第五十二話 ロック、吼える
「わかったわ。でもこれだけ多いと、チャージするのに時間が必要よ」
「時間ってどれくらいだ」
「えっと……正確じゃないけど、五分くらいは必要かも」
「くっ、そんなにかかんのかよ!」
地上では魔物の群れをヴィクターやエミリアが撃退しているが、その数は増える一方である。フロリーナも空から火炎を吐き、俺も斬撃を繰り出して迫る枝や地上の魔物をなぎ払うが、全くキリがない状況だった。
「マーネも魔法で援護してやってくれ!」
「言われなくてもやってるわよ!」
すでにマーネも魔法を連発し、激しい電撃や火炎で大量の魔物を一瞬で消し炭にしていたが、それでも手が追い付いていない。
「くそったれ、ここまで来て数に押されるなんてあんのかよバカヤロー!」
平然と立ってはいるが、ヴィクターもエミリアもここまでに受けたダメージは軽くない。二人が魔物の群れに囲まれるのを見た瞬間、下に飛び降りようとした俺の目には、魔物の群れをブチ破りながら進む四人組の姿が飛び込んだ。
「あいつら――!」
全身鎧の騎士グレン、魔法使いのアリッサ、戦士ガロ、僧侶シンシア。
腕利きの冒険者四人組がここまでやってきていたのだ。
「なんなんだこの魔物の数は!
こんなものが地上に出たら今度こそ終わりだぞ!」
剣で魔物をなぎ倒すグレンの横で、シンシアが回復呪文を唱え続けている。
「治癒!」
全力で戦う疲労を回復させて無理矢理突き進むという、豪快な戦い方だ。
一方で魔法使いのアリッサが周囲に無数の火柱を上げて敵を焼き払い、激しい竜巻の魔法で魔物たちをズタズタに切り裂いていく。ガロは立ちふさがる巨大な魔物を脳天から叩き割り、斧を頭上で振り回し、周囲の魔物を吹き飛ばしていく。
「ねえちょっと……これ、生きて帰れると思う?」
周囲の魔物を焼き払いながら、アリッサはガロに聞く。
「さあな。だが、俺はいつでも隣にいてやるさ。死ぬ時も生き延びる時もな!」
ガロはアリッサのすぐ後ろに立ち、彼女の背中を守りながらニヤリと笑う。
「まったく……そういうのはもっとムードのある時に言いなさいよ」
連中は遥か下方にいたが、俺の耳にはその喋り声もしっかり聞こえていた。
これも身体強化魔法のおかげだろうか。
四人の強さは冒険者パーティの中でも随一だが、やはり圧倒的な数の前には限界がある。もはや万事休すか――誰もがそう思った時、頭上で激しい爆発音がした。
「なんだ!?」
咄嗟に上を見上げると、遥か頭上の方で大きな穴が開き、そこから光が差し込んでいるのが見えた。そして、その穴から翼を生やした巨大な無数の影が入り込んでくるのが見えた。
それは頑丈な岩のようなウロコを持つ、ドラゴンの群れだった。
ドラゴンたちは一気に急降下し、俺たちのいる方に近付いて来る。
「新手か!? こんな時に……!」
「違いますロックさん、あれは――!」
フロリーナがそう言うのと同時に、宙を舞うドラゴンたちは地上の魔物に向け、一斉に火炎を浴びせ始めた。一息で大量の魔物が消し炭になり、数匹のドラゴンは地上に降り立って尻尾を振り回し、魔物の群れをなぎ倒していく。
「どうやら間に合ったようですね。
古き盟約により、魔神を討つ力添えをさせてもらいましょう」
透き通るような声を響かせながら舞い降りてきたのは、フロリーナを一回り以上も大きくしたような白く巨大なドラゴン――古龍エルリスだった。
エルリスが翼を大きく羽ばたかせると、その下に霜の粒が現れ、それらは集まって鋭い氷の槍と化す。そして次々と落下して降り注ぐ氷の槍は、魔物の群れを貫きそのまま粉々に打ち砕いてしまった。
続けてエルリスが手の中に握り込んでいた光る粒のようなものを氷の上にばら撒くと、散らばった氷が一ヶ所に集まり、六体ほどの巨大な人に似た形へと変わると、すぐさま周囲の魔物を氷の拳と氷柱で蹴散らし始めた。
「あれは……アイスゴーレムか!?」
「ええ、アブトから役立てて欲しいと預かってきました」
「すげえ光景だぜ。ドラゴンの援軍といいアイスゴーレムといい、大怪獣バトルって感じだなこりゃ」
「私たちが時間を稼ぎます。最後は頼みましたよ、冒険者ロック。
そして愛しい娘よ」
フロリーナはそこで旋回し、再び魔神の肉塊に向き直す。
光を浴びた肉塊は太陽の元へ這い出ようと、多数の触手を生やし伸ばしていく。
「カーネ、あとどのくらいだ!」
「待って、もうちょっとだから……!」
