第七話 魔法の妖精マーネ
「はーい、それじゃ集計はじめまーす」
フワフワした声で、カーネが今回の戦闘結果を空中に浮かび上がらせる。
撃破:デモンファントム 耐久力 5000
消費: -5000ゴールド
素材:デモンファントムのソウル 2500ゴールド
収入: 10000ゴールド
差引: 12500-5000=7500ゴールド
手持ち: 1200ゴールド
クエスト報酬: 800ゴールド
合計: 7500+1200+800=7500ゴールド
現在の所持金: 9500ゴールド
「ひゃっほう! 一発でこの稼ぎかよ!」
一度の探索で、しかもほとんど働かずにこの収入は大成功と言っていい。
オークキングとの戦いで失った一万ゴールドを、ほぼ回収できてしまった計算になる。俺は嬉しさのあまり、つい声を上げて飛び跳ねてしまった。
「うふふ、よかったわねロック。この調子で次も頑張りましょ」
「一時はどうなる事かと思ったが、だんだんこの能力の使い方が見えて来たぜ。
どんな相手にもダメージが保証されてるってのはデカいな」
「いっぱいおカネ払ったのに、効きませんでしたじゃ悲しいものね」
「おう、そんな事になったら消費者センターにクレーム案件だ」
ベッドに腰掛け、俺は中身の詰まった革袋をにんまりと見つめる。
だが成功の余韻に浸る前に、どうしても確認しておかなくてはならない事があった。俺の目線の先には、テーブルの上に置いたもうひとつの革袋がある。
「ところでカーネ、質問があるんだが」
「あら、なあに?」
「この銀の腕輪……お前、これが何だか知ってるよな?」
俺は棒で袋の口紐を緩め、中身をカーネに見せる。
半分ほど姿を現したそれは、俺の右腕に嵌っているのとそっくりな銀の腕輪だ。
「あら……ロック、これどこで見つけたの?」
「ダンジョン地下五階の石像に触れた時、ヘンな部屋に飛ばされてな。
そこで見つけたんだ」
「ふーん、そうだったのね」
「どうみてもコイツはお前と無関係じゃないだろ。ちゃんと説明してもらおうか?」
カーネは少し困ったような様子だったが、すぐにあっけらかんとした顔に戻る。
「そうね、説明するより見た方が早いかも。ほら触ってみて?」
そう言って俺の左手を引っ張り、銀の腕輪に触れさせようとするカーネを俺は右手で捕まえ制止する。
「こらこら待たんかい。また変な呪いが発動したらどうしてくれる」
「大丈夫よ、私がいれば触れても問題無いはずだから」
「んなこと言って、もしもの異常事態が起きたらどうすんだ。
これ以上の厄介ごと、俺は面倒見きれんぞ」
カーネは俺の手に大人しく握られたまま、じっと顔を見上げてくる。
「な、なんだよ……」
あまり見られると、さすがに気恥ずかしいのは俺にも健全な精神が残っている証拠だろう。
「お願い信じて。もし嘘だったら……私を好きにしていいから」
その甘ったるい声と訴えかける瞳に、つい俺はドキッとしてしまう。
が、身長三十センチ程度の妖精相手に懸想してどうするのだと、妙な考えを頭から振り払う。
「あのなあ、軽々しくそういう言葉を使うんじゃないぜ。
そもそも色々無理があるっつーの」
「それじゃあ、信じてくれるのね?」
「……また呪われでもしたら、それこそ死ぬまで恨んでやるからな
俺に恨まれたら粘着質でちょいとしつこいぞ。覚悟しやがれ」
「うふふ、ロックって優しいのね」
「ふん、褒めてもなにも出ないぞ」
これだけ言うからには、それなりに信憑性のある発言なのだろう。
嘘だったらもう二度と女は信じない事とする。
(ええい、やったれ!)
