及されるのは免れないだろう。
「けど、手持ちが500ゴールドしかないのにどうしろってんだ。
マーネの魔法でも火球一発でヤツを倒すなんて無理だろ」
「それもそうね……あ、そうだわ」
ふと思い出したように、カーネは俺の腰に括り付けた重い袋を指す。
「坑道で見つけた金の塊があるじゃない。
それを使えば溶岩竜とも戦えるわよ」
「えっ」
ものすごく嫌な顔をした俺を、カーネはじっと見つめている。
もちろんこれを消費すればモンスターと戦えるだろうが、せっかく手にした黄金が目減りするというのは、これ以上ないくらいに抵抗を感じて仕方がない。
「あー、ちなみに金塊の鑑定額と、溶岩竜の耐久力を教えてくれるか?」
「えっと、ちょっと待ってね……」
カーネは町に迫る溶岩竜を少しの間見つめ、言った。
「溶岩竜の耐久力は25000。金の塊は50000ゴールド相当ってところね」
「ぐっ……ヤツを倒せるのはいいが、金塊の半分が消えちまうのかよ……
真にッ! 真に遺憾であるッ!」
歯を食いしばって拒否の姿勢を取る俺に、カーネはさらに続ける。
「あら……ちょっと待って。
溶岩竜ってギルドの討伐報酬が設定されてるみたい」
「なんだと? いくらだ?」
「討伐報酬は30000ゴールドね。
それにドラゴンの肉や骨、ウロコなんかは高値で売れるのよ」
「……その話、詳しく効かせてもらおうかカーネくん」
カーネの談によれば、溶岩竜を倒すことが出来れば、その死体だけで3万ゴールド相当の稼ぎになるという。
討伐報酬の3万ゴールドと合わせて6万ゴールドとなり、消費した金額と差引しても破格の稼ぎを得られることになる。
「そういうことなら話は違う!
この冒険者ロック、やる気がムンムン湧いてきたぜええええ!!」
俺はその場で急ブレーキ。
くるりと向きを変えると、鉱山の町に迫る溶岩竜に向かって走り出した。
アイテム、素材解説
・金の塊
溶岩竜が出現したドーム状の空間に落ちていた塊状の金
純度が高く上質である
溶岩竜はマグマを吐いて岩を溶かし、再びそれを食べて養分とし
消化できなかった成分は凝縮して排出している
つまり溶岩竜のうんこであるが
黄金の価値の前には些細なことなのだろう
それは、ほんのりと温かい