俺はフロリーナの背の上で真っ直ぐに立ち、巨木のようにそびえる醜い肉塊を見据える。
「魔神ゴルドー。てめーの正体なんぞ興味もねえが、おかげで大勢が迷惑してんだよ。命を食って黄金を寄越すとか、タチの悪い真似しやがって……!」
俺は剣を握り締め、構えながら言う。
「けどな、黄金竜を倒した時に理解したぜ。
この腕輪の力は、テメーをブッ潰すためにあるんだってな!」
俺は剣を両手で握り締め、全身の力と意識を力を一点に集中させる。
「カーネ!」
「……チャージ出来たわ、ロック! 黄金郷まるごと全部よ!」
「よし行くぞ! これでトドメだ!」
フロリーナが肉塊ギリギリまで近付いたところで、俺は全力で空中に飛び出した。光の矢のように一直線に突き進むと、俺はゼニンスキーの状態が浮き出ている部分に身体ごと剣を突き刺した。
――パキィィィィィィン!!
その瞬間、硬質な何かが砕け散る音が響く。
そして俺の突き立てた剣は、ゼニンスキーの心臓の位置を真っ直ぐ貫いていた。
「ギャアアアァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!」
凄まじい断末魔だった。肉塊はびくびくと脈動した後、天井に伸ばした触手の先端から腐ったような色になり、やがて枯れ枝のようになって崩れ始める。
同時に激しい地響きが起こり、天井の穴がさらに崩れ、大きな穴が開いて瓦礫が降り注ぐ。それに押し潰され、足元の魔物の大群はほとんど埋まって消えていった。
「エミリアやヴィクターは無事か!? それにグレンたちもどうなった!?」
魔神の肉塊に剣を刺したまま、俺は後ろに顔を向けた。
するとフロリーナとエルリスが、連中を背に乗せて羽ばたいている所だった。
「よかったお前ら無事だったんだな。そのまま安全な場所まで運んでやってくれ!」
「ロック、お前も早くこっちへ!」
フロリーナの背に乗ったエミリアが手を伸ばしてくれたが、俺は首を横に振る。
「まだ駄目だ。こいつが完全に消滅するまで離れらんねえ。
理由はわからんが、ここで手を離したらこいつが息を吹き返す……
そんな予感がビンビンするんだよ」
「しかし……!」
「いいから行けって! 崩壊に巻き込まれるぞ!」
崩れ落ちる黄金郷の天井と魔神の肉塊。
その破壊の中で、俺と魔神ゴルドーの最後の我慢比べが始まった。
「ほんとに……しつこいヤローだぜまったく!」
白金の輝きを宿した身体と、黄金郷の全部を力に変えた剣。
これ以上の力を集めるのは二度と不可能だろう。
腕輪を作ったフランたちも、きっとこの一瞬に全てを賭けたのだ。
千年もの時を費やし、深い地の底で過ごしながら。
そしてそれは、カーネとマーネの姉妹も同じだ。
「ええい、まだくたばんねーのかよこいつは!」
魔神の肉塊は徐々に崩壊が進み、縮んで小さくなっていく。
あともう少しで完全に魔神の魂が崩壊する――そんな予感があった瞬間、胸に剣が突き刺さっているゼニンスキーが目を見開いた。
「ふふふ、くくくく……死なんぞ、ただでは……
私に刃を向けた者は、みな呪われるがいい……!」
「ゼニンスキー、てめぇまだ意識が残ってたのかよ!」
「わ、私が……魔神の力を手に入れて世界を支配するはずだったのだ……
それをこんな虫けらどものために……許さんぞロック、貴様だけは……!」
ゼニンスキーの顔が歪んだ笑みを浮かべたその時、何本もの細い触手が飛び出して俺の両腕と身体に食い込み、絡みついて来た。
「さあ、この続きは地獄でやるとしようじゃないか……ははは、はははは……!」
「うぐっ……!」
俺の身体は雁字搦めにされ、まったく身動きが取れなくなった。
火が消える直前のロウソクのような、魔神の肉塊が見せる最後の足掻きだろうか。どうにか外に出ている顔に、小さい姿のカーネとマーネが寄って来た。
「ダメよロック、このままじゃ魔神を倒しても崩壊に巻き込まれちゃう!」
「もう! 黄金郷の全部を力に変えちゃったから、私の魔法も使えないじゃないの!」
二人は必死に触手を解こうとするが、こいつらの腕力ではとうてい太刀打ちできないだろう。
「ちょっとばかし、この野郎の根性を甘く見てたぜ……
もう指一本動かせそうにねえ。悪いな二人とも、最後の最後でこんなザマで」
必死に触手を引っ張りながら、カーネはぶんぶんと首を振る。
「イヤよ! 私はロックと一緒に帰るの!
