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第六話 悪い笑顔と謎の部屋


「あーっと、調査隊の皆さん。どうやら大変まずい状況のようで」


 俺の声を聞いた騎士のグレンは、険しい表情で叫ぶ。


「おい、こいつは俺たちの手に負える相手じゃない! お前は先にダンジョンを抜け出して、街にいる俺の仲間に連絡してくれ!」


 さすがに誇り高い騎士だけあって、俺を逃がそうとするその姿勢は立派だ。

 だが彼の言う通りにしたところで、救援など到底間に合うはずもない。

 ここへ戻って来てやることといえば、味方の死体拾いと遺品集めが関の山だ。


「申し訳ないが、その頼みは聞けませんねえ。俺は皆さんの付き添い、

 いざという時の切り札として同行したわけで。

 このままノコノコ帰ったら、冒険者としてのキャリアに汚点が残っちまう」

「なにを馬鹿な! 今の我々では魔物を倒す手段が無いと言っているんだ!」

「……それがあるとしたら、どうします?」


 俺の言葉に、その場の視線が集中する。

 逆境で気が触れたのかと思われてそうだが、そこは気にしない事にする。


「ハッタリなど言ってる場合か! 大体お前は、俺たちより格下の冒険者だろう!」


 聞き分けの悪いグレンに、俺は満面の笑みを向けて言ってやった。


「1万ゴールド」

「……は?」


 しばしの間、周囲の空気が固まった。

 ちょっとした沈黙の後、グレンは再び口を開く。


「なんだ1万ゴールドとは」

「だーかーらー、1万出せばバケモノを退治するって言ってるんですよ俺ぁ」

「お前、一体なにを言って……ハッ!?」


 もし笑顔に音が付いているとしたら、俺のそれはニチャアと湿った音が出ていた事だろう。


「いやね、本当なら2万ゴールドは請求したい所をぐっとこらえて、

 皆さんの事情も考えて良心的な価格で提供してるワケですよコレが。

 たった1万支払うだけで三人の命が助かり、皆さんの輝かしい経歴に

 傷がつくこともない。あー、俺ってばなんて親切な人間なんだろうなー!」


 とても悪い顔をする俺の横で、カーネが呆れた顔をしている。


「ロック、モンスターの耐久力は5000よ。1万だと多すぎない?」

「こんなもん手数料だっつの。こちとら慈善事業やってるんじゃねーんだ」


 小声で喋ってカーネを下がらせると、俺は再び満面の笑みでグレンに顔を向ける。

 その時の俺について、後にカーネ曰く『とってもいやらしいお爺さんみたい』な顔をしていたそうである。


「ぐっ……こんな時にふっかけるとは……!

 クエスト報酬の倍以上の金額ではないか!」

「腕利きの皆さんなら、そのくらいちょちょいと稼げるでしょーよ。

 ほらほら、魔物さんも待ちくたびれてるようだし、どうするんで?」


 なぜか行儀よく待ってくれているデモンファントムを横目に、

 グレンは奥歯を噛みしめてわなわなと震えている。


「ぬうっ……やむを得ん、条件を呑んでやる!」

「へっへっへ、毎度ありー。

 あ、支払いはキャッシュの前払いでお願いしますぜダンナ」


 俺が揉み手をしてニヤニヤしていると、グレンは額に血管を浮き上がらせながら、中身の詰まった革袋を投げ付けてきた。


「その腹立つ喋り方をやめろ! 持って行け!」


 ずしりと重い革袋を受け取り、俺はニッコリと爽やかな笑顔を作る。


「さすが大将、話が分かるなぁー! いよっ世界一!」

「おべっかなどいらんわ! さっさとモンスターをどうにかしてくれ!」


 しびれを切らしたグレンに催促され、俺はカーネに目配せする。


「頼んだぞカーネ。ほれ5000ゴールド」

「はーい。5000ゴールド入りまぁーす」


 相変わらずのゆるい声でカーネが両手を頭上にかざすと、革袋の中身が光の粒となって金の腕輪に吸い込まれていく。軽くなった革袋を惜しく思いながらも、俺は腰の剣を抜いてデモンファントムに向けて構えた。


「さてと、死んだ後までこの世に居座られちゃ迷惑なんでね。

 とっととご退場願おうか魔物さんよ!」


 俺は床を蹴り、一気に距離を詰めてデモンファントムに斬りかかった。

 相手は物理攻撃など効くものかとばかりに避ける動作も無かったが、

 黄金の光を宿した俺の剣が触れた途端、デモンファントムは爆散。

 雲散霧消し跡形もなくなってしまった。


「……ふう、上手くいってよかったぜ」


 長剣を腰の鞘に納めて振り返ると、調査隊の三人は目を丸くしてじっと俺を見ている。


「な、なんだ今のは……おいロック、どうやってヤツを倒したんだ!?」


 唖然とするグレンとガロ、アリッサに向かい、俺は口元で人差し指を立てる。


「そりゃ企業秘密ってヤツだ。メシの種を簡単に明かせるワケないだろ?」


 俺は革袋の中を確かめ5000ゴールド分だけ回収すると、余分な残りは袋ごとグレンへと投げ返した。こういう所をおざなりにすると、後で必ず血を見る事になる。


 長生きするためにも、カネに関する約束事だけはキッチリしておいた方がいい。



 その後、グレンは俺に向かって守銭奴だのギルドに訴えてやるだのボヤいていたが、知った事ではない。危機に陥った責任が向こうにある以上、命があるだけ感謝してもらいたいものだ。