意を決して銀の腕輪に俺の指が触れると、カーネが出てきた時と同じく、腕輪から光の塊が出現し、俺の目の前でふわふわと浮かぶ。やがてそれは人の形を成し、やっぱり身長三十センチほどの娘の姿に変わった。
銀色のボブカットに切れ長の瞳で、カーネと同様に美しく整った顔立ちをしている。服装は体のラインがよく分かるレオタードのような衣装を身に纏っているが、全体的に身体は薄くほっそりしたシルエットだ。
そして銀細工のアクセサリーを身に付け、背中に光の粒で出来た羽根を出し、カーネと同じようにパタパタ羽ばたかせて宙に浮いている。
「な、なんだ? カーネに似たのが出て来たな」
銀色の妖精――そうとしか形容できない小さな存在は、俺にはほとんど目もくれず、一直線にカーネに向かって飛びついた。
「ああっ! カーネリアお姉さま、会いたかった!」
銀色の娘はそう言いながらカーネの胸に顔をうずめ、ぎゅっと抱き付いている。
「お姉さま? おいカーネ、こいつはお前の身内か?」
そう尋ねると銀色の妖精は、ゆっくりと顔をこっちへ向けて俺を睨み付ける。
普段からホワホワしているカーネとは対照的に、刺すような冷たい印象の目つきである。
「カーネリアお姉さま、なんですかこの人間は。
野蛮で不潔、理性と知性の欠片も無さそうな、見てるだけで不愉快な顔の男……
ああ、目と耳が腐りそうだわ」
「初対面からめちゃくちゃ言うじゃん」
いきなり辛辣な言葉の剛速球を投げてきた妖精に面食らっていると、カーネは彼女の隣で困った顔をしていた。
「もう、失礼なこと言わないの。ほら、ちゃんと自己紹介と挨拶なさい」
カーネに言われ、銀色の妖精は渋々といった様子で俺の額より高い位置に浮かび、思いっきり俺を見下ろしながら言った。
「私は魔法の妖精マーネ。カーネリアお姉さまの妹よ。以上」
あまりにも簡潔すぎる自己紹介に、俺はもう一度カーネに顔を向ける。
「なにこの……なに? こいつ本当にお前の妹なの?」
「ええ、ごめんなさいねロック。この子ったら人見知りで」
どこからツッコんだものかと思っていると、銀色の妖精マーネは氷点下の眼差しで俺を見つめ、そして忌々しげに喋った。
「さっきから気になっていたけど……ただの人間の分際で、ずいぶんとお姉さまに馴れ馴れしいわね。誰の許可を得て、そんな偉そうな態度を取っているのかしら」
「許可って言われてもなぁ。最初からずっとこうだし。なあカーネ」
カーネは相変わらずにっこり笑っているが、一方のマーネは表情をビキビキと引き攣らせている。
「ま、まさかとは思うけど……お姉さま、この男が今度の契約者なの!?」
「ええ、そうよ。それで今は一緒に冒険してるの。ねーロック」
その事実を告げられたマーネは雷に打たれたように仰け反り、へなへなとテーブルの上に落下していく。
「あ、ありえない……あの優しくて美しくて完璧な私のお姉さまが、こんな下品で礼儀知らずで口の利き方も知らないサルのような男と一緒にいるなんて!」
頭を抱え、全力で嘆くマーネに俺はため息をつく。
「あのなあ、俺だって別に頼んでこうなったワケじゃねーんだ。
自由になれるんだったら、とっととそうして欲しいぐらいだぜ」
俺のセリフにカーネはどこかしょんぼりした表情だったが、一方のマーネはわなわなと身体を震わせ、ドンドンと拳でテーブルを叩いている。
「無理無理、こんなの耐えられない……!
大好きな私の、私だけのお姉さまがこんな男に縛られてるなんて……
このいやらしい男はお姉さまのチカラを都合よく利用した挙句、
しまいにはその身体まで好きにさせろとか言ってくるんだわ!!
そして散々弄んだあげく、消えない記憶を刻まれてポイっと捨てられるのよ!!
そうよ間違いないッ!! 私は知っているのよッ!!」
今度はゴンゴンと頭突きを連発し始めたマーネに引きながら、落ち着かせようと思ったその時。
「いやーーーーーーーーっ!! お姉さまが汚されるーーーーーっ!!
