第十話 溶岩竜を倒せ!
町の入口近くでは、例のパーティが溶岩竜を迎え撃とうと立ちはだかっていた。
彼らの実力が低いとは思わないが、今回ばかりはさすがに相手が悪い。
グレンやガロが手にした武器で攻撃を仕掛けるが、まさしく岩のような分厚い身体はほとんど刃を受け付けていない。
後方から氷魔法を唱えるアリッサや真空の刃の魔法を放つシンシアの姿も目に入るが、やはり強固なウロコを貫くには至らないようだ。
「くそっ、なんて頑丈なヤツだ! ロクに傷も付きやしねえ!」
刃の一部が欠けてしまった両刃の斧を構えながら、ガロは忌々しげに叫ぶ。
「やはり普通の武器では歯が立たんのか……うおっ!?」
溶岩竜は自分に敵対行動を仕掛けて来た人間に興奮したのか、地鳴りのような唸り声を上げると、後ろ足だけで立ち上がり、喉を鳴らして真っ赤に焼けた溶岩を吐き出してきた。
溶岩は高熱を放ち、触れた物を焼きながら周囲に広がっていく。
当然ながら、人間が触れたら一瞬で黒焦げだろう。
「ああもう! 近付けないし武器も魔法も通じないんじゃ、どうしろって言うのよ!」
溶岩竜を前にアリッサは苛立ち、隣にいるシンシアも不安な表情を隠せていない。俺は攻めあぐねている四人の元へ近付き声をかけた。
「やあやあ皆さん、溶岩竜に手を焼いてるみたいで。溶岩なだけに」
俺の渾身のギャグも、今日はどこか上滑りしていく。
「ええい、真っ先に逃げ出したくせに、今更なにをしに戻って来たのだ!」
こっちに向かって指をさしてくるグレンに、俺は肩をすくめて見せる。
「なにって、ヤツを倒す算段が付いたからに決まってるでしょーよ」
「なんだと!?」
グレンだけでなく他の三人も同じような目で俺を見ていたが、それは驚きや疑いより、病人を見るような目に近かった。
「つまり、デモンファントムの時みたいにやるつもりなのね?」
アリッサは冷静にそう言うが、当然俺は笑みを浮かべるだけで返事はしない。
自分の秘密を他人にバラすなど自殺行為もいい所だ。
連中が悪人でないにせよ、どこで話が漏れ、誰に寝首を掻かれるかなど知れたものではない。
(雄弁は銀、沈黙は金って言うからな)
などと思いつつ、俺は愛用の剣を抜いて溶岩竜の姿を見上げる。
立ち上がったその姿は十メートル近くはあり、絶望的な体格差には正直足が震えてくる。
そして何より問題だったのは、ヤツがぶちまけた溶岩に阻まれ、近付くことが出来ない事だった。
「あっ、なんか不味い気が……」
そう思った時、溶岩竜は後ろ足を動かして溜めの姿勢を取り、その力を解き放つようにして回転しながら尻尾をなぎ払う。体高と同じく十メートル程はあろうかという太い尾の一撃は、凄まじい破壊のエネルギーそのものであった。
「どわああああっ!?」
間一髪、俺は飛び上がって直撃を避けたが、バランスを崩してそのまま地面に落下してしまう。急いで起き上がってみると、尻尾がなぎっ払った範囲は全てが打ち砕かれ、平らに均されてしまっていた。
しかもそれだけではなく、ヤツが吐いた溶岩も周囲に飛び散っており、こっちが自由に動ける空間が狭くなってしまっていた。
(こいつ、まさかこれを狙ってやったのか?)
ドラゴンは普通の魔物より高度な知恵があるとは聞いていたが、実際に目の当たりにすると信じざるを得ない。
俺は仕方なくアリッサに顔を向けて言った。
「なあ、魔法であの溶岩をどうにかできないか? これじゃヤツに近付けねえ」
アリッサは俺に目線だけを向け、溶岩竜に対し身構えたまま答えた。
「あの熱を押さえ込むには高度な氷魔法が必要でしょうね。
でも、私がキミに手を貸す理由は無いんじゃなくて?