 手持ちの薬やアリッサの簡易回復魔法で傷の治療を終えた調査隊三人は、あらためて部屋を調べ直すことにした。だが結論としては例の怪しい石像以外、特に仕掛けや異変の形跡は見られなかった


「ヘンねぇ、この石像から妙な魔力が溢れてるのは確かなんだけど」


 アリッサはまたもこめかみを押さえつつ、魔力が漏れ出しているという石像を眺めている。


 魔法使いとしての感覚がそうさせるのか、強い魔力が出ていると言う割に、彼女は決して石像に触れようとはしない。もちろん罠が起動する可能性もあるが、とりあえずこの石像を調べなくては話が進まないと思い、ロックは左手を伸ばし石像に触れた。



「――はっ!?」


 気が付くとそこは、なにもない部屋だった。

 上下左右を石壁で覆われた、出口のない部屋。

 一切の音も感覚もなく、俺は一瞬のうちにこの部屋へと来ていた。


「こ、ここはどこだ? 他の連中は……!?」


 辺りを見渡す俺の視界に飛び込んできたのは、部屋の中央にある見覚えのある台座と、これまた見覚えのあるモノの姿だった。

 それは精緻な細工と装飾が施された、鈍く輝く銀の腕輪だった。


「こ、こいつは……カーネの時とそっくりだぞ。

 となると、アレに触ったらタダじゃ済まないだろうな」


 俺は用心しながら腕輪の周囲を回り観察するが、見ているだけなら特に異変が起こる様子はない。しかし逆に、見ているだけだといくら時間が経っても何も起こらず、部屋から出られそうな気配もない。


 似たような状況でカーネに取り憑かれた経験を踏まえると、どうしてもこの腕輪に触れたくなかった。


「よし、こいつをこうやって……」


 俺は剣を棒代わりにして伸ばし、銀の腕輪を引っ掛けて台座から取り外す。

 上手い具合に腕輪の穴の中に剣を通して持ち上げると、それを手持ちの革袋の中に放り込む。


 急いで袋の口紐を縛って様子を見るが、俺の身体に異変が起きる様子は無い。

 それを確かめた後は革袋を紐で腰のベルトに括り付けると、ぷはっとため息をつく。


「腕輪は後で詳しく調べるとして、どうやってここから出たもんかな」


 腕を組んでそう考えこんでいると、ふいに肩を掴まれガクガクと身体を揺らされている事に気が付いた。


「――ちょっと、しっかりしなさい! ねえってば!」

「……はうっ!?」


 気が付くと俺は、例の石像の前に立っていた。

 目の前では綺麗な顔をしたお姉さんことアリッサが心配そうな顔をしている。


「ああ、やっと気が付いたわ。急に意識を失って抜け殻みたいになるんだもの。

 魂でも抜かれて死んだのかと思ったわよ」


 我に返った俺はさっきの出来事を話そうかと思ったが、腰に目をやると自分で括りつけた革袋が確かにぶら下がっている。これの説明などしようものなら日が暮れてしまいそうだったので、さっきの出来事は自分の胸にしまっておくことにした。


「……あら?」


 ふと、アリッサは顔を上げて周囲をキョロキョロと見渡す。

 地下五階へ来てからずっと、頭痛に悩まされていた重い表情もやけにすっきりしている。


「ヘンね、あれだけ濃かった魔力が消えたわ。

 もうこの石像からはなにも感じない」


 アリッサはそう言って自ら石像にペタペタと手を触れるが、やはり何も起こらなかった。


「むう……よく分からんが、騒ぎの原因は解決したということか?

 魔物の息遣いもまるで聞こえないな」


 ガロは大きな斧を肩に担いだまま、周囲を見渡している。

 彼の野生の勘でも、状況が落ち着いたことを感じ取っている様子だ。


「この様子なら、魔物が四階に上がってくることもあるまい。

 急いで帰還し、ギルドに報告しよう」


 ガロの言葉に異を唱える者は無く、こうしてダンジョン地下五階の探索は終了した。無事に戻った俺は付き添い依頼の報酬800ゴールドを受け取り、探索者チームの三人と別れホクホク顔で自室に戻った。


不定期連載中です

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