一緒に帰って、美味しいモノ食べて、遊びに行ったり、買い物したり、
もっと、もっと……!」
カーネは大粒の涙をボロボロとこぼし泣きじゃくっている。
マーネも歯を食いしばり、必死な顔で言う。
「このバカ……お姉さまを泣かせるんじゃないわよ!
これ以上お姉さまを悲しませるなんて、絶対に許さないんだから!」
降り注ぐ瓦礫と、崩れていく肉塊。
どんどんと地の底に沈んでいく俺とゼニンスキー。
後はもう、ただ沈んでいくのを待つだけか――。
「じょ……だんじゃねぇぞ……!」
俺は唯一動かせる首をぐりぐりさせ、どうにか顎に絡まった一本を歯で噛みちぎる。
「おい二人とも、そっちじゃなくてここの……
喉の近くに絡まってる奴を引っ張って、口元まで持ってきてくれ」
俺が頼むと、カーネとマーネはハッと気付いたように頷き、二人で力を合わせて喉に絡まる触手を引っ張って俺の口まで持ってきた。それを歯で噛みちぎると締め付けが緩み、腕以外の上半身だけだが身体の自由が戻った。
「おいゼニンスキー。まだ意識あるんだろ」
俺が呼びかけると、黒い目をしたゼニンスキーがニヤリとほくそ笑む。
「くくく、どうしたロック。ここまで来て命乞いか?
いいぞ、みじめに泣いて助けを乞うがいい……!」
「よく舌が回る野郎だな……いいかよく聞け、今の俺は怒っている。
ものすごーくな。なんでだか分かるか?」
「ふっ、意味の分からん事を。絶望で気が触れたか、くはははは!」
一人で笑い出すゼニンスキーに、俺はぽつりと言う。
「……泣いてんだよなあ」
「なに?」
意味が分からないといった顔をするゼニンスキーを真っ直ぐ見据え、俺は上体をめいっぱい後ろに仰け反らせる。
「テメーのせいでカーネリアが泣いてんだよクソ野郎があああぁぁぁぁッ!!!!」
叫ぶと同時に、俺は全力を込めた頭突きをゼニンスキーにぶちかました。
「ぐがっ……がはああぁぁぁっ!?」
ほぼ密着した状態で避けられるはずもなく、ゼニンスキーの顔面は大きくへこんでいた。
「しかも魔神ゴルドーぶっ潰すために、黄金が全部消えちまったじゃねーか!!
この落とし前どうしてくれるんだゴルアァァァァ!!!!」
――ガツン! ガツン! ガツンッ!!
俺の連続頭突きで、ゼニンスキーの頭は完全に砕け陥没してしまった。
すると俺の身体に巻き付いていた触手の力が緩み、身体に自由が戻って来た。
そして剣から伝わる手応えが、俺にある確信を与えていた。
「いよいよこれでお終いだな。
もう二度とツラ見せるんじゃねーぞ魔神ゴルドー。これが……」
俺は突き刺さったままの剣を握る両腕に力を込め、そして全力で叫ぶ。
「これがカネの力だバカヤローーーーーーーーーーッ!!!!」
――ズバアアァァァッッッ!!!!
一気に剣を振り上げて肉塊を切り裂き、そしてもう一度、全身全霊の一撃を叩き込む。残っていた肉塊は真っ二つに切り裂かれ、大きな爆発を巻き起こす。
肉塊の全ては塵となり、忌まわしい魔神の魂ごと消え去っていった。