それこそ1万ゴールド払ってくれたら考えなくもないけど」
(ま、そう来るよなやっぱり……)
ダンジョン地下五階での出費は、彼女にとっても痛い出来事だったようだ。
グレン程ではないにせよ、連中からすれば俺の信頼度など薄っぺらな紙切れに等しいのかも知れない。
無駄な期待をしてしまったことを反省しつつ、俺は腰のベルトにぶら下げていたもうひとつの袋をパンパンと叩き、その名を呼んだ。
「おいマーネ、出番だ。出て来てくれ!」
その言葉に呼応して袋の中身が光ると、生地をすり抜けて現れた光の塊が、身長三十センチほどの銀の妖精の姿へと変身する。
「さっそく呼び出したわね、この私を。それで、今日はどんな用?」
仏頂面で俺を見下ろすマーネに、俺は指先で溶岩竜の存在を教える。
「へえ……結構な大物ね。で、どんな魔法が使いたいのか言いなさいよ」
「ヤツの吐き出す溶岩が邪魔で近付けないんだよ。
カーネの能力があっても、あれじゃ攻撃を当てられねえ。
魔法で溶岩を冷やすとか、そのくらいは出来るんだろ?」
「私を誰だと思ってるのよ。あの程度ならわけはないわ」
「で、いくら払えばいいんだ?」
俺が尋ねると、マーネは大きく開いた手の平を俺に突き出してきた。
「広範囲の冷気魔法だから5000ゴールドね。
あのドラゴンは魔法で倒さなくてもいいんでしょう?」
「おう、溶岩さえどうにかしてくれりゃいい」
「……わかったわ。じゃあ代価を支払うのね」
「カーネ、頼めるか?」
俺が言うと、カーネは拾ってきた金塊の一部を光の粒に変え、マーネの方に送る。
「5000ゴールド分、確かに受け取ったわ。それじゃ私の魔法を見てなさい!」
マーネは溶岩竜に向かい、胸の前で両手を構え呪文を唱え始めた。
するとその小さな身体からは想像も出来ない魔力が解き放たれ、呪文によってその性質を変化させていく。
「すべてを貫き凍てつかせよ……氷の雨矢!」
マーネが両手を天にかざすと、細長い矢のような氷が上空から降り注いだ。
それが地面に突き刺さると、その周囲を一気に冷却し氷の塊を作り上げていく。
それは溶岩でさえ例外ではなく、赤々とした溶岩が一瞬にして黒ずみ、熱を失って水蒸気を立ち昇らせる。
そればかりか溶岩竜自体にもその影響は及び、氷の矢が触れた部分はウロコを貫通こそしないながらも、その部分を凍結させて動きを鈍らせていたのだ。
「な、なんなの……この強力な魔法は!?」
その光景を見て驚いていたのはアリッサである。
魔法の専門家であればこそ、マーネの使った魔法の威力についてすぐに理解が及んだらしい。
「信じられない……こんな威力の魔法を使うには、もっと長い時間の詠唱と魔力の練り上げが必要なはずよ。
それをほぼ一瞬で完成させてしまうなんて……
ちょっとロック、それ一体なんなのよ! 私にも教えなさい!」
アリッサはマーネを見て声を上げたが、俺は無視して地面を蹴り飛び出した。
おそらくチャンスは今しかない。
「カーネ頼んだぞ! 25000ゴールド持ってけ!」
「はーい、25000ゴールドはいりまぁーす」
俺の右腕に嵌まった金の腕輪に『25000』の文字が浮かび上がり、黄金の輝きを放ち始める。俺はそのまま正面から剣を叩き付けてやろうかと思ったが、その瞬間にある考えが脳裏をよぎる。
(オークキングみたいに真っ二つにしちまうと、骨だの内臓だのが痛んで値段が安くなりそうだな……ここは狙いを変えてみるか!)
俺は溶岩竜の右側へと進路を急に変化させ、ヤツの注意を引く。
巨大なドラゴンからすれば人間など簡単に踏み潰せるサイズであり、それが間合いをチョロチョロしていれば圧し潰してしまおうと考えるのは当然の心理だ。
そして狙い通り、溶岩竜は立ち上がった姿勢で横を向きながら、俺の方へめがけて倒れ込んできた。
「ぬおおおおおおっ!」
俺は全速力で走り、巨体に押し潰されない位置へと駆け抜ける。
間一髪で倒れてくる溶岩竜の圧し潰し攻撃を避けると、無防備になった溶岩流の首が俺の目の前に晒されていた。
「ここだあああっ! もらったーーーーッ!」
俺が叫びながら剣を振り上げた瞬間、そばにいたカーネが急に声を上げた。
「待ってロック、この位置は――!」
「もう止まれねえっつーの! 食らいやがれええええっ!」
――ザンッ!!