どーせカラダが目的だったんでしょこのケダモノーーーーーーー!!!!」
「大声でなに言い出したのこの人!?」
他人に聞かれたら社会的立場が危うくなりそうな言葉を絶叫し、マーネの錯乱はしばらく収まらなかった。
「ぜえ、ぜえ、はぁ、はぁ……」
「よ、よお、落ち着いたのか?」
叫び疲れてやっと大人しくなったマーネに話しかけると、彼女は恨めしそうに俺を睨み、ビシッと指を差してきた。
「わかった。わかりました。
こうなった以上、お姉さまとこの男の関係を断ち切るにはただひとつ。
速やかに1億ゴールドを貯めて、腕輪の呪いを解除するしかないわッ!」
「だからそのために色々頑張ってるんだってば」
「まったくもって不本意……これっぽっちも全然気が進まないのだけれど、
私も手助けしてあげる。私の力があれば、お金稼ぎなんてすぐに終わるはずよ」
「へっ、そりゃありがたいことで。
そんで……マーネとか言ったな、お前は何が出来るんだ?」
俺の質問に、マーネは両肩をすくめてフッと嘲笑する。
「ふん、記憶力もトリ並みなのねあなたは。
さっき言ったでしょう、私は魔法の妖精だって」
「てことは、お前は魔法が使えるのか」
「そうよ、私はあらゆる魔法を操る妖精。
あなたのような能力も才能も無いニンゲンとは違うのよ、おわかり?」
「そりゃご立派なこって。
じゃあせっかくだし、試しに魔法のひとつでも見せてくれよ」
俺がそう言うと、マーネはスッと手のひらを上に向けて俺の目の前に差し出す。
「おい、なんだその手は」
「500ゴールド」
「は?」
「だから、一番安い火球の魔法は一発500ゴールドって言ってるの」
それを聞いた俺はフッと笑みを浮かべ、少し間を置いてから叫んでやった。
「やっぱりカネ取るんかーいっ!!」
「当たり前でしょーが。対価も無しに強い力を扱えるワケないわよ。
お姉さまと一緒にいるのに、まだそんな初歩も理解してないの?」
「ぐぐぐ、ああ言えばこう言いやがって……」
「とにかく、私の魔法を使いたかったらおカネを払うことね。
魔法の種類によって金額は固定だから、必要に応じて使い分けなさい」
「はいはい分かりましたよ。あー、なんかもう疲れてきたな俺……」
俺ががっくりと肩を落とすと、マーネは俺の眼前に浮かんで腕組みをした。
「本当ならずっと監視してたい所だけど、そろそろ眠らなくちゃ。
明日以降、私の力が必要になったら銀の腕輪に呼びかけなさい。
わかったわね!」
そう言い残すと、マーネは光の塊となって銀の腕輪の中へ吸い込まれていった。
理屈は分からないが、彼女は表に出ている時間に制限があるようだ。
妹が眠りについた後、カーネは申し訳なさそうに俺の顔に身体を寄せてきた。
「妹が失礼なことを言ってごめんなさい。本当は素直で優しい子なんだけど」
「あーあー、気にすんなよ。あのくらいならまだ可愛いもんだ」
「そう思ってくれるなら嬉しいわ」
安心したように俺の頬を撫でてくるカーネにくすぐったさを感じ、指で少し彼女の身体を押しのける。
「なあカーネ、ちょいと距離が近くないか?」
「あら、そうかしら」
「下手に近付いただけで勘違いするヤローも世の中には大勢いるんだ。
こういうの、気を気を付けた方がいいと思うぜ」
「ふふ、私を心配してくれてるの?」
「余計な揉めゴトの種になるから言ってんの。
なんだかんだお前、ナリは小さいが美人ではあるしな」
軽口のつもりでそう言ってしまったが、カーネはまんざらでもなさそうに笑い、また身体を顔にくっつけてくる。
「平気よ。他の人にはしないもん」
「はぁ……おっかねえ女だよまったく」
「それって誉め言葉として受け取っていいのかしら」
「へいへい、ご自由にどうぞ。ああ、それともうひとつ」
そこで俺は大事なことを思い出し、一言付け加える。
「カーネリアって、本名か?」
その名を呼んだほんの一瞬、カーネの頬に赤みが差した気がした。
だが確かめる前に彼女はニコニコと笑い、大きな胸の前で両手を合わせたポーズをする。
「うん、あれは家族同士での呼び名。おカネの妖精としての私はカーネ。
そういう決まりなの」
「ふーん、決まりねえ……」
もう少し話を聞いてみたい気もしたが、これ以上の詮索は余計だと思い、俺はベッドに転がり板張りの天井を見上げる。
「ま、とりあえず今日は色々疲れたし、続きは明日考えるとするか」
「さんせーい、そうしましょ」
その日は少し豪華な食事を頼み、新たな目的と次の冒険に備えて俺たちは英気を養うことにしたのだった。
アイテム、素材解説
デモンファントムのソウル
魔族の亡霊を形作っていた暗い魂の核。
魔族の魂とは純粋な魔力の塊でもあり、高度な魔術の触媒となる
魔法に深く通じる者ほど、特にこれを喜ぶという
銀の腕輪
ダンジョン地下五階でロックが見つけた銀の腕輪
魔法を操る銀色の妖精マーネが宿っている
金の腕輪を先に装着していたロックはこの腕輪に呪われることは無かった
そっくりな二対の腕輪には何か意味がある……のかもしれない