俺は溶岩竜の首めがけ、真横から渾身の一撃を放った。
弧を描く剣の軌跡は圧倒的威力の斬撃と化し、並みの武器を跳ね返す強靭なウロコごと、その太い首を胴体から切り離してしまった。
溶岩竜はその場に横たわったまま、もう動かない。
紛れもなく、冒険者ロック様の勝利だ。
「へへっ、どーよ! この俺がやってやったぜ!」
俺は力いっぱい勝ち誇った顔をしてアピールしたが、なぜかカーネやマーネ、そして冒険者パーティ四人組もなぜか別の方向を見て唖然としている。
この俺の鮮やかな勝ちっぷりを差し置いてけしからんと思い、溶岩竜の死体を乗り越えて反対側に目を向けると、すぐに連中がそんな表情をしている理由が分かってしまった。
「あっ……やべ……」
カーネの力を使った斬撃は凄まじい威力を誇り、それは敵の身体を貫いた遥か先までをも切り裂いてしまう。
そして俺の視界にも映っているのは、真っ二つになってしまった町の大きな屋敷と、その奥に連なる家々だった。
「そ、そういや前も斬撃の余波が遠くまで飛んでたよな。すっかり忘れてた……
だとするとコレ、マーネに魔法を頼まなくても良かったんじゃあ……」
そう思っても後の祭りである。
溶岩竜が倒れて騒ぎが収まったのはいいが、町の住人らしき連中が血相を変えて俺の方に駆け寄って来た。
「おいっ、これをやったのはお前かっ!」
一番前にずいっと出てきてそう言ったのは、恰幅の良い中年のおっさんだ。
形を整えた灰色の頭髪に、栄養状態の良さそうな大きな腹と上等な衣服、大きな宝石をはめ込んだ指輪をずらりと嵌めた指からして、かなりの金持ちなのは確かだろう。
「ええと、それはなんというか不可抗力で……
モンスター倒したことだし、ちょっとくらいいいかなーって」
「いいわけがあるかッ!」
なんとか誤魔化せないかと思ったが、やっぱり無理だった。
「おかげでワシの屋敷が真っ二つではないか! どうしてくれるんだ!」
「いやー、隙間のある家ってのもなかなかオツなもんですぜ?」
「アホか貴様はッ!!」
どうにか言い逃れできないかと悪あがきをしてみるものの、他の連中も含めて俺に突き刺さるような視線を向けている。
「四の五の言わずに弁償せんかバカタレ!」
「くっ……わーったよ、いくら払えばいいんだ?」
仕方なく俺がそう答えると、カーネが俺とおっさんの間に入り、切断されてしまった屋敷や他の建物をまじまじと見つめた。
「えっと……これだと全部修理するのに20万ゴールドってところね」
「えっ」
その時、もう何度目だったが忘れたが俺の時間は停止してしまった。
「は……え? なに、20ゴールド?」
「20万ゴールドよ」
その時、俺の脳細胞が全力でざっくりとした計算を行ったが、どう考えても大赤字という結果にしかならなかった。
「ははは、そんな殺生な。なにかの間違いだよな? な?」
「残念だけど、観念するしかないわよロック。
私の能力で被害が出た時は、ちゃんと弁償して修復しなきゃいけない決まりなの」
「聞いてないよ!? 初めて知ったわそんなの!!」
所持金 500ゴールド
溶岩竜 耐久力25000 討伐賞金 30000ゴールド
素材 溶岩竜の骨 15000ゴールド
溶岩竜の皮 10000ゴールド
溶岩竜の肉 5000ゴールド
金塊 50000ゴールド
収入合計 110000ゴールド
消費 -25000ゴールド
差引 85500ゴールド
破壊された家の修繕費 200000ゴールド
差引 85500-200000=-114500ゴールド
現在の所持金 -114500ゴールド
「は? 114500ゴールドのマイナス? は……?」
俺が呆然としているのを尻目に、カーネはなにやら契約書らしき書類を魔法で出し、サインを書き込んでしまう。
「いやはや見事な書類だ。文字も綺麗だし不備も無い。
ウチで雇いたいくらいだよ小さなお嬢さん」
「足りない分はこの借用書に書いておいたから、建物は先に修理しちゃうわね」
「うむ、さっそくやってくれたまえ」
「それじゃ……えーいっ!」
カーネが両手を空に掲げると、溶岩竜の死体と俺の腰にぶら下がっていた金塊が光の粒となり、真っ二つになった建物へ飛んでいく。そして建物全体が光に包まれ、光が次第に消えたその後にはすっかり元通りになっていた。
金持ちのおっさんはカーネから借用書を受け取り、自分のサインを書き込んで俺に付き付ける。
「さて、お前はワシに114500ゴールドの借金を返済する義務が与えられた。
で、このカネを用意する当てはあるのかねロック君?」
そんなもんあるわけがない。俺は目を丸くしたまま首をぶんぶんと横に振る。
「よろしい。キミは若くて健康そうだし、ワシの経営する会社で稼いできてもらおうか。のう!」
そして俺はおっさんの部下らしき鎧姿の兵士二人に両脇を抱えられ、ズルズルと引きずられていく。
それからしばらくの間、どこをどう移動したのか俺は記憶が無かった。
アイテム、素材解説
・溶岩竜の骨
溶岩竜の全身の骨
ドラゴンの骨は動物の骨と金属の中間のような性質を持ち、非常に強靭で軽い
そのため武具の素材として優秀で、高値で取引されている
・溶岩竜の皮
溶岩竜の全身を覆う強靭な皮
表面は岩のように黒ずんで硬いが、皮は熱に強く衝撃を吸収し柔軟さも兼ね備えている
高級な防具の素材として重宝されている
・溶岩竜の肉
ドラゴンの肉は高級食材として珍重されている
溶岩竜のそれは食性から石炭や鉱石のような臭いが強く、他と比べて安価である
それでもドラゴンの肉であることから、希少価値はある




